206話 第二次世界大戦勃発
話は第二次大戦勃発になります。
世界はこれから劇的に変化し、正平のかじ取りもいよいよ難しくなっていきます。
ヒットラーはソ連との条約締結で、東西から挟撃される可能性は薄くなり、一層強くポーランドとの交渉に乗り出してきた。
8月25日から新たなる提案を行う。
「ダンツィヒをドイツに戻し、“ポーランド回廊”において住民投票を行い、住民の意思でドイツに戻るか決めようとする」という内容だった。
ダンツィヒは元々ドイツ人が多くドイツ領と称してもおかしくない。“ポーランド回廊”の帰趨も住民が決めるなら一見、民主的な提案と思える。がしかし、この地のポーランド系住民は投票権を持たない。おまけにドイツ系住民はドイツ本国の繁栄ぶりを横目に見てうらやましく思っている。ポーランド政府によるドイツ人への差別、世界恐慌から続く今の苦境を脱するなら本国復帰に賛成するのは目に見えていた。
ポーランド政府にとってはこの提案は余りにばかばかしいものと映った。
「なんで我が国の固有の領土である“ポーランド回廊”について、住民投票を行わなければならないのだ。おまけにポーランド人に投票は認められない?そんな住民投票なんて認められるか」
ポーランドは8月30日に拒否をした。
これによってヒットラーは交渉する気は失せた。
「イギリスとの暗黙の了解で平和裏の旧ドイツ領の復帰を目指してきたが、こうもポーランド政府が強硬なら、もう交渉は打ちきりだ。例え、フランスやイギリスが宣戦布告してきても、ロシアとの不可侵条約によって東側で戦うことはなくなる。フランスやイギリスなどこの際、蹴散らしてやる」肚を決めた。
39年9月になって、ドイツ軍はポーランドに侵攻した。
ここで、チェンバレンは「両日中にポーランドか撤退せよ。さもなければイギリスはドイツに宣戦布告する」と声明を出す。
だが、もうこの時点でヒットラーに聞く耳は持ってない。ドイツ軍の侵攻作戦は続き、ポーランドは戦乱と化した。
ここに至って、イギリスとフランス両国はドイツに戦争を宣言する。
ついに怖れていた第二次世界大戦が勃発した。
これまで様々な軋みを見せていたヴェルサイユ体制が完全に消滅した瞬間だった。
ヴェルサイユ体制は二度と世界大戦をしてはならないという教訓からできたものだ。
それが、関係各国の様々な思惑によりドイツだけに過度の負担を押し付けた。
その反発がドイツ国民の怒りとなり、ナチスを台頭させた。
今、イギリスとフランスは理不尽な体制を敷いた責任を果たすことになった。
だが、奇妙なことに両国ともドイツを直ちには攻めなかった。
ポーランドは単独でドイツと戦う羽目になってしまう。そしてドイツの大軍の前になすすべもなく敗れ去った。
更に、少し遅れて9月17日になって、ソ連が東から攻め込んできて、ポーランドは分割されてしまった。
ポーランド人の不幸は大国から攻め込まれ、分割されただけに終わらなかった。9月になるとスターリンによって、東部のポーランド人数十万が中央アジアに強制移住された。勿論西部はスターリンの圧政下に置かれることとなった。
このようなことを見ると、イギリスとフランス政府の対応のおかしさが分かる。
まずポーランドに侵攻したのはドイツもソ連も同じだ。それなのにドイツだけに宣戦布告している。
ドイツを“ファシズム国家”民主主義を破壊する国と断定するなら、ソ連の共産主義の方がもっと危険だった。
ポーランド人への冷酷非情な抑圧を見れば、ソ連のとった強制移住ほどポーランド人を不幸にさせたものはない。
イギリス、フランス政府の対応の違いは、ソ連を味方に引き入れたかったことによる。
やがて、ドイツと戦いになれば両国ともソ連を味方にしたかったのだ。その理由だけで、ポーランドの分割は無視され、ポーランド人は捨てられた。
ポーランドに単独で国を守る力はなく、他国の支援が不可欠だった。イギリスもフランスも宣戦布告してくれたのはいいが、それなのにいつまでたっても応援部隊はやって来なかった。
他国の力を当てにすることはこのような悲劇を生むことになる。
ポーランド政府は国民の不幸を免れるためにもドイツとの交渉をもっとうまくやるべきだった。
分割される悲劇はヒットラーとスターリンの密約によりポーランドの運命は決まっていた。
ポーランド政府は知らが仏のまま過ごしてしまい、貴重なドイツとの交渉を無駄に過ごした。
ヒットラーが“ポーランド回廊”を要求してきたなら、さっさと明け渡す方が良かった。もともと第一次大戦前まではドイツ領であり、ポーランドも物でなかったのだ。
住民もドイツ系が多くいたし、現地のポーランド人もドイツ文化に親しんでいたのだ。
たまたま混乱に便乗してヴェルサイユ条約でポーランドに移っただけに過ぎなかった。
結果論だが、ポーランド政府に外交センスがもっとあれば、第二次大戦は引き起こされなかった可能性はあった。
ヒットラーの敵はソ連であり、ドイツ軍はポーランドを通り過ぎるだけのはずだった。
なにも一人でドイツと戦うことはなく、国民を戦乱の地でさまよわせることもなかった。
ドイツに柔軟な対応をしておれば、少なくとも、東からソ連にも攻め込まれ、国土が2分されることはなかった。
頑なで稚拙な外交は国民を不幸にする。




