140話 政党政治
話をしてなかったが、226事件の直前に国政選挙が行われており、最大派だった政友会は174と半数近く大きく議席を落とし、替わって民政党が205と増加したが過半数には達していなかった。広田内閣おいて、両党は与党として閣僚を二人ずつ送り込んでいた。つまり広田内閣には政党をうまく取り込もうとしていた。
正平も組閣に当たり、両党に協力を呼びかけ会合をもつことにした。
両党の幹部を前に正平は次のように話しかけている。
「民政党、政友会は昨年の選挙で挙国一致を訴え、広田内閣では両党は閣僚を出して協力している。両党にはこれまでのいきさつや軋轢もありながらも、挙国一致を掲げた両党の判断は今の国政を考えての大英断でした。
このたび、私は首相の大任を引き受けましたが、日本の国難は去っておりません。広田内閣と同様、私の内閣に協力をしていただいて、人材の供給をお願いしたい。
私は軍人ですが、いずれ日本の政治は政党に戻すべきだと思っております。軍人がいつまでも日本政治に大きな顔をしていたのは良くないのです。今のように言いたいことも言えないようでは、社会は良くなりません。私は自由に物が言え、自由に行動できる社会を作って生きたい。そのためにも皆さんの協力を得て、組閣していきたい」正平は低姿勢に訴えた。
「軍人がどのような政治を行うのか。」始め、政友会、憲政会の幹部は陸軍出身の正平の誘いに懐疑的であった。ただ、軍人上がりの塚田内閣に反対して、野党として辛酸をなめる思いをしたくない。そんな思いで両党の幹部は正平の挨拶を聞いていた。
だが、正平の言葉は思いの外低姿勢であり、高圧的なものはなかった。
「塚田さんがそのように言われるとは思いませんでした。我が党も協力は惜しみませんよ」それは民政党総裁の町田忠治の言葉だ。
「我が党も断然、塚田さんを信頼する」政友会の総裁鈴木喜三郎も続く。鈴木は昨年の選挙で落選したが貴族院に横滑りの形で入り、そのまま総裁として党を指揮っているが、事実上政友会は集団指導体制になっている。
「ありがとうございます。他の方々も協力していただけますね」
両党の幹事長や幹部も正平の組閣姿勢に反対はない。会談は穏やかな雰囲気に包まれた。
このまま両党の賛同を得てすんなり大臣を出してくれるかと思っていた時、突然、小柄で眼光鋭い年配が立ち上がる。
「塚田さん。貴方は自由に物が言え、行動できる社会を作りたいと言われたが、どのような政策を考えておられるのか?」
浜田国松だ。先の内閣で寺内陸相を攻撃して、広田内閣を総辞職に追い込んだ人物だ。
(やはり言って来たか)正平は口うるさ型の浜田をある意味評価している。226事件後、多くの政治家が軍部を怖れ、軍人に言いなりになっている風潮がある中で、一人国会で敢然と陸相に嚙みついたことに勇気のある、覇気を持つ人物だと思っている。
「浜田さん。私は明治以来の国家政策である富国強兵を推し進めたいと考えている。ただ実際、日本は富国よりも強兵に力を入れてきたのも事実です。日本が西洋列強からの圧力を跳ね返すためにはどうしても強兵に力を入れざるを得なかった。言うなれば富国は少しなおざりにされていた。ここで私は富国にも軸足を置きたいと思っている。だが、今までの政策を一度に変えるのは無理です。また軍人ですから強兵は常に念頭にあります。それでも、粘り強く少しずつ富国にも力を注いでいきたいと思っている。今は具体的な政策を詳しく言えませんが、私の気持ちは分かってください」しっかりと浜田を見据えながら話した。
その正平の独眼を浜田は睨む様に見ていたが、聞き終えると目が穏やかになっている。
「分かりました。私は塚田さんの今の言葉を信じましょう」
その後も話し合は続き、両党から前内閣と同様に二人ずつ閣僚を出すことで話はまとまった。
もう一つ20人と所属議員は少数ながら、有力議員のいる昭和会にも話を通した。
岡田内閣の時に野党だった政友会に所属しながら、床次竹二郎・山崎達之輔・内田信也の3人は党の方針に逆らい入閣した。これに怒った政友会は3人を除名し、除名されたものたちで作られたのが昭和会だ。ただ、会派結成間もなく床次が急死し、昭和会は党首が不在のままだった。
昭和会も与党になることを同意して、一人の閣僚を出してもらうことになった。
政党からは合計5人を入閣してもらうこととなった。
誰を入閣させるかは政党できめてくれとまで言った。
正平としては自らの方針を納得してもらった上での入閣なので、誰が入閣しても拘らなかった。
蔵相、外相、海相さえ正平の望みの人物なら、問題なしと考えたのだ。
そしてもう一つの主要なポスト、内務大臣は牛尾にきめていた。
彼は正平が大震災の被災者の救援活動をしていた時、内務省の官僚として手出すけしてもらったのを縁に、それ以来折に触れて会っていた。勉強会には加わらなかったが、正平には有益な情報源の一人でもある。
初入閣であるが、次官の経験もあり、年齢経歴とも申し分なかった。
牛尾との話は最初から具体的だった。
「警察官僚と経済官僚から補佐官を派遣してもらいたい」その要請に牛尾は顔をひきつらせた。
「あなたが内務を執り行うつもりですか」内務省は経済・産業行政・地方自治・警察など幅広い分野を統括している。これを首相自ら乗り出そうとするのか、牛尾は警戒した。
「私はほとんど素人といってよい。経済のかじ取りや、治安情報などは当然未熟で、専門の部署に任せる。ただ、専門部署の考えを伝達し、私に個々の問題点を教えてもらえれば非常に助かる」
「確かに首相が、経済や治安情勢に無知では困ります。適任者を探すように伝えます」
「あと、戸籍などの統計は充実しているが、職業別などの人口形態や失業者数、物価などについては不十分と思われる。特にコメの出来高の予測、経済動向など国民に関わる重要な指標や予測が不十分だ。是非この点に力を注いでもらいたい」
「それは、どういうことですかな」
「現状の国内経済がどのようになっているのか、調査してもらいたいのです。国内の物価がどのようになっているのか、失業者が何人いるのか数字で把握したい。その認識を内閣、特に大蔵大臣と共通すれば予算面で話が早く通ると考えるからです」
「なるほど、それなら分かります。ただ、それらの調査は組織として行われていないので、それなりの部署が必要になります」
「大蔵省との折衝は私も間に入ります」
牛尾とは細かいことまで話が続いた。




