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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
11章 混乱の幕開け
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88話 昭和恐慌

「父からの手紙では今、アメリカでは大変なことになっているらしいわ」メアリがつぶやくように言って来た。

「株価が暴落していることだよね」

29年10月24日(木曜日)にGMの株価が一気に80セント値下がりしたのを皮切りに、相場は売り一色となった。ウォール街周辺は不穏な空気に包まれ警察官が配備されるほどとなる。シカゴとバッファローの市場は閉鎖され、この日だけで自殺者は11人に及んだ。これが「暗黒の木曜日」と呼ばれる世界恐慌の幕開きだった。

「私は経済のことはよく知らないが、これが世界にどんな影響を与えるのか心配だね」

正平はこの時はまだ、日本への影響を推し量れてない。


株価暴落は世界の投資家をパニックに陥れ、株の損失を埋めるために様々な地域分野から資金を引き揚げられていく。これがアメリカ合衆国に経済を依存してきた脆弱な国々の経済も奈落の底に引きずり込まれることになる。

30年10月ブラジルで暴動とクーデターが起こる。

同年12月フランス植民地金融社が倒産危機に陥り、政府が救済措置に動く。

31年1月ボリビアがデフォルト。

同年5月オーストリアの大銀行が破綻。

同じく5月、ドイツの第2位の大銀行が倒産。

以上のように世界経済は悪化の一途を辿っていくことになる。


この事態を浜口首相も井上蔵相も軽視する。

「アメリカの株価下落は対岸の火事と見て良いのではないでしょうか。日本に直接影響があるとは思えません」

30年1月に井上は予定通りに「金解禁」を断行する。

そして金解禁の必要性を各地で行い、その結果、行われた総選挙で民政党は過半数を獲得し、国民の理解を得られたことになった。

だが、「金本位制」は世界の流れであり、国民の理解が得られたらと言って、それが正しいとは限らない。

大事なのは日本経済にとって悪影響にならないかどうかだった。

そして、時期の問題がある。浜口内閣が「金解禁」に踏み出した時、世界は恐慌に突入していた。

あまりに悪いタイミングだったと言えよう。


この時期、正平の長男の平壽ひらかずが帰国している。彼はアメリカの大学で機械工学を勉強した後、日本の商社に入りそのままアメリカで勤務していた。そして、2年前と今年生まれた弟と妹の顔を見に来ていた。

楽しい夕餉も終わり、父と息子は書斎で日米相互の現状を話し合っていた。

「うーん。時期がどうなんでしょうね」平壽は金解禁に否定的だった。

「財政を健全化するのがいくら世界の潮流で、日本国民が納得してくれたと言っても、日本経済が駄目になればもともこうもありません」

「お前が、日本経済が混乱するとの予測の理由は何だ」

「まずアメリカの事情ですが、非常によくありません。自動車の売れ行きは止まり、各工場の製造設備は止まっています。当然失業者はこれから増えるでしょう。そして、日本のアメリカへの主要な輸出品である、絹は売れなくなると思います」

「そんなに深刻なのか?」正平はこの分野には疎かった。

「ええ、絹は高級品ですが、必需品ではありません。お金が乏しくなると、人はまず高級品を諦め、手ごろなものに手を出すでしょう。衣料品で言えば、絹から木綿に目が向くでしょう」

「日本の絹が売れなくなるのは分かった。次はどう予測する」

「今度の為替レートは円高ドル安です。日本の企業は同じ製品を売っても手取りは少なくなります。一割も円高になれば100ドル手元に入るものが90ドルにも落ちるのです。企業とすれば大変な痛手になります。それに加えて金解禁となれば、緊縮財政ですからよりデフレ効果が強まりますよ」

「不景気になると言うことだな?」


浜口も井上も世界恐慌の影響を軽視したのではないが、日本の国際競争力をつけるためには、力のない産業をいつまでも保護する必要はないと考えていた。競争力のある企業だけが生き残れば良いという考えだ。

ただ、関東大震災、昭和金融恐慌を経て日本経済は二人が考えていたよりも弱っていた。二人が思っていたほど日本経済は強くなかった。

当時、日本の輸出の半分を占めていた対アメリカ向けが激減し、絹糸を生産する養蚕農家が大打撃を蒙った。綿布の輸出も落ちて、失業者が激増し、各地でストライキが多発する。これが昭和恐慌と呼ばれた大不況が始まりである。

「大学出たけれど、仕事がない」人々はこれを口にし、失業に頭を悩ましていく。どんなに良い学校を卒業しても、就職先がなくなった。若者の失業がまず増え、しだいに都市労働者にも波及する。失業の波が日本を覆うことになった。


それでも浜口内閣は経済対策を執ろうとしなかった。緊縮財政は与党民政党の表看板で、これを取り下げることが出来ないでいたのだ。

浜口や井上の経済への取り組みは境の潮流に即していたし、国民も支持をしていた。だが、経済は流動的で日々刻々変化するものだ。井上たちの考えは経済の変化よりも教条的に“財政健全化”に拘り過ぎていた。

財政再建をあまりに意識したため、日本経済を悪化させてしまう。浜口内閣は昭和恐慌に鈍感だったと言えよう。


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