84話 田中との会話
田中は狭心症の持病があり、天皇から直接叱責されたことは相当に堪えた。退任後、人に会うことを避け、塞ぎがちになっていた。
その田中を、正平は田中の私邸を訪れている。
「久しぶりだな。何のようだ」そう言った田中の顔はすっかり生気を失い、青白んでいる。
正平が田中邸を訪れたのは初めてだった。そればかりか田中と二人で直接話をしたこともない。
「今度のことは残念です。このままでは将来に禍根を残し、再び陸軍が暴挙を起こすかと思います。
そのためにも張作霖の爆殺の真相を知りたいと思いました。
事件の真相を知り、語っていただけるのは閣下しかいないと思い尋ねました」
「張作霖の爆殺の真相を知って、どうする」
それは正平を試すような口ぶりだった。
退任以来、田中を訪ねて来る者は稀だった。そして、そのほとんどが、半分田中を慰め、半分からかいの姿勢が見えた。
田中はそんな客たちと接するのを避けていた。ほとんどを挨拶程度にすませて、追い返している。
張作霖のことを直接聞いて来たのは正平が初めてだ。
それでも、田中は不信そうに薄目で興味なさそうに見ている。
「陸軍は腐っています。組織防衛のために不正に目をつぶりました。国家の為でなく、陸軍を守るために動いたのです。
このままでは、日本の将来が危ういことになります。是非、事件の真相を知り、今後の対策を行いたいと思います」
ここで、初めて田中が目を開いた。
「お前は張作霖を殺したのは良くなかったと言うのか?」
「良くないと言うよりも、悪ですね。正義ではありません」
「なら、お前はこの事件をどうしようと言うのか?」
「不正を犯した者は処罰しなければなりません」
「お前はどのようにすると言うのか?」
「今の私では力がありません。公表したとして、潰されるだけでしょう。しかし真相を知っていれば、必ず、機会が得られます」
「真相を公表すれば、国の評判がどのようなことになるか分かっているのか?」
「一時的に海外の評判は落ちましょう。しかし、日本が真実を隠さない国だと認めます。
それ以上に、国内で暴挙を防ぐことが出来ます。そのことが大きいです」
それを聞いて田中はしばらく目を瞑った。そして再び目を開くと「お前はどれだけのことを知っている?」
「私の知っているのは又聞きです。
張作霖の乗っていた列車の通過するに合せて、線路沿いに仕掛けられた爆薬が爆発した。張作霖含め側近など20名近くが死亡した。
犯人は張作霖がどの列車に乗り、いつ現場を通過するか事前に分かり、大量の爆薬を仕掛けられた者です。
それが現場でできたのは関東軍の者と考えられます」
「お前の推測は正しい。細かく言うと、関東軍高級参謀の河本など3名で行った。」
田中は事件のことを語りだした。黙って正平はそれを頭に入れる。
「彼らの仕事は杜撰の一言で済む。国民党に見せかけるために、麻薬患者の中国人を現場まで連れ出し、殺して放置したが3名の内、一人は生きていた。そして、張学良の許に逃げ込んでしまった。勿論このことは国民党にも伝わっている」
「そんな、まずいことを?」思わず正平が口に出すと、田中はゆっくり頷いた。
「俺は満州での日本の権益を維持する目的で蒋介石とも会い、この件では話がついていた。蒋介石は満州での日本の権益を保証してくれ、俺は支那への干渉はやめると言ったんだ」
密約があったことを正平は初めて知った。
「だから、張作霖には北京から撤退させ、満州に帰らせたんだ。それを関東軍が殺した」その言葉には怒りがあった。
関東軍は張作霖の能力に疑いを持ち、別の人物を擁立しようと考えていた。張作霖排除と同時に満州に親日政権を作ろうと思っていた。
政権樹立には張作霖が邪魔になる、だから殺害した。
俺が蒋介石と交わした約束を関東軍にぶち壊された」
「それでは関東軍は日本政府の方針を全く無視していたのですね」
「そうだ。関東軍は勝手に動いている」
「これを何とかしないと日本は道を間違えますね」
「お前もそう思うか?」田中の声に喜びが見える。皮肉なことに、田中が辞めると株価は上昇し、新聞はこれを歓迎している。来客も励ましよりも皮肉を言いたいために来る者が多い。その中で、正平は共感してくれている。
「はい、いつか、私の手でこのことを明らかにします」
「お前なら、やれるかもしれんな。」田中はポツリと言った。
「ああ、それからな。陛下もこのことには強い怒りを持たれて、私はおしかりを受けた。」
思わぬ本音が出た。
(田中さんはこれまでずっと強気の姿勢を示して来ていたが、そんなことがあったのか)
その後、話しが終わり、辞去する時に「お前とはもっと早く話し合えばよかったな」田中が微笑みながら言った。
幾分かだが、訪問した時よりも田中の顔に赤みがさしているように見えた。
「私も閣下に早く御尋ねすればよかったと思います」
田中は内閣総辞職から3ヵ月もたたない9月29日に心臓発作で死去した。享年65歳。
「田中さん。無念だったでしょう。必ず私が田中さんのやり残したことを果します」正平はそう言って霊前に手を合わした。
昭和天皇は田中を叱責したことにより、内閣が総辞職し、死に追いやってしまったかも知れないと思われたのだろう。以後政府の方針に不満があっても口を挟まないことを決意されたと言う。




