64話 メアリとの会話
その後。メアリとは会食しながら、会話を続けることにした。
ジャーナリストらしく、いくつかの質問をぶつけてきて、正平もそれを的確にこたえる。
彼女と会話をしていると、話題が次々と展開され、打てば響くような応答が楽しくなる。
「共産主義をどう思っているのかしら?」
自動車関連の会話から労働争議、労働組合のことに会話が進み、話しが5年前のロシア革命に移っていた。
「ソビエト経済は成功しているようよ。帝国主義経済よりも社会主義経済の方が効率良いと思うわ」
「確かに、必要な人材を必要な部署に集められれば経済効率は高まると思う。ソ連の経済は今後急成長するかもしれない。
ただね、国家により職業や住居を決められるのは、個人の幸せにならないのではないのかな」
「そうね。国から命令されて職業を変えさせられたり、住所を決められたりするのは嫌よね」
「それとね、今、こっちの自動車会社でやっているような、大量生産システムの発想が共産主義社会から生まれるか疑問だよ。フォードが様々な工夫をして今の生産管理を作り上げているが、これは試行錯誤や創意工夫で成し遂げたものだ。このような創意工夫を伴った生産管理を共産主義で生まれるか疑問だと思う」
「そんな風に考えたことなかったわ」
「フォードは利益を追求したいから、様々な工程管理を自動車生産に持ち込んだ。共産主義は私的財産を認めてない。個人の利益を認めないで果たして、今の自動車生産管理ができただろうか?」
「あなたの分析は具体的ね。経済学者に聞くよりもあなたに教わった方が理解できるわ」
少し茶化すように彼女が言う。ジャーナリストとして、ソビエト社会の行方は気になり、彼女も共産主義に理想を抱いてもいた。だが、正平と話すうちに共産主義に問題点も明らかになった。正平の分析力に感心する。
「硬い話はこれくらいにして、君はどうして会社を辞めたの?」
「前の新聞社でオーナーが変り、社風が違ってきているのよ」困った顔になり少し言いにくそうだった。どうやら、彼女の記事を上司が認めてくれたのに、オーナーの意向で没になったことが何度かあったようだ。
「私のつまらない仕事の話はよして、それよりも正平の家族と事を聞きたいわ、お元気なのでしょう?」明るく話題を変える。
「妻は5年前に風邪で亡くなったよ。子供たちは元気に育っている」
「オーマイゴッド。ごめんなさい。あなたに悲しいことを思い出させて」
「いや、心配ない。もう僕もいつまでも思い出に浸ってはいられないから」
「でも・・・」彼女は自分の質問が悲しみの思い出を呼び起こしたことに気にしていた。それを変えるために、正平がまた話を変える。
「ところで、息子たちをアメリカの学校で学ばせたいのだが、英語が問題になる。私も何とか英語が分かるようになっているが、イントネーションなど微妙なことは読み取れない。英会話を教えてくれる人がいないか?心当たりはない?」
「今、日本にどれだけ英米人がいるのか知らないけれど、彼らは皆ビジネスで日本に来ているはずよ。英語を教えるだけに日本に行く人はないでしょう」
その通りだった。普通の日本人は英語を学ぼうとしないし、学校でも英文が読めれば良いとされ、会話は重視されてない。英会話を学ぼうとする日本人の数が少ないので、英会話を教えに来日するアメリカ人は稀だ。せいぜいアメリカ人宣教師が英会話を教えているくらいだ。宗教色の強い人に子供に学ばせるつもりはない。
東京でも英会話を教えてくれる人は見つからなかった。
「そうなんだ。あまり良い人が見つからなくて困っている」
「それなら、うってつけの人物がいるわよ。」
「そんな人がいるなら是非紹介してくれないか」
「ええ、ここよ」笑いながら彼女は自分の顔を指さす。
「私ね。日本に前から興味があるの。日本は白人以外で唯一、近代化を成し遂げた国なのよ。どうして近代化できたのかジャーナリストとして大いに興味あるわ。是非日本に行って見たかったの。日本についてよく知ることができるのなら、この機会に行って見たいわ。」
彼女にとって日本に行くことが最優先なのだが、息子に英会話を教えてくれるのなら動機は構わない。
「息子を教えてくれるのはありがたいが、君の仕事はどうなるの?」
「私は将来、作家になりたいの。ジャーナリストとして日本の現状を世界にレポートしていくことは可能よ。そうすれば文筆の能力も向上できるわ。何よりも日本のことを知って、経験を積んでいけば、作家の眼が養えると思うの。あなたの息子さんの英語を見てあげる代わりに、日本のことを知る時間と機会を作って欲しいの」
話題を変えるために、何気なく言ったつもりだった。それが思わぬ展開となった。
話はいつから彼女が来日して、住まいはどうするか具体的なことになった。
そして、一応日本での住まいや必要経費なども話し合った。
「日本で家を借りられるなら、どこでもいいわ」彼女は簡単に考えていた。
そうは言っても、靴を家で脱ぐ習慣のないアメリカ人にいきなり、日本家屋はなじめないかもしれない。
正平が東京に戻ってから、探すことにした。




