255話 海外情勢
スターリングラードの攻防戦はソ連の勝利で終わる。当然ソ連は国内外にソ連勝利を宣伝し、ドイツはこれを否定した。またドイツの軍事情報はナチスが管理統制しているため、ドイツ不利の情報は何一つ出なかった。
日本もヨーロッパ諸国の領事館からの情報を集め、どちらの陣営の優勢敗勢が入り混じりしていた。その中で、ポーランドからの情報が的確だった。
シベリア出兵した時に、シベリアに取り残されたポーランド孤児を救出した。その孤児たちが母国に帰り成人した。その彼らは日本に恩義を感じたのか、ドイツに占領された地域に入り、情報を津得てくれたのだ。ドイツ内の情報はナチスによって、完全に統制されており、彼らの齎す情報は得難いものだった。
それらの情報を総合的に分析してスターリングラードの攻防はソ連勝利、そしてドイツのソ連領内の撤退が確実と判断した。
正平は石原たち参謀本部の者と何度も協議した結果、「今度の大戦はドイツが敗退する」と結論した。
「アメリカが参戦した時点で、ドイツの勝利はあり得ませんでした。これにソ連での敗退はドイツ軍にとって挽回できるものではないでしょう」と石原は分析する。
その考えに、正平も賛成した。
日本がソ連と戦っていた時から、ドイツからは何度も同盟の話が寄せられてきた。
「ソ連は日独両国にとって、共通の敵だ。東西からソ連を挟みこめば、必ず勝利できる」
日本はイルクーツクを手中に治め、ここを拠点に西シベリアどころかウラルを越えてロシア全領土に爆撃が可能だった。ソ連軍より質量ともに優勢な日本空軍が上空を制し、ドイツ陸軍が戦車でソ連領土を蹂躙すれば、ソ連は抵抗する術が無くなる。
その上で、ドイツは日本との間で、ソ連を分割統治しようと言ってきた。確かにドイツからの提案は魅力的だった。
しかし、正平はこの提案に乗らず、さっさとソ連から休戦案を受け入れた。
同盟案を日本が拒否したことにヒットラーは激怒したと言われる。
「黄色い猿が生意気を言って、ソ連を倒した後は日本を占領してやる」ドイツ在住の日本人はこの言葉に震え上がった。
アメリカが乗り出して来てもドイツ軍の進撃は目覚ましく、サハラ砂漠以北のアフリカはドイツに占領されかけていた。
「ドイツと同盟した方がよかったのではないか」在ドイツ日本外務官は本気に思っているほどだった。
しかし正平は多くの情報からドイツが優勢だと言う情報に疑問を感じていた。
そして、スターリングラードでのドイツ敗退の情報が飛び込んだ。当初は否定的であったが、ポーランドからの情報から確信した。
「ドイツの戦車がベラルーシからポーランド領に帰っている」
この情報を知って、「これはドイツ撤退を意味する、ドイツの敗退は決まりだ。同盟はあり得ないな」と結論付けた。
“負け犬には力を貸せない。”それが国際政治の非情な所だ。
それでもドイツは世界と戦い続けた。アメリカの参戦しても直ちにドイツが敗退することはなく、ロンメル将軍のアフリカ戦線の活躍、V2ロケットによるイギリス空爆など、連合国側を大いに悩ませた。しかし、44年6月、連合国側のノルマンジー上陸作戦が敢行され、ドイツの敗勢は決定的になる。
その後もドイツ軍は抵抗を続けるが、遂に45年4月30日、ヒットラーは自ら命を絶ち、ナチスドイツは瓦解する。
こうして後に世界第二次大戦と呼ばれる戦争が終わった。
この戦争で死亡した軍人の数はイギリスが38万、アメリカが42万、フランスが20万、イタリア20万だったのに対し、ドイツは430から550万、ソ連は870から1385万と言われた。ドイツとソ連の戦死者の数が飛びぬけて多いうえ、民間人がそれ以上に巻き込まれてしまった。如何に両国が惨状であったかが分かる。
日本は早期に戦争をやめたことにより戦死者は2万人と少なく、国土が戦場にならなかったことで民間人から犠牲者は出なかった。
戦争の決着がつく前、正平は吉田外相、賀谷蔵相、宇垣国防相などと何度も協議して、戦後の国際情勢・動向を推察したうえで、日本の対処の仕方を検討していた。
「日本が大きな損害を出さず、国力を維持したうえで、世界大戦と言う大混乱を乗り切れたことは大きい。おそらく、戦後は世界最大の経済力と軍事力を誇るアメリカの存在は絶対的なものになるだろう。その事態を想定して、日本がどうかかわるべきか考えたい」
「確かにアメリカの存在感は絶対的なものとなるでしょう。国内が戦場になったドイツやソ連が立ち直るのは容易なことではありません。フランスやイタリアも同様です。イギリスは国内こそ戦場にならずに済みましたが、戦費が国家財政に大きな負担となってのしかかるでしょう。ヨーロッパの強豪国で戦争の痛手を克服するのに時間はかかります。アメリカも多くの若者を戦場に送り込み、莫大な費用をつぎ込みましたが、国内の生産工場は無傷です。世界最大の経済力の立場はより強固となるでしょう。おそらくアメリカを中心にした国際政治が展開されますね」吉田もほぼ同じ意見だった。
「アメリカが世界の中心の立場になるとして、日本の立ち位置は難しいな。アメリカとの協調関係は築けているとは言えないし、アメリカが次に狙いを日本に定める可能性も考えられる」宇垣が用心深い発言をする。
事実上、ヨーロッパ諸国が世界大戦の痛手を被った仲で、日本は経済力も軍事力もアメリカに次ぐ規模になった。その上、領土は3倍も拡大している。戦争前まで、日本の国力は世界的に、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランスの後、ソ連と5、6番手を競っていると見られていた。しかし、戦後は日本がアメリカに次ぐ地位に躍り出た格好だ。
ただ、宇垣はこれを危惧する。
「アメリカが2番手になった日本を競争国と見なし、日本を敵視することはあり得る」
「それはあるでしょうね。覇権国が2番手やライバル国家を叩くのは世界の歴史を見ても常識です。今まで、ドイツばかりがアメリカと競争してくれたおかげで、日本はアメリカの矢面にならずに済んだ。これからはそういかなくなるでしょう」吉田も同じ意見だった。
「それなら、日本はあまり表舞台に出ないのが得策ではありませんかね」蔵相が提案する。
「これだけ、国内が広くなると、統治するだけでも大変なことです。極東地域に新しく、鉄道や道路、電力や水道などの公共事業費だけでも大きく膨らみます。今、戦争景気で日本経済は大いに潤い、税収が伸びていますが、戦争が終われば海外からの需要は途絶えるでしょう。景気が良かっただけに、日本経済はその反動で、一気に景気が悪化するかもしれません。国際舞台に躍り出すよりも、国内に目を向けるべきでしょう」
その意見に異論はなかった。
新しく領土となった、極東地域はほとんど未開拓と言って良い。人口調査や地質調査などを行って、有望な資源も多く見つかるが、如何に活用できるかが課題となる。資源開発には人材や資金が必要で、その人材を受け入れるには住宅環境、公共施設を整えなくてはならない。公共投資も半端な額ではない。はっきり言って、日本は海外に展開するよりも、国内対策、極東地域の開発に重点を置かなくてはならない。
「今後の国際政治がどのようになるにせよ、日本は国内問題に注力していく」
それが結論だった。




