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その後の王女様。

※あの王女様のお話です。

 私はあの日―――『賢者』が『救世主メシア』を圧倒的に制圧した日から、度々夢を見るのです。

 あの恐ろしい戦いの夢を。

 人を残酷に、簡単に殺してしまうあの夢を。

 入口に立っていた何の罪もない兵士が、爆発しました。肉塊と化して、原形をとどめてない体を見て私は思わず吐いてしまったほどでした。

 詠唱も紡ぐ事なく、『賢者』は魔術を使い人を殺したのです。

 それから青ざめながら、私達が城の外で待っていた時、轟音が響きました。それと同時に、落ちてきたのです。竜巻にのまれた『救世主メシア』とそれを追うように飛び降りた『賢者』が。

 その光景は、人の届かない域にあると思えました。

 ただ、ただ恐ろしかったのです。

 『救世主メシア』と呼ばれる王国の英雄にして、圧倒的な強者でさえも甚振れる『賢者』が。

 『救世主メシア』は手も足も出なかった。一度も『救世主メシア』の攻撃がきちんと『賢者』に当たる事はなかった。

 殺す気で、『賢者』は『救世主メシア』に襲い掛かっていた。それは、私にとっての恐怖でしかなかった。

 『救世主メシア』は確かにお父様の事を信じ切って、この王国を駄目にする一因でした。だから、どうにかしてほしかったのは確かです。けれども『救世主メシア』は『賢者』を慕っていたのを知っていました。そんな方の前に、宿敵である『悪魔』を連れていき、殺す気でかかれる『賢者』が酷く恐ろしかったのです。

 彼女は、『賢者』はやろうと思えば、私たちなんてきっとすぐに殺せるという事を理解できたのです。

 『賢者』は告げました。

 恐ろしい。未知で、怖い。

 そう思ってならない。

 私はそんな夢を見る中で、体をぶるっと震わせ、目を開けて悪夢から覚める。












 「……っ」

 体を起こす。いつもの寝室。ベッドで体を起こした私の隣には、伴侶であるガーティスが居る。

 拳をぎゅっと握る。あの『賢者』は此処にはいない。手を出さなきゃ私を害さない。それを必死に言い聞かせる。

 あの日からもう2年が経過している。

 私は旧王国領に乱立して存在する小国の一つ、ルアネフ王国の女王となった。

 あの日からずっと、夢を見る。『賢者』の恐ろしい力の夢を。あの一方的な戦いは、あの力は、戦場をちゃんと経験した事もなかった私にとってトラウマとなるには十分だった。

 震える体。

 私は、『賢者』が一番恐ろしい。でも、『救世主メシア』も『悪魔』も恐ろしい。自分にはできないような所業を簡単にやるから。歳をとらないから。

 まだ私たちと同じように歳をとるなら此処まで脅えなかったかもしれない。だけど、彼らは歳をとらない。

 ずっと姿形が変わらないで、驚異的な力を持ち続ける。

 だからこそ、お父様が『救世主メシア』と私を結婚させようとした時、酷く恐ろしかった。

 好いていた人もいた。現在の伴侶―――貴族であったガーティス。幼いころから知っていて、同年代な事もあって仲良かった私たち。

 いつの日か、恋い焦がれて。傍に居たいと願った。

 だからこそ、『救世主メシア』との結婚の話は受け入れられなかった。王族だから、政略結婚も仕方がないとは思ってた。出来ればガーティスと結婚したかったけど、国のためになるなら他の人間と結婚しなければならないかもしれないと思ってた。

 でも、『救世主メシア』は、怖かったから嫌だった。

 私はどんな人間だろうと、結婚したら一緒に歳をとって生きていたかった。だから、愛してもいない、歳もとらない『救世主メシア』との結婚は嫌だった。

 目をつむれば、彼らの力が思い出されて、本当に結婚話がなくなってよかったと2年経った今でも思う。

 「ん…」

 その時、隣で眠っていたガーティスが目を覚ました。

 栗色の髪に、赤い目を持つ男。それが、ガーティス。寝ぼけたようにガーティスはベッドから起き上がると私に視線を向けた。

 「…また、見たのか?」

 ガーティスは私の顔を見て、問いかける。

 ガーティスはあの日――、『賢者』が暴れた所を直接的には見ていない。あれだけ派手にやったから、王城周辺の人々はちゃんと見ていただろうが、それ以外の人々は人づてに聞いただけだ。

 2年もの間見続けるあの日の夢。

 それだけ心に、脳に刻まれた記憶。

 ガーティスは私を心配してくれる。ガーティスの顔を見るだけで、何だか安心出来た。

 「…ええ」

 「でも手を出さなきゃ大丈夫なんだろ?」

 「おそらくね。実際『賢者』は必要以上に国に干渉してこないもの。手を出さなきゃ大丈夫なはずよ。でもやっぱり怖いのよ」

 頭ではわかっている。あの人は手を出さなきゃ、機嫌を損ねなきゃ何もしてこないって。実際に長い歴史の中で、『賢者』はこちらから接触しない限り王国に関わっていない。

 歴史書を見てもそれはわかる事だ。

 それでもあんな圧倒的な力を直に見たから、どうしようもなく恐ろしいのだ。

 「大丈夫だよ。聖地にまでして人が立ち入らないようにしてるんだ。それで何かしてくるわけないと思う」

 思わず震えた私の手を、ガーティスはそういって握ってくれた。

 「そうね…」

 「それよりも、今はお腹の子の事の方が大事だろう? 『賢者』の事よりも、お腹の赤ちゃんの事を考えよう」

 そんな言葉に私はガーティスに握られていない方の左手をお腹にあてた。

 少し出ているお腹。そこには、私とガーティスの赤ちゃんが居る。もうすぐ生まれる第一子。

 動いてるのがわかる。確かに私の中に居る、生命。

 「そうね。今はこの子の事を一番に考えなきゃいけないわね」

 赤ちゃんが居る。そう思うだけで少しだけ夢で見た恐怖心が薄れた気がした。私は言葉を口にしながらも、微笑む。

 アウグスヌスの森に住まう彼らの事は恐ろしいけれども、それよりもお腹の中に居る赤ちゃんが愛おしい。

 もう名前も決めてある。

 男の子なら、マティス。女の子なら、アルシィーナ。

 私はお腹をさすりながら、速く元気で生まれてきてほしいとただ願うのだった。






 ――――女王となった彼女は、恐怖心を持ちながらもお腹に宿る生命に喜びを感じる。




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