森の賢者は鬱陶しがる。
宿敵である『悪魔』は『救世主』を恐れ、姿を消した。
我が王国に、『救世主』が居る限り、王国に負けはない。
彼はまさにこの国にとっての『救世主』なのだ。
老いる事のない体と圧倒的な力を持つ彼に勝るものはきっといないだろう。
彼は神の使いなのではないかとさえ、私は思う。そうこの選ばれた国のために神が遣わした使い。そう言われた方がしっくりくる。
そう、我が王国はこの世界の覇者となれる事だろう。
『カタラーツ文庫刊/『選ばれた王国』の戦いより出展』
ぱたんっと読んでいた本をすぐさま思わず閉じてしまった。だってねぇ? なんかこれ書いた人ってかなり酔ってるわよね? アキヒサの力を王国の力と考えて、王国が選ばれた国だからだなんて馬鹿みたい。神なんていないのよ。少なくとも生きている間に神なんて存在見た事ないわ。神話はあっても実物はないわ。
王国は帝国を属国としてから、アキヒサが居るのもあって他の国よりも大きな力を手にしている。王国を敵に回そうとする国は現状ない。それはそうだろう。不老の化け物が居る国を誰が敵に回そうとするのか。
王国からすれば英雄かもしれない。でも、周りから見ればさぞ恐ろしい化け物でしかないだろう。
最近、アキヒサに関する本が割と出版されてるからちょくちょく読んでみているのだが、王国で出版されたものにはいい一面が書かれており、帝国側で出版されたものには何処までも残虐な化け物と書かれている。
対称的な評価は、最もな評価だと思う。
そりゃあ味方からすれば頼もしくて、敵からすれば恐ろしいだろう。
そういえばあの吹き飛ばした皇帝はカナヅチだったらしく、海でおぼれていた所を漁船に発見され、帝国まで連行され死刑になったらしい。
偉そうに余を誰だと思っているだの口にして一発で皇帝だとばれたんだとか。
馬鹿よねぇ、本当に。
「セイナさん…。なんかまたいっぱい来てるって精霊がいってますけど」
皇帝を思って呆れていれば、フランツに声をかけられた。
「そうね。うっとおしいわね」
私はそういいながらも、この前かった小説に手をつける。さっきの『選ばれた王国』は何だか続き読む気分にならない。
「あれって、王国以外の国の人間達なんですよね」
「そうね。アキヒサをどうにかしてくれって言ってるわね」
どうでもいいと言った態度で私はフランツに返事を返す。
なんかさー、私の家を彼らは見つけられないわけだけどアキヒサをどうにかしてくれって森のすぐ近くとか、森の中でずっと私の事呼んでるのよね。
何でも精霊に聞いた話では、アキヒサ本人は別に何もしてないっぽいけど。アキヒサの友人らしい国王様が調子に乗ってるらしいわよ? アキヒサが居るからって王国に有利な、他国に不平等な事色々押し通してるんだって。
アキヒサはアキヒサで国王様の事親友って思ってて疑ってないっぽいけど、明らかに国王様ってアキヒサ利用するようになってるわね。昔はどうだったか知らないけれど。
周りの国は私の事知って、アキヒサをどうにかできるって思って何だかね、私拝まれてる。
森の中で神様に祈るみたいにずっと賢者様、賢者様って拝まれてもうっとおしい他ないんだけど。そんなに祈ってもどうにかなるわけないじゃない。
「本当、人間って好き勝手よねぇ。鬱陶しい」
森を荒らす気もないらしいし面倒だからとりあえず家にこもってるんだけど、毎日のように来るとか暇なのって言いたくなるわ。思わずため息とともに出た言葉は仕方がないわよね。
「あの、帝国のお爺ちゃんも来てるみたいなんだけど…」
「ん? 前に口にしてた人ね」
「はい。魔術公式とか教えてくれたお爺ちゃんです。なんか首輪つけられる前にいなくなっちゃったんですけど…」
「ふぅん? 何? 会いたいのかしら?」
「ちょっとは…」
そういって、フランツは私の方を見た。フランツは私より少しだけ背が低い。見上げる形でフランツは不安そうにこちらを見ている。
