如月京一郎は変態である⑩
「何故そばにいたいのかというと! ああいう成績優秀、清廉潔白で万能、物静かで綺麗な女性が実はエロいことに興味津々なドスケベなんじゃないかと想像するとたまんねぇからです!」
「…………」
「…………」
『…………』
「……え?」
高まっていた熱が、昂っていた空気が、こんなにも一気にサーっと、波のように引いていくのを、俺は初めて感じていた。
……聞き間違いじゃ、ないよな……。確か俺はあいつに最高のパスを送って、あいつはソレに最高のパフォーマンスで応えようとしていたはずだ。
成功を、勝利を、半ば確信していたはずだ。
サッカーで言うならば、ゴールキーパーとニ対一状態で、並走していたケーツーにパスを送った感じだ。
目の前にあるのはゴールだけ、障害は何もないはずだった。
「絶対そうだ! あの顔は絶対興味津々な血を引いてるはずだ! 僕のセック……シックスセンスがそう言ってる! ゴーストが囁いてる!」
……なのにあいつは何を言っている?
……何言ってるの?
……何言っちゃってんの!?
好きな人と、その一族を淫乱呼ばわりしちゃってどーすんの? バカなのか。いや、バカなのは知ってたけどここまで!?
やっぱり聞き間違いじゃねーっ!
俺の絶好のアシストを受け取ったケーツーは、百八十度向き直り、自軍のゴールに超ロングシュート! 超! エキサイティング! ってバカヤロー!!
「国民よ立て! その性欲を向上心に変えて、立てよ国民! 生徒会は諸君らの力を欲しているのだ。ジぃぃぃぃぃクアッキぃぃぃぃぃ!」
何で俺の名前を出すうぅぅ!?
俺は舞台袖で頭を抱えてのたうち回った。宗二も賢も茫然自失状態だ。
「くく……どうか僕の考えに共感して頂けた方はwww清き一票をwww」
絶対清くない!!! と俺と宗二と賢は三者一様にビシッ! と裏手刀でツッコミのポーズを取った。
「そこまでだ! 演説は中止! 如月は失格だ!」
「何だコノヤロー! 延長だ、延長! 五分延長させろーっ!! テン・ミニッツだー!!」
……何でここで将軍KY若松? 猪木混ざってるし!
俺の演説の時から、強制終了させるか見計らっていた教師達がとうとう抑え切れなくなったのだろう。壇上に乗り込んでケーツーをつまみ出そうとする。
……て。
振り返ると、俺の後ろにも教師がいた。
「…………」
「…………」
「……俺も?」
「……うん」
俺の絶望顔を見て気の毒に思ったのか、その先生は若干気まずそうに頷いた。
「いやぁぁ……! もう停学とかいやなのぉぉ……! さすがに母さんが泣いちゃうのぉぉ……!」
ブンブンと頭を振りながら俺は嘆いた。我ながら情けない。
全て順調だった。最後の一手をバカが間違えなければ。
ユダに裏切られたキリストもこんな気分だったのだろうか? どっちかと言うと光秀に裏切られた信長か。
その時、バカでかい声が鳴り響いた。ケーツーだ。
「コレがこの学校の現状だ! 何かを変えようとする者を力づくで排除しようとする! 他人に影響を与えるとみなした人間を抑えつけ、スポイルする! 言いたいことも言えないこんな世の中じゃ!」
……毒吐いとる。
てかあいつ声でかいな。マイクも遠ざけられているので肉声なのにだ。体育館中に声がこだましている。
「教師達がやりやすいように決めたルールに、黙って従うことがキミ達の喜びなのか? 自分の生き方は自分で決めろ! 自分の人生の主人公は! 自分だけなんだよ!」
もうやめてくれぇぇぇぇぇ! どこまで俺にダメージを与えれば気が済むんだーっ!
俺は真っ白になった頭で、何とか現状を言葉にしてみた。
「……終わった」
「気をしっかり持つんだ、戸山」
俺を哀れに思ったのか先生が同情するような声を出す……が、俺はその声に応える気力もなく、ただ天を仰ぐ。
「…………」
やがて考えるのをやめた俺は、体育館の天井に挟まったバレーボールを眺めていた。
バレーボールくん。今だけ俺と変わってくれないかい? 今だけ戸山秋色として俺の代わりに半笑いの視線を受けてくれるだけでいいからさ。俺は君の代わりに頭上からこの喧騒を見下ろすからさ。あ、ダメだ。俺高いとこダメだ。
「自由だ願望だの前に、学生は勉学第一だバカタレ!」
ケーツーの襟首を掴む教師が一括する。
『引っ込めバカヤロー! 期待させやがって!』
『へんたーい!』
『はんたーい!』
とうとう聴衆にまでブーイングを浴びせられ始めた。悪夢だ……
「勘違いするな思考停滞者どもめ! 学校に通う大半の者は学力を身につけ、高めることを目的としている。では学力とは何だ? 身に付ければ嬉しい幸せのアクセサリーか? ソレ自体が目的か? 否! 学力とは力である! では力とは何だ? 目的を遂行する為の手段である! 決してソレ単体が目的とはならないのである! 力、イコール目的ではないのだ!」
教師も、聴衆も黙り、場がしん、と静まる。その一瞬を狙ってケーツーが続ける。
「だから僕は自分の学力を目的の為に行使しよう! 自分の目的を遂行する為に!」
その場にいる全員が呆気に取られる。教師も、いつの間にかケーツーを掴む手を弛めていたようだ。
ゆっくりと、舞台中央に歩きながら演説を続けるケーツー。
「……次の期末テストで、僕は学年一位の座を手に入れてみせよう。ソレを成し遂げた時は、僕が生徒会副会長だ! 今回、副会長になる人にはしばしその立場を預けておこう。……署名でも何でもいい、キミ達がキミ達の起こす行動に寄って、僕を押し上げてみせろ。この学校を動かしてみせろ!!」
「…………」
「…………」
「その時は、僕はキミ達の要望に応えることを約束しよう……」
「…………」
「…………」
「……以上だ……!」
未だ呆気に取られ、静まりかえった聴衆をよそに、ケーツーはあくまでゆったりとした歩調で、舞台袖へと歩き出す。途中すれ違った教師も何も言えない程の貫禄だった。
そして、その背中に向けて、俺の時以上の大喝采が巻き起こった。
……や、やりやがった……!
俺達はこの後、指導室に連行されたので、見てはいないが、クラスの連中に聞いた話では、生徒会長に立候補し、演説を行った兎川さんは終始ニコニコと笑顔を浮かべていたらしい。この学校のどの生徒よりも大人びていると思われていた彼女のその笑顔は、初めて年相応と思えるような可愛らしいモノだったそうだ。
対照的に、副会長に当選した長谷川は、苦虫を噛み潰したような顔をしていたんだとか。




