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【祝3000PV】君と死ぬために生きてきた  作者: 霜月ルイ
第1章: 心の扉が、溶けていく。

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第12話:裂け目を縫いとめる夜に。

澪視点で綴る、ある夜のこと。

“好き”という言葉が、呪いにも似た執着に変わるまで。



 ――キスの回数が、数えられなくなったのは、いつからだっただろう。


 たぶん、最初のうちは数えていた。

ひとつ、ふたつ、みっつ。

数を重ねるたびに、ユウの反応が薄れていくのを、どこかでわたしは恐れていた。

でも、いまはもう違う。

彼が何も言わずに、黙って唇を受け入れてくれることが、

ただそれだけで、安心できる。


 触れていなければ、わたしは“わたし”でいられない。

ユウのぬくもりが、わたしの輪郭を縫いとめてくれる。

その熱に包まれているあいだだけ、わたしは「存在」していられる。


 ……それがなければ、きっと、わたしは溶けてしまう。


 最初の頃は、ぎこちなく唇を重ねるだけだった。

でも、回数を重ねるうちに、私は“やり方”を思い出してしまった。

舌をすべらせて、歯の裏をなぞって、喉奥へと誘導するように口内を満たす。

誰に教わったわけでもない。

ただ、昔、そうして“愛されているふり”をしていた自分の記憶が、勝手に体を動かす。


 それが愛じゃなかったことなんて、ずっと前から知っている。

でも、あの頃のわたしは、それでも触れてもらわなければ“消えてしまいそう”だった。

 いまの私も、何も変わっていない。

ただ、“触れる対象”が、ユウになっただけ。


 「……ねえ、ユウ」


 彼の唇に、わたしの言葉が当たる。

微かに濡れた吐息が、体温と混ざって沈んでいく。


 キスを重ねるたびに、ユウの目が虚ろになる。

何も言わず、ただ身を預けてくれる。

その無抵抗が、どこか“所有”に似た安心をわたしに与えてくれる。


 おかしいって、わかってる。

でも――こうしなきゃ、私、壊れちゃう。


 口づけのあいだ、ユウの瞳は閉じたまま動かない。

拒まないことが、どれだけ嬉しいか、きっと彼は知らない。

“受け入れてもらえる”って、それだけで、人間って生きていけるの。

……わたしみたいな人間でも。


 唇を離すたびに、わたしの中に生まれる不安。

それをなだめるために、また触れる。

もう癖になってしまった。

いや、これは“確認”なんかじゃない。依存だ。

身体の奥で疼くように「もっと」「まだ」と、何かが囁いている。


 ユウの肌がぬくもっている限り、私は“存在”していられる。

彼に触れている時間だけが、“わたし”の形を保ってくれる。


 もしも彼が触れ返してくれたら、もしも声を漏らしたら――

わたしは、その瞬間に“自分の身体”が壊れるのを、きっと止められない。


 だから今夜もまた、わたしはキスを重ねる。

なだめるように。

自分を落ち着かせるために。

“彼の中にいる私”を確かめるために。



 ……触れたい、じゃない。

触れていなければ、崩れてしまうの。


 誰かの体温に触れていないと、自分の輪郭がわからなくなる。

だから、私は夜になるとユウの唇を塞ぎ、肌に頬を押しつける。

そこにいる彼を――“この世に繋ぎとめる”みたいに。


 でも、それだけじゃ足りない。

毎晩、重ねてきたキスの回数なんて、もう思い出せない。

数えていたのは最初の頃だけ。

今では、触れ続けていないと不安でたまらない。

たとえそれが、彼にとっては重荷でも、無意味でも。

わたしにとっては、生きるための“呼吸”みたいなものだった。


 ユウの唇に舌を絡めながら、私は彼の胸元に手を滑らせる。

シャツの布越しに感じる鼓動――それが、心地よい。

彼がそこに“いる”と知れるだけで、ほんの少し、自分の形が戻る気がした。


 けれど、キスだけじゃ、もう足りない。

足りなさが、焦りとなって指先を震わせる。

もっと深く、もっと奥まで。

彼を感じていたい。彼の中に入りたい。

そうすれば、自分の空っぽの中身をごまかせる気がして。


 わたしは囁く。

 

