第十五話
「勝者、戦乙女ミサ!」
決闘にはミサが勝利した。
正直、ぎりぎりの勝負だったけれど、今まで強くなろうという一心で努力してきたことを認められたような気がして、とても清々しかった。
闘技場中が騒がしくなる中で、審判が「勝者、望みを」とミサに視線を投げかける。
この戦いは勝者が敗者へ、望みを一つだけ命じることができるルールだ。スペンサー王子は最初からそれを提示していたが、ミサの望みはまだだった。
軍服の裾をぎゅっと握り締め、目の前に立つ真っ赤な青年を見つめる。
この願いを口にするのは少し恥ずかしい気がしたけれど……改めてスペンサー王子を眺め、なんだか覚悟が固まった。
「ミサは決めたであります。敗者、スペンサー・クノール王子! ――あなたに命ずるであります。あなたが、あなたがミサの……夫に、なってほしいであります」
あたりをざわめきが駆け抜けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ミサが望んだのは、スペンサー王子が掲げたものと全く同じであった。
しかし彼女自身がそれが一番いいと思ったのだから仕方ない。……ミサはあの時、スペンサー王子が自分のことを想ってくれていたのだと知って嬉しかったのだ。
それなら、自分の気持ちもきちんと伝えたい。そして彼を支えていきたい。ミサはそう思ったのである。
王子が真紅の瞳を見開いていた。「本当に、それでいいのか」
「いいであります。ミサも、実は――」
と、闘技場の真っ只中でいい雰囲気になっていた二人だったが、それはとある人物によって無遠慮に割り込まれてしまった。
「気に入らないですわ!!!」
凄まじい大声が上げ、少女が闘技場の砂の地面の上に駆け出してきたのだ。
輝かしい金髪に、まるで宝石のような榛色の瞳。
一見して気の強そうな印象を抱かせる赤い唇はぎゅっと引き結ばれており、彼女が今、何やら激情しているらしいことはわかる。
ミサは一瞬怯えそうになったが、心を強く持って彼女――メリッサ・ビジータと向き合った。
「決闘を行う両者と審判以外、決闘の場に足を踏み入れてはならないはずであります。あなたはミサたちに戦いを挑んでいるでありますか?」
「そんなわけないでしょう! 化け物レベルのバトルなどレディに勝てるはずもありませんわ!!! そんなふざけたことを言っていないで説明なさい、そこの軍人娘!」
メリッサに指差され、ミサは少し不快な気持ちになる。
軍人娘という表現は間違ってはいないが少し失礼ではないだろうか。いくら貴族だからと言って人に礼儀正しく接しないのはどうなのだろうと思ったりしたが、とりあえずは彼女に教えてやらなくてはならない。
「元よりこの勝負はスペンサー様が勝ったらミサを娶ってくださるはずでありました。結果勝利したのはミサでありますが、ミサも同じ願いだっただけであります」
「そもそも、なぜ殿下があなたのような軍人娘を娶るんですの!? 殿下にふさわしいのは由緒正しきビジータ侯爵家の娘であるこのわたくしですわ! 殿下、殿下はきっとこの女に騙されているのです。ですからどうか目をお覚ましになって」
叫ぶメリッサに詰め寄られ、スペンサー王子は肩を震わせていた。
それが恐怖でも怒りでもないことはミサにはわかる。可笑しすぎて笑いを堪えているのだと。
「騙されている、か。……そうだな。ならば俺はビジータ侯爵の娘を娶る。これで、文句はないだろう?」
メリッサはそれこそすっかり騙されて目を輝かせながら頷いていたが、ミサはスペンサーの意地悪な笑みに魅入られてしまったのだった。
そしてその一方で、ビジータ侯爵が王子の言葉の本当の意味に気づいてぶっ倒れてしまい、観客席で大騒ぎになり始めていた……。




