230話 正平の外交戦略
正平はソ連のこうした動きを注意深く見ていて、石原莞爾を呼び寄せ、今後の戦略を話し合っている。
莞爾は満州事変を板垣征四郎と共に引き起こしたが、米欧との国際関係を悪化したことを痛感していた。それまで彼は統制派に近い人物と目されていたが、統制派の北支分割論には国際協調を考えて反対をした。このことで正平は彼が国際情勢を見ることができ、戦略を理解できる人物と見るようになった。実権を握ってからは莞爾をそのまま中央で使い続け、しばしば議論を重ねていた。
「今後我が国にとって、最大の脅威を与えるのがソ連だ。ソ連は農民を犠牲にしてまでも、軍事増強に力を入れており、それを背景に国境線の変更を目論んでいる。西ではポーランドやベラルーシを併合し、さらにバルト三国に圧力を加え、フィンランドに戦争を仕掛けた。
そして東では日本と昨年今年と二回も交戦している。ソ連の野心はヨーロッパの混乱に乗じて領土拡張を図ると見て間違いない。日本も国防をしっかりと見直さなければならないだろう」
そこで、莞爾がどのように返事するか見ていたが、顔色一つ変えない。正平にしては話が長くなるがまた口を開く。
「ソ連はウラジオを含め、極東に20万以上の兵力と600両の戦車、1000機の飛行機を保持している。わが国の主要都市を短期間で侵攻できる機動力がある。それに対して、今の日本軍ではバイカル湖あたりに進出するのが精一杯で、ウラルを越えてソ連主要都市に攻撃することなど出来ない。軍事面で言えば相当不利な状況だ。
これが、以前の混乱したロシアだったら、それほど心配しなくても良いが、今のソ連指導部は警戒しておかなければならない。明らかに領土拡張を狙っている。
このことを含めて、ソ連に対して戦略を練ってくれ」
「ええ、ソ連の脅威については同意しますが、ソ連とやれば持久戦になります。それを覚悟してのことですか?」
「持久戦になれば日本が不利なのは認めるしかない。だが、短期決戦にしてしまうなら、勝ち目はある」
「ソ連はロシア時代より持久戦の戦いをしてきました。日本とだけ短期決戦に応じるとは思えません」
「だが、今、ヨーロッパ情勢はどう動くか分からない。戦乱が治まるのか拡大するのか、全く不明だ。ただ、ソ連が戦争に巻き込まれることも想定していてよいと思う。」
「ですが、ドイツとソ連は不可侵条約を結んでおり、ソ連が戦乱に巻き込まれる事態にならないと思いますが?」
「ドイツは国外に資源を見つけ出さなければならない。きっとこの大戦が長引くほど、ドイツ軍は石油不足に苦しむことになる。そしてカスピ海の油田は石油不足に悩むドイツにとって垂涎の的に見えるだろう。」
「そのときに不可侵条約を踏みにじり、ソ連に戦いを仕掛けると見ているのですか?」
「それは、はっきりしない。だが、そうなったら、日本にとっても好機になると思えないか?」
莞爾は正平の言わんとすることは分かる。だがドイツとソ連とは条約を締結したばかりで、両国が戦端を開くなど思えなかった。
ノモンハンで指揮を任された時、慎重に事を進め、入念に準備をし、兵力装備が整うまではソ連軍への攻撃を一切禁止させた。極東ソ連軍がノモンハンに投入できる戦力を割り出し、これを圧倒するだけの戦力が満州に展開するまでは、前線に待機を命じたのだ。そして、戦備が整ったとき、一気に全兵力をノモンハンに集中し、ソ連軍を崩壊させることができた。
それだけにソ連軍のことはよく知っている。
「局地戦での短期的な戦いは有利にできるが、国の存亡をかけた総力戦持久戦となれば危うい」それが対ソ感だった。
莞爾が満州駐在から日本中央本部入りして驚いたのはソ連軍の充実ぶりだった。それまで地方にいて、ソ連の情報に接していなかった。だからこそ、その後はソ連軍の動きに警戒し、分析した。
「ソ連との全面戦争は出来ない。」正平の考えとも一致している。
(ソ連と正面からやり合ったら分が悪い。ノモンハンでは局地戦だったから良かっただけで、総力戦になればやられる)そのように考えていた。
ただ、ドイツがソ連と戦いを起せば状況は大いに異なる。確かに日本にとってソ連の野望を潰す好機だ。
それでも思考する。
(しかし、ドイツはイギリス・フランスから宣戦布告を受け、それを想定して独ソ条約を結んだのではないのか。ソ連に手出ししたら、両面で戦うことになり、そんな無謀をするはずがない。またスターリンもドイツとは戦いたくないと思っているはずだ。独ソ戦は想定しづらい。)
「石油の為だけにドイツがソ連と戦うとは思えませんが」
「その通りだ。だが、ヨーロッパの戦乱が収まるのか拡大するのか見えない以上、どんなことになるか分からない。今あり得ないと思われることも絶対ないとは言えないのだ。好機を見逃すことがないようにしてくれ」
「分かりました」莞爾も正平の考えを承知する。
「でも、塚田さんは戦争をやらない方針ではないのですか?」それから別の質問をする。
「今も戦争はやらない方針に変わりない。ただ、ルーズベルトが大統領を続投することになって、日米の改善はほぼ絶望的になった。彼は日本を見くびっているし、交渉すらしたくないと思っているようだ。
一方彼はイギリスを支援するためにあらゆる手段を考えている。イギリスが有利になるよう、ソ連を自陣に引き込もうともするだろう。何故なら、ドイツにとってソ連と戦うことになれば両面作戦をとることになり相当不利になるからだ。
また日本に対しては、圧力をかけて日本の暴発を待っている節がある。ルーズベルトはイギリスに味方して戦争をしたくてしょうがない。しかし国内では戦争反対の声が圧倒的だ。“どこかの国”がアメリカを攻めてくれば国民世論は一気に変わると考えている。“どこかの国”を挑発して、暴発してアメリカを攻撃すれば、アメリカ世論も参戦に代わるだろう。そんな考えを持ってもおかしくはない」
「アメリカと戦ってはとても勝ち目はありませんよ。絶対に戦っては駄目です」やや気色ばんでいう。
「勿論だ。アメリカとの戦争はあり得ない。だが、アメリカ大統領が日本を挑発し続ければ、日本の世論が暴発するかもしれない。大統領がそれを狙って、変な圧力を仕掛けてくるのは大迷惑だ。
ただし、日本がソ連を東から攻める動きを見せれば、事態はまた違ってくる。日本を警戒してソ連はドイツとの戦いを躊躇する。
ルーズベルトにとって、日本とソ連とが戦争状態になるのは好ましいことではない。彼はなんとか日本とソ連との仲を取り持とうと考えるはずだ。
彼が如何に日本を嫌っていても、イギリスを有利に持ち込むためには、日本におかしな挑発は仕掛けなくなるはずだ」
「それではアメリカの圧力をかわすためにもソ連との緊張を高めようとするのですね」
「実際に戦うことを前提にしないが、ソ連が脅威であることを国内外に知らせ、万一の時には戦うぞと言う姿勢を示しておく必要があるだろう。ルーズベルトに日本への挑発をさせないためにも、ソ連との緊張は悪い結果にならないはずだ。」




