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旭日に顔を上げよ  作者: 寿和丸
15章 新たなる決意
142/257

142話 熱弁

御前会議は2月26日に始まった。丁度226事件から1周年だ。会議には天皇陛下の下に、政府側から首相兼陸相、海相、外相、蔵相、内相などの国務大臣が、枢密院議長、元老、陸軍からは参謀総長、参謀次長、海軍からは軍令部総長、軍令部次長が加わった。

首相として正平が会議を招集した意義の説明から始めた。

「このまま北支に部隊を展開すれば中国軍と戦争状態になりかねません。今ここで戦争を続けるべきか、終えるべきか結論を得たいと思います」

「首相は戦争になると言うが、これは事変であります。北支に展開する部隊は匪賊を討伐するもので治安維持の為です」

参謀次長は正平が戦争に繋がる意見に真っ向から否定する。

事変か戦争かなどと言い争っては、堂々巡りに陥る。正平は話題を変えた。

「私の掴んでいる情報では南京の国民政府は軍隊を北上させ、北京に集結しようとしている。国民軍と争っても討伐と言うのか」

「いや戦闘状態にならないようにします」

「国民軍はドイツから兵器を購入していて、その充実ぶりは侮れません。これだけの軍備を充実するのは我が国との戦争を辞さないと見て良いでしょう。」

「何、それは本当なのか」枢密院議長が確認するように口を挟んだ。

「ここに資料があります。写真にあるのは上海に陸揚げされるドイツの装甲車です。ドイツが国民政府に肩入れしているのは間違いありません」

そう言って、写真数枚を提出した。そこには明らかに中国と見られる波止場にドイツのマークが書かれた装甲車が陸揚げされていた。

「そんな。そんなドイツとは同盟を結んだばかりだぞ。ドイツが我が国を裏切るのか?」

「いや、ドイツから見れば、これは単なる貿易に過ぎないと考えているのでしょう」

「それにしたって、我が国と支那とは敵対関係にあることはドイツも知って居よう。なんで、支那に武器を渡すのか?」

「欧米列強ではだましだまされるのは日常です。言ってみれば騙されるものが悪いのです。これが普通のことと考えて、我が国も対処すべきです」

一時、欧米の冷酷な考えに触れたようで、会議は沈黙する。その沈黙を破り再び正平は言葉を続ける。

「今、大事なのはドイツの裏切りではありません。支那が日本との戦争準備をしていることなのです。このまま、北支に部隊を派遣しておけば戦争に繋がりかねないのです。支那との戦争を認めるか考えていただきたい。」


そのままの流れに乗っては、会議は正平に誘導されると見た参謀次官は反論する。

「北支を得ることは国益に繋がります」

それは永田の唱えた『華北分離政策』である。鉄山は満州や朝鮮には目ぼしい地下資源がなく、華北の地下資源に注目した。

鉄山は「欧州に再び大戦が勃発し、日本も参戦を余儀なくされる。次の世界大戦は国家上げての総力戦となり、持久戦となる。そうなると国土が狭く、地下資源の乏しい我が国は不利だ。そのためには日本の近くにある華北の地下資源を押さえなくてはならない。」と考えた。

参謀次官はこれを論拠に華北の必要性を説き始めた。

「いや、それなら、北支の部隊は何故鉱山開発をしないのか?北支に部隊を展開しながら、日本国内には華北の地下資源は入って来ない。北支の部隊はただ戦を仕掛けるばかりで、鉱山一つ見附けてはいない。それが何で国益になる?」

「それはまだ、北支に展開が終わっておらず、鉱山開発ができないからです」

「ならば、朝鮮や満州から十分な国益を得ているのか?朝鮮を併合して30年近くなるが、いまだに朝鮮には鉄道、学校、病院、公共施設を作ってばかりいて、日本からお金が出ていくばかりだ。朝鮮からの収益より、日本からの支出がずっと上回っている。満州に進出したが、やはり持ち出しの額は、収益を遥かに超す。今また、華北を得た所で、日本は持ち出すばかりなのは目に見えている。それが国益になるのか?」

そう言うと参謀次官も反論できなくなる。


「支那に進出することは国益にならないとは言いません。しかし支那人の心情を良く理解したうえでないと反発を受けてしまい、我が国はその対策に膨大な経費が掛かるのは必然です。

シベリア出兵ではロシア人の心情を良く理解しないまま、進出し大きな反感を買いました。それが尼港の悲劇に繋がったのです。

国外に派兵するには現地の状況を把握して、現地人から歓迎されるようでなければ上手くいきません。

先ほど参謀次官は北支に展開する部隊は匪賊の対策に追われていると言った。これは現地人から反発を受けている証拠です。このままでは北京や天津でも尼港の悲劇が繰り返されないかもしれないのです。ここは一旦、北支部隊を撤収し、現地人との宥和策を講じたのちに、再度の進出を図るのが適宜かと思います」

こういうと、誰も異を唱えなかった。

議論が煮詰まった段階で、正平は陛下に向き直る。

「陛下、シベリア出兵の愚を再びしてはなりません。どうかお言葉を下さい」

「うむ、塚田の考えで良い」

これで御前会議は決まった。

この一言を正平は待ち望んでいたもの以上だった。もし陛下の言葉がなくても御前会議の結論が北支撤兵になればよかった。それを理由に撤兵に反対されなくなるからだ。

かつて天皇は田中儀一元首相を満州で謀略工作した河本の処遇を巡って厳しく叱責され、それがもとで田中は心痛のあまり亡くなっている。それ以来このことを後悔して、天皇は直接の意見表明はしなくなっていた。この時も正平は天皇からの言葉を期待していたのではない。

それが思いもかけないほどの支持を受けたのだ。

この御言葉を聞いて、正平は感激のあまり落涙して、腰を落としかけた。それを懸命に堪えているとやがて閉会された。

陛下が退室されるまで、じっと低頭して涙を我慢した。


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