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黒い勇者の溺愛  作者: 瑪々子


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フィリップの悔恨

僕フィリップが、家の商売の関係で、国の辺境にある小さなキディス村を訪れた時のはじめの印象は、何とつまらない村だろう、というものだった。


僕は王都はもちろん、大きな街々や、小規模の村々を含め、国中多くの場所を親の仕事の関係で見て来ていた。だから、昔ながらの慣習にしばられた村人が、流行にも疎いまま、変わりばえのしない日々を過ごしているように見えるキディス村は、一言で言うと息苦しそうな場所に見えた。商売で関係することがなければ、一生訪れることはなかったに違いない。


ただ、その村で何気なく教会での礼拝に参加した僕は、ある少女の姿に思わず息を飲んだ。…こんな辺境の村には似つかわしくない、目を瞠るほどに美しい少女がそこにはいたのだ。

様々な場所を訪れたことのある僕も初めて見る、燃えるように鮮やかな緋色の髪を艶やかになびかせ、月の光を湛えたような大きな金色の瞳を持つ、色白ですらりとした彼女の姿に、僕は釘付けになった。


思わず彼女を目で追っていると、ハンカチを落としたのですかさず声を掛けた。なぜか、彼女はひどく驚いていた。…こんなに綺麗な顔をしているのに、どうやらあまり男性と話し慣れていないらしい。彼女はエレノアといった。


楚々とした彼女にまた会いたくて、僕らしからず前のめりになって、また翌週に彼女と会う約束をした。


彼女と話すのは楽しかった。彼女は僕の話に、それは熱心に耳を傾けてくれた。僕が口を開くと、彼女がその憂いを帯びた顔を綻ばせてくれるのが嬉しくて、会う度に、また次の約束をした。他の街や村を訪れている時も、彼女に会ったら何を話そうか、そんなことを考えるようになった。


僕は彼女に夢中だった。

けれど、彼女は警戒心が強いのか、あまり簡単には僕に心を許してくれていないように見えた。

僕は、それなりに自分の容姿には自信があったし、甘い微笑みを少し見せれば、今までは美しいご令嬢たちでも簡単に僕にしなだれかかってきてくれたというのに。


…だから僕は、何度会ってもあまり表情が変わらないように見えるエレノアに、少し焦りを感じていた。そして、1つの手を打つことにした。

僕の家には、治癒魔法に加えて、時々珍しい能力者が出る。それは、人の気持ちを操り自分に向ける、そんな能力だ。発動の難しい能力で、使ったとしても1人にしか向けられず、同時に2人には使えない。

禁忌の能力とされるそんな力だったけれど、僕の場合は、能力以前の問題で、問題視すらされなかった。僕が使える魔法の威力は、どんな魔法でも、とても小さかったのだ。

気持ちを操るのに近い能力が自分にあることには気付いていたけれど、いかんせん力が弱く、使ったとしても好感度を少し上げる程度のことしかできないだろうとは思った。

でも、出来ることは試そうと思い、ある時、僕はエレノアへの贈り物に選んだ花を模した髪留めに、その魔法をかけた。


緊張に胸を鳴らしながら、彼女の髪にそれを飾った。

彼女は、自分の髪色はこの村では呪術師の末裔として蔑まれていると所在なさげに語った。美しい彼女がこの村で俯いている理由がわかったような気がした。

そんな彼女も愛しくて、彼女の艶やかな髪を撫でたら、彼女は嬉しそうに、今までで一番の笑顔を見せてくれた。…どうやら、僕の魔法は意外に効果があったようだ。


そして、それから不思議なことが起きた。

僕の使える魔法の威力が、それ以前とは比べ物にならないほど、格段に上がったのだ。

時を同じくして、エレノアは俯いていた顔を上げ、以前よりもさらに美しくなった笑顔を、僕だけのために見せてくれるようになった。彼女に愛されていると、僕は自信を持って感じるようになった。


僕はぴんと来た。…彼女は呪術師の末裔と言われているそうだけれど、何らかの形で、彼女の力が僕に宿ったのではないか。

国内で、まだ解明されていない能力を持つ者も一定数いた。エレノアがそうだとしても、おかしくはない。

エレノアに贈った髪留めに僕がかけた魔法の威力も、上がっているのがわかった。そして、彼女はいつもその髪留めを身に付けてくれていた。律儀な彼女は、きっとこれからも僕からの贈り物であるそれを身に付け、大切にしてくれることだろう。


