237話 来年度予算計画
不穏な海外情勢の中で、国内景気は活況を呈していた。
満州事変以後大きな戦争が起こらず、ノモンハン戦も短期間で収束して国内景気に悪影響がでなかったこと。226事件で一時騒乱が起こりかけたが、5年以上国内の治安が治まっていたこと。これにより、庶民の不安感は消え消費活動が活発になっていた。
また塚田内閣の道路整備、高速道建設により、人々に自動車社会の到来を予感させ、車への関心も高まりこれも景気に良い作用をもたらした。都市部だけにとどまっていた好況感が地方の村にも波及しだした。農村で出荷した作物が午前中に町の市場に届けられ、農家の現金収入となった。地方の村でも車がいつも走り、町には車を所有する者が現れていた。
それに東京―横浜間、大阪―神戸間の高速道路が開通したことも大きかった。車専用で片側3車線の道は開通した当時は、車がまばらであったが次第に常時車が通行するようになっていた。まだモータリゼーションと言える状態ではないが、車への関心を高め、購買意欲をもたらしていた。
「これからは東京と大阪を結ぶ高速道路の完成を目指す。次に全国に道路網を広げていく」正平の強気の方針を受けて、自動車会社は増産に走り、それが他の産業にまで影響をしていく。自動車の関連部門は幅広い。鉄鋼やガラス、ゴムなどの製造会社ばかりか、自動車ローンなども開発され、金融業にも影響が及んでいく。かつて正平がアメリカで見学した、フォードの流れ作業が日本でも行われるようになり、自動車産業は日本経済でも次第に大きな分野に成長して行く。
そして、日本経済に最も好況を齎したのは、ヨーロッパの戦争だ。イギリスとドイツでは労働者が戦争にとられ、軍事物資から日用品、食料などの生産に支障をきたしていた。両国はこれを輸入に頼り、生産余力のあるアメリカと日本は最大の輸出こくとなる。特にアメリカがドイツ、イタリアに輸出規制をしていたので、日本は2か国の最大輸出国だった。
「戦争は好景気を齎す」それが日本の景気を強く後押ししていた。
ドイツには何でも売れていく状況だ。
「ボタンを糸付けているのは面倒だ。糊で張り付けてごまかしてしまえ」そう言って不良品を輸出する悪徳業者も出るほどだった。それでも売れた。
この頃の日本は何でもドイツに売りつけろと言う風潮があった。これは後のヨーロッパで日本製品の悪評に繋がるのだが、この時にはともかく何でも送りつけて売りさばくことが横行していた。相当な暴利を日本は戦争のどさくさを利用して得ていた。
ただ、実際に喜ばれた物もある。ドイツ軍は戦線が拡大し、人的物資の輸送が困難にあった。これを助けることになったのが、「くろがね号」と呼ばれる4輪駆動車だった。少々の急坂や荒れ地などものともしないで走破し、故障も少ない「くろがね号」はドイツ軍にとって頼りになる輸送車となった。ドイツでも4輪駆動車は開発されたが、熟練労働者が不足気味なこともあり故障が多く不人気で、その分「くろがね号」引っ張りだことなる。「くろがね号」はドイツに上陸した途端にすぐに持って行かれるほどの人気となった。日本の自動車会社にとっても、最も利益率の高い車種になっていた。
「今年度の税収は昨年度に比べ3割以上になりそうです」ほくほく顔で蔵相が報告してくる。
「税収が良ければ、国債発行も少なくできるな」
日本は日露戦争以降、軍事費の拡大で国家予算が逼迫して、国債に頼らなければならない状況が続いていた。塚田内閣は軍事費に考慮しながらも、国債発行をなるべく抑えるようにしていた。ただ、公共工事や景気対策もあり国債に依存してきたのは否めない。国債依存からの脱却、それが正平の大きなテーマだ。
「国債を大量発行しても、日本国内だけで償却できるなら大きな問題になりません。しかし、我が国ではまだ、国内だけで国債賄うほどの国民に資産がありません。英米などから国債を購入してもらわなくてはなりません。そのため、海外に利息を払うほか、必ず国債を買い戻さなくてはなりません。いずれにしろ国債の発行には限度がある。
だから、今年の税収が増えて国債の発行を押さえられるのは喜ばしい。過去10年で最小にすることができます」
「ここで一気に国債発行を止めるのは可能か?」
「それは急な政策変更になります。急な政策変更は思わぬ景気の変調をきたします。経済政策は慎重に緩やかな変革が重要なのです。国債に頼らない方針は大事ですが、急激にやってはいけません」
「そうなると、少しずつ国民の資産を増やしていき、国内だけで国債を消費し、海外に債券購入を頼らないようにするしかないのか」
「それが、一番ですね。ただ、景気が過熱しすぎないようにするのも心掛けないといけません。」
「景気を過熱過ぎず、冷やし過ぎずということか」
「その通りです。景気が過熱すれば物価上昇に繋がり、それがいずれは庶民の懐にひびき、消費を抑えるようになります。それが、景気後退になります。景気の動向には常に心配らなければなりません」
「それは分かる。だとすると今の景気はヨーロッパの戦争特需によることが大きい。現代の戦争は総力戦長期戦の様相ではあるが、いずれ終わる。その時には戦争特需もなくなり、一気に景気が冷え込むのではないか。戦後の景気対策を今から考えないといけないのではないのか」
「そうですね。戦争景気の反動が必ず起こるでしょう。いまから少し引き締め気味に予算を組む必要があります」
二人の考えは一致した。
蔵相とは予算増大は控えめにするとともに、軍事予算にどれだけ割り当てるか協議をする。
「ソ連にある程度の脅威を与えるためにも、軍事予算を減らすわけにはいかない」
「戦後に備えても、予算を引き締め決めにするのが必要です」
結局、正平と蔵相の中間をとる形での予算規模となる。
これを基に、来年度の大枠の予算方針となり、閣議に諮られることになった。




