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リライトトライ  作者: アンチリア・充
リライトトライ4(上)
129/161

第四話




「では……いただきます」


 そう言って両手を合わせた俺の前には、丼ぶりが置かれている。


 中にはふわふわと鮮やかな色をした玉子に、程好い大きさにカットされた鶏肉、そして湯気に乗って香るめんつゆの匂い。


 ……所謂、親子丼だ。


 今日は仕事で夕飯作ってやれないから自分らで何とかしてくれ、と言い残した俺が翌朝仕事を終え帰宅すると、こいつが大量に作ってあったワケだ。


 この間、スーパーの特売で四人いるのをいいことに卵やら鶏肉やら、お一人様一点商品をコレでもかと買ってきたからな。


「こんなにいっぱい作って……食べきれるのかよ? この時期は食べ物傷みやすいんだからな? 食えなかったら捨てればいいやとか思ってるんだったら許さんぞ?」


 俺が姑の如く睨みを利かせると──


「文句を言う前にまず食べてみてください。同じ口が利けますかね」


 ──などと某アニメの銀髪侍のようなことを言ってくるくるり。さすが腐女子。てか、こいつの時代にもあんのか? 偶然?


「早く食べるですよアキーロ! クルリが作ったですよ!」


 既に食べているリライが急かしてくる。コラ、口にモノ入れたまま喋らない。


「……ふむ」


 ああ……ちくしょう。仕事帰りの疲れた身体と空腹状態でこんなの出されたら……食べるしかないじゃないか!


 と、食漫画の盛り上げ役のモブみたいなことを考えながら、俺はそいつを箸で口に運んだ。 


「……!」


 俺は目を見開いた。『この丼、食するに値せず!』と窓からぶん投げてやるつもりまではなかったが、『不味い!』と吐き出しかけるリアクションくらいは取ってやろうというつもりだった……が、できない! そんな勿体ないこと考えられないくらいに美味い!


「ふんわりとろとろと絡みつく卵に、柔らかい鶏肉の旨味! 鶏の醸し出す魅力の……とり(鶏)こになっちゃうよぉぉ~!」


 俺はおはだけ料理漫画の如く、アへ顔で着ていた服を脱ぎ捨てた。いや、あっちぃんだもん。汗かいた。


「服を着たまえ。おっさん。キモい、汚い、見苦しい」


「ノリ悪いなおい。ドヤ顔で隠し味についてペラペラ講釈垂れるところだろコレ! その秘密はずばり! 隠し味に仕込んだ旨味成分であるグルタミン酸がどーたらこーたらさ! みたいな」


「確かに『ぽい』けど! ふわっとしててワケ分からんね!」


「もしくは『俺の料理はまだ完成してないんですよ。こいつをかけてからもう一度食べて下さい』みたいに後出しで何か出してくれよ」


「そのへんにしときなさいね。で、美味いの? 不味いの? ハッキリ言いなよ」


「すげぇうめぇ! やべぇ!」


 俺は素直に感想を吐き出した。コレは美味い!


