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恋物語の片隅で  作者: 那智
5月
11/64

恋する乙女は怖いです

お気に入り登録件数100件突破しました。

これほどまでの人に読んでもらえるなんてわりと素で驚いています。

入学から瞬く間に一月が経ち、今日から暦は5月となった。

そう、5月である。

プロローグは終わり『物語』が本格的に始まる。

紫苑にとって最初の運命を決める重要な月であり、同時に俺にとっては勝負時でもある。

紫苑が生徒会に入るか否かで俺の運命が変わるといっても過言ではないのだ。紫苑には是非とも生徒会に入って頂きたい。

そうすれば勝ったも同然なのだから。


だが不安要素もいくつかある。

実を言うとこれから先、何が起こるかは俺も完全には把握していないのだ。

なぜかっていうと『イベント』が多すぎるからなのだが。覚えきれるかあんなもん。

とにかく今月は重要な月になるわけなのだが―――


「まあ劇的になにかが変わることなんてないんだけどな。 今日も至って平穏な1日だったし」


フードコートで購買で買ったアイスをかじりながら呟いた。

え?拍子抜けした?奇遇だな、俺もだ。

でも現実なんてこんなものだ。


そもそも冷静に考えれば『イベント』が多いといってもそれはあくまで紫苑の周りのことなのだ。

つまるところその他大勢にはなんら関係の無いことなのである。

攻略対象たる俺にしてもさほど『イベント』が多発するわけではない。

攻略対象は6人。単純に考えて一人当たりの『イベント』の数は6分の1となる。

1日1イベントがあったとしても6日。これでは劇的に変わりようがない。

まあイベントが頻繁に起こったら俺の心の休まる日がないから今のままでいいんだけどな。


さて、そんな俺であるが現在一人で行動中である。

普段は黄野か紫苑と行動するのが多いので一人というのは結構珍しかったりする。


「お、黒田じゃんか」


「あ、緑川先輩」


珍しい人に声をかけられた。

どうやら俺は外出以降緑川先輩に友人認定されたらしい。


「緑川先輩はナンパの帰りですか?」


「おいおいそれじゃあ俺がいっつもナンパしてるみたいな言い方じゃんか」


「違うんですか?」


「今回はね。 いつもはその通り」


ぶれねえなこの人も。

なんだかぶれなさすぎてかっこよく見えてきた。俺疲れてるのかな?


「それよりそこ座っていいか?」


「どうぞ」


断る理由はない。

緑川先輩は席に座るとさくらんぼが大量に入ったパックを取り出した。

え、なにその大量のさくらんぼ?そんなにみっちみちにパック詰めにされてんのどこで売ってたの?


「・・・さくらんぼ好きなんですか?」


「ん、まあね」


好きだからってその量はどうかと・・・。


「そういえば黒田こんな話知ってるか? さくらんぼのヘタを口の中で結べる人はキスがうまいらしいぜ」


「聞いたことはあります」


「俺もやったことはあるんだけどなー、なかなか難しいんだこれが。 黒田はやったことある?」


「口の中にさくらんぼのヘタを入れるという発想自体がありませんでした」


こんな感じで雑談をぐだぐだしていた時である。


「ん?」


緑川先輩の背後、少し離れたところにいる金髪の女子生徒。彼女に少し違和感を抱いた。

その女子生徒はさっきからずっとこちらを―――正確に言うと緑川先輩を見つめている。

最初はなにか話があるのかと思ったがどうもそうではなさそうだ。

ただジッ、と緑川先輩を見つめ続けている。なにあれこわい。


緑川先輩に伝えるべきだろうか?

