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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
15章 新たなる決意
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143話 大臣通達

明治憲法にはいくつかの欠点があり、その一つが統帥権問題だ。11条には「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」としか書かれてない。これでは天皇が軍事にどのような権力を持つのか記述されてない。軍部や伝統右翼がこの曖昧な点を突いて、政府からの軍部の人事や政策への介入を『統帥権干犯』と非難したのだ。例えばロンドン軍縮会議で軍艦数がアメリカに対して日本が7割であったことに反発して、海軍は統帥権を理由に政府を揺さぶり、激高した右翼の青年が浜口首相を狙撃した事件が起きた。

憲法を起草した伊藤博文は自ら『憲法義解ぎげ』で「これはもとより、責任大臣の輔翼ほよくによるといえども、また帷幄いあくの軍令と均しく、至尊しそんの大権に属すべく、而して議会の干渉をまたざるべきなり」と補足する意味で説明している。難しい言い回しだが、「陸海軍の編成と常備兵額の決定する責任は担当大臣にあり、統帥部ではなく内閣の責任事項ではある。ただし、天皇大権事項なので、議会に発言権はない」と説明しているのだ。言ってみれば陸海軍に干渉させないことに重点を置かれていた。


これを軍部や伝統右翼は伊藤の説明を無視して、統帥権を勝手に解釈するようになった。前にも書いたが、美濃部博士の『天皇機関説』が問題になった時も、美濃部の論文を碌に読まず、「天皇を機関車のように扱うのは何事だと」曲解して攻撃した。今でも全体の文意をくみ取らず、一部だけを切り取って、非難する人がいるが、限られた情報しか得られなかった当時では、誤解が広まるのは当然だった。

軍部はあたかも自分たちだけが天皇直属の軍隊なのだから、統帥権は自分たちにあると思い込んでいた。ロンドン軍縮会議での批准でも、昭和天皇は理解を示していたと言われるが、海軍は勝手に統帥権を持ち出して反発したのだ。

明治憲法において、11条は余りに短文すぎて、様々な解釈を生む要因になってしまっていた。


それだけに御前会議での天皇の言葉は大変な重みとなった。天皇の側近でもない限り、誰も天皇の真意を伺い知れない。でもはっきりと天皇が正平に同意された以上、誰も者は統帥権を持ち出して反論できなくなった。

御前会議の様子は軍上層部にすぐに伝わり、多くの者が驚愕し、顔を青ざめている者までいた。

「これでは塚田大臣に誰も反対できなくなる。北支からの撤兵は絶対のものとなった」

すぐさま、会議の結果を踏まえ夜遅くまで協議するのだが何一つ結論は出ない。

「今後どのように大臣が方針を示すのか見守るしかあるまい」

翌日、正平は「北支からの全面撤退」を主とする大臣通達を発した。

陸軍省や参謀本部でもこれに逆らうことはできなかった。

「天皇陛下が同意された以上、通達に対して何も言えない」それが陸軍幹部の考えとなる。

それを受け、佐藤外相も国民政府との関係改善を呼びかける声明を出すことになった。


もう一つの陸軍省内での関心事は人事交代だ。3月は役所の人事が一斉に行われる。陸軍も同じだ。

既にこの時期には人事構想はほぼ決定されている。だが、今の正平にはこれを簡単に覆しかねないのだ。

特に、陸軍の統制派にとっては自分たちが瀬戸際に追いやられることを自覚する。

226事件以降、陸軍の体制は大きく変わった。

事件の責任を取らされて皇軍派はほとんど陸軍中央から追放され、一緒に宇垣派もから外された。替わって陸軍上層部で統制派が幅を利かすようになった。

だが、正平は宇垣に近い人物と知られていた。

正平が首相と陸相を兼務した時点では、統制派もそんなに警戒を持たなかった。

彼らはしっかりと陸軍内の権力を固めており、大臣の意向も跳ね返せると自信を持っていた。

それが、御前会議より明らかに風向きが変わった。

「塚田大臣は宇垣派に近い。宇垣派を排除した我々に報復をするのは目に見えている」

かといって、彼らももうすでにどうにもならないことを知っていた。


3月になり、正平は閑院参謀総長、杉山元教育総監と三長官会議を開いた。

「新年度を機に、陸軍省上層部と参謀本部の人事交代をしたいと思う」

一応、三長官で協議する体裁にしたが、人事案は正平が提示したものにほぼ決まる。

正平は陸軍省と参謀本部から統制派に属する者を追い出し、替わりに派閥色の少ない実務型を入れた。

それに対して二人は反対意見を出さない。

御前会議は北支から撤兵するかが議題であり、陸軍の人事とは関係ないのだが、やはり天皇の同意を得た正平に物が言えなくなっている。

それに正平の案自体にこれと言って、偏向があるわけではなく、統制派が幅を利かし過ぎた現状では統制派に歯止めをかける意味でも、止むを得ないと思った。

唯一気になるのが、正平に近い水野を陸軍省中央幹部への抜擢だが、水野の経歴からして異論を出すまでもなかったのだ。


その後、正平は水野を大臣室に呼び出している。

「俺は空軍の創設を考えている。お前を中央本部に入れたのはその布石と思ってくれ。」

「ええ、分かります。空軍創設に誰も反対できなくなるようにしますよ」

「水野なら大丈夫と思うが、余り派手に動いて刺激させないようにしてくれ」

「はい。いつの間にか空軍ができていたように仕向けますよ」そう言ってにやりと笑っている。

正平の軍部改革はこの時から始まることになった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 学術会議の人事問題が起こった時、統帥権問題とそっくりだと思った記憶がありますが、今も昔も自分の都合で筋の通らない論理を振り回し利権を得ようとする人達こそが害悪なんだと分かりますね。
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