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第23話 美男子様抱っこ

 落ちつきを取り戻した俺たちは、再びケインズ村へと続く洞窟にやって来た。短期決戦だったが、熾烈(シレツ)なバトルをメルと繰り広げてしまった。


 負けられない戦いだったが...メルの猛攻の前に俺は...。


 さて、アホなことを言っていないで、クラリスを迎えに行かないと。もう午後4時を回っている。太陽もそろそろ沈むだろう。


 ケインズ村に向かうため、メルは再び俺をお姫様抱っこしてくれた。そんなメルに俺は「ごめん、メル。重くない?」と謝ると、メルの返事は意外なものだった。


「ご主人様!全然重くなどございません!それに、これは「お姫様抱っこ」ではございません!『美男子様抱っこ』です!ナイメール星で『女性が男性におこないたいこと』第一位です!メルは、メルは幸せ者です!」


「『美男子様抱っこ』?なんだそりゃ?」


 メルは、俺を抱きかかえたままの姿勢で泣いてしまった。うーん...凄くシュールだ。まあ...メルが喜んでくれるから、よしとするか。


 しかし...こんな子豚ちゃんを抱きかかえて、泣くほど喜んでくれるとは、本当に恐ろしい星だな...。


 まあ、そんなことはどうでもいいとして、「じゃ、じゃあメル、頼まれてくれるかい?俺をビッグハムの奴隷商会まで、その、『美男子様抱っこ』って奴で連れて行ってくれるかい?」とメルに頼んだ。


「分かりました、ご主人様!メルは幸せです!ではご主人様、出発いたします!」


 メルはそう言うと、ものすごいスピードでケインズ村まで走り始めた。


 後で聞いたところ、「本気で走ればケインズ村まで1分で到着できます。しかし、少しゆっくりと5分かけて走りました♡」とメルは言いった。「美男子様抱っこ」を少しでも長く楽しみたかったらしい。うーん、可愛いな、メルは本当に。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 メルに連れられ、男性専用の出入り口からケインズ村へと足を踏み入れた。女性専用の出入り口は相変わらず混雑しているようだったが、男性専用の方はガラガラだ。


 俺は、男性専用出入り口手前でメルから降りて、受付の女性に「村に入りたい」と告げた。門番の筋骨隆々の女性が「奴隷はお一人ですか?大丈夫ですか?もっと人数を増やされた方が...」と、本気で俺の身を心配してくれている様であった。


 昨日もそうであったが、奴隷のメルを見てもひどい言葉を投げかけたりはしない。この門番の方はなかなかいい人で、揉めることもなくケインズ村に入れた。

 

 ケインズ村に入ってからは、歩くことにした。前回の様にメルを見て罵声をあびせたり、石を投げるような行為はない。


 メルの首には奴隷であることを示す首輪が付けられている。俺が隣にいることで、メルが俺の奴隷であることが明白だ。そのため、メルがフードや仮面をしていなくても、侮辱的な行為や発言をすれば罰せられることになる。


 しかも、メルがはめている首輪は単なる首輪ではない。特別なチョーカータイプの首輪で、奴隷に対する主人の深い愛情が見て取れる一品だ。さらにメルも俺と同様に、ナイメール星では決して手に入らない洗練された洋服を身にまとっている。


 奴隷の衣服や首輪に、相当な金額が費やされていることが一目で分かる。こんなに大切にされている奴隷に危害を加えれば、重罪に問われるのは誰の目から見ても明らかだ。


 特に外見至上主義が支配するナイメール星では、俺の外見であれば三大公爵家、いや、王家以外は手を出せないとメルは言った。そんな俺の奴隷に傷をつけようとする者は、極めて愚かな者か、それとも...悪党しかいないだろう。


 もう信じられないが、メルがそういうのなら、信じてみようかな。


 ただ今はそんなことよりも、クラリスを救う方が先だろう。


 あと、メルには俺のお古の帽子をかぶせた。人目を避けるためにメルが欲しいと頼んできたからだ。


 俺はメルに、「異世界で使っていた外套の代わりに新しいパーカーを買おう」と、シロクマでの買い物中に追加で注文するつもりだった。しかし、メルは「もしよろしければ、ご主人様のお部屋にある帽子を私に下さい」と、俺の使い込んだ帽子を欲しがり、真剣な表情で頼んできた。


 あと、「クラリスお姉様用に」と言って、これまた俺のお古の伸びきったフード付きのウィンドブレーカーも下さいと言ってきた。


「いいけど、俺のお古なんかをクラリスが着たがるかな?何だかそれこそ、クラリスには新しい洋服を用意してあげた方がいいんじゃないか?」と言ったが、「この使い込まれた感じがいいのです!男性の衣服やアクセサリーを貰うが、『女性が男性におこないたいこと』第二位です!」と力説された。


 何でも男性愛用の服や、帽子、ハンカチなどを貰う、共有する、交換することが憧れらしい。だからメルは俺のズボンとTシャツを喜んで着たのか...。


「男性の着ていた衣類を着れる者は、そうはいません。サイズが違いすぎますから。私の様に身体がひき締まっており、メリハリのあるプロポーションを持った者のみです...」


 これって...嫌味で言っている訳じゃないんだよね?恐ろしい場所だ、ナイメール星ってやつは...。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんな会話をメル交わしながらも、一歩一歩クラリスを迎えに行くためにビッグハムの奴隷商会へと向かう。


 相変わらず、住民たちはひそひそと俺たちのことを陰で話している。俺がちらりと住民たちを見ると、彼女らはすぐに視線をそらす。


 まあ、石を投げられたり罵声を浴びせられたりすることに比べれば、ずっとマシだ。それにしても、どこの世界でも陰口や悪口は甘美なものとされているようだ...本当にくだらない限りだが...。


 あれこれ考えているうちに、ビッグハムの店の前についた。さあ、クラリス、待たせたな。


「ビッグハム、いや店主のライメイに告げてくれ、智也という者が、奴隷を貰いに来たと」


 そう、ビッグハム商会の門番らしき者に声をかけた。

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