いや・・・この人ならあんま気にしない気もするしそれ以前に俺の勘違いかもしれない。

まずは様子をみよう。九分九厘緑川先輩のナンパ趣味が関わっていると思うが確証が無いまま行動を起こすのはリスクが高い。

特にこういうのはいろいろデリケートな問題だしそれとなく探りを入れるだけに止めておこう。

まずは情報収集しなくては。


「黒田? 突然黙り込んでどしたんだよ?」


「あ、いえ。 あの、ひとつ聞いてもいいですか?」


「いいぜ。 なんでも聞いちゃってくれ」


「・・・緑川先輩って普段から注目浴びてたりします?」


「んー、まあそれなりに? 一応これでも生徒会の一員だし」


うーむ、判断がしにくい答えだ。

とりあえずあの女子生徒も――ってうわぁ、まだ見てる・・・生徒会に憧れているだけかもしれないし。


「てかどうしたのさ、いきなりそんなこと聞いてたりして」


「その、なんだかちらちらと視線を向けてくる人が何人かいましたから」


嘘の中に本当の事を混ぜることが嘘が嘘であるとバレないコツである。


「ふふ、俺がカッコイイからつい見ちゃうのかな?」


ほんとはガン見されてますけど。

まあ、どっちにしろ緑川先輩ナンパ趣味だし今すぐどうこうってことはないだろ。

じゃなかったらとっくに刺されているだろうし。


その後はもう少しフードコートで緑川先輩と話してからいっしょに寮に戻ったのだがその間視界の隅に件の女子生徒がいたので気が気ではなかった。

つかマジで怖いです。




それから数日後のこと。

俺は5月になったというのにイベントに巻き込まれることもなく至って平穏な毎日を過ごしていた。

紫苑の方は知らん。まあどっかでイベント消化してんじゃないかな?


その日は図書館で及川お勧めの本を借りた俺は寮に帰るために廊下を一人で歩いていた。


「ん? あれは緑川先輩か」


その時緑川先輩が廊下の先を歩いているのを見つけた。

せっかくだから声かけとくかと思い近づこうとした時、あるものに気づいた。


―――そう、物陰から緑川先輩を見つめる金髪の女子生徒の姿に。


鳥肌立った。

なにこれホラー?こんな怪奇イベントあるなんて聞いてない。

いやいや落ち着け俺。ギャルゲーならともかく正統派の学園物の乙女ゲームにおいて幽霊なんてでるわけがない。

つかよく見たらあれこの前フードコートで緑川先輩のこと見つめてた女子生徒じゃね?

ただひたすらに緑川先輩を見つめ続けてるその姿は百歩ほど譲れば恋する乙女に見えなくもない。

でもどっちかっていうとストーカーに見える。

頭の中で『ストーカー』『メンヘラ』『ヤンデレ』『月夜ばかりと思うなよ』といった言葉が浮かんできたが慌てて振り払う。

まさかそんな・・・ねぇ?乙女ゲームでそんな生々しい存在が出てくる訳がないじゃないですか。

つかそんな恋愛ゲーム嫌だ。マニアック過ぎる。


とりあえず声かけてみるか。

もしかしたら緑川先輩に用があるけど恥ずかしくて話しかけることができない。そんなキャラかもしれんし。

もし緑川先輩を刺そうとしてるのなら止めないと。


「あの」


「きゃうっ!?」


うわっ、変な声出した・・・。

てかこの反応・・・ストーキングしてた系の反応じゃね?


「な、なんですの!? 突然後ろから声をかけるなんて非常識ですわ!」


お前のしてる行動がすでに非常識だよ。

という言葉を飲み込んであくまで心配して声をかけた後輩を装う。


「す、すみません。 なんだか緑川先輩を見つめてたみたいですから何が用があるのかと思いまして」


あくまでもこれは善意であることをアピール。

ククク、善意で声をかけてきた存在に強く当たることなど出来はしまい。


「いえ・・・それは・その・・・。 こ、こほん。 あ、貴方たしか先日優様とお話ししていた生徒ですわね? 心配してくださったことには感謝しますわ」


把握されていただと!?