「……好き、じゃないの」

 

 「ただ、確かめたいだけ」

 

 「ユウが、ここにいるって……ちゃんと、“わたしの中”にいるって」


 ユウは何も言わない。

目を閉じたまま、ただ静かに息をしている。

それが――うれしい。

彼の無言が、わたしに許しを与えているように思えた。


 けれど……

 でも……

 それでも、足りなかった。


 わたしの中で、疼くものがある。

触れても、舌を這わせても、満たされない。

ユウの体温を吸い込んでも、胸の奥に空洞がある。

そこだけが、ずっと冷たいまま。


 気づいたときには、わたしの手は自分の太腿にあった。

彼に触れている手とは別の手が、自分の体をそっと撫でていた。


 (……ごめんね、ユウ)

 

 心の中でだけ、そう呟いた。

だって、仕方なかった。

彼は動かないし、触れ返してくれないし、声も出さない。

だから私は、自分で自分を、慰めるしかなかった。


 ユウの胸に頬を当てたまま、もう片方の手で、自分の身体に触れる。

彼の肌のぬくもりを感じながら、自分の温度を確認する――それは、奇妙な二重構造だった。


 わたしは、ユウの体温に身を沈める。

“独りじゃないふり”――その幻想に、全身を浸すように。


 息を潜めて、指先だけで自分を慰めながら――

本当は、気づいてほしかった。

わたしの壊れ方を。

それでも、置いていかないでって。

布越しに、でも確かに、自分の奥に触れていた。


 わたしは息を殺す。

声が漏れたら、彼が気づいてしまうかもしれないから。 

でも、怖い半面――気づいてほしいとも思っていた。

見つめていてほしい。

わたしの“壊れ方”を。

それでも離れないで、と願っていた。


 「……ユウ、ユウ……」


 名前を呼ぶたびに、体が跳ねる。

彼の名を呟きながら、自分の身体に指を這わせる。


 ああ、そうだ――

こうしていれば、まるでユウが“わたしの中”にいるような気がする。


 何も返さない彼が、

無抵抗なまま“そこ”にいるから、

わたしは、自分の孤独をごまかせる。


 「ここに、いて……お願い……」


 その言葉は、彼に向けたものじゃなかった。

自分自身へ向けた呪文のようだった。

身体が小さく震える。

震えとともに、わたしの“孤独の輪郭”が、じわじわと滲んでいく。


 気づけば、わたしは涙を流していた。


 触れても、感じても、埋まらない。

それでも――それでも。

彼の肌に頬を寄せながら、

自分を慰め続けることでしか、生きている実感が得られなかった。


 「……ねえ、ユウ」 


 「わたし、もうどうなってもいいから……お願い、わたしを“ここ”に閉じ込めて」


 その囁きに返事はなかった。

けれど、彼の温度だけが、微かに上がったような気がした。


 私はそのぬくもりに縋りながら、

壊れた自分をごまかすように、また触れた。


 夜の静寂の中、

布団の中の体温と、呼吸と、涙と、震えと――

全部を混ぜ合わせながら、

わたしは少しずつ、少しずつ、

彼と溶け合っていった。



 ――ユウの“初めて”が、私じゃなかったら。

そんなことを考えただけで、心臓が軋んだ。

息が詰まる。喉が焼ける。胃の奥が冷たくなる。

胸の真ん中が、ぽっかりと空いて、そこから黒いものが溢れてしまいそうになる。


 わたしじゃなきゃ、駄目なの。

最初で、最後で、唯一じゃなきゃ――壊れてしまうのは、きっと“私”の方。


 だから、閉じ込める。

