森の賢者は静観す。
私、セイナがアキヒサと一緒に暮らし始めて50年近くの年月が経過した。
あれから王国からは一切人は来ないし、平穏な日々を過ごしている。
アキヒサは現在は私に魔術を習っている最中だ。やっぱり召喚のチート能力付いていてもアキヒサは魔術の腕はまだまだひよっこだから。今のアキヒサは魔力が多くて、身体能力が強いっていうだけで、魔術の腕はない。
とはいってもそこまで本格的に学ぼうって意志はないのか進み具合は遅いけれども。
椅子に腰かけて魔術書をパラパラと捲っているアキヒサにちらりと視線を向ける。
その日本人特有の漆黒の髪は、魔力の影響で徐々に色を変えてきている。
少しずつ、少しずつ金色へと変わってきている。髪の色が変わるなんてよっぽどだ。本当にアキヒサは私と同じような人間なのだとそれを見て実感した。
「そういえば、セイナさん」
「ん? なぁに?」
私はその時、アキヒサを見ながらもベッドに寝転がっていた。飛び交う精霊達と戯れながらも寝そべって寛いでいたのだ。
ベッドの上には先ほどまで読んでいた小説や魔術の本が散らばめられている。
「ナシトア王国の状況ヤバいんですよね」
なんとも言えない表情を浮かべる、アキヒサ。
ナシトア王国。
それは私がこの国に落ちてきた当初に深く関わって、色々と経験した国。
私を賢者だと言って頼ってきて、望みを断ったら魔女といった。そんな身勝手な国。
それに加えて、50年前にアキヒサを召喚して人ではなくしてしまった国。
「ま、自業自得よね。魔力欠病についても、現王のガチの絶対王政についても」
『自業自得ー?』
『ぜったいおーせい?』
私の言葉に一々反応する精霊達は本当可愛い。癒されるわー、なんて思いながらも私はベッドの上で満面の笑顔だ。
ナシトア王国は現在破滅に向かっているとも言えるだろう。
まず一つ目の理由が『魔力欠病』と呼ばれた病気の原因の露見である。
50年前アキヒサが召喚された時に私のせいだってされていたあの病気の事だ。あの時の魔術師と騎士×2は私に『ちょっかいを出さないこと』と『魔力欠病の原因』についてきちんと話すように言われ実際に話したようだった。
ついでにいうとその後、王国は『賢者と魔女』という本を出版した。その本の内容は他の本と同様に好き勝手に捏造されていた。本当捏造お疲れである。まぁ、私は自分の元に人間がやってこないならそれでいい。
それで『魔力欠病』については流石に王家の人間の仕業なんて言うわけにもいかないためか、王族や国の重臣にのみ告げられたようだが、それが国民に露見したのだ。
もちろん、その時点で王家に不信感をもつものは多かった。生まれた時に受ける祝福も突然廃止され、その事がその事実を決定づけていると国民達は怪しんだ。
それに加えての現王の絶対王政だ。
あれから、王は三度変わったらしい。王の暗殺など物騒なことも行われていたらしいし、やっぱり人間って怖いわね。
現王は暴君だ。好き勝手にただ自分の思うままにやっている。止めた重臣は処刑にもっていかれ、税金は上がるばかり。幸い私とアキヒサの住むこの森には被害がないが、森の外では反乱軍が立ちあがり国は荒れに荒れている。
とはいってもこれらの情報は本を買いにいったついでにただ小耳にはさんだ情報だけれども。
「反乱軍以前に、帝国が領土狙ってるんだろ。どうにもしなくていいのかよ…」
「あら? アキヒサは王国に愛着でも持ってるの? 私は全然興味ないわ。滅ぶなら滅べばいいと思うわ」
アキヒサの言葉に、私は笑って軽く答えた。
反乱軍に加え、この隙を狙わんとばかりに隣国のアールスア帝国が兵を集めているという噂が国中に出回っている。アキヒサはまだ不老にも等しい体になって50年程度しかたってないから私みたいに全然すれてないし、争いを止められるだけの力があるのに止めなくていいのかと思ってるのかもしれない。
それにアキヒサは元々『勇者』なんていう大層なものとして召喚された存在だ。もとより正義感でも持ってるのかもと考える。
トリップした当初の私も助けられる人は助けたいなんて思ってた、今では考えられないほど純粋だったなぁとアキヒサを見ながら過去の自分を見ているようで懐かしく思った。
でもま、何かしなきゃなんていう意見に賛同する気は今の私には全くない。
「アキヒサが止めにいきたいならいってもいいわよ。ただし私は関わらない」
「……そんなっ、何の罪もない人間が死ぬのに」
「だから行きたいならいってもいいわよ? っていってるの。それともアキヒサは私がいなきゃ何もできないおこちゃまなの?」
アキヒサが私の言葉にショックを受けたような表情をするのを見ながら思わず笑った。
私がアキヒサに優しいのは身内だから。他人なら私はとっくに切り捨てているし、どうなろうとどうでもいい。
そんな私を優しいと勘違いでもしていたのかと思うと何だか滑稽だった。
ベッドの上で相変わらず寝転がったまま、姿勢さえも崩さずにアキヒサにただ視線だけ向ける。
「行くなら早くした方がいいわよ。あなたには力がある。また荒削りだけど、『勇者』として召喚された力が。やりたいなら国をまとめるでも戦争を止めるでも何でもやったらいいわ」
ベッドの頭部分においていた果物をつかんで口に含みながらも、私はただいう。
もし、本当に行きたいというなら行けばいい。アキヒサと私は同じように長寿な人間だとは言っても、違うのだから。アキヒサの行動を制限する権利は私にはない。
「でも、行くというなら、人間社会に思いっきり関わると言うなら帰ってくるのはよしなさい。私は人間が嫌いなの。知ってるでしょう?」
試すように視線を投げかける。アキヒサは椅子に腰かけたまま見事に固まっていた。
「で、行くの? 行かないの?」
敢えて戸惑っているのを知っていながら私はさらに問いかける。私達のような存在が外と関わるのは面倒なのだ。本当に。
覚悟さえも持たないというならば、行っても騙され殺されたり、失敗する。一番私が知ってる。欲深い人間っていきものの怖さを。
実際的な強さなんて関係ない。欲にくらんだ人間は恐ろしい。
「俺は――――…」
アキヒサはそうして、しばらく考えてだけど答えを出した。
その日、森の住人が一人消えた。
そしてその後、帝国と王国との戦争において一人の英雄が誕生し、その英雄は反乱軍を導いてクーデターに成功することとなる。
――――森の賢者は静観す。
(彼女の真意は定かではない)




