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第二話:いざ、隠しダンジョンへ!・二

「ほう……」

「これは……」

「すごい……」


 皆より遅れ、エントランスに足を踏み入れた俺を待っていたのは、幾つもの感嘆の声だった。

 見れば、ソフィーを除いた全員がエントランスのあちこちへ視線を動かしながら、ため息を吐いている。

 ……まあ無理もないな。俺も最初にここに来た時はそうだった。


 転送部屋でみた白い壁はここでも続いており、その清廉さは気温をも下げているかのような涼しさを感じさせる。

 部屋の中央には一目見ただけで職人の苦労が伺える意匠を凝らされた噴水が、大理石のように滑らかな水を噴出させていた。

 部屋の中央を開けるように伸びた二つの階段は、手すりに今度こそ大理石を使っていて、触る前からその手触りを感じさせる。


 ──白に囲まれたエントランス。

 総じて神聖な雰囲気を醸し出すそこは、成程あの(くら)い魔王城の後に来れば、度胆を抜かれるだろう。

 ああちなみに俺達魔族だが、実力主義者が多いので神聖だろうと、こういった美術的な美しさは素直に美しいと認めるやつらが多い。

 天界と協定を結んで久しいし、最近じゃ神聖特効なんてアンデッド族ぐらいだもんなあ。とはいえそのせいもあってか、イゾウとユスティーナのアンデット族二名はあまり感動していないように感じる。


「ここが我らのダンジョンになるのだな!」


 その一方で、ブリュンヒルデは感極まれり、と言った様子だ。

 堕天したとはいえ天使の血脈を継ぐものだ。思うところもあるのだろう。

 ……さて。感動するのはモチベーションを上げる事にもつながるが、今日は色々やる事がある。そろそろ次に行くとしよう。


「皆注目してくれ。後でゆっくり探索する時間を取るから、とりあえずは予定を終わらせてしまおう」


 手をたたき、皆の視線を固定する。

 呼べばきちんと見てくれるあたり、本当に素直な子達だ。熱の籠った視線を向けて来るクラウディアは少し怖いけど。


「とりあえず、皆に配るものがある。

 ソフィー、半分受け持ってくれ」


 持ってきていた袋から、人数分のカギを取り出して、ソフィーに半分だけ渡す。

 候補生たちを並ばせ、端から真ん中へと渡して行く。


「これは何の鍵ですか?」


 首をかしげたブリギッタが、視線と共に疑問を投げかける。

 ちょうど全員に渡し終わった所を確認してからの質問だろう、いいタイミングだったので応える事にしよう。


「これは、エントランスに入って右に見える扉のカギだ。

 この隠しダンジョン、やはり隠しダンジョンだけあって広くてな。

 いちいち歩いてたんじゃ時間がかかるんで、各区画への転送部屋があるんだよ。

 このカギは、転送部屋……つまり、お前達の右手に見える扉のカギだな。

 これがあれば、ダンジョンを歩く必要無く目的地までひとっ飛びってわけだ」


 そう……こんな綺麗な場所だが、ここは隠しダンジョンである。 

 構造自体はそう難解なものではないのだが、とにかく広いのだ。

 ついでに言えば、宝なんかあさろうとすればさらに歩くことになる。


 俺達の居住区画は大分上の階層にあるので、そんな移動の手間を省くために転送部屋を設けたというわけだ。

 勇者達がこれを利用する……って事も考えたらしいが、強固に創られた扉を開くには、俺達の内誰かを倒して鍵を奪わねばならない。

 よしんば鍵を奪ったとしても、ここの一応名目は隠しダンジョンだ。とりあえず世界を救った気になった、強力なアイテムを求める勇者達は隠しボスたる俺まで直行する奴らばかりではないので、利用されてもあまり問題にはならないと検討をつけているらしい。

 各構成員の部屋には強力な武具を置く予定なので、それを手に入れるには自室の鍵を持つ部屋の主を倒さねばならない。故に俺の前に全員と戦うという寸法だ。

 