「すげーですよクルリ! ごちそーさまですー!」


「……兄妹で同じリアクションだね」


 ふふ、とくるりが微笑む。少し気恥ずかしそうで、でも嬉しそうに。


「ごちそうさまです……ぐすっ」


「……て、何泣いてるですかリトラ!?」


「分かりません……コレを食べたら、とてもおいしくて、何故か胸が締め付けられて……」


「ソレが食べ物のすばらしさですよ! リトラも食の道を歩き始めたですねぇ」


 ……食うだけだけどな。いや、俺が作らせてないのもあるけど。


「ボクは昨夜、人数分だけ作ったんだよ、そしたらこの子達が『もっと食べたい』ってはしゃぐから作ったのさ」


 そう尊大な笑みを浮かべ、すっかり懐いたリライとリトラの頭を撫でながら、くるりが盛大にドヤる。


「ゲームも料理もボクの勝ちだね。十五歳のガキに何一つ勝てない二十五歳童貞……クスクス」


 こ、こんがきゃー……


「あ、アキーロの作るご飯もウメーですよ? あぁ、でもでも、やっぱりクルリのが……」


「じゃあくるりちゃんちの子になりなさい! ママはもう知りません!」


「ニャー! 何でそーなるですかー!」


 リライがロケットダイブで、俺にしがみついてくる。


「食べながら、くるりちゃんの方がおいしい~なんて思われながら作るのはまっぴらごめんです! ママはもうご飯を作りません!」


「やー! やーでーすー!」


「そこ『もっと上達してやる』とかじゃないんだ……」


 引き剥がそうとグルグル回る俺とわめくリライを見て、ぼそりとくるりがツッコミを入れる。


「あ! ぢゃあぢゃあ、コレからわリライがご飯作るですよ! 自分も何かしてーです!」


「え……でも、包丁とか危ないぞ」


 ソレに……リライは俺が殺されかけた「包丁」にトラウマがある。アレ以来俺が料理に使っている時もソワソワと心配そうな顔をしていたことから、俺はソレに気づいていた。


「大丈夫です!」


「火も危ないぞ」


「大丈夫です!」


「いやでも……」


「大丈夫なんです! いつまでもアキーロに守ってもらってばかりの自分ぢゃねーです!」


 一歩も引かないとばかりにリライが声を大きくする。しまいには認めてくれるまで離れないと脚を絡めてだいしゅきホールドまでされてしまった。ちょ、キツい。


「……いーんじゃない? ボクでよかったら教えるよ」


「姉さんかっこいいです。くるりさんも」


「えぇ……? いやでも……」


「…………」


「…………」


「ふんすっ!」


 俺はだいしゅきホールドされたまま、部屋の中央で天井を見上げ目を閉じる。


 童貞なのにだいしゅきホールドされた男……か。


 いや、今ソレはどうでもいい。


 ……日に日に粘り勝ちされることが増えてきたなぁ。


 ……でも、やりたいと自分から意思表示するのは成長の証だ。ソレに意思表示してまでやりたがっているモノを保護者がやらせないのは、成長の足を引っ張る行為に他ならないのではないか?


「……あー、分かった。頑張れ、リライ」


「ぬっふっふ~……まかせるですよ~!」


 そう言って嬉しそうに笑ったリライは、チンパンジーの赤ちゃんのように俺の胸にぎゅっと顔を埋めてきた。


「ちょ……今食ったの出ちゃう……!」






「しかしくるりが料理できるとはな」


 洗い物をしているくるりの後ろ姿に向けて、俺は話し掛けた。


「できるよコレくらい。めんどくささが勝つことの方が多いけど」


「作り方教わったですよ! 今度アキーロに作ってあげるです!」


 くるりが洗った皿を受け取って布巾で水を切りながらリライが元気にこちらを向く。師匠認定したのか、先程からくるりにまとわりついているようだ。


「おお、期待してるぞ」


「あんた。この子にロクなモン食べさせてないだろ。好物聞いたら『めんつゆたまごかけご飯ですよ』って言われたよ」


「そしたらクルリが『ぢゃあソレをさらに進化させてあげるよ』って作ってくれたですよ!」


「ソレで親子丼か……でもどこで覚えたんだ? 料理教室に通ってたとか?」


「まさか。マ──母親に教えてもらった」


「へぇ。じゃあコレがくるりのお袋の味なんだな。いいお母さん持ったじゃないか」


「どうかな……? あんまりボクに興味ないと思う」


 くるりが動きを止め、こちらを見ずにそう言う。


「そうなのか? 興味なかったら料理教えないと思うけど」


「……ボクが自分から教えてって言ったんだよ。覚えたいって」


「リライと同ぢですね!」


「うん……そうだね。ボクもさっきのリライみたいに『守ってもらってばかりの自分じゃない』って教わったんだけど……特に何かを変えられたワケでもないみたい」


 つまり、くるりは母親との時間が欲しくて料理を教えてと言ったということか?


