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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ2
36/161

第九話




「あぁっちぃ~!」


 ソレがブラックアウトから目覚めての俺の第一声だった。炎天下、排気ガスが朦々と立ち込める道路脇の歩道の上で、俺は天に向けて叫ぶ。


 見れば、前にも後ろにも、男女の差はあれど半袖のYシャツ姿の学生達が何人かいる。予想通り、俺も同じズボン、同じ半袖シャツ、同じネクタイをしている。既に背中側は汗で張り付き、紫外線と陽炎が、季節が夏であることを如実に語ってくる。


「…………」


 左耳に触ってみる。ピアスの感触がした。



 確か俺は、中学の卒業式の日に宗二と一緒にピアスの穴を開けたんだ。


 て、ことは……何年生かは分からないが、俺は高校時代の夏に来たらしい。


 掛けていた伊達メガネを外してこめかみに浮かんだ汗を拭う。今回は青色か。前回の黒縁は優乃先輩の代わりに飛び降りた時に壊してしまったからな。


 ……しかし暑いな。


「ちくしょう……冬から夏に来ると体調崩しそうだぜ」


「何ワケ分かんねーこと言ってんだ?」


 俺が忌々しげに呟くと、真横から訝しげな声が聞こえた。


 俺が慌ててそちらを見るとそこにいたのは――中学の時の同級生、石田賢(いしださとし)だった。


「賢!? 何でお前がここにいんだ?」


「何言ってんだ? とうとう暑さで頭がやられたか?」


 どういうことだ? 今俺をアホを見る目で見てるこのアホは、確か別の高校に進学したはず。


《おぉ! サトシですよ! 前回のリトライで仲良くなったから、アキーロと同じ高校に来たですかねぇ?》


 驚く俺の頭の中に、ややエフェクトの掛かったリライの声が響く。


そう言えば前回もそうだったな。リライの姿を見ることは叶わないが、今俺とリライは同調とやらをしているそうで、同じ風景を見ていたり、互いの感情が流れ込んだりするらしい。また、この時にリライは俺の感情や知識を吸収して成長するらしく、あいつにとってのお勉強にもなるワケだ。


「そうなのかよ。つーか、前回から今回までの変更点、俺知らねーぞ」


 俺は小声でリライに訴えた。前は上書きによって起こった変化を、現世への未練を誘発させない為、罪人には教えられないと言われたが、今の俺はもう罪人ではない。むしろスカウトされた執行代理人だ。


 教えてくれてもいいだろう……てゆーか、教えてくれないと困るだろう。


《そーいやそーですね。自分も教えてもらったことしか知らねーです。多分アキーロみたいな例が特殊だから、対応が追い付いてねーですよ》


 リライのあっけらかんとした声が聞こえる。


 いや、多分……コレは俺の勘だが、連中は元罪人である俺を信用しきってないのではないだろうか。


《基本的に制約わ前回と同じです。自分で思ってもない言葉わ相手に伝わらねーですよ》


 げ、ソレ今回もあるのかよ……。やっぱりどっか冷遇されてる気がするんだよな。


「おーい、秋? 立ったまま気絶? もう少しで学校だぞー」


 俺の前でひらひらと手を振る賢の声で我に返った俺は、気になった質問をしてみる。


「……宗二は?」


 そう、小、中、高と一緒だった親友の井上宗二の姿が見えないのだ。


「……は? 何言ってんだ。まだ停学中だよ。少し早めの夏休みってヤツ。忘れたのかよ」


 ……あ、思い出した。確か高校二年の夏休み前に、宗二はたばこが見つかっただか何だかで停学を喰らっていたのだ。


 なるほど、大体の日付が分かったぞ。しかし、俺はこの時期まひるに会ってすらいないのだが。四つ下だから……えーっと、中一のまひるに何があったのだろう?


「そもそも何故この時代なんだ? 俺この時、まひるにロクに会ってねーし、話もしてねーぞ」


《さあ? でもアキーロの記憶を覗いたところ、ここが浮かび上がったですよ? 無意識下で何か引っ掛かるとこがあったんじゃねーですか?》


 何だってぇ?


「…………」


 うーん……駄目だ。思い出せん。


「……まーあいつは彼女とラブラブしまくって、おめーは先輩とくっつくんだがくっつかねーんだかハッキリしないと。寂しい青春を送るのは俺だけさ……」


 喋りっぱなしだった賢の言葉に意識を戻す。ああ、そか。この時はもう宗二は彼女いたんだ。てことは、既に経験者……!?


