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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
24章 危険な賭け
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245話 独ソ戦

日本がソ連に圧力を掛けて、極東地域の割譲を要求して交渉していた頃、独ソ戦はますます激しく泥沼化して、いつ果てるか分からない状況になっていた。

「戦場?それは違う。あそこは地獄だった」と有名な言葉がある。

戦争の悲惨さを表現する言葉に「血で血を洗う」とあるが、この戦争ではその言葉が生易しいと思えるほどだった。

兵士は敵方に激しい憎悪を持って戦い、ただただ敵を皆殺しにすることだけを考えていた。

北はレニングラード、南はスターリングラードまでの直線距離にして1565キロも離れている。日本周辺で言えば、レニングラードはカムチャッカ半島の付け根あたり、スターリングラードは日本北端の稚内市より少し南の緯度にある。緯度で10度、経度で14度も違っている。日本の主要都市で考えれば、南北で札幌と福岡ほど離れ、東西では札幌を起点にするなら福岡、日本領海を通り越し韓国の済州島に達してしまうほど離れている。それだけの長い戦線で両軍は対峙した。


両軍が激しく憎しみ合って戦った要因は、ひとえにヒットラーとスターリンの二人の指導者から来ている。

ドイツ指導部の思想は、対ソ連との戦争を人種的に優れたゲルマン民族が「劣等人種」スラブ人を奴隷化するための戦争であると規定している。

ヒットラーは言った。「共産主義は未来の脅威だ。軍人は戦友意識を捨てねばならぬ。共産主義者はこれまでも戦友ではなかったし、これからも戦友ではない。皆殺しの闘争心こそ重要なのだ。そのように認識しなければ、ここで共産主義者を挫くことができても、30年先にはまた共産主義者が蘇り、我々に歯向かって来るだろう。我々は敵を生かして置くような戦争などしない」共産主義を根絶やしなければならないと言っているのだ。

これに対しスターリン、ソ連側のドイツに対する憎悪も激しい。これはソ連の作家の引用だが、「ドイツ人は人間ではない。今や“ドイツの”と言う言葉は、最も恐ろしい罵りの言葉となった。もし、お前がドイツ軍を殺さなければ、ドイツ軍はお前を殺すだろう。ドイツ軍はお前の家族を連れ去り、呪われたドイツの地で責めさいなまれるだろう。お前がドイツ人を一人殺すことができたなら、次の一人も殺せ。ドイツ人の死体に勝る喜びはないのだ。」


その結果、起きた惨劇は広い戦域でどこでも見つけられることとなる。

蛮族同士の戦いは昔もあった。異民族と言うだけで殺し合うことは東西の世界のどこでもあった。ただ近代になると、人類も少しは知恵を付け、戦後の復興などを考えるようになる。戦後のことを考えれば、異民族と共存して暮らすこともあり、いつまでもにくしみあってはいられない。一定の範囲での殺害にとどめ、敵が闘争心を失えば戦いを止め、また無抵抗の市民を巻き添えになるべくしないものだ。それが合理的な考えであり、近代の軍人の常識でもあった。

また、昔なら刀剣で殺すのは数が知れ、千を超す殺害など不可能だった。それが近代になると兵器の発達もあって、万を超す殺害もあり得る状況だった。機関銃の登場は数百人でも簡単に殺害でき、爆破能力が高く取り扱いが容易なダイナマイトを使えば数万の殺害も可能となった。だから人類存続のためにも近代兵器を市民に向けると言う考えが起きていた。だがこの戦争では、人類愛など両軍はかなぐり捨てた。

両軍は捕虜になった兵でも殺害するのを躊躇わず、ドイツ軍はソ連の住民を見附ければ暴行殺害するのを当たり前とした。互いの民族の絶滅を両軍は本気で考えた。

現代戦においてホローコースト(組織的種族絶滅政策)、ジェノサイド(集団殺害)が初めて行われた。なおジェノサイドとは国民的、人種的、民族的、宗教的な集団の全部または一部を破壊する意図をもって行われる行為とされている。

ドイツ軍は蛮行を繰り返し、そして、これを目のあたりにしたソ連軍は復讐に凝り固まっていく。


この戦いの経緯は次のようになる。

41年6月22日、ドイツ軍は330万の兵力で、北、中央、南の3方面からソ連領に侵攻した。まずドイツ空軍が国境近くのソ連空軍を奇襲して、大打撃を与え、制空権を確保する。陸ではバルト海沿岸から進撃して、開戦5日目にはソ連軍事基地のあったラトビアの首都リガにまで達した。中央ではわずか1週間でソ連領内400キロまで進撃し、孤立したソ連部隊を包囲しおよそ33万を捕虜にした。この大勝利にヒットラーも国防首脳も確信を持った。

「ソ連軍など怖れるにはたりない。ソ連はもう負けたのも同然だ。最初にソ連軍の空軍と戦車部隊を撃破したことで、ソ連軍はもう補充できない」と考えた。フランス同様に占領するなど容易いと思った。


ソ連軍が緒戦で大敗した原因に、虚を突かれた側面は大いにあるが、ソ連軍の体制にも問題があった。

スターリンが以前より国力を上げて軍の近代化に努めていただけに、飛行機、戦車の拡充振りは目覚ましく、数量においてはドイツ軍を上回っていた。戦術も良く練られていて、「機械化兵団は戦車、自走砲兵で成り立ち、独立して任務を遂行し、行動の機動力と強大な打撃力を備える。よって無謀にも前進する敵が現れたなら、邀撃ようげきすることも、敵の側面、背後に回り打撃を与えることもできる」と考え、質量とも十分な体制で構成されていた。

しかしソ連軍の指揮官の練度があまりに劣って、致命的な問題を持っていた。例えば、世界最初の戦車部隊同士の激突となった、センノの戦いで見て取れる。ソ連の指揮官は兵卒上がりだったため、大部隊を率いた経験が全くなかった。彼は戦術通りにドイツ軍を1000両以上戦車で投入して迎え撃つ作戦を計画した。ところが、戦車を分散して配置しておいたため、実際には半分しか投入できなかった。経験豊富な指揮官ならこの時点で作戦を見送り、次の機会を待っただろう。だが彼は準備不足のまま作戦を決行し、その結果ソ連軍は大敗してしまった。

そして、このような指揮官しかいなかった責任はスターリンの行った大粛清にある。スターリンは老練で有能な将校の殆どを、反逆の名目で処刑しており、残ったのは経験不足のものだけだったのだ。もう一つ、見落とせないのが、ソ連軍には通信網が整備されておらず、指揮命令が部隊末端に及ばなかったことも大きい。これにより、各部隊は戦場のいたるところで孤立して戦う羽目に陥った。


ドイツ軍の得意としたのは「電撃作戦」と呼ばれる戦車や飛行機を駆使して、敵軍の通信線や補給線を分断したうえで、歩兵を主力にして敵地を占領することだ。ヨーロッパの各地でこの作戦が遂行され、フランスにおいてもこの作戦により、フランス軍は壊滅し、フランスにいたイギリス軍はあえなく本土に撤退するしかなかった。

独ソ戦においても、「電撃戦」の威力はすさまじく、ソ連軍は開戦からわずか2週間で、42万の死傷者と捕虜を出し、戦車5000両近くを失った。

だがこの戦いでドイツの快進撃はここまでだった。この後、ドイツはソ連がフランスとは違うと思いしらされることになる。

フランスが簡単に降伏したのに、ソ連は降伏しなかった。

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