森の賢者は変化の魔術を行使する。
精霊を沢山連れて、ローブをまとって家から出た私は金属音の響く場所へと向かっていく。
私の森の中で、戦って、暴れて、本当に迷惑しちゃうわ。
音のする方へと少しずつ向かっていく中で、私が見たのは騎士達が剣を握り戦いあっている場面だった。地面に倒れ伏して、事切れている人間ももちろん居る。
アキヒサなら青ざめるかもしれないけど、顔をゆがめるかもしれないけど、私は表情を一切変えなかった。
これは戦争なのだ。
死人が出るのは当たり前な戦闘。はぁ、人の家の庭を荒らしてるんじゃないわよ。勝手に私に関係のない所で戦争でも何でもやったらいい。私は何も気にしない。
「……上空より、水は落ちたる」
ただそれだけの言葉で、魔術は構築される。伊達に300年以上魔術の研究をして生きてきたわけではないのだ。誰にも邪魔されずに暮らしたかったし、最初の頃は世界を渡るすべの魔術の開発にひたすら学んだのだ。
これぐらい、簡単だ。
バシャリッと、上空から落ちてきた水を騎士達は被る。そして、王国と帝国…、双方の騎士達が私の方を見た。
「ねぇ、私の住まう森で戦争とかやめてくれないかしら? 他でやりなさいよ。他で」
ため息交じりに告げた言葉は、シンと静まり返ったその場に驚くほど響いた。双方の騎士達は驚いたような視線を私に向けた後、互いに言葉を発した。
「こんな森の中に住んでいる女など…、そもそも貴様は何者だ!!」
「…アウグヌウの森に住まう女? という事はあなたが、賢者様か!!」
前者が帝国、後者が王国の言葉だ。
「はぁ、うっさいのよ」
私がいったのはそれだけだった。敵意を向けてくる帝国の騎士にも、何故だか期待したように私を見てくる王国の騎士も、一言でいえばめんどくさい。
言葉を封じる魔術を、一斉にその場にいる全員に行使する。沢山の騎士達が居るけど、私にとって数は問題ではない。
いきなり喋れなくなった騎士達は、茫然とした様子を見せ、その後私に向かって口を開くが、声は発せられない。
「ねぇ、私は王国も帝国もどうでもいいの。私の森で戦争なんてしないでくれればそれでいいの。だから、死にたくなかったら消えてくれる?」
にっこりと笑って告げられた言葉。驚いたように固まる王国と帝国の騎士達。この場に魔術師は一人も居ない。ま、いたとしても私の魔術を解ける人がどれだけいるのかわかんないけど。
口を開いて何かをわめこうとしているものも居れば、私に剣を向けるものもいる。
だけど、魔術師を甘く見てはいけないのだ。それに私には精霊だって居る。
私に向かって来ようとした騎士は、周りを飛び交う精霊達のうちの火の精霊によってボッと得物を燃やされる。
『セイナ様に何かするとかだめ!』
周りの精霊達もそんな事を言いながらせっせと自分の力で私を害そうとする騎士達をどうにかしてくれる。得物を燃やされてもなお向かってくるような騎士に関しては怒った火の精霊に灰にされていた。
この世界に落ちてきてからずっと仲良くしていた精霊達は私に懐いてくれている。精霊達は私と違って人間が嫌いではない。だけれども、私を殺そうとするのは嫌みたいで力を使ってくれる。
ふふん。ずっと一緒の私と全然知らない人間どっちを取るかっていったら私の味方するの当たり前よね。
しかし本当に面倒な事だわ。私の住まう森で何も起こさないでくれれば私はそれでいいのに。戦争を起こそうと、内乱をしようと、悪政を誰かが行おうと私には関係がないから。
「ねぇ、今すぐ消えないならカエルにでも変えてあげるわよ?」
王国の騎士も帝国の騎士も、人一人が簡単に燃やされ、姿を消してしまったことに茫然とした表情を浮かべた。
人間一人が死ぬ何て言う事は呆気ないものであるというのに戦いの先鋭である騎士達がこんなことで茫然としている何て生ぬるいと正直思う。
たった一人の人間が死んだだけだというのに。
こういう所が多分もう普通とは異なってしまっているのだろうと自分で思う。私にとって人間はどうでもいい存在で、死のうが生きようが関係ないのだ。
老衰だろうと、病気だろうと、殺されようと、私にとっては同じ。人間が私より先に死ぬのは当たり前だ。
私は少なくとも老衰では中々死ねないほどの寿命の長さだ。どれだけの人生が残っているかその長さは計り知れない。
どうせ私より先に死ぬ人間が、いつ死のうがどうでもいいのだ。率直にいえば。アキヒサのように関係ない人の死に心を痛めて行動するなんてそんな感情は私には残っていない。
「……っ」
喋れないというのに何かを喚きたそうな騎士達にうんざりとする。さっさと消えてくれればいいのに。私はちゃんと忠告はしたのに。それなのにどうして消えてくれないんだろう。プライドか、それとも侮りか。今目の前で精霊によって人一人が燃やされたというのに、私が有言実行しないとでも思っているのだろうか。
