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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
16章 軍部体制改革
153/257

153話 桑原の死

6月になって、桑原が亡くなると言う知らせが入り、正平はすぐに桑原邸に駆けつけた。

桑原は風邪を引いたのがきっかけで昨年の秋ごろから寝込む様になり、正平も何度か見舞いに伺うようにしていた。

それが首相となって仕事で忙しく、年始に挨拶に行った以来、顔を見せることができなくなっていた。

桑原夫人が涙を堪えて出迎えてくれた。

「最近の桑原はラジオから聞こえるあなたの声が何よりうれしかったのよ。

あなたの説明に何回も頷き『そうだ。その通りだ』と良く言っていたわ」

「もっと私の仕事を見て貰いたかったです」

桑原にはもっと相談して考えを聞いてもらいたかった。桑原に見守られているだけで仕事に自信がつく感じがした。

「いえ、あなたを桑原は自慢の息子のように思っていたから心残りはなかったでしょう」奥さんにはそういってもらえた。


正平にとって、桑原は実父以上の存在だった。

3年前に父を失くしたが、その時は感情がさほど揺れ動きしなかった。

子供の時に見た、父の外人に対する態度。その情けない光景が心に残り、父親を尊敬する目で見られなくなっていたのだ。

替わって桑原には尊敬していた。内務省などで要職につき、いつも泰然としている姿にあこがれを持って見ていた。

要人でありながら尊大な素振りをせずに、書生などと気軽に接し、正平も物心両面から支援してもらった。

「大事な人を失うと、ぽっかりと胸に穴が空くと言うが本当だな。

良子を失くした時も、そんな思いだった。ただ、今はメアリがいてその空虚を埋めてくれている。

でも桑原さんの穴埋めは誰がしてくれるかな」

子供の時の出会いから、最近までのやりとりを思い出す。

「相談は出来ずとも、桑原さんには俺のやることをもっともう少し見ていてもらいたかったな。

良子、山県さん、太助爺、父が亡くなり、そして桑原さんか。多くの人を失ってしまった」

書斎で、桑原を思い出し、そんな感慨になる。

ここで太助について触れると、彼は良子の嫁入りと共に家に来て、執事として仕えてくれ、良子が死んでからも家で働いてくれた。外国人のメアリが日本の暮らしに戸惑わなかったのも太助のおかげと言える。その太助も今はなく、替わりに息子が執事として家の中を取り仕切るようになっていた。

「俺の回りでも多くの人が死んでいった。俺もいずれは死ぬ」弱気が頭をもたげてもいた。


そんな正平を気遣ってか、メアリがコーヒーを淹れて入って来た。

「ありがとう。少し気が滅入っていたのでほっとするよ」

「あまり根を詰めない方がよいわよ」

「そうだな。少しここで話をしないか」

「久しぶりね。貴方からそう言いだすの。ええいいわよ」

「僕にとって桑原さんは父以上の人だった。だから桑原さんが亡くなったのはショックだったんだ」

メアリは何も言わず頷く。

「僕は子供の時に桑原さんの所に預けられ、そこから学校に入った。

桑原さんにはずいぶん可愛がってもらって、学費、衣服、食事などお世話になりっぱなしだった。

いつか恩返しをしたいと思っていたが、桑原さんは僕の出世するのが一番の孝行だと言ってくれたよ。

只世話になっただけでなく、高い位の人や、学識のある人を紹介してくれた。

その人たちのおかげで、僕は広い視野を持てたと思っている」

「桑原さんはあなたにとって、大事な人だったのね」

「ああ、そうだよ。ところで君のお父さんは元気かい?」いつまでも桑原の話ばかりでは落ち込んだままと思い、話題を変えた。

「手紙でのやり取りだけど、元気そうよ」

「お父さんは、大統領をどのように評価している?」

「父は根っからの共和党贔屓だったのに、ルーズベルト大統領をほめちぎっているわ」

「なぜ?」

「まず、ラジオでの炉辺談話ですっかりファンとなったみたい。それとニューディール政策をべた褒めしてるわ」

第32代アメリカ大統領のフランクリン・ルーズベルトは33年から就任して以来、ニューディール政策を推し進め、世界恐慌に陥っていたアメリカ経済を立て直そうとしていた。正平としてもラジオ放送などを使って国民に訴えかける手法や、景気政策には見倣う点があると見ていた。

ただ、正平が首相就任して、アメリカとの協調を模索しているのだが、いまだにアメリカ側から色よい反応はなかった。

ルーズベルトがこれまでの日本の支那への侵攻に憤慨し、日本を敵国視しているのは明らかだった。

「大統領人気が高いと言うのはよいことだ。交渉相手が次々と変ればやりにくくなるからね。ただどうも大統領は日本を気に食わない様だ。アメリカとの関係を是非とも改善したい僕にとってはやりにくいね」

「ええ、大統領は日本には手厳しく見ているわね」

「満州事変があったからね、大統領は中国びいきだからね。でもなんとかこちらの立場を説明していきたいと思っている。アメリカは大統領により外交政策で大きく変わる。今の大統領に僕の考えを説明して、関係をよくしていきたい。」

「それは私も同じ思いよ、私も何かお手伝いするわ」

メアリとの話はいつのまにか政治になっていた。それに気づいて、「こんなに深夜にまでなった。いろいろ話せて、気が楽になったよ。今夜はもう寝よう」そう言って、話を打ち切った。


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