ユウの“最初”を、自分の中に、静かに沈めてしまう。

誰の手にも触れられないように。

彼の記憶の奥底に、まるで“呪印”のように、深く焼きつける。


 「……大丈夫、ユウ。わたし、初めてじゃないから」


 その言葉は、慰めじゃない。

過去を引きずって生きてきた“傷”の告白でもない。

ただの――確認だった。

もう“知っている”自分が、“知らない”彼を導くことで、

その差異を“私の勝ち”として刻みつける、勝手な理屈。


 ユウの指先がかすかに震えるのが、わかった。

でも、それ以上は何も言わなかった。

彼は、きっとこの瞬間の意味を理解していない。

自分の中で何かが“終わる”ことも、“始まる”ことも。


 私は、そっと彼の身体に重なる。

体温が交わる。

鼓動のリズムが、ほんの少しずれていたのが、だんだんと重なっていく。

温度の差が、境界をぼやかしていく。

私は、自分が彼の中に溶けていくのか、彼が私の中に埋もれていくのか、もうわからなかった。


 「ユウ……全部、私の中に置いていって……」


 囁いた声は、どこか祈りのようだった。

欲望や喜びとは、まるで違う、執着のための沈黙。

触れた肌から、じわじわと伝わってくる“彼のはじまり”。

わたしの内側に、“彼の形”が押し込められていく感覚。

振動。密度。鼓動のぶつかり。

そこにあるのは、優しさなんかじゃなかった。


 ――それは封印だった。

 

 決して他人に渡らないように、

決して思い出にならないように、

彼の“初めて”を、わたしの奥に、閉じ込める。


 このぬくもりを知ってしまえば、

ユウはもう、わたしから離れられない。

たとえ、心では誰かを想っていたとしても。

たとえ、未来で何を選んでも――

“身体”だけは、わたしのものとして、終わらせてしまえる。


 自分の体に感じる彼の存在が、

ひとつの音も立てずに、“染みてくる”。

沈黙の中で、それだけが確かだった。


 わたしの奥で、“ユウ”という存在が、静かに息をしていた。


 そう思った瞬間、涙がこぼれた。

歓喜じゃない。安心でもない。

その涙には、名前がなかった。


 わたしの中の何かが、少しだけ“満たされた気がした”。

でも、それもすぐに空っぽになってしまうだろう。

それでも――今だけは。


 「ねえ、ユウ。……もう、どこにも行かないでね」


 返事はなかった。

彼の唇は、わたしの肩に落ちたまま、何も言わなかった。

でもそれでいい。

反応がないことが、今夜だけは、わたしの“救い”だった。


 密着した肌の奥で、ユウの体温が確かに動いていた。

その温度だけが、わたしの空虚を“封じて”くれていた。


 まるで――

 

 わたし自身が彼を喰らってしまったような、そんな夜だった。



 夜のしじまが、重たい布のように部屋を覆っていた。

外は静かで、壁の時計の針の音さえ、遠くに霞んでいた。


 わたしは、眠れなかった。

体は疲れているはずなのに、どこかがずっと、軋んでいた。

さっきまで重なっていたユウの温もりが、まだ肌の内側に残っている。

それなのに、胸の真ん中だけが、ひどく冷えていた。


 わたしはそっと布団を抜け出す。

床がきしむ音にすら神経を尖らせながら、部屋の隅――姿見の前まで歩いた。


 月明かりが、レースのカーテン越しに白く射している。

ぼんやりとした光の中で、鏡の中の“わたし”が、じっとこちらを見返していた。


 ――この人、誰?


