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悪女のままで結構です。べつに。  作者: 木山花名美


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59 悪女は待ち焦がれる

 

 ◇◇◇


 夫が発ってから、一週間が過ぎた。

 どの新聞でも、冷徹騎士団長率いるワタオニール軍が、魔力を活かした軍事作戦で順調にオスン国の主要都市を陥落しているとの吉報に沸いている。


 なんと驚くことに、ケンペリ王子もタイコーキ国との平和条約締結に向けて、交渉を重ねているという。

 政治を嫌い、先の大戦の時も積極的に関わろうとしなかった彼が、今回は自ら陛下に願い出たのだとか。

 元々東国と親交のあった王子。彼ならきっと上手くやってくれるだろう。


 だけど、どんなに良い知らせを受けても、常に不安は付きまとっていた。

 この記事が届いた時、夫が無事でいる保証はないのだから。


 それからまた一週間後、ついに王都を陥落されたオスン国は、我がワタオニール国に対し無条件降伏した。

 小説の序盤でとっくに覚醒していた魔力を、より効果的に扱えたことが大きな勝因だろう。騎士団長の見事な指揮で、両軍共に死者も負傷者も最小限に抑えられたとか。

 王子の活躍によりタイコーキ国との交渉もまとまり、小説の設定よりも更に早い、僅か半月で終戦を迎えたのだ。



 そして────

 やっと一ヶ月半ぶりに、夫が帰宅するとの知らせを受けた。



 いつでもキス出来るように、ずっと納豆は食べていない。酒も一緒にお祝いするまで……と我慢しているし、彼が好きそうな甘いおつまみも、沢山こしらえてみた。


 あとは彼が無事に帰って来てくれるだけ。

 ちゃんと名前を呼んで、おかえりなさいって笑顔で迎えるの。


 早く……早くと朝から時計を見つめては、『そんなに睨んでいては、針が緊張して余計に動けなくなってしまいますよ』とクニコに笑われている。


 昼食中もそわそわしてしまい、チキンステーキを二枚とパンを五個とバナナを三本しか食べられない。

 そろそろかなと何度も庭に出ては外門に目を凝らしていると、一頭の馬が駆けて来た。

 ダーリン? と期待を膨らませるも、すぐに違うと気付く。何やら不穏な空気を纏ったその兵は、馬から降りるなり、挨拶もそこそこに険しい顔で叫んだ。


「閣下が……先ほど閣下が落馬され、大怪我をされました! 現在馬車で向かっておりますので、至急医師の手配をお願い致します!」



 背筋に冷たいものが走る。

 何故……何故安全なはずの帰り道で落馬なんか……


 屋敷は一気に慌ただしくなる。


 主治医を呼ぶ為兵が駆けて行き、庭には担架が用意される。随分長く感じる時間をやり過ごした後、緊張感の漂う一行がこちらへ向かって来るのが見えた。


「……ダーリン!」


 堪らず駆け出す。馬車の中からは、頭と腕と肩と足を布でぐるぐると巻かれた、半分ミイラみたいな夫が現れ叫びそうになる。

 担架へ移すのを邪魔することも出来ず、クニナガコと震えながら見守るしかなかった。



「にゃあ」


 ん?


「にゃーん」


 んん?


 最初はダーリンが痛みで泣いているのかと思ったが、こんな可愛い声が出せる訳がない。

 よくよく見ると、担架に横たわるダーリンのお腹に、一匹の猫が乗っかっている。


「にゃあ?」


 これは何だと尋ねる間もなく、担架は医師の待つ部屋へと運ばれて行った。



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