「……ぐわぁっ!」


 うお、何だっ!? いきなり脇道からウチの学校の男子生徒が吹っ飛んで来た! 一体誰だ?


「アレ? 確かこいつは空手部の……えーっと、あ! 思い出した! ハギワラだ!」


「ちげーよ秋。空手部のオギワラだ。つーか大丈夫か? 何してんだオギワラ?」


 俺がぽんと手を打って言うと、後ろから賢が指摘してくる。そっか、荻原か。


「は、萩原だよ……」


 上半身を起こしたそいつは鼻を押さえながら訂正してきた。


「ほらハギワラじゃねーか! サイテーだぞ賢! 人の名前間違えるなんて!」


「ぐ……! だってあんな字見分け付くワケねーだろ! バカだぞ俺は!」


「そん、そんなことより……!」


 俺と賢の言い合いに割って入ったオギ……ハギワラ? が必死に脇道を指差す。自分の名前をそんなこと呼ばわりしてしまうのかお前は! 


 コレはよっぽどのことなのだろう。俺と賢はそちらに向き直る。すると、そちらからゴツイ坊主頭の男子生徒が歩いて来ていた。


「逃げてんじゃねーよ。根性なしが」


 低い声で威圧的な声を出す坊主頭の身長は、優に百八十センチはあった。ゴツイ! 何か俺タイムリープしていきなり厄介ごとに巻き込まれちゃってる感じ?


三山(みやま)先輩! もう勘弁して下さいよ!」


 俺の背後でハギ……オギワラ? が半泣きで訴える。どういう間柄なんだ?


「三山先輩だ……空手部で最強だったらしーんだけど、ケンカとか後輩イビリとか、問題の多い人だったらしくて、最近空手部クビになったんだって」


 俺が聞きたいことを目で悟ったのだろう。賢が小声で説明してくれた。


 で、その元空手部の三山先輩が現空手部の……えーと、んギワラくんを襲ってると。ちょっと話が見えてきたぞ。


「大体俺らがチクんなくっても、どうせあんたその内――ごはっ!」


 何が起こったのか理解するのに一瞬の時を要した。俺の左肩の上を通過した三山先輩とやらの拳が俺の後ろに立っていたギワラくんの顔面に叩き込まれたのだ。ほとんど見えなかったぞ。


「…………」


 ……失禁するかと思った。


 俺が暑さのせいだけでない汗をかきながら、KOされたギワラんを呆然と見下ろしていると――


「おい、戸山」


「……え!?」


 ――いきなり名前を呼ばれて心臓の位置がズレるかと思った。この人何で俺の名前知ってんの!?


「……相変わらず生意気そうだなオメーは。あんま調子コイてっとオメーもやっちまうぞ」


 そう言って坊主頭の巨人は去っていった。


 何で? 俺はお前なんか知らねーぞ!


「……何でだ! 何故いつも俺は先輩やら教師やらに目を付けられるのだ!?」


「だって秋って第一印象悪いモン。目ツキ悪いし生意気そうだしナル男だし、俺も嫌いだった」


 俺が天を仰いで叫ぶと、後方から賢の冷ややかな声が聞こえる。


「誰がナル男だ! 俺はちょっとカッコつけで決めたがりなだけだ! 大体お前こそヤンキーキャラはどうした! 先輩上等~! ぶっ殺す~! って立ち向かっていかんか!」


「何だその頭の悪そうなキャラはぁぁ!」


「あの――今はそんなことより彼を保健室に連れて行かないと、はい」


 俺と賢が取っ組み合っていると、脇から凛とした声が聞こえた。


 見てみると、完全にグロッキー状態の……ギワラーを男子生徒が助け起こしていた。誰だこいつ?


「……!」


《……え》


 そいつを一目見て俺は妙な既視感を覚えた。さらさらとした銀髪に碧眼。俺がいつも見ている執行者にそっくりだったのだ。もっともこいつは男だが。


「彼は僕が保健室まで連れて行くよ。ソレじゃ、またあとで、はい」


 そう言って、そいつはギワララを背負って行ってしまった。一体何モンだ? 俺の高校時代にあんなヤツはいなかった。コレは誓って言える。

「……カッコつけで決めたがりってのはああいうのをいうんだよ。お前はただのナル男」


 賢が横目でこちらを見て言う。だが俺は皮肉を返すのも忘れて――


「賢……あいつ、誰だ? あんなヤツいたか?」


 ――そう聞いていた。


《いや、アキーロの記憶にあんなヤツわいねーですよ。一体何が――》


「お前のボケも末期だな。留学生のエルクとかいうヤツだろ。ウチのクラスじゃねーか」


 リライの返事を遮って、賢が呆れた様な声を出す。エルク? 留学生? 一体どうなってる?






