第32話 婚約者はいないようです
私はクリスの部屋に行く。
扉をノックして声をかける。
「クリス。アリサだけど。ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」
私がそう言うと扉が開いた。
「どうかしましたか? とりあえず、中へどうぞ」
「ありがとう」
クリスの部屋に入るのは初めてだ。
部屋に入ってすぐに私の前にはドーンと大きな本棚たちが並んでいる。
しかも漫画本とかじゃなくて難しそうな本ばかり。
「クリスって本を読むのが好きなの?図書室があるのに自分の部屋にも大量の本が置いてあるなんて」
「ああ、それは勉強のためです。医学書とか法律関係の本や大陸の言語集とか」
医学書や法律や言語集?
本当にクリスは頭がいいのね。
私は本に圧倒されながらもソファに座る。
クリスも私の向かい側に座った。
「それで何か僕に用事でしたか?」
「クリスって大人だったのね?」
「?。はい、成人の儀は二ヶ月前に済ませましたが……」
成人の儀って成人式みたいなものかな。
とにかくクリスが大人だということは分かった。
「婚約者とかいるの?」
私は自分はクリスの相手にはなれないことは分かってたがクリスが既に売却済みなのか気になって聞いてみる。
だって伯爵家の跡継ぎでイケメンなんだもん。
周囲が放っておかないわよね。
「婚約者ですか? まだいませんよ」
「そう。ちょっと安心したわ」
そうか。まだ婚約者はいないのか……。
あ、でも彼女はいるかも。
「恋人はいるの?」
「恋人もいません。今は領主になる勉強の方が楽しいですし……」
勉強が好きなんてクリスらしいけど、若いうちに青春を謳歌するのは大事よ。
あれ? 大人でも青春っていうのかな?
「まあ、いいわ。それよりちょっと実績報告書を見ていて気になることがあってね」
「気になることですか?」
「そう、イリン村の収穫物の数量なんだけど……」
私は実績報告書を見て自分が気になってることをクリスに話した。
「なるほど。それではもしかしたら村長が数字を故意に変えているかもしれないということですか」
「可能性としてはそういうことがあっても不思議ではないでしょ?」
「そうですね。僕もイリン村のことは直接はあまり知らないんですけど……」
「え? そうなの?」
「成人する前はあまり一人で領地内であっても出歩くことありませんし」
そうか、成人してまだ二ヶ月だもんね。
でも現場を知るのは領主として必要なこと。
現場を知らないエリート組にクリスをさせるわけにはいかない。
「だったらちょうどいいじゃない。視察してるってことでクリスが行ってもおかしくないわ。それに領地内のことを自分の目で見ることは大事よ」
「そうですね。でももし村長が悪事をしていて捕まえないとなら護衛を兼ねた軍人も一緒の方がいいですね」
「軍人? ワイン伯爵家に軍人なんているの?」
「それはもちろんいますよ。各領主は私軍を持つことが許されてますから」
それは初耳だわ。
でもこの長閑な土地に軍人なんて必要なのかしら?
「ねえ、クリス。ワイン伯爵領って軍人がいないとどこかに攻められたりするの?」
「特にそういうわけではないですよ。隣り合う領主との関係も良いですし……」
「それなのに軍人が必要なの?」
「それは……。領主は私軍を持つのが普通なので」
「でも屋敷を警備したりする人間は別にいるわよね?」
「はい。軍人は有事の時に活躍するので普段は訓練をして過ごしています」
「逆に言えば有事の時以外はあまりやることないってこと?」
「まあ、そう言われると訓練以外はあまりやることはないです。今回のようにワイン伯爵家の人間の護衛もしたりしますけど」
それって別に軍人でなくてもよくない?
軍人は警察みたいな仕事を兼ねているのかな?
「ここには犯罪者を取り締まるようなことは軍人がやるの?」
「いいえ。そういう仕事は警備隊がやります」
つまり警備隊というのが警察ってことね。
それならやっぱり軍人を常時雇っておく必要あるのかなあ。
「イリン村には軍人を連れて行くの?」
「ええ。アリサの話し通りなら護衛の軍人と……警備隊の人物も何人か連れて行った方がいいと思います」
そうね。警備隊に村長を逮捕してもらう方がいいわね。
「分かったわ。じゃあ、明日にでも出かけられる?」
「いいですよ」
クリスは頷いた。