「じゃあ、居住区画まで移動するぞ。

 転送室はあまり広くないので、一人ずつ入ってくれ。それじゃ、さっきの点呼の順で良いか。アナスタシア」

「はい、私からですね」


 転送室の鍵を開けて見せて、アナスタシアを転送させる。

 近距離の移動であるためか、転送陣はすぐに輝きを終え、気付く頃にはアナスタシアの姿を眼の前から消していた。


「じゃあ次、アヒム」

「おう! 了解したぁ!」


 こうして全員が転送を終えるのを確かめ、俺も転送陣に足を踏み入れる。

 表示されている行き先を居住区画に設定して……よし、出来た。

 余談だが、来訪する勇者用に「居住区」では味気ないので、各区画の名前を変えておけとの達しがあった。

 後で変えられるらしいので、あいつらと相談して相応しい名前に変えよう。


 なんて事を考えている内に、身体を僅かな浮遊感が襲う。

 行き先の上にある、現在地の表示は居住区に変わっていた。

 さて。それじゃ部屋割か。そういや、あの子達の交友関係ってどうなってるんだろうか。

 その辺も、部屋割でいくらか分かっていく事だろう。


「よし、全員無事にいるな。

 ……転送先を間違えたやつがいなくて、少し安心したぞ」


 移動した先に俺を除いた十四名が全員そろっている事を確認し、そんな冗談を言ってみる。

 わざと行き先を変えなければ、間違いなくここに辿り着く筈だからな。ふざけている奴が居なくて何よりだ。


「さてと……それじゃあ皆、好きな部屋を決めてくれ。

 友人がいればそいつらと固まってもいいぞ。部屋を決めたらその部屋の鍵を渡そうと思う。

 ……ああ、念のため言っておくが、部屋はだいたいどれも一緒だぞ。

 左右で配置の違いが少しあるが、まあその程度だ。

 勿論、質問があれば受け付けよう」


 実際には聞く事なんてそうないとは思うが、一応は質問を受け付ける。

 ……あ、鍵の扱いについて言う必要があったな。誰も聞かなければ後で付けたそう。

 なんて思ってると、さっそく手が上がる。

 他の候補生より頭一つ身長の低い彼女は──アナスタシアか。


「はい、宜しいでしょうかガローズ様」

「ん、アナスタシアか。言ってみてくれ」

「外出が禁止される時刻などはありますか?

 たとえば、売店などに行きたい時などのお話なのですが」


 鍵の事じゃ無かったか。

 とはいえそれも大切と言えば大切だな。

 

「ああ、特別な理由が無ければ十一時以降の外出は禁止されている。

 何か特別な理由があるのなら、備え付けの念話水晶で俺かソフィーを呼んで話してくれ。よっぽどの事でもない限り許可すると思う」

「分かりました。ありがとうございますガローズ様」

「いや、聞いてくれて助かった。皆も注意するんだぞ」


 肯定の意が唱和される。

 後は──っと、クラウディアが手を上げているな。


「どうした、クラウディア」

「ガローズ様のお部屋は何処になるのですか?

 別の区画になるのでしょうか」


 ……これ、答えてもいいのだろうか。

 ちらりと横目でソフィーを見る。おお……気に入らん様子だ……

 とはいえそこまで強い感情でも無さそうだし、答えて置くか。


「いや、この区画に住む事になる。

 隠しボスの面目を保つために勇者が来襲する前日からは、玉座の間から繋がる部屋に泊まる事になるが、豪華すぎてどうにも落ち着かなくてな……

 平時はお前達と同じ区画に住む事になる」

「いい事をお聞きしました。では私はガローズ様のお部屋の隣がいいです」


 やっぱ答えたのは失敗だったか?

