193話 チェンバレンの変節
38年の3月にフーバーと会ったチェンバレンは「ヒットラーの東への侵攻を容認」することで一致していた。ドイツ軍がフランスなどの西側に進まない限り、干渉などしないで、そのままソ連と戦ってもらおうと考えていたのだ。事実、同じ年9月でもチェンバレンはミュンヘンで、ヒットラーに平和的に東に進むなら黙認する姿勢であった。
ところが39年の3月、チェンバレンは国会で唐突に次のように言い出した。
「ポーランドの独立を脅かす行動があり、ポーランド政府が抵抗せざるを得ないと判断した時、我がイギリス政府には、ポーランド政府を全面的に支援する義務があります。このことはポーランド政府にも伝えてあります。フランス政府も同様な立場です。」
これこそイギリスのポーランド独立保障宣言だった。
イギリスがドイツと戦かうかどうかの判断はポーランド政府が決めるようなものだから、これには誰もが驚き呆れた。
ブースビー議員は「我が国最悪の狂気の沙汰だ」と憤る。更に、ロイド=ジョージもあまりの馬鹿らしさに笑い出し、「こんなことを将軍たちが認めていたなら、彼らは全て狂っている」と呆れた。
どう考えてもチェンバレンの演説は愚かとしか言いようがない。ヒットラーへの警告なら、3年前の36年3月、ドイツが恐る恐るラインラントに進軍した時にやるべきだった。その時ならヒットラーもビビり尻尾を巻いて逃げた可能性があり、ヒットラーの野心を挫けただろう。だが、その後オーストリアとの合邦、ズデーテンの併合ですっかり強気になったヒットラーに警告が効くことはない。「外交の天才」と国内でもてはやされているヒットラーがこの程度の警告で大人しくなるはずもない。
さらにこの3年で、イギリスとドイツの国力は逆転していた。ドイツ軍は機械化して、すっかり戦闘力がイギリス軍を上回るようになり、イギリスとフランスが合同しても対抗できないほどになっていた。軍事力の比較をどれだけ冷静にチェンバレンは分析していたのだろうか。
さらにチェンバレンは「ポーランドを支援する“義務”がある」と言い切ったが、イギリスはポーランドと同盟も友好条約も結んでない。戦争ともなれば、自国の若者を戦場に送り出し、何万の犠牲者を覚悟しなければならない。それだけの犠牲を払ってまで、どんな“義務”があると言うのだ。ロイド=ジョージでなくても頭がおかしくなったかと疑うだろう。
フーバーはチェンバレンの心変わりに驚き、次のように解析した。
1.チェンバレンは宥和主義者ではないとアピールしたかった。
2.イギリスとフランスによるブラフ(こけ脅し)だった。
3.アメリカの支援を期待した。
以上の中で、フーバーは3のアメリカからの支援を約束されていたのではと疑っている。SEC長官として辣腕を振るったジョセフ・ケネディがイギリス大使となり、ルーズベルトから「チェンバレンの背中を押せ」と指示があったことをフーバーに明かしている。ただケネディがどのような後押しをしたのか具体的な資料は、何も残っておらず、推測の域をでない。フーバーは大統領選でルーズベルトに破れているだけに、ルーズベルトには批判的だ。チェンバレンの変節にルーズベルトの影があったと考えるのも不思議ではない。
筆者は1の説をとる。チャーチルの様な強硬派を抑えるために、敢えてドイツに強い態度を示したかったと考える。
ともかく、この声明で世界情勢は大きく動いてしまう。
まずこれをヒットラー、ルーズベルト、スターリンはどのように受け取ったのだろうか。
ヒットラーは怒り狂い、ルーズベルトは我が意を得たとし、スターリンは安堵した。
ヒットラーにとって、チェンバレンの声明は裏切りと映った。ポーランドの回廊はドイツにとって飛び地の東プロイセンへの通り道であり、ここの通行は当然の権利と思っていた。これにはイギリスも同意していたはずなのに、何故今になって、ポーランドにこれほどまで肩入れするのか分からなかった。
ルーズベルトにとって、ドイツの行動は世界の平和を乱すもので断固として防止しなければならないと思っていた。チェンバレンの声明はまさにルーズベルトの思いを表したと言える。
そしてスターリンは、しめしめと頷いていた。実はこの頃まで、3人の中で最も手詰まり状態に陥っていたのはスターリンだった。国内では粛清によって絶対的な独裁体制を築いたが、外交においては西から押し寄せてくるドイツにどう対処しようかと悩んでいた。ソ連一国でドイツと戦うのは明らかに不利な情勢だった。ドイツと戦って、負けないかもしれないが多数の犠牲を払うのは確かだ。できればドイツと戦いたくはない。ところが昨年のミュンヘン会議において、イギリスとフランスがドイツの東進を認めてしまった。共産主義嫌いのヒットラーと友好関係を結ぶのは不可能に近い。つまりこのままでソ連は単独でドイツと戦わなければならなくなっていた。
チェンバレンの声明は東に向かおうとしているドイツが西に顔を向けさせるものだった。スターリンがしめしめ顔になるのは当然だった。




