116話 統制派
日本陸軍の特徴として、軍閥があげられる。
軍閥とは「一つの軍隊の中における、相争う複数の勢力(派閥)のこと」と定義すれば、まさに日本陸軍における「統制派」と「皇道派」の争いはその典型例だった。
前話で書いたように荒木貞夫が露骨な人事をしたことに、反発した非荒木派の一夕会メンバーが結集した。多くは陸大出身者で、軍内の規律統制の尊重という意味から統制派と呼ばれることになる。しかし、明確なリーダーは存在せず、中心人物とされる永田鉄山自身も軍部内の派閥行動には否定的な考えを持っており、統制派とは非荒木派と言える。
実際の所、軍閥としての皇道派は存在しているが、統制派というまとまりは認められず、自らも名乗っていない。
統制派の永田鉄山などは、「陸軍には荒木貞夫と真崎を頭首とする“皇道派”があるのみで“統制派”」なる派閥は存在しなかった」と主張している。
「皇道派の青年将校が陸軍の上層部に陸大出身者が多くいることに反感を持って、勝手に陸軍幕僚を漠然と統制派と呼んだだけだ」とも言われるくらいだ。
後に騒ぎを起こすことになる大岸頼光が書いた怪文書に「皇道派」「統制派」の名称を使ったのが最初と言われるが、軍閥に所属した当事者がこの名前を使った事実はない。
どちらかと言えば“皇道派”に敵対する永田が、自らの意志と関係なく、周囲の人間が集まり、勝手に皇道派に対する派閥が形成される。その”統制派“なる派閥の頭領に永田が凝される、側面はある。
しかし、永田の言うように「統制派」という軍閥はなかったという言葉は鵜呑みに出来ない。
次のような派閥行動を行っている。
当初永田の許に集まったのは東条、武藤、今村均、富永、池田、影佐、四方、下山琢磨、田中清の10人で、週に一度程度集まり、日本陸軍を動かす「国家革新案」を考えていた。しかしその後、憲法に抵触しない、合法的手段で国家革新を目指すようになる。
この他に、片倉を中心に真田穣一郎、西浦進、堀場一雄、永井八津二など14名が集まり、こちらも国家改造などを議論していた。片倉は参謀本部情報部総合班員でその上司が武藤であり、片倉が軍務局付になってから永田ともつながりを持つようになり、二つのグループは合流することになる。
併せて24名が統制派の本流とも言える。
そしてここには岡村寧次や板垣征四郎などの永田と同輩や先輩の名前は見えず、全て年下であった。更に永田は陸軍の軍務局長という、次官の次の位置についていた。統制派に明確な指導者はいないと書いたが、中心人物は永田に間違いない。
「国家を変えるのには暴力を使う必要はない。全て合法的に行える」それが永田の考えだった。
永田は過去にも5・15事件や「10月事件」に加担した軍人を厳しく批判している。
では合法的手段とは何かそれは政権を脅して、自分たちの主張を通すやりかただ。
「軍が一致した統率のもとに、陸軍大臣を通じて、政治上の要望を提案する。この要望が聞き入れない時は陸軍大臣の進退を示唆してでも強要する」
当時の制度では陸軍大臣は陸軍将校(退役軍人を含む)に限られていた。もし陸軍が一致して行動すれば、内閣は窮地に陥る。
この制度を利用しての恐喝を行おうとしたのだ。
違法ではないのかもしれないが、この手段を使おうとしたのだから、彼らはれっきとした派閥であり、“軍閥”そのものだった。
永田たちは次のように訴える。
「ヨーロッパにおいて一歩間違えば第二の世界大戦に繋がる恐れがある。ヨーロッパの新国境の不合理性、植民地領有の不公平さなどを上げれば、戦争の不可避は容易ではない」
だからこそ自主独立のためにも国防力を上げることが重要だとした。
その国防国策強化の一環として、農村の負担の削減、小作農の問題解決を唱えた。更には「富の偏在」「貧困」「失業」などが増えている現在の経済環境を懸隔すべきこと。国民生活の安定が何より大切だと主張している。
その上で国家総動員に向け、「挙国一致」体制を築くためには、一定の改革が必要と考えていた。
統制派の主張を正平たちも分析していた。
「確かに農村部の窮状は悲惨だし、解決すべきだ。だが、彼らの主張には何の具体性もない」
「変革を唱えているが、どのようにしようとしているのか具体性が書かれてない」
「何より、その財源をどう工面するのか。小作農を開放するとしたら、その費用を誰がどこから負担するのか何も書かれてない」
「いや、費用の見積もりさえしてないのではないでしょうか。もし考えていたら、こんなに安直なことを言いませんよ」
勉強会のメンバーは統制派の主張を皮肉交じりに捉えていた。
正平たちから見れば、統制派は陸大卒で中央幕僚に就いているが、軍人の狭い視野でしか物事を見てないように映っていた。
「政治経済の複雑に絡み合った状況で、ただ改革唱えただけで農村を救えるはずもない。どのような方策をすれば、どれだけの効果があり、費用がどれだけかかるか検討しなければならない。
軍人エリートはそれらのことを考えてない。」