 しかし、彼女は望んでいたような充足を得ることはできなかった……ということか。


「ソレは、興味なかったんじゃなくて、安心してたんじゃないか?」


「安心?」


「うん。安心。もしくは心配するのをやめたとか」


「何言ってんの?」


「大体独り暮らしした子供にまず母親が掛ける言葉は『部屋の掃除してるか』でも『洗濯してるか』でもなく『ちゃんとご飯食べてるか』なんだよ。まぁもれなく他のも後からついてくるけど」


「ご飯……」


「うん。よくお手伝いする子供だったら掃除だって洗濯だってできるさ。でも料理に限っては一人前と認められるレベルのモノを作るのは子供にゃなかなか難しいと思うぜ」


「一人前……?」


「そう。お前の母さんはお前の料理の出来映えを目の当たりにして、お前を一人前と、もう大人だと認めた……という考え方はどうだろう? 勿論、全然違ってた時の責任は取りかねるが」


「う、う~ん……どうかなぁ……?」


「いいんだよ。自分に都合よく考えとけ。見方を変えれば認められてるんだから、ガッカリされないようにもっと精進しなきゃ、て気持ちになって身が引き締まるだろう?」


「口上手いね、おじさん」


「要は、世の中は考え方と価値観を変えれば、いくらでも楽しめるってことだよ。大人になるほどソレを忘れてしまうのか、子供でいる内はソレに気づけないのか、ままならぬモンだがな」


「ぢゃあアキーロわリライがおいしーご飯作れるよーになったらリライに構わなくなっちゃうですか?」


「え……? えぇ……と、そう……かな?」


 予想外の方向から質問を投げ掛けられて、俺はあまり考えずに答えてしまう。


「……そ、ソレわ……やです」


 リライがエプロンの裾をぎゅっと握り締め、涙ぐむ。


 多分料理を覚えて、俺に誉められたかったんだろう。


 ……可愛いな。可愛いけど、やばい。


 あぁ、カッコつけたのにあっという間にしどろもどろだ。


「まぁ……そうなったり、ならなかったり? 人による、みたいな?」


「どっちですかー!」


「だ、大体お前は俺の味を身に付けようとしてるワケじゃないだろ。そもそもそんなにレパートリーないし俺」


「ニャー! 答えになってねーです! リライがご飯作れるよーになったらちゃんと偉いぞするです!」


「す、するよ。するする。ちゃんとする」


「…………」


 俺がオロオロしていると、くるりが何か言いた気なジト目でこちらを見ていた。


「な、何だよ? レパートリー少ないけど、ちゃんと料理しとるわい! でもリライに『何が食べたい?』て聞くといつもたまごかけご飯て言うから……作るの楽だしソレでいいかって、つい……その、ごめんなさい」


「……? たまごかけご飯うめーですよ?」


 リライがいつものように首を傾げる。やはりいつものように鈴の音がした。


「ソレじゃ栄養が偏るって言ってんの。大きくなれないよ?」


 くるりの言葉にリライがハッとする。


「ソレわ困るですよ! リライわその内ユノ並におっぱいおーきくなってアキーロが思わず甘えたくなるよーな『ないすばでー』になるとゆーヤボーがあるですよ!」


「……初めて聞いた」


「……別にデカくてもいいことないと思うけどね」


「でもアキーロわおっきー方が好きですよ?」


「うーわ、キモいなぁもー!」


 くるりがキッチンから軽蔑の眼差しを飛ばしてくる。


「ち、違うぞリライ! 貧乳は貧乳で好きよ? ……って何を言ってるんだろ俺!?」


「うわキモ!」


「でもおっきーのと、ちっちぇーのだったらどっちですか?」


「えぇ? お、おっきー方かなぁ?」


「キモいキモいマジでキモい!」


 もう何回目になるか分からない『キモい』を聞き流しつつ、俺は食後の一服をと玄関のドアを開けた。





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