天体観測しましょう
4月最後のおはなし。
もうすぐ4月も終わる。
俺たちがこの学園に入ってからもうすぐ一ヶ月になろうとしていた。
現在学園での生活は順風満帆と言える。
黄野とは親友と呼べる間柄になったし、クラスメートとの関係も良好。なにも問題は無い。
その日は紫苑に誘われ夕飯の後に天文部のメンバーでお茶をしていた。ちなみに青葉先輩は俺が引っ張ってきた。
テーブル席に座っているのだが席順は及川、紫苑、黄野、青葉先輩、俺の順。
いまいち黄野と紫苑の接点が無いと感じた俺の配慮だ。気が利いてるな俺。
その途中で紫苑と話している及川がやけに浮かれているのに気がついた。
いつも落ち着きがあることに定評がある及川が浮かれていることに少し驚いた。
「なんだかいつになく機嫌が良さそうだがなにかあったのか?」
「あ、黒田君。 あのね、天体望遠鏡の調整が終わったの」
なるほど。そういえば天体観測が趣味と言っていたな。
趣味が解禁されれば浮かれもするか。
「私は美羽に一番に教えてもらったんだよ! さすが親友よね!」
「よかったじゃないか」
でもお前はなんでそんな自慢気なん?
「どう? 羨ましいでしょ!」
「いや別に」
「・・・みう~、純のノリが悪いよ~! あまりにもドライな対応で悲しくなってきた! いつものことだけど!」
紫苑が及川に泣きついた。大袈裟だなおい。
というかそんなこと言われてもな・・・正直キャラじゃないし。
しかしたまにはそういう遊び心を出すのもいいかもしれない。
ちょうど先日外出した時に先輩から教わったものがあるのだ。
「そこまで言うならノってやる。 あ、及川、先に謝っておく。 すまん」
「え?」
コホン、と一つ咳払い。
そっ、と及川の手を取り顔を寄せる。
「紫苑ばかりずるいよな。 俺も及川と仲良くなりたいな」
「ふぇっ!?」
ボン、と及川の顔が真っ赤になった。
緑川先輩直伝の口説き文句(初心者用)である。この前頼んでもないのに教えてもらった。
でも・・・やべ、ちょっとやり過ぎたっぽい?
「ちょ、ちょっと美羽大丈夫!?」
「だだだ大丈夫! ちょっとびっくりしらだけらから!?」
「正直ほんとすまん」
言語がカオスになってますよ及川さん。
「今のってもしかして緑川くんの・・・?」
「え、緑川ってあのナンパっぽい人!? なんで今その名前が出てくるんですか!?」
「え、えっとこの前外出したときに緑川くんと偶然会って・・・その時に黒田くん、緑川くんに一緒にナンパすればイケるって言われて色々教えられてたみたい・・・」
そういえば紫苑に外出したときに緑川先輩に会ったことを伝えてなかったな。
いやわざわざ伝える必要はないんだが。
「もーっ、なにやってるのよ純!」
「つーか黒田、よくあんな恥ずかしいこと言えるよな」
「正直今後悔している」
ガチで恥ずかしかったよ。羞恥のあまり死にたい。
「と、とにかくだ!」
黄野が話を変えるために声を張り上げた。
ナイスだ黄野!あとでプチトマトをやろう。
「なあ及川さん、天体望遠鏡の準備が終わったなら天文部の活動もできるんじゃないか?」
「うん、できるよ。 後は天気の様子とみんなの予定が合えばいつでも大丈夫だよ」
いよいよ天文部本格始動だな。まさか4月の終わり間近までかかるとは思わなかったけど。
長かったような短かったような一ヶ月だった。プロローグだと思って甘く見てたわ。
しみじみそう思っていると紫苑がガタン、と音をたてて勢いよく立ち上がった。
「なら今夜天文部の活動しようよ!」
「こ、今夜!?」
「おいおい、勝手に決めるなよ」
もしこれからやるんだったら一応仙石先生に許可もらわないといけないし、明日の準備を終わらせなくてはいけない。
というか今日はまだ風呂にも入っていない。風呂は入れる時間が決まってるからそっち優先しなきゃ少々不快な思いをすることになる。
それ以前に今日は火曜日だ。
明日も学校があるし天体観測という名の夜更かしはさすがの仙石先生も認めてはくれないはず。
たとえ許可が降りても今から準備というのは少々厳しい。
「とりあえず今日活動するのは無理だ」
「うう・・・やっぱり?」
無理だと思っていたならわざわざ言うなよ。
まったく、最近は紫苑の行動力が暴発気味だから困る。
先ほど上げたいくつかの問題点を考慮すれば今日天体観測することが出来ないことはわかりきっているというのに。
そういえば『物語』に出てくる選択肢にも後先考えない選択肢があったな・・・これってその影響か?
