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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
16章 軍部体制改革
155/257

155話 河本逮捕

首相の立場として、直接、警察に捜査を進めさせることはできない。担当大臣がそれぞれの責務を担うこととなり、しかも首相には大臣に命令も指示する権利もない。ただ、内務大臣牛尾源蔵とは古くからの顔馴染みでもあり、正平の気質をよく理解している。

「私は河本(大作)を逮捕しようと思っております」

そう言っただけで正平の顔から決意を読み取ったようだ。

「分かりました。河本をこのまま放っておくことはできません。私も賛成です」

牛尾は正平と同様、不正を見逃せない、正義に殉じるタイプだ。

河本は満州の軍閥、張作霖ちょうさくりんの乗る列車を爆殺した首謀者であり、これがもとで日本は海外から非難を浴びることになり、連盟脱退、満州事変などにもつながった。

「あれだけの暴挙をしておきながら、満州で悠々の暮らしをしているのは許せません」牛尾も憤慨している。

警察官僚に指示して、張作霖爆発事件の捜査を見直すことになった。


また正平は首相の側近として入った法務省や内務省の役人を前にしてこう言った。

「国政は選挙によって、選ばれた政治家が行うべきだ。私はたまたまだが、首相の大任を引き受けたが、本来は政党人が政治を行うのが正しいと思っている。今、そのような政治が出来なくなったのは、武力でもって言うことを聞かせる風潮が強いからだ。軍部の一部の者は目的のためなら手段を選ばないとする者さえいる。その風潮をこのままにしていてはならない。

それには悪事が露見次第、速やかに捜査をして検挙することが基本だ。だが、我が国ではそれが守られなかったことがある。10年前に起きた張作霖の爆死事件がそれだ。犯人は特定できたが、時の政治状況で見逃されてしまった。謀略工作には政府の命令など何一つなく、陸軍将校の勝手な企みだった。それをこのまま見逃していては将来に禍根を残す。

昔に起きた犯罪であっても、悪事を見逃してはならない。特にこの事件により、満州での反日感情が高まり、紛争にも発展した。これだけの損失を我が国に与えながら犯人はいのうのうと暮らしている。

張作霖の爆殺事件は軍部の不祥事であり、我が国の汚点で、表にしにくいことだ。公にしない方が、物事が収まり、時の経過に任せてしまうこともできる。こだが、これを隠していたなら、軍部は更に暴走しかねないし、226事件の様なことがまた起こりかねないのだ。」

訓令を受けた側近たちも正平の指示をよく理解して、河本の逮捕に向け静かに走り出していた。


正平は法相とも話し合う。

「自分が正しいと思っていても、人々は違うと考えることもある。本音だけを言っても、良い結果になるとは限らない。ですが、時には本音でないと伝わらないこともあります。私は河本の件を本音で国民に言おうと思います。

張作霖の謀殺は軍部の恥です。これをさらけ出すのは内外からの非難を受けると思いますが、このまま見過ごすことは新たな謀略が起こりかねません。凶行を繰り返させないためにも、本当の事実を国民に知らせるべきと思います。」

「私も首相と同じ考えですよ。証拠が固まり次第、担当官が起訴します」法相も同意した。


それから正平は宇垣と秘密裏に会っていた。

「これから、河本を捕まえるつもりです」

「今になってか?」

そう言っただけで、宇垣は河本が誰かを理解した。それだけに爆死事件の詳細を掴んでもいたのだ。田中儀一内閣の時に、首相だった田中は河本を軍法会議にかけるべきと主張したが、国民や外国からの非難を怖れた、他の大臣や軍部の反対を受けて、訴追断念に追い込まれた。結局、河本は形式的な処分となり、河本の重い処分を奏上した田中は前言を翻した形となり、天皇からは厳しく叱責されることとなった。

「今さら」と言う言葉には事件から10年も経っているのに、どうして持ち出すのかと言う考えが滲んでいる。

「今だからです。事件の詳細を知る者はだんだん少なくなり、人の記憶も薄れています。今ここで逮捕しないと事件は永遠に忘れ去られることになります。」

「だが、お前は今空軍創設と言う、陸軍の大改革を行おうとしている。改革をやり遂げる前にお前が潰されることにもなるぞ」

宇垣はもとより、陸軍の近代化、機械化が持論だ。正平の空軍創設も近代化の一部と捉えており、積極的に推進しようと考えている。ここで新たな波風を起して、改革のとん挫を怖れた。

「私もそれを考えないわけではありませんが、石原たちがぶち上げた構想は大きく報道され、空軍の必要性は誰も認めております。私や宇垣さんの望みの形になるか分かりませんが、後戻りはできないでしょう。だた、組織の改革は構成員の意識を変えないと成功はしません。形だけ変えても中の人間の意識が変わらないことには改革できないと考えています。

河本は国家に反逆するような犯罪をした。それを見逃したことにより、軍部の暴走を助長するようになったと思います。軍人たちは力を誇示して世間を黙らせるようになり、国民には軍部に逆らえない風潮が芽生えています。このままではまた、満州事変は引き起こされるし、226事件は起きます。河本の逮捕により、軍人の暴走に国民は気づきます。国民が声を上げられるようになります」

「だがな、それは危険な賭けだぞ。お前は御前会議で天皇陛下の同意を引き出した。それによって、お前に面と向かって反対を言い出せるものは陸軍にいなくなった。河本の逮捕は10年前の処遇をお前が覆すようなものだ。なんとか取り繕ってきた事件をお前が引っ張り出すことになる。必ず反対意見が噴出する。統制派やお前を快く思ってない連中は、これを好機と思って仕掛けて来るぞ」

「それはあるでしょう。ただ、反発を怖れているばかりでは前に進まないと思いませんか?国民の意識を変えるには、河本の逮捕はやるべきと考えます」

宇垣はその言葉にしばし黙り込む。

「お前が首相だ。もう何も言うまい。お前の決断に俺は従う」短く同意した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 楽しく拝読させて頂いております。 [気になる点] 今話が張作霖爆殺事件1928(昭和三)年の10年後ということは作中で分かりましたが、主人公塚田が何年に陸幼へ入…
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