僕は高揚する気持ちを抑えられなかった。

彼女の力は、僕の力になり、そしてその強化された僕の力で彼女を魅了している。

彼女に贈った髪留めの魔法が続く限り、彼女の力は僕のものになるだろう。


王都で能力試験を受けて測った魔法の能力は、想像以上に素晴らしい結果が出た。

僕は内心、小躍りした。

今までは諦めるほかなかった、多額の財に、地位や権力。そういうものが、一気に手に入るチャンスが訪れたのだ。魔物の出没が増えている今こそ、能力者にとっては頭角を現すよい機会だった。


エレノアには、僕を待っていて欲しいと伝えた。

彼女には、あの魔法の髪留めがある。だから、僕が彼女の心を捉えていることはわかっていたけれど、王都に行く僕をずっと待っていてもらえる程の覚悟があるのかを尋ねた時にはさすがに緊張が走り、身体が震えた。

そんな僕の言葉に頷いてくれた彼女に、僕は有頂天になった。…いつか、魔法のせいではなく、彼女の本心から愛してもらえたら。そんな想いが頭を掠めた。



はじめは、彼女に僕の近況を事細かに知らせる手紙を書いた。すぐに、彼女からは温かな返信が来た。月に2回ほど、僕は手紙を書き続けた。


しかし、魔物と対峙し、たくさんの冒険者と会う日々は刺激的で、エレノアに対する愛情よりも、目の前の冒険に溢れた毎日に心が向くようになった。


だんだん、彼女への手紙に綴る内容は減っていった。

それが顕著になったのは、この国の第三姫であるメアリを助けてからだろうか。

メアリはエレノアとは違うタイプの華やかな美貌で、僕が喉から手が出る程に欲しいもの全てを持っていた。…高い地位も、権力も、そして財力も。

僕は、エレノアという存在がありながら、欲望に踊らされ、メアリに心惹かれるのを抑えることが出来なかった。


魔物の攻撃に深手を負っていた彼女を回復させた僕のことを、彼女もいたくお気に召したようで、それから僕は彼女のパーティーに加わることになった。

しかし、僕が加わったときには両手で数える程いたパーティーの冒険者数は、日を追うごとに減っていき、ついには彼女と僕だけになった。

それは、彼女の高慢で苛烈な性格が原因だった。


彼女の攻撃魔法の威力は、確かに非常に強かった。けれど、彼女の意に背く者の意見に耳を傾けず、時に彼女の攻撃魔法を仲間にもちらつかせて脅すような傲慢な態度に、だんだんと人が離れていったのだ。彼女が姫だったこともあり、正直に彼女に進言できる者は、僕を含めて誰もいなかった。


魔王の化身と思われる黒竜が現れた。その知らせに真っ先に反応し、魔王討伐に向かおうと言ったのは彼女だった。

いくら何でも無謀だ、そう言って僕は彼女を止めようとした。せめて、必要な冒険者を集めてからに。そんな僕の必死の説得を彼女は無視した。


僕たちは、命を落としかけた。いや、僕は一度死んだのではないかと思った程だ。黒竜の爪が、確かに僕の胸を貫いたようにも思ったのだけれど…、僕は生きていた。

冒険者界隈では最も名の知れた、別格と言われる剣と魔法の使い手であるザカリーが、なぜか僕を救ってくれたのだ。


彼と、これも頭一つ抜け出した実力を持つ剣士のニコラスが黒竜の元に現れ、すんでのところで僕とメアリを救ってくれた上に、僕とメアリが必死に頼み込んだら、渋い顔をしつつも、彼らの仲間に僕らを加えてくれた。彼らは、いくら頼まれても、他の冒険者たちとはパーティーを組まないことで有名だったというのに。

これは、僕がエレノアから力を得たのに勝るとも劣らないほどの幸運だったのではないかと思う。


僕とメアリが彼らと行動を共にしたのは、彼らと黒竜を倒すまでのほんの短い間だけだったけれど、…そして、ほとんど彼ら2人の力で黒竜を倒していたけれど、彼らと行動を共にして黒竜を倒したお陰で、僕とメアリまで勇者と共に英雄として讃えられることになった。