「うーん、私は天体観測をやるのは週末にするほうがいいと思うの。 やっぱりみんな週末のほうが予定空いてるわよね?」
「そりゃな」
「ぼ、僕も週末なら生徒会の仕事もほとんどないよ」
「なら決まりだな」
天文部初の活動日は今週の金曜日の夜となった。
ほんとは土曜にしようと思ってたけど明らかに女子二人がそわそわしてたので予定を繰り上げた。たいして変わってないけど。
仙石先生への連絡は及川がしてくれるみたいだし後は金曜になるのを待つだけか。
楽しみを待つ時間というのは長く感じられるというが実際そんなことはなく変わらぬペースで時は過ぎていきいよいよ待ちかねた金曜日となった。
授業が終わり放課後になってもすぐに天体観測が出来るわけではない。
なので食事と入浴を済ませてから9時に集合することになっている。
場所は校舎の屋上。
といっても基本的に解放されている場所なのでめんどくさい手続きはない。
ま、そこしか天体観測出来そうな場所がないから楽できるのはいいことだ。
やろうと思えば広場やらでもできるんだろうがそこまで持っていく手間がな・・・。
やるとしても夏休みになってからか?
・・・ってあれ?
そういえば天体望遠鏡っていつ運ぶんだ?
あれ結構重そうだし運ぶのは大変だと思うんだが。
・・・まあ、集合の一時間ぐらい前に及川のとこ行けば大丈夫だろ。
ああいう重そうな物は男が運ぶべきだしな。
夕飯食べて風呂にも入ってベッドの上には寝巻きを完備。うむ、準備は万端である。
現在時刻は8時。早めに部屋を出た俺は及川を探していた。
いやだって紫苑に連絡したけど今部屋にいないみたいなんだもの。
女子寮へ移動中軽く及川の姿を探したが見つからず仙石先生に及川を見てないか聞くことにした。
「仙石先生、及川見ませんでした?」
「及川? それならついさっき望遠鏡抱えて歩いてたけど。 今日は天文部の活動があるからって随分と張り切ってたわよ」
「え? 一人で?」
「ええ、一人で」
ちょっと待てや。ああいう重そうな物は数人で運ぶもんじゃないの?
しかももう暗いってのに・・・。
「・・・手伝ってきます」
「そうしなさい。 頑張れ男の子!」
及川張り切り過ぎだろ!まったく、声ぐらいかけろよ。
悪態もそこそこに及川の手伝いに急ぐことにした。
「黒田って及川のこと気になってるのかしら? 高倉と仲がいいし、黄野と青葉たち生徒会の子たちも高倉のこと気にしてたからてっきり黒田もそっちかと思ったんだけどね・・・。
ま、どっちにしろ面白いことになりそうだわ! 他人の恋話は蜜の味ってね♪」
急いでいたせいで仙石先生の呟きは俺の耳には届かなかった。
もし聞こえていたら俺はこう言っていただろう。
「自重してください」と。
及川はちょうど天体望遠鏡を抱えて階段を昇っているところだった。
「及川」
「く、黒田君!?」
及川は先日の『ちょっとしたおふざけ』の後から俺に対してなんかぎこちない。
自業自得とはいえ地味に傷つく。泣きたくなってきた。
だが泣いている場合でもないので涙を呑んで会話を続行する。
「まったく、そういう重い物運ぶのは男の仕事だろ。 つか紫苑に声ぐらいかけろ」
「ご、ごめんなさい」
「別に責めてるわけじゃないんだから謝るなよ。 もっと頼ってくれって言ってるんだ」
「う、うん。 じゃ、じゃあお願いするね」
って今渡そうとすんな!
「おい、階段で不用意に姿勢変えたら危な―――」
「きゃあっ!」
天体望遠鏡の重さのせいか及川がバランスを崩した。
って階段で天体望遠鏡持ったまま転ぶって半端なく危ない!
「言わんこっちゃない!」
幸い階段のすぐ下に来ていたので数段階段を昇ると倒れかけた及川の体を受け止めた。
って重っ!?いや及川単体はそうでもないけど天体望遠鏡の重さも加わって割と重い。
そして受け止める際に天体望遠鏡にぶつけた手が痛い。痣になってないよね?
