152話 石原の処遇
宇垣との対談はまだ続いている。
「まあ、これで、日本を改革すべきと言う奴らは出ないだろう。統制派も皇軍派もほとんど一掃できたな」
宇垣は自分の子飼いが上層部から一掃されたことをまだ根に持っている。
「ええ、上層部には一夕会系は実務型が残っているだけです。無党派色が強く派閥行動はしないでしょう」
「だが、暴れん坊が残っているな。あれはどうする」
宇垣の言っているのは石原莞爾のことだ。
「あれは有能です。上層部に残しておけば役に立ちます」
「そうか。ならいい。人事は政務の基本だ。それを間違えると取り返しのつかないことになる」
「ええ、分かってます」
その後、政治情勢の見通しを語り合い、分かれた。
その噂の石原が首相官邸に乗り込んできたのは数日たってから。
「塚田閣下、何故私だけお咎めなし何ですか」彼は血相を変えて執務室に入ってきた。
北支部隊の撤退の遅れた責任を問われ武藤が有罪となり、板垣や東条も責任を問われ予備役になった。
ただ、板垣は撤退の遅れにほとんど関与してなかったのだが、満州事変に絡めて責任を取らされた。
(板垣さんが予備役になったのは撤退が遅れたことだけではないはずだ。多分満州事変での俺達の言動が問題になったのだろう)
石原は板垣がどのような理由で予備役に回されたのか、そのように推測した。
裁判以外でも、一夕会のメンバーは多く聴取され、軽いけん責処分も受けている。ただ石原は事件に関係なしということで、何の処分もなく参謀本部作戦課長室に戻っていた。
「満州事変では俺が率先して行動を起こし、板垣さんは引きずられて行動したようなものだ。どうして俺だけがお咎めなしなんだ」
疑問に思うと誰彼構わず、文句を口にするのが石原の習性だ。
正平に面と向かって、最初から喧嘩腰になっている。
「板垣さんなどが予備役に回されたのに、私だけお咎めなしでしょうか?」
石原は相手に横柄な態度をとりながら、相手の出方を見ようとする。
(俺の挑発に乗るようでは、塚田閣下も大した人物ではない)正平がここで、むっとして顔に出すようでは仕えるほどの人ではないと思っている。
さてどんな顔をするのかと見たら、眼帯の男は何事もない顔で「お前が有能だからだ。」と言い放った。
これには石原も一瞬唖然とする。
「それでは、板垣さんが無能だと言うんですか?」少したってから言い返す。
「板垣は北支の部隊の動きを黙認していた。満洲でどれだけの兵士が犬死になったか考えて見ろ。北支でも同じ事になるぞ。板垣はそれが分かってない。
お前は北支の部隊を早く引き揚げろと言っていたな。お前なら益もない戦いを仕掛け、兵隊を見殺しにするような馬鹿なことはしないと思っている。」
その正平の言葉に石原はなおも憮然としたままだ。
「俺は有能な奴なら、どんどん使う。無能なら予備役に回したほうが、味方の損害が出なくていい」
無能な者の欠点の一つに「功を焦る」ことがあげられる。ライバルと目されるものが功績をあげ、評価を受けると自分も成果を上げなくてはならないと思うようになる。それが良い方に働けばよいのだが、得てして悪く働くものだ。
東条がそうだった。彼は周りから石原と比べられることが多く、内心では石原には負けないと言う気持ちになっていた。天才肌の石原は何をしても成果を上げるのだが、努力家の東条には真似できないことだった。いつしか年下の石原に彼はライバル心を持つようになっていた。
満州事変を引き起こし、結果的に日本の支配下に満州を置いたのは石原たちと評価された。
東条は何としてでも満州で成果を上げようと焦っていた。そして北支の武藤と示し合わせ、熱河省(現在の内モンゴル東部地区)で事件を企んでいた。
正平は東条、武藤の動きを予防するために今回の処置をとっていたのだ。
正平の言葉に石原はまだ何か言いたそうだった。
「俺は、空軍の創設を考えている。」
「空軍創設ですか?」
「そうだ。これからの戦争は飛行機が主力になる。陸軍や海軍に任せるよりも専門に飛行機を開発する部門がいる。だから空軍を創る。
お前なら、飛行機を使って、どう戦えばよいか考え付くだろう。
お前なら、考え付くな」
正平が念を押すように言うと、石原も頷く。
「俺は昔から飛行機馬鹿と言われるほど、飛行機の開発には真剣だった。飛行機や戦車がどれほど重要であるか今も認識している。
これからは飛行機を作るだけでなく、飛行機と戦車、船を組み合わせた戦法の開発も必要になる。
俺は飛行機製作に集中していたが、お前には飛行機を使った陸や海での戦法や組織編成を考えてもらいたい。
そして空軍がどうあるべきか、考えてくれ」
「空軍を創るのは賛成です。」
「お前は中島飛行機に陸軍用と海軍用の門があるのを知っているか?
同じ会社で陸軍と海軍で別れて、それぞれが勝手に開発しているんだぞ。
お互いに情報を隠し合い、開発している。それがどれだけばかばかしいことか。
俺は空軍を創設してそんな垣根を取っ払うつもりだ。陸軍や海軍と言う枠を取り外して、飛行機を開発しなければならない。
お前ならやれるな!」
そう言ってから正平はまだぶつぶつ言っている石原を部屋から追い出した。
「石原は責任を与え現場に送り込んでおけば仕事はやれる。
満洲では独断専行して衝突と争いばかりしていた。関東軍というつまらない組織に居て、暴れだしてたくなったためだろう。
奴には戦車や飛行機などのおもちゃを与えておけば、46時中夢中になる。空軍創設は簡単なことではなく、様々な所に影響が出てくる。
おそらく文句も苦情も出てくる。それをあいつが引き受け、苦労していけば少しは、行政の難しさも分かるし、財政状況まで分かってくれるだろう。
大人しくなるか見ものだ」
そう思って含み笑いになる。




