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リライトトライ  作者: アンチリア・充
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第五話




 昼間のうだつが上がらない平凡な中学生は、戸山秋色の世を忍ぶ為の仮の姿だ。


 こうして夜の街(夕方だけど)、日の光の当たる場所に馴染めない裏社会の獣どもの集う魔の巣窟(ゲーセン)にて隠していた牙と爪を研ぐ一匹の狼。ソレが俺の真の姿だ。


 この薄暗い照明と淀んだ煙たい空気……戦場の空気に触れていると感覚が研ぎ澄まされていくぜ。


「ふ……」


 仕上げとばかりに、俺はポケットから取り出した細い棒状のお菓子を口にくわえる。アレだ。最後までチョコたっぷりのアレだ。


 勿論煙草なんかじゃないぞ。中学生が放課後のゲーセンでくわえ煙草なんて、母さんが知ったら泣いてしまう。


 所謂アレだ。糖分を摂ると頭の回転が早くなるっていうヤツだ。ソレを聞いた俺はどこかで聞いた『ワトソンがやめさせたけどシャーロック・ホームズは集中力と推理力を冴え渡らせる為に、いけないお薬をキメていた』というエピソードを思い出したのだ。


 ……何かカッコいいじゃん。


 以前はポッ◯ーをくわえていたんだが、口回りがベットベトになったのでこっちにした。


 お、丁度今一番クールでホットな格闘ゲームの順番が回ってきたぞ。


 ……さあ、連勝の山を築いてやるとしようか……!


 俺は百円玉を投入し、ギン! と目を見開き己の内なる獣を解き放ってやった!




「……アレ? 瞬殺されちゃった?」


 アレ? アレレ?


 バカな……このゲーセンで最強とまでは言わんが、トップの方達以外の連中には、そこそこ勝てるくらいな腕のこの俺が、ここまで完膚なきまでに叩きのめされるとは……どうなってんだ?


 そう思った俺は対戦台の向こう側を覗いてみた。


「…………」


 俺は目を疑った。何度も擦って閉じて、また見開き、見間違えではないことを確認した。


 だが間違いない。そこに座っていたのは、学校では掛けていなかった眼鏡をしているし、その奥の瞳も気だるげというか眠たげな半目だが、あの派手なピンクのカーディガンは間違いない。


 休み時間に廊下でヤンキー女に絡まれていた……ブリっ子だった。


「…………」


 俺は順番待ちがないのを確認し、無言で先程まで座っていた席……つまり、再びゲーム筐体の前に座り、百円玉を投入した。


 ……ざけんなよ。日の当たる場所で男に尻尾振って愛想振り撒いてるビッチがいていい場所じゃねぇんだよ。もっと健全なデパートのゲーセンでプリ◯ラでも撮ってやがれ……!


 俺は急激に身体が熱くなってきているのを感じていた。


 今度は本気(マジ)だ。ブッ潰してやるぜ……!




「……アレレレレ?」


 あそこから三連戦しました。


 三連続ストレートで完敗を喫しました。


 もうジュースも買えないよぉ、ママん。


 俺をボコボコにしてくれたブリっ子は今もなお俺の後に続く男共を相手に、連勝の山を築いております。


「……ぐっ!」


 何でだ!? 意味が分からない! 学校で男共に媚び売ってる頭と股の緩そうな猫っ被りのニャンニャン女が、何故こんなゲーセンで並みいる男共を千切っては投げ、千切っては投げ、ボッコンボッコンのギッタンギッタンにしているのだ!?


 ワケが分からないよぉ、パパん。えーんえーん。


 ……しかもこのアマよく見ると、だ!


 何か知らねーけど細い棒アイスくわえてやがる! 俺の真似かーーっ!!


 そしてこの女ぁ……! アイスが垂れる前に1ラウンド終えて、インターバルでペロペロチュパチュパ舐めてやがる! 舐めてんのかコラ! いや舐めてるんだけど! しかも舐め方がエロくてムカつく!