 一瞬、そう思った。

でも、それは確かに“わたし”だった。

髪の乱れも、首元の赤みも、肩の震えも。

全部、自分のものだった。はずなのに。


 「……だいじょうぶ。ユウは、わたしの中にいる」


 わたしは、口にした。

けれど、それが“誰に向けた言葉”だったのか、自分でもわからなかった。

鏡に映るわたしは、少しだけ笑ったような気がした。

でも、その笑みはどこか、冷たくて――わたしのものではないように思えた。


「ここにいる。ここにいる。ここにいる。ねえ、ほら……ここにいるって、言ってよ……」


 鏡の中で、わたしは笑っていた。


 小声で何度も囁いた。

それは“慰め”の言葉であると同時に、“呪文”だった。

誰かがわたしの中で怯えていた。

それをなだめるために、わたしは何度も繰り返す。


 “誰”を慰めているのか、もうわからない。

“わたし”の中に、“わたしじゃない誰か”がいる気がしていた。

でも、否定しようとは思わなかった。


 だって、それがいないと、

本当に“空っぽ”になってしまうから。


 「ねえ、あなた……」


 「ユウは、わたしのこと……好きだって言ってくれたよ」


 「それって、ほんとに“本物”だよね?」


 「ねえ、ねえ、ねえ――本物だよね?」


 鏡の中の“わたし”は、答えなかった。

ただ、笑っていた。

その唇の端が、少しずつ吊り上がって、やがて“にたぁ”とした歪な笑みになる。

それが、“もう一人のわたし”の答えだった。


 足音ひとつない夜。

でも、その静寂を打ち破るように、背後の布団がかすかに動いた。

わたしは気づいていなかった。

布団の中で、ユウがうっすらと目を開けていたことを。


 彼の視線が、こちらを見ていたことを。

鏡の前で、“誰かと話しているわたし”を見ていたことを。

その視線に、どんな感情が宿っていたのか――知ることもなく。


 わたしは、鏡の中の“わたし”に、最後に囁く。


“笑った”のは――わたし、じゃない。


 その確信が、背筋を冷やした。

目の奥で、笑っている“わたし”がいる。

だけど、わたしは笑っていない。


 「……ふたりで、ひとつになれば、もう怖くないよね」


 そして、鏡の前で、にこりと笑った。

その顔は、まるで“祝福”のようだった。

けれどその祝福が、どこにも向けられていないことだけが、

ひどく、怖かった。

誰のためでもなく、誰にも向けられていない。

ただ“笑っている”という事実だけが、そこにあった。


 わたしは気づいていなかった。

あのとき、背後のベッドで、ユウが――目を開けていたことを。

その目が、こちらを見ていたかどうか――

わたしには、確かめるすべもなかった。



 ベッドへと戻ると、ユウはまだ眠っているふりをしていた。

いや――たぶん、本当に眠っているのかもしれない。

夢と現の境界に、彼の意識が溶けかかっているような、そんな静けさだった。


 わたしは、そっと布団を持ち上げて、その隣に潜り込む。

彼の体温が、ほんのりと残っていて、肌の下に染み込むようだった。

そのぬくもりに頬を押しつけたまま、息を吐く。


 (……ここにいる)


 わたしのなかで、その言葉が反芻される。

確かめるように、呪文のように、心の底に沈んでいく。


 手が勝手に動く。

眠っているユウのシャツの端を、そっと、つまむ。

爪の先で布を軽く引っかけるだけ。

それだけの、ほんの小さな動作。

でも、それがないと――自分の中の輪郭が溶けてしまいそうで。


 (つかんでいる、という感覚) 


(彼と繋がっている、という錯覚)