「会いに行きたいならいってもいいわ。私は関与しないから」
「あ…、僕ちょっとあの中に飛び出るのは怖いんですけど」
フランツの言葉にそりゃそうよね、と思う。祈って、拝んでる連中だもんね。モンスターを撃退しながら頑張って森の中で祈ってるもんね、彼ら。本当鬱陶しい。
そもそも祈ったり、拝まれたからって動く奴なんて実際に居るのかしらねぇ? 地球の小説とかで神に願って力をもたったとかも知ってるけど、普通に神様なんて大層なもんが人間気にするとか思えないんだけど。
あと転生ものとかの神の加護とか、そんな都合のよい神って居るの? 宗教とかなら祈れば救われるとか、信仰すれば救いがあるとかさ。馬鹿みたいと思うの。
祈ったぐらいで助かるなら不幸な人間なんてこの世に誰もいないもの。
神様は居ない。不幸をどうにかしたいなら、自力で幸せを掴みとればいい。他人任せすぎるのよ。どいつもこいつも。
「そうねぇ…。でも会いたいなら一人でいきなさい。私は面倒だからいかないわ」
「ええっと…」
「ぐたぐた文句言うなら放り出すわよ」
「…あー。ごめんなさい」
「うん。で、行くのいかないの。別にどうでもいいから」
「……なんか怖いんでやめときます」
水の精霊が見せてくれる外の様子をちらりっと見たフランツは結局そう口にした。
水は幻影系の魔法にも活用できる。外の様子を水面に先ほどから見せてくれているのだ。ちらっと見ている限りいつでも誰かが森に入りこんでる気がする。ウザイ。
とりあえずウザイからこれ以上煩いならカエルにするわよって意味で、何人かカエルに変えた。
そしたら今度は謎の貢物ブームになった。何がしたいの。鬱陶しい。
宝石とか、魔石とか献上されてもなんなわけ? まぁ、くれるものはもらいはするけど。
****************
『ねぇ、セイナ様ー。なんか王女様居るよ? 王国の』
そんな事を精霊に言われたのは、いい加減貢物ブームにうんざりしていた頃だった。燃やしても、カエルに変えても何だか居るのよね。何人が犠牲になってもアキヒサが邪魔なのかもしれないわね。
そうする度に拝みだの、貢物が増えて鬱陶しい。
「……アキヒサってば王女様にまで疎まれてるの? ちょっと状況教えて精霊達」
王国ってアキヒサからすれば仲間だと思うのだけれども、何故かしらとちょっと思って精霊に問いかける。
実際に水面にドレスを身につけた気品のある女性が映った。この子が王女だろう。なんか雰囲気も王族っぽいし。その子は16歳ぐらいの、金髪の美しい少女だ。童話に出てくるお姫様ってこんな感じじゃないかなっていう感じの子ね。
『んーとねー。王様にアキヒサと結婚しろって言われてるみたいー?』
『国にとりこみたい? みたいな?』
『でもー。王女様、好きな人居るとかでー』
『でも断れないしーって。あと王様が好き勝手してるのが、嫌みたいー?』
それを聞いて、ああ、と思った。国の味方であるように、王女を差し出そうと思ったのだろう。国王は。家族になれば、甘いアキヒサの事だからこれから国を裏切ろうなんて思わないだろう。
国王がアキヒサをとりこむ事に必死で、王女が嫌がってる。
結局、結婚が嫌で好きな人がいる、好き勝手している父親が嫌だっていう他力本願な考えで王女も来ているのだ。最も嫌がる女の子と無理やり結婚するなんてアキヒサはしないだろうから、王女は国王の意志に逆らえないだけって事だろう。
大きすぎる力は元々忌避されるもの。
怖いから。何をしでかすかわからない存在なんて恐ろしい他何もない。人間達からすれば私たちは、異常で未知の存在だろう。
未知のものに恐怖するのは誰だって一緒。私だって計り知れない存在が居たら驚きもするだろう。
だからこそ、そういう怖さでいっぱいになって人間達は今、アキヒサを排除しようとしている。
