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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
16章 軍部体制改革
157/257

157話 非難

正平の考えは北支軍の撤退から、空軍創設は軍部の体制を変革する一貫した流れである。そして河本の裁判は国民、軍人の意識を変える狙いだった。

「空軍を創っても、人間の意識が変わらなければ意味がない。河本の様な謀略行為を暴くことで軍人にも、不正は許されない風潮が生まれる。」

それは正平の正義感からくるものだ。

しかし、宇垣は「今さら何でやるのだ?」と反対したように、内外からは日本を非難する声明が上がった。

国内では親軍的な右翼議員が「国軍の恥をさらすのは何事か。」と非難する。

彼らは政友会、民政党に所属する与党系の議員でもあるが、国民が軍人に不信感を抱き非難するのを怖れた。

「国民が軍部に不信の眼を向けて、軍事費を削れと言う声が起きるのはまずい」

「10年前のことだぞ。寝た子を起して何になる」

「そうだ。折角、不祥事が忘れ去られようとした時に、何の得があるというのか」

「塚田首正平の考えは北支軍の撤退から、空軍創設は軍部の体制を変革する一貫した流れである。そして河本の裁判は国民、軍人の意識を変える狙いだった。

「空軍を創っても、人間の意識が変わらなければ意味がない。河本の様な謀略行為を暴くことで軍人にも、不正は許されない風潮が生まれる。」

それは正平の正義感からくるものだ。

しかし、宇垣は「今さら何でやるのだ?」と反対したように、内外からは日本を非難する声明が上がった。

国内ではまず真っ先に親軍的な右翼議員が「国軍の恥をさらすのは何事か。」と非難する。

彼らは政友会、民政党に所属する与党系の議員でもあるが、国民が軍人に不信感を抱き非難するのを怖れた。

「国民が軍部に不信の眼を向けて、軍事費を削れと言う声が起きるのはまずい」

「10年前のことだぞ。寝た子を起して何になる」

「そうだ。折角、不祥事が忘れ去られようとした時に、何の得があるというのか」

「塚田首相は陸軍の力を弱め。権力を握ろうとしているのではないのか」

「ありうるな。塚田は陛下の権威を傘にして、陸軍を牛耳ろうと企てている」

「北支から強制的に軍隊を撤兵させ、統制の軍人を要職から追い出した。塚田に逆らえなくなっている」

彼らは与党議員でありながら、正平とはつながりが薄く、政権から距離を置いていた。

それだけに不信感が生まれ、正平の権力が増すことに反発の声が持ち上がった。

ただ、国内ではそのような声は右翼系の国会議員と「国家総動員」を叫ぶ軍人だけにとどまり以上非難の声は広がらないでいた。

国民からの内閣への評価が非難の声を押さえていたのだ。


それに対し、海外からの非難の口調は激しく、拡大していく。

まず支那では、国民党政府の蒋介石が日本軍の破壊活動を非難する。

「日本は満州において、非合法活動を行い、列車を爆破させて、張作霖ちょうさくりんを殺害し、更に満州を支配下に置いた。このような行為は中国への侵害であり、決して許されるものだはない。日本は直ちに中国から軍隊を撤退させなくてはならない」

国民党政府は3月には佐藤外相の協調外交を歓迎し、日本との友好関係を望む姿勢まで見せていたが、一転して強硬姿勢に変わった。

この頃の支那は何度も歴史の転換点を迎えていた。その一つが昨年の西安事件である。

張作霖の息子の張学良は父親を殺された恨みから反日を叫び、日本との徹底抗戦をしていた。しかし逆に日本軍に次第に追い詰められて、蒋介石に救いを求め傘下に下った。そこで蒋介石は張学良を使って中国北部を任せ、中国共産党を追撃することにした。

ところが36年11月に視察のために蒋介石が西安に入ると、ここで張学良が裏切り、彼を拘束してしまったのだ。その上で「中国共産党と手を組み、日本軍と戦うことを脅迫される。張学良のこの動きには共産党幹部の毛沢東の働きかけがあったからとも言われている。毛沢東は蒋介石と日本軍を戦わせ、両者が疲れ果てることを狙ったのだ。

張学良の脅しに屈した蒋介石はやむなく中国共産党との合流を承諾する。これが西安事件で、第二の国共合作とも言われるものだ。

この事件以来、国民軍は共産党から日本軍に攻撃を仕掛けることになる。

ただ、蒋介石は合理的な判断ができる人物で、日本軍と戦うことの不利が分かり、正面から日本軍と戦うことは避けていた。

北京の現地政権を使って、反日攻勢を仕掛け、自分は出て行かないようにしたのだ。

そこに日本で塚田政権が誕生し、中国との友好を呼びかけると、蒋介石も直ぐに応じて、現地政府に日本軍との衝突を避けるように厳命した。そして、日本軍が北支から撤兵して、日本との協調が成立しようとしていた。

そんな矢先に、10年前に日本軍が張作霖を謀殺したと発表されては、張学良の手前、日本を強い口調で非難するしかなかったのだ。

もともと中国人は満州や北支に進出してきた日本に反日感情を持っていた。張作霖の爆殺報道はこれに火をつけることになった。


イギリスとアメリカからの非難はさらに容赦ないものとなる。

イギリスはアヘン戦争以来、支那に大きな利権を持っていた。イギリスの工業製品を大量に売り込み、更には麻薬を広め販売し、その利益を本国に持ち帰っていた。だが、清国が滅び、国民党政府が出来ると麻薬を公に販売できなくなってしまう。更に日本が工業製品を支那に売り込み始め、イギリス製品と競合するようになる。イギリスと日本では中国への輸送コストが大きく違い、コストの安い日本製品により中国市場を奪われていた。

満州から北支に進出してきた日本にイギリスは強い危機感をもっていたのだ。そこに張作霖爆殺を日本軍が行ったと公表されると、イギリスはこれを利用して中国の反日感情を高めよう考えた。

「日本軍の野蛮な行為は中国の独立を脅かし、侵害するものである。イギリスは断固として中国側に立ち、中国の独立を強く支持する。」

そこには日本製品不買を中国人に呼びかけようとする巧みな宣伝効果もあった。

そしてアメリカもイギリスに呼応する。

大統領自ら「日本軍は支那の要人を乗せた列車を爆破させ、殺害するという野蛮行為を働いた。これは中国の主権を脅かし、人権を無視するもので絶対許されるべきものではない。塚田首相は日本軍の蛮行を謝罪し、直ちに中国から撤退させるべきだ。」と非難声明をだした。

正平の名前を出し、10年前の事件でありながら、最近行われたような印象をアメリカ国民に与える発表内容でもあった。

アメリカはイギリスと違い、中国市場で日本と直接争っていない。ただ、ことあれば中国市場に食指を伸ばしたいと思っており、日本を非難することで、中国人からの協賛の声が上がることを狙っている。

大統領の声明は日本政府を強く非難して終わった。


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