 周りの男共も彼女の舐めプレイにイライラムラムラしているようだが、本人はどこ吹く風だ。全く周囲に興味がないのか目もくれない。眠たげな半目をアイスと画面にだけ注いでいる。


 廊下で見掛けたヘラヘラオドオドしていた女と同一人物とは思えない程だ……もしかしてアレ、よ~く似た誰かなんじゃね? 双子とか。


 悔しい……! ビクンビクン……! でももう俺は種銭切れ。リベンジもできないよぉ、兄ちゃあん。


 ……どうしよう。今からダッシュで帰って貯金箱開けてダッシュで帰ってくれば間に合うか? でもソレで戻った時にいなかったらマヌケだなぁ。


 などと俺が考えていたその時だった。


「お前ハメたな!? ハメたろ!? ハメるぞ!?」


 何だか危ないことを叫びながらブリっ子へと詰め寄る男がいた。今しがた彼女にボコボコにされた被害者の一人だろう。モヒカンにピアスだらけの明らかに頭のネジが何本かぶっ飛んでそうなデンジャラスなヤツだ。


「ああん!? あんまハメてっとハメハメ波すんぞ!?」


 ハメハメ波……? やべぇなあいつ……何言ってんだ。


「ソレともチカンコウサッポウがお望みかああん!?」


 とうとうぶっ飛びモヒカンがブリっ子の肩を掴んだ。その時になってようやく彼女が面倒臭そうな視線を送る。


「ハメてごめんなさいって謝れオルアァァァ!」


 しかしコレは丁度いいかもしれないな。彼女の怯える顔と半べそかいて謝る声を聞けば、この湧き上がるイライラは解消されるやもしれん──


「ウンとかスンとか言えやコルアァァァ!」


 ──などと思うほど俺はアホではなく、また戸山の遺伝子がソレを許すはずもなかった。


「ウン! コぉぉぉっ!!」


 俺は一人、椅子の上に立ち、そう叫んだ。


 前は宗二がいたからいい感じになったんだが……一人でコレやると、ただの危ないヤツだな。ホラ目の前のデンジャラス野郎がデンジャラス野郎を見る目をしているじゃないか。


「何お前?」


「……あ」


 デンジャラス野郎がこちらを見る。ブリっ子もこちらを見て若干驚いた顔をしていたが、今はソレどころではない。


「ルール違反だぜこのウンコ野郎! 確かにここは日の当たらない掃き溜めだが、ソレでも最低限のルールはある!」


「……あん?」


「マナー違反ではあるが、ゲーセンで喧嘩をする時はまず台パンからだ! そしてソレでも怒りが収まらなかったら相手への宣戦布告の意を込めて灰皿ソニックだ!」


「…………」


 何かみんなが俺を見てる。当たり前か。


 さらに俺は続ける。


「コレらの然るべき手順を取った後、『やんのかコラ?』『やんのかよ、あ?』を数度繰り返した上で、打撃なしの引っ張り合い、掴み合いオンリーのファイトに突入するのが習わしじゃい!」


「…………」


「…………」


「おー……」


 未だ椅子の上に乗りキメポーズを取っている俺の言葉に、周りのギャラリーからささやかなれど感嘆の声が上がる。


「ハメ技? 即死コンボ? 永久コンボ? ソレがどうした? 嫌ならさせるな! もしくはやり返せ! いずれにせよ、ファイトはゲームの中でやらんかい! しかも中学生の女子にリアルファイトなんて……恥を知れっ! 俗物!」


 すっかり調子に乗った俺は、舌にターボがかかってしまったらしい。


「じゃあ中学生の男子ならい~い?」


「ぐえぇ……!」


 デンジャラスモヒカンはターゲットを俺に切り替えたらしく、胸ぐらを掴んできた。苦しいぞやばいぞどうしよう!


「い、いいのか……ゲーセン店内で喧嘩すると……事務所で拷問されるぞ……」


 どうやら俺のカッコつけタイムは終了してしまったようだ。こんなことを呻くのが精一杯である。


 まぁいい。この隙に逃げろブリっ子……!


「そんな都市伝説誰が信じるんだっつーの! リアル昇龍いくぞオラ!」


「ぬうぅ……! このままで終わらんぞぉぉ……!」


「へいへい行くぜショーリュー……!」


「はいそこまで」


 気がつけば、デンジャラスは筋骨隆々の店長に後ろから羽交い締めにされていた。両脇も店員が固めている。


「都市伝説だとぉ? 俺の店で好き勝手やった野郎は事務所でたっぷり拷問じゃあーっ! 連れてけーいっ!」


『ウッス!』


「あびゃあぁぁぁぁぁっ!」


 店長の号令を合図に、デンジャラスは屈強な店員によって連行されていった。


 ……え、マジなの? ゲーセンで暴れると事務所で拷問されんの?