つか緑川先輩のこと様付けかよ。まあそれ以前にお嬢様口調とかいろいろアレだけどね。


「いえお礼はいいです。 俺としても緑川先輩といるといつも視界の隅にいる先輩が少し気になっただけですから」


「・・・そこまで怪しかったかしら?」


「ええ、まあ」


「・・・これからは自重しますわ」


おお、健全さが上がった。

しかしこの分なら緑川先輩が刺されることはなさそうだ。

どうやら要らぬ心配だったようだな。緑川先輩も行っちゃったしこの場から即時撤退を・・・。


「あの、少しよろしくて?」


撤退失敗。捕捉されました。

なぜに?俺に話しかけるぐらいだったら緑川先輩に話しかけろよ。

初対面の人間を呼び止められるんだからあなた絶対その程度のガッツは持ち合わせてますよね?

だがそんな内心はおくびにも出さず表面上はにこやかに接する。


「なんですか?」


「わたくし、小鳥遊百合奈と申しますわ」


「あ、ご丁寧にどうも。 俺は黒田純です」


ってあれ?『小鳥遊百合奈』?どっかで聞いたことがあるような・・・。

ええと、お嬢様言葉で・・・緑川先輩関係・・・あっ!

この人『物語』に出てくるサブキャラじゃないか!緑川先輩ルートに出てくるライバルキャラだったはず。

この人出番そんなに多くないからすっかり忘れてた。うっかりうっかり。


「黒田さんですわね? それでその・・・貴方は優様とは仲がよろしいんですの?」


「ええ、それなりには」


「それなら、あの・・・優様のお好きなモノ・・・とか知っているかしら?」


ほほう、つまり俺に緑川先輩の情報を流せということか。


「そんな質問するってことは・・・」


「ええ、わたくし優様をお慕いしておりますわ。 ファンクラブにも入っていますし」


「ファンクラブ!?」


ファンクラブなんてある意味ファンタジーな単語を直接耳にする日が来ようとは思いもしなかった。

でもまあ緑川先輩あちこちに粉掛けてるっぽいからそういうのあっても不思議じゃないね。自重してください。


まあそれは別にいい。しかし緑川先輩が好きなものねえ・・・ナンパとか言ったら怒られるよな。

この場合求められる回答はプレゼントしやすい小物や軽食の類いだろう。

・・・ああ、それならつい先日知ったばかりだったな。なんというタイミングの良さ。


「さくらんぼですね」


「さくらんぼ?」


「はい。 本人が言ってたんで間違いないと思います。 もしおかしが作れるならさくらんぼのタルトとか作ってみたらどうですか?」


「さくらんぼのタルトですわね・・・」


というかストーキング・・・じゃなかった、いつも物陰から見つめてた割には好みとか知らないんですね。


「黒田さん、初対面だと言うのに突然の質問に答えてくださって感謝しますわ」


ほんとうにね。初対面だと言うのにズバズバ切り込んでくる恋する乙女こわい。

その行動力を緑川先輩に向ければ落とせるんじゃないの?


「いえ、お気になさらず」


「ふふ、そう言わずに。 このお礼はいつか必ずいたしますわ」


そんなこと言われても困る。というかこの程度でお礼とか心苦しいにもほどがある。

だがこれ以上断れる雰囲気でもなく小鳥遊先輩とはそのまま別れてしまった。


「はぁ、平凡な日常だったはずなんだがな」


なんだか先が思いやられる出来事だった。

・・・まさかこれからの学園生活を暗示しているなんていうことはないよね?

嵐の前の静けさ(笑)


簡易登場人物紹介


■小鳥遊百合奈 たかなし ゆりな

とある乙女ゲームのサブキャラの一人。

緑川優のルートで登場するライバルキャラ。だが原作ファンの間ではいまいち影が薄いと言われたりしている。

髪型は長い金髪のストレートヘア。


■黒田純 くろだ じゅん

ポーカーフェイスを習得している。


■緑川優 みどりかわ すぐる

舌でさくらんぼのヘタを結べない。

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