…ああ、これで全てが手に入った。


そんな勝利の美酒に酔いしれながら、魔王討伐を祝う凱旋の馬車の上から見たのが、キディス村に残して来た筈のエレノアの姿だった。


なぜ、彼女がここに。そう思って、青ざめた。

僕の腕にぴたりと腕を絡めるメアリは、ことに女性関係になると非常に聡く、驚くほど細かなことにも気付き、彼女の思い通りにしないとすぐに機嫌を損なった。

3か月ほど前に、エレノアへ手紙を送るのを見られた時もそうだ。内容も宛先も見られていないだろうとたかを括って、適当に誤魔化したけれど、彼女にはお見通しだったらしい。以降、エレノアには手紙が出せなくなった。

常に顔いっぱいの甘ったるい笑顔を見せないと、途端に気持ちが足りないと眉を釣り上げる彼女に、僕はいささか疲れを感じるようになってきていたところでもあった。


エレノアが、今もあの髪留めをつけてくれているか。僕に心を向けてくれているか。それを確かなものにするためにも手紙は送りたかった。

僕に強い魔法が使えている限りは大丈夫だと確認できたものの、万が一ということもある。


エレノアの姿を直接目にした時には、さすがにどきりと心臓が跳ねた。

僕とメアリの姿を見て、彼女と婚約したと知れば、エレノアは僕が贈った髪留めを外し、僕の力は無くなるかもしれない。


僕は当初、僕の能力を高く評価しているメアリの歓心を得続けるためにも、人並み外れた治癒魔法の力が必要だと思っていた。

しかし、もう僕が力を維持する目的は変化していた。

感情の起伏の激しいメアリがときに攻撃魔法を乱れ撃つ中で、彼女と人生を共にするのなら、もし治癒魔法が使えなければ生死に関わることに、ようやく僕は気付き初めていた。


三番目とはいえ、一国の姫とあらば、近隣国の王族との政略結婚が王道だろう。

しかし、メアリはあれほど美しいにも関わらず、その強い攻撃魔法の威力と、激しい性格が災いして、数多くの縁談がなかなかまとまらなかったようだ。僕が英雄になったのをこれ幸いと、国王も僕にメアリを押し付けようとしているのだとわかり、僕の背筋には冷や汗が伝った。

メアリがエレノアの命を狙うことも、彼女の性格からは否定できない。


凱旋の馬車で目にした、嫉妬に歪むメアリの怖ろしい表情を見た時、ぞくりと悪寒を感じた。今まではその美しさを愛し、そして富や権力を手に入れるための象徴のようにも見えていたメアリに対して、どこか気持ちが萎み始めた。


メアリの目を盗んで、ザカリーの邸宅にいるエレノアに会いに行った時。

あの時は、まだ僕に気持ちがあるエレノアを説得出来るだろう程度の考えでいた。愛しているのは君だけれど、君を身の危険から守るためにも、メアリと結婚しなければならない、とでも丸め込もうと。

…あながち、嘘でもなかった。そして、彼女の気持ちさえ得続けられれば、僕の魔法の力は保たれ、メアリとも何とかやっていけるのではないかと思っていた。


けれど、ザカリーに阻まれ、エレノアに会うことは叶わなかった。

なぜ、ザカリーがエレノアを保護しているのか。僕はさっぱり理由がわからなかったけれど、疑問よりも焦燥と苛立ちが募った。


さらに、こっそりとエレノアに会いに向かったことは結局メアリの知るところとなり、彼女の魔法で僕は大火傷を負った。

この大怪我が決定的だった。これでメアリに対する気持ちが完全に失せた。…治癒魔法が使えなかったら、危ないところだった。



次にエレノアに会うことが出来たら、ただ一言、こう伝えたかった。

「僕と一緒にここから逃げよう」と。


メアリに一度でも心を移した僕が言えることではないかもしれなかったけれど。

変わらず美しいエレノアを馬車から見た時、メアリに気取られないかと怯えつつ、エレノアと過ごした日々が懐かしくなった。

穏やかで優しく、僕がかけた魔法のためとはいえ、僕を一途に想ってくれるエレノア。彼女はいつも、会う度に僕を癒してくれた。

僕が強い魔法を使える、すなわち彼女の心が僕にあるうちに、彼女を連れて逃げたかった。

彼女さえいれば、僕はきっとやり直せるだろう。



僕がメアリとの結婚式を挙げる日。

メアリには、もっと前に時間をくれるよう頼み込んだにも関わらず、結婚する自分たちを見せつける機会しか認めないと許されなかった。

そして、僕が見たエレノアの髪には、あの髪留めが見当たらなかった。僕の肝は冷えたけれど、まだ僕には力があった。きっと、彼女は身近などこかに髪留めを持っているのだろうと、そう考えた。