 晴れない疑問と底知れぬ不安を感じながら、俺と賢は登校を再開し、自分の教室に足を踏み入れた。


 そこで俺は本日最高の驚き……最早驚愕と言ってもいい。――ソレに、遭遇した。


「おはよう」


「え、ああ。おはよ――」


 突然女子生徒に声を掛けられ、俺は反射的にそちらを向く、するとそこにいたのは――


「リラ……イ?」


 黒いストッキングに包まれた細い脚。腰まで伸びた長い銀髪。宝石の様にまぶしい碧眼。髪型こそ違えど、リライに瓜二つの少女が制服を着て俺の目の前に立っていた。


「……リライ?」


 その少女は柔らかな微笑みを浮かべたまま、不思議そうに首を傾げた。ソレは見る者を一発で虜にしてしまう様な魅力的な仕草だった。


 ……違う。リライじゃない。


 だがこの時の俺には目の前の少女の可憐さに心惹かれるより、首をもたげた警戒心の優先順位の方が上だった。


 もしかしたら俺と同調しているリライも同様だったからなのかもしれない。


「お前は……お前達は、誰だ」


 俺は控えめに微笑む少女の後ろに見つけた、コレまた微笑んでいる先程の男子生徒――エルクを見据えながらそう言った。


「やだ、どうしちゃったの? 大丈夫?」


「落ち着いて、姉さん。戸山くん、僕達のこと忘れちゃったのかい?」


「あー、そいつ今日朝から変なんだよ。暑さのせいか寝ぼけてんのか、ボケボケなの」


 背後から賢の声がする。後から思えば、コレは結果的に助け舟になったな。突然の予想外の事態に我を忘れて目立ち過ぎてしまっている。コレ以上はマジで危ないヤツと思われかねない。


「へえ、そうなんだ。ソレじゃあ――」


 俺がこの制約の網を掻い潜り、どうごまかすか、などと考えていたら、


「――()()()()()()。アルテマ・マテリアルです」


「姉さんの双子の弟のエルク・マテリアルです、はい。よろしく、戸山くん」


 コレ以上ない、と言った優しい笑みを浮かべ、彼と彼女が握手を求めてきた。


《アキーロ……》


 ……分かってるよリライ。さすがに額面通り受け入れる程バカじゃないさ。こいつらは、俺にとってコレが本当にはじめましてなのを知っている。


 そしてその上で周りのみんなに対して俺がまだマジでおかしいと思われる手前で場を収める手伝いをしてくれてる。


 ソレが何を意味するかは分からないし、今のところ敵意は感じないけど、警戒しておくのに越したことはない。


「アルテマ・マテリアルさん……アルルと呼んでも?」


 俺は一歩も譲らないとばかりに表情筋を総動員し、精一杯、不敵なスマイルを浮かべた。


 ――よく分かんねーけど来るなら来いよ。付き合ってやるさ――


 俺の意志は十分伝わるだろ。


 このちょっと芝居がかった振る舞いをすれば、賢あたりが『こいつナル男だから』とでも言って丸く収まるし、ハッタリとはいえこいつらへの牽制にはなるだろう。


 しかし、我ながら状況を忘れて注目を集めてしまったな。ソレというのもミッシングリンクの記憶を寄越さないヤツらが悪い。


「あはは、ちょっと恥ずかしいかも。でもいいよ。好きに呼んでね」


 困った様に眉をハの字にして笑い、少し気恥ずかしそうに頬に手を当てた彼女が答える。


「可愛い愛称じゃないか、姉さん。じゃあ僕はエルルだね、はい」


「…………」


 俺は左右にいる二人にソレゾレの手を差し出し、口を開いた。


「……はじめま()()て、アルル。エルル。よろ()()く」


 ……あ、


「…………」


「…………」


《…………》


『…………』


「噛んだぁぁあああああっ!! あんだけカッコつけといて噛んだぞこいつぅぅううっ!!」


 筆頭は賢だった。


『ぶわーはっはっはっはっは! ぎゃははははは!』


「わ、笑うなー! 命が惜しかったら笑うんじゃなーい!」


 叫べども暴徒は鎮圧できず。予定と大違い。ソレから担任教師が入って来て、HRが始まるまで、俺は真っ赤になってブルブル震えながら大爆笑の渦中にいた。




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