154話 空軍創設案
水野を官邸に呼ぶと、挨拶も碌にしないで愚痴を言い出してくる。
「いやあ、石原さんには参りますね。こっちが静かに空軍の創設を進めようとしたら、いきなりアドバルーンを打ち上げましたよ」
石原莞爾は正平との会談から、参謀本部に戻るといきなり「空軍を創る」と言い出していた。
それにより、陸軍だけでなく、海軍まで大騒ぎになっている。
昨日も海軍大臣の永野が正平に説明を求めに来ていた。
「今後の戦いでは飛行機が主力になるのは目に見えてます。空軍の創設を前提に検討をさせている所です。海軍でも同じように検討をして、陸軍と意見をすり合わせて貰えればありがたい」
「空軍の必要性は認めます。海軍の意見も取り入れるということですね」
海相とは就任要請の時にも、正平は空軍設立の構想を漏らしている。それもあって、海相も正平の独断専行と非難は出来ない。
海相も空軍をどのような組織にするかは個人的に考えていた。ただ、陸軍側から「空軍創立」騒ぎ出したことに、驚いたようである。まだ、構想段階であること、海軍の意見ともすり合わせると聞いて安心したようだ。
ただ海軍の中にはいまだに飛行機を過少評価している者もいたのだ。
少し前の話だが、「戦艦と飛行機ではどちらが強い?」と言うことが海軍内で話題になった。そこで、「なら戦わせてみよう」と言うことになり、模擬戦を行うこととなった。
この時、飛行機が圧倒的な戦果をあげたのだが、評価判定をしたのが海軍の幹部の戦艦派だったこともあり、戦艦有利という結果になってしまう。
実績結果を重んじるのが軍人の特徴だが、時にはこのような不合理なこともする将校もいるのだ。
海相が直に正平を尋ねてきたのも、海軍内の分からず屋に配慮したのもあった。
「私は、空軍を創設するにあたって、当然陸軍と海軍から人員を割かねばならないと思っている。一時的には海軍の人員も減少するでしょうが、4、5年後には今と将校の数は同じにさせます。ざっとした言い方ですが、陸海それに空と新しい組織を作るのですから、1・5倍にはなるはずです。退役を遅らせても人員を確保することになるでしょう」
安心させるように、人員縮小が頭にないことも付け加える。
「それなら問題ないですな」
海相とはこんな問答をしたばかりだった。
そして今は水野がぼやきに来ていた。
「本部の中堅は空軍の創立には前向きになっていましたよ。それを石原さんが『空軍を創るぞ』と言い出したおかげで、理解を示していた上司までも、『お前は石原とつるんでいたのか』と白い目で見られる始末です」
「あははは、そうだろうね。俺が石原に発破をかけたから、奴は大張り切りになったと言うわけだ」
「やはり、塚田さんが仕掛けていたんですか。石原さんが陸軍の近代化には積極的な発言をしていますが、突然の空軍創設論にはなにか裏があるなと思ってました。それで塚田さんの狙いはなんですか?」
「お前が本省に根回しをしてくれたおかげで、中央で空軍創設に理解を示す者が多くなった。だが、参謀本部は簡単には纏まらない。あそこは天皇直属の機関と言う意識が強くて、本省から空軍創設などと言い出せば、必ず反対論が巻き起こる。閑院参謀総長だって、難色を示すはずだ。だから中の人間から言い出させた方が早い。
それにな」とここで言いよどむ。
「それに何ですか?」
「海軍側の反応を見たかった」
「海軍が何か言って来たんですね」
「昨日、海相が来た。海相は理解を示してくれたが、海軍の意見を統一するのは難しいはずだ。こういう組織の変革を行う時は、誰かが矢面になっても変革を言い続けなければ、組織は動かない。矢面になるのは石原が適任だろ?」
「そういうことですか」
「だが、大事なのは矢面に立った人間をどれだけサポートしてやれるかだ。お前は本省を空軍創設でまとめ上げ、石原を支援してくれ。俺も首相、陸相として動く」
組織の改編に熱心な者を持ち上げ、『改革者』『蛮勇の持ち主』と褒めたたえることがある。だが、それは改革が成功した時だけだ。
上手くいかず、改革が中途半端やそもそもなかったことにされることのほうが多く、その時、矢面に立って改革を主張した者は変わり者として失脚する。
失脚するだけで済むならよいが、改革を支持した仲間からも裏切られることが多くある。
その結果、失脚し裏切られたことにより、精神的なダメージを受けて、二度立ち直れなくなる。
「いいか、どんなことをしてでも石原を助けてやれ、海軍では足立が上手く動いてくれるはずだ。これからは陸軍と海軍の折衝が大事になる。足立と連絡を取り合い、空軍創設の具体案を作ってくれ。失敗したら俺が責任をとる」
足立は正平の勉強会のメンバーの海軍中佐だ。正平は3月人事で永野海相に海軍本省入りをさせて貰っていた。
組織改革には上司の揺るぎない覚悟が絶対必要だ。上司が不動の改革姿勢を出すことで、矢面に立つ者や根回しをする者達が生きてくる。
「お前たちの失敗の責任は俺が引き受ける」
正平は部下と一蓮托生の思いだ。