「坊主。さっきの演説はナカナカだったぞ」


「え、あ……ありがとう、ございます」


 いつの間にやら俺は床にへたり込んでいたようだ。店長の見下ろす視線で気がついた。いや俺がへたり込んでなくてもデカいんだけどさ。


「さてそろそろ十八時になるんであの嬢ちゃん連れて帰れ帰れ。十六歳未満は十八時以降は退店じゃーいっ!」


「え? いやもう逃げてるだろうし、別に知り合いじゃ──」


「がっはっはっ! 精進せいよ!」


 大笑いしながら店長は去っていった。


「──聞けよ」


 あー……怖かった。何かどっと疲れてしまった。


 まぁいい。いつまでも座り込んでないで早いとこ立ち上がって帰ろう。帰って母さんの夕飯に心癒されることにしよう。


「……アイス食べる?」


 そんなことを考えていた俺の目の前に、いつの間にか食いかけのアイスが差し出されていた。


「…………」


「…………」


「食うか。お前の食いかけのなんて」


 そう返した俺の視線の先には──例のブリっ子がいた。


「そう? おいしいよ?」


「てか、何で逃げてねーんだよお前」


「あそこで消えるのはちょっと悪いかなって……あと」


「……あと?」


「キミを助けなきゃって……店長さん呼んできた」


「くぁっ……!」


 結局俺が助けられてんのかよ……!


「でも、ありがとう」


「…………」


 何て答えよう? オーソドックスにどういたしましてか?


 ソレともベ〇ータ風に貴様を倒すのはこの俺なのだ的な感じでいくか? うううん……?


「ゲーム弱いのに勇気あるんだね、キミ」


「……るせー」


 結局こんな返事になった。


 でも俺は内心驚いていた。こいつが少し笑ったから。


 そしてその笑顔が廊下で浮かべていた笑顔よりもずっと……あー……まぁ何だ、生き生きしていたからだ。


「昼間のアレ……〇ョ〇ョネタだよね。ごめんねあの場で反応できなくて」


「……!?」


 コレには大層驚いた。まさか知っていたとは思わなかったからだ。


「あたし優美穂(ゆみほ)都優美穂(みやこゆみほ)。キミは何て人なの?」


「……戸山秋色」


 何だか全然こいつのペースを崩せないことと、こちらのペースを崩されっぱなしなのが悔しかった。


 でも悔しいのと同時に、どこか居心地のいいモノを感じている自分に俺は少し戸惑っていた。




「何なんだよそのメガネは?」


 帰りの道中、俺は話す話題に詰まってそう問い掛けた。何か負けたゲームの話題を俺から出して盛り上がるのは悔しかったのだ。


「あぁ、コレ、伊達眼鏡なんだ」


「伊達……? 何でそんなの……」


「こうやってレンズ越しに色んなモノを見てると、スコープ越しに世界を見る狙撃手のように、主観だけでなく第三者視点で落ち着いたモノの見方ができるような気がするんだよね」


「……ふーん」


 ……か、かっけぇ……!


 興味なさげな返事をしたモノの、俺は内心シビれていた。


「色んなさ、面倒くさいしがらみを忘れて……目の前のゲームだけに集中できるから」


 そう言って彼女は少し俯き、憂いを帯びた表情になった。学校で見た時のように。


「なるほど。あの強さはその眼鏡のおかげか」


 俺は敢えてソレに気づかないフリをして、そう言った。


「んー、無くても戸山には負けないと思うな」


 ぐ……呼び捨て。このアマ。


「じゃあ、ウチこっちだから」


「待て」


「……何?」


「心配しなくても学校で言ったりしねーよ。俺はカッコ悪いとこ晒しただけだしな」


「……!」


 その時、ようやくマイペースだった彼女の空気が少し揺らいだような気がした。


「ソレより、お前いつもあのゲーセンにいるの?」


「……え? あ、うん」


「分かった。覚悟してろ。ブッ倒すまで通う」


 ソレだけ言って俺は歩き出した。


「……うん。待ってる」


 そんな声が後ろから聞こえたが、俺は特に反応せずに歩き続けた。


 ……正直、自分の顔が何故か熱くなっていて、心臓がうるさかったからソレどころじゃなかっただけなのだが。


 ……とりあえず、家に帰ったら家事の手伝いだな。お小遣いをせびらねば!!




いつもお世話になっております。


この物語を見て思ったことや感じたことがありましたらどんなことでも届けていただけると嬉しいです。


自分の作品で何かを感じた人がいると知れただけで書き続ける意欲になります。

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