周りの国の人間からすれば、アキヒサが敵に回るってだけで恐ろしいものだろう。それだけ差があるのだ。私達と人間には。
王女からすれば、結婚は嫌で好きな人がいる。そしてアキヒサが居たら父親が好き勝手にやって国が駄目になるとでも思ったのかもしれない。
多分国王はアキヒサの甘さを利用してる。親友って立場で、いいように使ってる。きっと昔は対等だったとしても今はそこに対等な関係なんてない。
人は時と共に良い方面にも、悪い方面にも変化していくものだから。
「何だか、いっぱい来てますけど…」
「そうね。フランツ。でも私は嫌いなの。自分で何もしない癖に私に頼ってくる連中とか、ウザイだけよ」
「ああ。まぁでも、『救世主』が相手ですから…」
「いいえ。人はアキヒサっていう存在が相手じゃなくても、下手に助けると何人でも、しょうもない理由でやってくるわ。そもそも私は人を助ける気なんてないの。自分のために使うのよ。私の力は」
椅子に腰かけたまま、フランツにこたえる。
そもそも私たちは不老であっても不死ではない。殺そうと思えば殺せる。幼い子供だろうと刃物を持てば一人ぐらい殺せる。それと一緒。方法次第では、私達だって殺せる。
そんなに邪魔なら自分でやればいい。
それでもきっと殺せないと思いこんでいるから彼らはやらない。失敗した場合がきっと恐ろしいから。だからって私頼みで此処に来ている。
「というか…色々もらってるのに」
「勝手にあっちがくれただけでしょ。それでやるかどうかなんて私が決める事よ。一回で学習して、さっさと森に来るのやめればいいのに」
そう口にしながらも、私はため息を吐いた。何だか最近ため息ばかりついてる気がする。めんどくさいわ、本当に。
****************
それからしばらくが経った。一つの国が潰れた。王国の力によってらしい。多分、アキヒサが国王に利用されている事に気付かずにやったんだと思う。
何せ、私が敵であるはずがないと思うぐらいに甘いのだから。私の人間と関わるなら会いに来るなといったのに来るぐらいなのだから。それぐらい甘い。優しいともとる人もいるかもしれないけれど、甘さは人を駄目にするだけだ。
実際、国王はきっと駄目になってきている。
賢者様、賢者様と祈る連中も、貢物らしきものをやたらと送ってくる連中もめんどくさい。鬱陶しい。邪魔。
「………鬱陶しい」
苛々する。関わりたくないのに。これは誰のせい? こんな風に人間達が私に通い詰めるのは、脅してもそれでも通い詰めるのは――――、
「うん。アキヒサのせいね」
そう呟いた私は、きっと恐ろしい笑顔だったんだと思う。
すぐ近くで魔術書と向かい合っていたフランツが、恐ろしいものを見る目で私を一瞬見たから。
「決めたわ」
「え……?」
読んでいた本をばたんっと閉じて立ち上がった私を、フランツは驚いたように見ている。
真意がわからないとでも言う風に私を見るフランツ。私は声をあげる。
「フランツ、精霊達。私は少しでかけるわ」
「え、っと。ようやく、助ける気に?」
「いいえ。助けたいからやるんじゃないわ。外の連中はうざすぎたら一掃するわ。私はこの原因になったアキヒサにむかついてるから、シメにいくの。場合によっては殺すわ」
そのまま私は、出入り口の方まで歩いていく。そして、私の言葉に固まっているフランツとはしゃぐ精霊達に向かって声をかける。
「フランツ、あなたも来る? いい勉強になるわよ、きっと。それと、精霊達はお留守番しなさい。此処で、帰りを待ってなさい」
いつも通りの真っ黒なシンプルな服装で、私はそのままフランツ達に背を向けて扉をあける。
「みたいなら、ついてきなさい」
その言葉に、フランツが慌てたように動きだすのがわかった。
そして、私は外に出た。
――――森の賢者は、鬱陶しがる。
(そして、ようやく彼女は動いた)