 それが、わたしの中に空いた“裂け目”をふさいでくれる。

――まるで、糸の切れた人形に縫い針を刺すみたいに。



 シャツの端をつまんでいる指が、少しだけ震えていた。

手のひらの奥の奥で、何かがずっと泣いていた。

声も出せず、顔も持たず、ただ怯えている“小さなもの”が、

わたしの中でずっと、生き残っている。


 ユウは何も言わない。

わたしの手を拒むことも、払いのけることもない。

その無言が、わたしには救いだった。

愛されていなくてもいい。

優しくされなくても、好きだと言われなくても――

せめて、“触れていられる”だけでいい。

それが、わたしの“最後の希望”だった。


 わたしの髪が、ユウの首筋に触れる。

彼はそれにも反応を見せなかった。

もしかしたら、もう彼のなかで、わたしは“空気”になっているのかもしれない。

毎日、同じように接吻し、同じように身体を重ねて、

同じように、夜を迎えて、朝を迎えて――

彼の中の“他者”としてのわたしは、もう消えかけているのかもしれない。


 でも、それでもいい。

むしろ、そうなってくれる方がいい。

だって、“他者”じゃなければ、

彼と“ひとつ”になれる気がするから。


 「……ユウ」


 囁いても、返事はない。

けれど、シャツの端をつまむわたしの指先が、じんわりと汗ばんでいた。

まるで、彼の皮膚がわたしの体温を吸っているようだった。


 誰が誰を侵しているのか、

誰が誰に寄り添っているのか、

もう、わからなかった。


 境界が、どこにもなかった。

わたしとユウの間にあるはずの“線”が、夜の深さに溶けていった。

皮膚と皮膚のあいだに、わずかな空気がなかった。

ただ、同じ体温が、同じ形で、横たわっていた。


 「……もう、どこにも行かないで」


 もう一度そう呟いて、目を閉じた。

その声に返事はなくても、

わたしの指先に、まだシャツの感触がある限り、

それで――よかった。



 夜が、終わろうとしていた。


 カーテンの隙間から、かすかな明かりが射し込んでいる。

まだそれは朝と呼べるには遠く、

けれど、確実に“終わり”の気配を孕んでいた。


 隣にいるユウは、動かない。

浅い寝息と、微かな鼓動の音。

静かに、確かに、そこに在る“気配”。


 わたしは、その手をそっと握りしめた。

小指と薬指のあいだに、自分の指を滑り込ませる。

ほんの僅かに彼の指先が動いたような気がして、

それだけで、胸の奥が満たされる。


 (……大丈夫。まだ、ここにいる)


 目を閉じたまま、わたしはそっと心の中で囁いた。

“彼がいなくなる”という恐怖が、毎晩わたしを縛りつけていた。

だからこうして、身体のどこかに触れていないと――

“わたし”という形が崩れてしまいそうで。


 (ユウは、わたしの中にいる)


 さっき、確かに彼の“初めて”を、

わたしの奥に閉じ込めた。

だから、もう大丈夫。

彼はもう、わたしの外には出られない。


 ……なら、わたしが“世界”になればいい。

わたしが彼を見つめ、語り、抱きしめつづけるかぎり、

彼は消えない。

わたしの中に――静かに、確かに、生きている。


 彼の居場所を、わたしの中に限定してしまえばいい。

彼がどこにも行けないように、

どこにも逃げられないように、

誰の記憶にも残らないように。


 (わたししか、彼を形作れない)


 その実感が、わたしを支えてくれていた。

それはきっと、愛とは呼べない。

救いでもない。

ただ、執着という名前を持った、静かな“狂気”。


 それでも、いい。

彼を“失うこと”よりは、ずっといい。


 ユウの手の感触が、指先にじっと染み込んでいく。

皮膚を越えて、骨の奥にまで沈んでいくような、

そんな深い安心が、じんわりと満ちていた。


 誰かに祝福されなくてもいい。

優しい言葉なんて、もう要らない。

わたしと、わたしの中の彼だけが、

この世界の全てでいい。


 ――ふたりきりで、ひとつになれた。


 わたしは静かに目を閉じた。


 ユウの手を握ったまま、

その温度と呼吸を感じながら、

“彼がそこにいる”という錯覚を、

ひとつの真実として受け入れていく。


 眠気が、ゆっくりと沈んでくる。


 体が緩む。

思考が溶けていく。

その沈黙の中で、わたしは最後に、

心の奥底から、静かに告げる。




「わたしと、わたしの中のあなた――それだけが、世界だった。」

 



 ……そう思っていられるあいだだけは、壊れずにいられる。





最後までお読みいただき、ありがとうございました。


この第12話は、澪の内面に深く潜る形で描いた、静かな“狂気”の物語です。

触れることでしか自分の輪郭を保てない彼女が、ユウとの関係にすがる姿――

その痛々しさも、歪んだ愛も、彼女なりの「生き方」なのだと感じながら綴りました。


「ふたりで、ひとつになれた」と思い込むこと。

それが、彼女の救いであり、同時に深い孤独の証でもあります。


もし心に残るものがありましたら、

ブックマーク、評価、レビュー、感想など、ひとことでもいただけると励みになります。


これからもどうぞ、綴木ユウと真白澪の物語を見届けていただけたら幸いです。

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