あの時、なぜ急に魔物のガーゴイルが空いっぱいに現れたのかはわからなかったけれど、僕はむしろ幸運に感謝した。

僕が伸ばした手をエレノアが取れば、この混乱に乗じて、移転魔法で逃げ切ればいい。

彼女の後ろにいるザカリーが気になったけれど、僕には、エレノアが僕の手を取る自信があった。あの魔法の髪留めは、まだ力を保って彼女を捉えている筈だ、と。



しかし、エレノアは僕ではなく、ザカリーを選んだ。

…結局、彼女には一緒に逃げようと伝えることもできなかった。


彼女がザカリーの手を取った時、僕は信じられずに顔を歪めた。

地位も権力も財力もあっても、これからメアリの元で、奴隷のように生活を共にしなければならない未来が透けて見えた。

もし僕に高い能力が無くなったと知っても、彼女は僕を手放すどころか、きっと御し易くなったとほくそ笑むだろう。僕は対外的には英雄の1人だ、彼女に釣り合う数少ない相手を繋ぎ止めるために、きっと彼女はあらゆる手段を使う筈だ。


そして。

ザカリーの手を取ったエレノアの、驚く程に美しい、幸せそうな笑顔。かつては僕だけに向けられていたその笑顔が、今は他の男のものになっていた。

今更ながら、胸がぎゅっと握り潰されるように、失ったものの大きさを嫌というほどに感じた。

もし、僕がメアリに、そしてその背後にあった地位や権力に目を奪われ、彼女に心を移すことがなければ、女神のような微笑みを見せるエレノアと、人生を添い遂げることも出来たかもしれないというのに。


膝から崩れ落ちた僕だったけれど、メアリとの結婚式の延期は不幸中の幸いだった。何とか首の皮一枚繋がった。

侯爵位も、家も財力もいらないから、どうやってこの国から、そしてメアリから逃げ出そうかと、今はそればかりを考えている。



メアリに気取られないように逃走の準備を進めていると、ザカリーから珍しく声を掛けられた。


彼曰く、僕はエレノアのお陰で生き返ったのだという。いったい何を言うのかと首を傾げた僕だったが、ザカリーはその手の冗談を言う奴ではない。

確かに、最愛の人を失くした聖なる力の持ち主が、その昔使ったとされる古の能力の存在は耳にしたことがあった。そんな力まで、エレノアは持っていたというのか。


僕は一つ、彼に問うた。…僕以外に、唯一、僕がエレノアに何らかの魔法をかけていると勘付いていたらしきザカリーに。


僕が死んだら、僕が彼女にかけた魔法は解ける。もし彼女に人を蘇らせる程の力があったとしても、僕を生き返らせる訳がないだろう?


ザカリーは言った。

なぜ気付かなかったのか。彼女はあの時、お前の魔法のせいなどではなく、心の底からお前を愛していたんだ、と。

そして、これはお前への置き土産だ、もう二度とエレノアの前に姿を現すな、とも。


思わず涙が頬を伝った僕は、なぜそれを僕に教えたのかと、ザカリーに尋ねた。

今やエレノアを溺愛しているザカリーが、そんなことを僕に言う必要があるのか、と。


彼は、少し寂し気に言った。

あの時の彼女の心は、確かにお前の元にあった。

俺は、お前の死の知らせに、悲痛に顔を歪ませて涙にくれる彼女を見た。…それをお前が知らなければ、あの時の彼女の気持ちが浮かばれない。


それを聞いて、僕の視界は、ぼろぼろと零れ落ちる涙でさらに霞んだ。


***

ザカリーとエレノアの結婚が決まり、エレノアがキディス村に一時戻って荷物の整理をしていた時のこと。


必要最低限の荷物だけをザカリーの邸宅に持って行くつもりで片付けをしていたエレノアの目に、かつてフィリップから贈られ、砕けた髪留めの破片を集めてしまい込んでいた箱が留まった。


エレノアは、その箱の蓋を開ける気にはなれなかった。

けれど、箱を持ち上げた時、悲しい記憶となっていた筈のフィリップのかつての微笑みがなぜか頭に浮かび、少しだけ温かな気持ちになった。


…辛い恋になってしまったけれど、あれは、確かに私が自覚した初恋だった。

そんな甘く切ない記憶と、あの日の彼への想いを箱に込めてから、エレノアはその箱をそっと処分した。

勢いで書き始めたこの小説でしたが、最後までお付き合いくださり、どうもありがとうございました!!

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