でもそんな内心は一切顔に出さない。男の子ですから。
「ったく、大丈夫か?」
「あ、ありがとう・・・」
「ほら、支えててやるからちゃんと立てよ」
「う、うん」
及川が慌てて姿勢を正すと重さから解放された。
だが同時にじんじんとぶつけた所が痛くなってきた。なにこれ地味に痛い。
だけどもそれも顔に出さずに我慢する。
男としては女の子の前では見栄張りたいんだよ。言わせんな恥ずかしい。
「怪我はないか?」
「うん。 黒田君が受け止めてくれたから」
そう言う及川の顔は暗闇でもわかるほど赤くなっている。もともと色白なのもあってやたらわかりやすい。
まあ不可抗力とはいえ男に抱き止められたんだから当然か。正直言うと俺も顔赤くなってる気がする。
・・・だって柔らかかったし。どこがとは言わない。トップシークレットである。
「ならよかった」
とにかく怪我は無いようでほっとした。それなら助けた甲斐があったというものだ。
つか助けたのに怪我してたとかいったらカッコ悪いしな。
ほっとしたついでに及川が抱えていた天体望遠鏡を奪う。
「あっ」
「また転ぶようなことがあったら大変だからな。 こういうのは男に任せとけ」
「う、うん。 ・・・いろいろありがとう」
「気にするな」
天体望遠鏡を抱えなおして持ちやすい体勢に調整すると及川といっしょに屋上目指して階段を昇るのだった。
つかやっぱこれ重いわ。
無事に天体望遠鏡を抱えて屋上に着いて十分ぐらいしてから紫苑たちが屋上に来た。
「二人とももう来てたのか?」
「これ運んでたんだよ」
天体望遠鏡を軽く叩きながら黄野に答える。
「あー、なら手伝ったほうがよかったか?」
「いや一人で十分だった」
黄野と青葉先輩は気にしなくてもいいのに申し訳なさそうにしている。
でも青葉先輩正直頼りな・・・げふんげふん。
紫苑は及川に「声かけてよ~」と怒っている。どうやら及川は初の部活動に気が急いていたらしい。
だからといって一人で持っていこうとするのはどうかと思うが。
続いて紫苑は俺に声をかけてきた。
「純もごくろうさま!」
「物を運ぶぐらい別にたいしたことじゃないだろ」
「そうじゃなくて美羽を助けてくれたんでしょ?」
伝達速度早っ。
「そりゃあ目の前で友達が転んだら助けるだろ」
「ふふっ、純はいつもそうだよね。 困ってたり危ない目に遭いそうになってる人がいると誰にだってすぐに手を差し伸べてくれる」
半分はより良い生活のためだけどな。それに血を見るのは嫌いだし。
「いや困ってるのに手助けしないのは人としてどうかと思うが・・・」
「・・・そこがすごいんだよ。 じゃあそろそろ部活始めよっか!」
「そうだな」
紫苑がみんなに声をかける。
一応天文部の部長は発案者の及川ということになっているがこうしてみるとみんなを引っ張るのは紫苑であることが多い。
これが原作主人公の実力か。半端ねえな。
夜だということもあり静かに始まった初の部活動。
みんなで一斉に空を見上げれば夜空の星々の輝きに驚き、口々にそのすばらしさを語り合った。
それから及川の天体望遠鏡で星を見たり、事前に調べておいたこの季節に見られる星座を探したりして静かながらも楽しく時は過ぎていった。
気がつけば時間は11時を過ぎていた。
「なぁ、そろそろ終わりにすっか?」
「そうだね・・・あんまり遅くなっても怒られちゃうよね・・・」
「んー、まだ見足りないんだけどなー」
「別にやるのは今日だけじゃないんだ。 我慢しろ」
「はーい」
「もう紫苑ったら・・・」
「なあ、正直言うとさ、俺、星見て楽しめんのかなって思ってたんだけど思った以上に楽しかったぜ」
「楽しんでくれたみたいでよかったわ。 ねえ、黒田君はどうだった?」
「楽しかった。 というより普段意識を向けないものが思ったよりも奇麗で驚いたって感じだな」
「あ、それわかるかも。 普段は夜空なんて見上げないもん」
「・・・次はいつするのかな?」
「私はすぐにでもやりたいけど・・・」
「俺はサッカーもあるし、しょっちゅうやられるとつらいな」
「俺はたまにでいい。 感動が薄れる」
「私も黒田君に賛成かな」
「僕も」
「俺もー」
「うう・・・、なにこのアウェー感・・・」
凹む紫苑をスルーしてもう一度視線を上に向ければ夜空には変わらず満天の星が広がっていた。
それをじっと見つめていると不意に最近夜空を見ていなかったことに気づいた。
昔はよく星を見ながら考え事に耽ったものだが最近は良い意味でも悪い意味でもそんな余裕はなかった。
これから『物語』が大きく動き始める。はたして紫苑がどんな『物語』を紡ぐのかはわからないができれば幸せになって欲しい。
そうすれば俺は本当の意味で『物語』に縛られずに生きていけるのだから。
でも―――。
視線を横に向ける。
そこには黄野、青葉先輩、及川、そして紫苑の姿がある。
この世界で得たかけがえのない友人たち。『物語』なんて関係なくそう思えるのがなんだかうれしい。
―――しばらくはこのままでいい。
つい、そう思ってしまうほど『今』が楽しかった。
そういえば登場人物紹介っているだろうか?
月が変わるごとにキャラの現状みたいな感じで入れると面白そうだけど・・・。




