220話 同盟期待論
長く休んでしまいました。体調が崩れると考えることができなくなり投稿を中断してしまいました。休んでいた間に構想なども練り直してまた再開いたします。
新しい章を少し前に戻して118話から「日米の戦略」としました。
これから先はヨーロッパの戦争と共に日本とアメリカの戦略を中心に話していきたいと思います。
ドイツがヨーロッパを席巻しつつある状況は日本国内においても新たな動きを引き起こす。
それはドイツが勝利すれば、アメリカをも負かす存在となり、世界の覇権を握りかねない。今のうちにドイツと手を組み、日本も覇権国家の一員に加わろうというものだった。
特に前外相だった松岡などは新聞紙上で、「ヨーロッパにおいてドイツの勢いが日に日に増しており、このままドイツがヨーロッパの覇権を握ることになれば、戦争に傍観して参戦しなかった日本は相手にされないだろう。戦後に行われるであろう国際会議において、日本は発言権を持てずつまはじきになってしまう。」と説いた。
これに東大などで教鞭をとる政治学の識者が加わり、「ドイツがヨーロッパの覇権を握る前に、日本はドイツと同盟関係を築くべき。ヨーロッパが混乱している今こそ、フランス領ベトナム、オランダ領インドネシア、イギリス領マレイシアに手に入れる好機だ」と開戦論を唱えたのだ。
彼らは日露戦争時に名を馳せた“開戦7博士”のように、新聞紙や講演で盛んに開戦論を展開した。
確かに資源小国の日本にとって、東南アジアは魅力的地域だ。石油、ボーキサイト、天然ゴムなどが産出しており、どれも満州や北支では手に入らないものばかりだった。
近代戦争に欠かせない飛行機の製造には、軽量化が図れるアルミ合金の原料となるボーキサイトは不可欠。タイヤや密閉部にはゴム製品が絶対必要。何より、飛行機や戦車、軍艦を動かすのには石油が不可欠だった。日本にとってこれらが入手できる東南アジアは喉から手の出るほど欲しかった。
開戦派の主張理路整然としているだけに、世間でもこれに同調する人が見られるようになっていた。
閣議や勉強会でもこのことが話題に当然なる。大臣の中にもドイツとの同盟を化が得ても良いとする者がいた。
「今の状況は確かにドイツの勢いが強いのは間違いない。だが、イギリスの海軍力はほとんど無傷であり、ドイツ軍がこれを破らないことにはイギリス本国に攻め入ることはできない。つまり、まだ戦争の行方は分からない状況だ。そんな状況ではドイツと手を組むことなど考えられない」
正平としては戦争の勝敗がどちらに転ぶか分からない状態で、旗幟を鮮明にする必要はないと思っている。
「総理のお考えは勝ち馬に乗るということですな」
「そうです。日本が負け組と手を組み、敗戦国になるのは絶対に避けなければならない。どちらが勝利するか見定めてから日本は勝ち馬に乗ります」
正平の発言に外相や国防省も賛成し、これ以来、ドイツとの同盟論を口にする者はなくなる。
閣内はこれで意見が一致するが、国内には同盟論がくすぶり続けた。
もともと陸軍はドイツ陸軍を模範にして創られただけに、ドイツに共感を持つ者が多くいる。かつて“バーデン・バーデンの会談”で一夕会の創立メンバーが集まったように、高級将校の多くはドイツ留学を体験している者が多数占めている。アメリカ留学をした正平は珍しいのだ。
特に統制派にこの傾向が強い。正平によって、陸軍中央から追放されたとは言え、彼らの考えは陸軍内部に深く浸透している。
正平が陸相を辞め陸軍に直接力を発揮できなくなり、さらにドイツが欧州を席巻する勢いで、そのドイツとの同盟論が浮上していることに彼らは好機と捉えた。
松岡などの政治家を巻き込み、同盟論を静かにそして深く浸透させていた。
統制派など軍部はドイツからの情報だけを頼りにして、他の国からの情報は軽視している。それが彼らの国際情勢の判断を見誤ることになる。
勉強会において正平は次のように切り出した。
「イギリス大使からの報告では、ドイツ海軍は弱く海を渡ってイギリスを攻めこむ力はない。イギリスが負けることはないとの報告だ。一方ドイツからはドイツの優位はますます高まっていると報告されている。
現状、どちらの報告が正しいのか、予断できない。日本が判断するのは形勢がはっきりしてからだ」
「その考えに賛成ですが、軍部の中にはドイツと手を組むべきとする考えがあります。その者達が政治家らを巻き込み、声を高めようとする動きがあります」内務省の金子が気になる話を持ち出した。
「統制派の動きだな。気になることがあるのか」
「ええ、統制派の連中は松岡氏や近衛公と頻繁に接触しているようです」
「なに!近衛公と?」
近衛とは貴族議員で、正平よりも前に首相候補に挙げられていた人物だ。その彼が統制派と接触しているとなると、何か裏があるように思われる。
「近衛は226事件の後、宇垣さんと首相の呼び声が高かった。それが、塚田さんが首相になり、3年以上就任して、思わぬほどの長期政権になっている。本来なら近衛は自分が首相になっていてもおかしくないと思っているはず。陰で企みを考えても不思議ではありませんな」これは安田の意見。
「だったら、呼び付けてお灸をすえれば大人しくなるでしょう。」水野は乱暴なことを言い出す。
「いや、仮にも首相に最も近いとされる人で、貴族の方の面目を潰すのはどうですか」岡田は穏当な意見だ。
「近衛公の弱みはこちらで握っています。それを使えば軍部に加担することはなくなるでしょう」その中で金子が不敵なことを言い出した。
「あれか。あまり人の弱みを突くのは相に合わないが、放っておけば騒ぎ出すかもしれないな。この件は金子に任すよ。水野は金子に付き合ってくれ」
権力者は常にライバルや二番手の存在が気になるものだ。その典型例がスターリンであり、彼は政敵を蹴落とすために、粛清を行い暗殺さえも命じている。正平も首相になった頃は権力に執着しようとは思っておらず、北支から撤兵し軍部の統制派を中央から追い出せばいつ辞めてもよいと考えていた。しかし、3年も首相の座にいるともう少し座っていたくなってもいる。
「俺はまだ辞めるわけにはいかない。軍部が同盟論を持ち出したのは国際情勢の判断が甘いからだ。急いで同盟したところで、日本の立場が有利になれるはずもない。もしドイツが負ければ同盟を組んだ日本まで危うくなる。それが彼らに分からない。もう少し首相の座にいて、同盟論を封じ込もう。」
だから、金子と水野により近衛に釘を刺すことにした。