賢者と呼ばれた私。次は魔女と呼ばれて、今度はまた賢者と呼ばれるようになった。
人は身勝手だ。勝手に私に期待する。都合よく変えられるのが歴史だ。賢者と呼ばれようと魔女と呼ばれようと、私は私なのだ。
国を救ってきた、誇り高き賢者と勝手に期待されたとしても。
国を滅ぼす、賢者を取り込んだ悪い魔女と勝手にいわれたとしても。
魔女は賢者だったという風に今度は解釈されて、国のために貢献してくれる賢者とまた期待されても。
私は私。賢者でも魔女でもなく、ただのセイナ。
迷い人としてこの世界に落ちてきて、350年以上生き続けた魔術師。
そう、私は賢者なんて大層なものでもなければ、魔女なんていう物騒なものでもない。ただの寿命が長いだけの、魔力が膨大な魔術師だ。
「ねぇ、本当に消えてよ。消えないなら容赦はしないわよ?」
言葉を封じられた互いの騎士達は喚こうとする。全く喋れないのを理解できないのかしら。
今すぐ消えようという意志があるならば魔術を解いてあげてもよかったんだけど、仕方ないわね。
「それは姿を忘れ、それは身を失う。
姿を失ったそれは、姿を求め、私はかりそめを与えよう」
永久的に続く変化を生物に与える魔術は高度な魔術知識と魔術構成力が必要になる。
魔術は口で魔術に関する言葉を発するだけで発現するような簡単なものではない。言葉を口に出すのは、そちらの方がただ単に魔術公式を構築しやすいからというだけなのだ。
私は言葉を小さく発しながらも、その場にいる人数分の変化の魔術公式を一斉に構築する。一人か二人相手なら私は別に言葉がなくてもカエルに変えることぐらい簡単だ。大人数でも省略して出来ない事はないけど、それはそれで神経が疲れそうだから今回は言葉を発して魔術を生み出す。
「かりそめは真実となり、その姿は世界に刻まれる。
生命が尽きるまでその姿を体現させ、元の姿は消えさるだろう」
現代において魔術とは、昔の人が生み出したものらしい。昔の人が生み出した魔術の公式を組み立て、昔の人が考えた呪文を唱えて行使する。
そこに発展はない。意味もわからずに教科書にある通りにやるだけなのだ。魔術公式を覚えて、ただ唱えるだけ。それが今の魔術師だというのは本で見てわかった。人と関わらないから詳しくは知らないけれど。
昔は、私がこの世界にトリップした頃は違った。
魔術師の数は少なかった。公式を読み解き、意味を考えながら魔術が生み出された時代だった。印刷技術だって今より発達はしていなかったし、魔術書は誰にでも手に入るものではなかった。
私に魔術を教えてくれた人は当時の人より寿命が少し長く120歳まで生きていた、宮廷魔術師だった。私が王子に裏切られたと気付く前に死んでしまったけれど、その人は350年前においての世界でも優秀な人で、飲みこみの早かった私に色々と教えてくれた。その頃は帰りたいと思って必死にやっていたのだ。
帰還の魔術公式を生み出すために、ただただ熱心に学んでいた。
そんな魔術の初心者だった日々から、350年。ずっと魔術の研究はしてきた。魔術は公式を完全に理解し、公式を構築し、公式を組み合わせることができれば割と万能な力になる。
「……さて、カエルになりなさい」
ブツブツと小さく声を発する私を怪訝そうに見ていた騎士達。剣を振り上げて向かってきたものも居たけれど、それは精霊達によって対処されていた。
さっさとこの場から消えてしまえばよかったのに。
私のその言葉によって、その魔術が行使される。私の魔力がその場で立ちつくしている騎士達を取り巻いた。
慌てたように騎士達が暴れ出すが、遅い。
一瞬にして私の魔力が、騎士達を覆い尽くした。そして、煙が立ち込めてその姿は一気に変化する。
騎士達のきていた鎧が音を立てて、地面に落ちていく。剣も同様だ。そして鎧の下から鳴き声さえ発せられないカエルが次々と出てくる。
「流石に鳴き声もないのは不気味ね」
私はそう言って、言葉を封じる魔術だけは解いておいた。
一斉に鳴きだす元騎士のカエル達。私はそんなカエル達を見ながらもいっぱいいすぎて邪魔だと思い、風の魔術を発動させた。風はカエル達を別の場所へと運ぶ。
カエルが沢山溢れる姿は何とも不気味だったために、視界に入らない位置にまで運んだのだ。
「さて、帰ろうか」
もう用はない、そう思って私はそのまま森の奥深くに存在する自分の家に戻るのであった。
―――森の賢者は変化の魔術を行使する。
(彼女は邪魔な人間は、排除する。自分の平穏のために)
魔術の設定を短編のときは書いてなかったので、考えた結果こんな設定になりました。