 ……ソフィーが鬼の様な──事実吸血鬼なんだけど──殺気を放っている。

 どう答えりゃいいんだコレ。

 っていうか俺も怖い。ソフィーがじゃなくて、グイグイ来るクラウディアの隣室がだ。

 とはいえ一応は管理者の身。部下と仲良く接するのも俺の仕事の内ではある。


「あー……構わないが……

 まあ、なんだ。俺の部屋の隣でも特にいい事は無いと思うぞ?」

「いえいえ、ガローズ様のお隣と言うだけでも十分ですわ」


 ……本当、何を考えているのやら。

 分かりやすい好意過ぎて裏を疑ってしまいそうだ。

 人を見る目はあるつもりだし、今度一対一で話してみよう。……危険かもしれないが。


「……ガローズ様」

「うおっ!? ソ、ソフィーか。なんだ?」

 

 痛み始めた胃を押え、色々な事を考えていた矢先、煮えたぎる地獄の釜の様なソフィーの声が俺を叩いた。

 威圧感の類は込めてはいないんだろうが……これが宵刻姫の恐怖……!

 113ものレベル差に圧倒されながら、なんとか返事をする。

 妖魔族の吸血鬼だって言うのに、まるで幽鬼族みたいだ。


「私もガローズ様のお隣で宜しいですね……?」

「……あ、ああ。構わない……」

「……! ありがとうございますっ!」


 そんな闇のオーラを漂わせてる絶対強者の「お願い(命令)」を、どうして断れようか。

 候補生達の手前、「はい」と返事しなかった俺をほめてやりたい。結果は変わらないんだけど。


「よ、よし。もう質問の類は無いな?

 それじゃ各自、話しあって部屋を決めてくれ」


 疲れた様子の俺に「頑張れ」と言外に語る生温かい視線を投げかけてから、候補生達が動き出す。

 ……いやあ、良い子達で良かったよ。

 何人かの視線が、今はそれでもありがたかった。


 かくして、部屋割が決定する。

 みんな仲が良かったのか、意外にも部屋と部屋間の密度が高い事に驚いた。がっちり両隣をホールドされた俺が中心になる形で、部屋の分布は綺麗な長方形を描いている。

 ただジギスムントとヒルダが孤立しているのが気になるな……この二人とはうまく付き合っていかねばなるまい。


「部屋割が決定したようだな。

 あんまり頻繁なのは困るが、部屋の移動も受け付けている。

 何か理由があったら言うといい。

 ……そうそう、先ほど言い忘れていたが、鍵は外出時には必ず持つように。

 扉を閉めると自動で鍵も閉まる魔術が掛かっているらしい。鍵を持っていないと開ける事が出来なくなるからな。

 もし鍵を室内に忘れてしまった場合、このフロアの……転送室から向こうに行った曲がり角に管理人さんが居るから、相談してくれ」


 部屋割を〆るとともに、先ほど言い忘れた鍵の扱いにも話しておく。

 最近開発されたオートロックという魔法らしい。セキュリティ上は便利だが、結構鍵を忘れるやつが多いらしいので注意が必要だ。

 

「ガローズ様」

「ああ、ありがとうソフィー」


 件の鍵を、今話題に出た管理人から受け取ってきたソフィアが合流する。

 受け取った鍵には番号が振られていて、ソフィーは一度それを俺に渡した。


「それじゃあ、部屋の番号を言うからその部屋を希望した者は出てきてくれ。

 ……205番」

「……我か」


 転送室から見て左側の通路の、一番近い場所を希望したジギスムントが静かにやってくる。

 ……寡黙な少年だからな。静かなのが心地よいってのはあるだろうが、もう少し溶け込んでもらいたいものだ。

 その辺は俺が何とかできると良いんだがな。

 これから先の人間関係を想いつつ、鍵を手渡す。

 候補生全員を採用したのは俺だ。故に最高の結果を導く義務が俺には在る。

 これから先の使命感に燃えつつ、俺は鍵を手渡して行った。

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