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王者の城

 つららが入部して、ルナ達は選抜大会に向けて毎日練習をしていた。


「やっぱりランニングしてると練習ー! って感じするわね」

「毎日やってんでしょランニングは」


 流子の発言に夏海がダルそうに突っ込みを入れる。

学園回りを5周したところで体力差が現れ始めたところだ。


「やっぱりつららとルナが体力もあるのね」

「あの二人がエースになりそうねウチのチーム」


 自分たちよりもずっと先を走るルナ達を見ながら、流子は笑みを浮かべた。

一方、夏海は後ろを振り返ってへとへとになりながらスローペースで走る春香を見て苦笑いした。


「あっちはもうちょい鍛えないとね……」



 ランニングが終わり、水分補給しているところに一人の老婆が仏頂面でルナ達の前にやって来た。

流子がいち早く反応して呼びかける。


「あれ、赤川先生どうしたの?」

「やっと正式に顧問になれたからね。様子を見に来てやったんだよ」


 赤いジャージにボサボサの髪が印象的な、キツイつり目の先生だった。

ふとルナは自分が見られていることに気がついて、ドリンクから口を離して聞き返す。


「なに?」

「アンタが月光ルナかい? なるほど、聞いていた通り生意気そうだねぇ」


 ルナは流子達が何か言ったのかと思っていたが、流子たちは首を振って否定した。

どうやらこの先生にルナのことを伝えたのは流子達ではないらしい。


「改めて自己紹介しようか。私は赤川純弧(あかがわじゅんこ)、数学担当のしがないババアだよ。これでも昔は腕は立つ方だったんだが、もう年でねえ……まあ、優勝目指すってんならしっかり面倒見てやるよ」


 純弧はカッカッカッと快活そうな笑い方をして、テニス部の面々を見渡した。

そして、流子に思い出したように話しかけた。


「そうだ流子、あの話が通って向こうから返事が来たよ」

「あ、本当に!?」


 純弧と流子の二人だけで話が進み、ルナ達は何の話か分からず顔を見合わせる。

そこで、流子が何の話か説明を始めた。


「練習試合よ、練習試合。その申し込みをしてたの」

「練習試合?」

「そう、私達新参者で人数も少ないでしょ? だからとにかく実戦が大事だと思うのよ」


 流子の言うことは最もだった。確かに、大会で勝ち抜くには試合慣れが大事なのは疑う余地がない。

ルナはその話を聞くと興味なさげに自分のドリンクを手に取る。


「別に誰相手でもいいけど、いいんじゃない? 最近試合やってない人いるみたいだし」

「クールねアンタ。まあその方が頼もしいけど」

「ねえ流子、その相手ってどこなの?」


 夏海が対戦相手は一体どこの学校なのか尋ねた。



「栄光学院」

「ブッ!!!」


 流子があっさりと告げたその名前に全員が吹き出し、ルナに至っては飲んでいたドリンクを思いっきり吹き出した。

何度か咳き込みながら、ルナはその名前を呟いた。


「栄光、学院……?」


 ルナにとって聞き覚えのあるその名は、あの時の少女、太陽カオスの所属する学院のものだった。






「元々栄光学院は週に1度、他校との練習試合を組んでいるの。申し込んできた学校の中から抽選で選ぶらしいんだけど、今回見事にウチが当たったわけね。でも良かったわ、選抜大会が迫ってきたこの時期に相手の手の内を探れるのはチャンスね」

「手の内って、こんな大物の戦力いきなり探ってどうすんのよ」

「何言ってんの。どうせ全国制覇するなら倒さないといけないんだから、早めに見とかないと」


 当たり前のように全国で勝ち抜くことを語る流子に、夏海と春香は呆れたように苦笑いした。

ルナは、流子のそういうところは嫌いではなかった。

黙って話を聞いていたつららが、ここである質問をした。


「……練習試合って言っても、私とルナが入部決めたのってつい最近よね。そんなギリギリで申請が通ったの?」

「いや、半年以上前から申し込んでたけど」

「いやじゃあ3人の時に抽選に当たったらどうするつもりだったのよ」

「その時は人数足りなくてごめんなさいって断ればいいのよ」


 ルナは流子のこういうところも嫌いではなかった。相手にはしたくないとも思う。



 やがてバスが止まり、ルナ達はバスから降りて目の前にそびえ立つ学院を見上げた。

白く荘厳な棟がいくつも並び、広く広大な敷地に夏海は感嘆の溜息をついた。


「凄いわね、やっぱり」

「すぐ近くに大学もあるから、共同で使ってる学習棟もあるからそれでこんなに馬鹿っ広くなってんのよ」

「ブラスバンドの音が聞こえると大学って感じするね」

「春香の大学感は知らないけど……」


 純弧を先頭にしてルナ達はテニス部の練習場目指して歩き始めた。

春香は辺りを何度も見回しながら流子に尋ねる。


「栄光学院って、いろんな部活やコンテストでよく名前が出てくるけどやっぱりテニス部が一番凄いの?」

「そりゃあ、ここは男女テニス部どっちも全国大会25連覇の記録更新し続けてるから……選抜大会も勿論10連覇、全大会栄光が持ってってる」

「そ、そんな凄い学校なんだね……」


 栄光学院の誇る記録を聞いて、春香はすっかり気後れしてしまったようだ。ルナはそんな話をする流子に不敵に笑いながら話しかけた。


「流子は楽しみなんじゃない? そんなところ倒せるんだから」


 ルナの突然の発言に夏海と春香は呆然とする。純弧とつららは思わず笑いながら流子の顔を眺めた。

流子は、本当に楽しそうに笑いながら答えた。


「ええ、私達は栄光学院に挨拶しに来たんじやない。勝つのは私達だって、分からせに来たんだから」

「……」

「……最終的にね」

「保険かけたな」


 最後にボソッと呟いた流子に、思わず夏海が突っ込んだ。




 やがてテニス部の練習場に到着し、改めてルナ達はその施設を見上げて思わず口を開けて呆然とした。

大きなホールまるごと一つが、テニス部のものらしい。


「流石にテニス部の扱いは別格って訳ね」


 流子が冷や汗を流しながら呟いていると、ホールの入口から人が出てきた。

一人は鮮やかなブロンドの髪を揺らすキリっとした長身の少女で、その隣にいるのはいかにも厳格そうな態度の年配の男だった。

男は、純弧を見ながら口を開いた。


「まさかとは思ったが、やはりお前だったか」

「ああ、久しぶりじゃないかこの頑固ジジイ」

「頑固なのはお前も変わらんと思うがな」


 互いに握手を交わしながら話をする二人を、ルナは不思議そうに見つめる。そんなルナに、流子がこっそり二人の関係を話す。


「栄光の監督の軍将一騎。双剣学園ってところの男女テニス部のエースだったんだって」

「へー」


 一騎の後ろに佇んでいた少女が前に名乗り出る。


「私はマネージャーのビショップ=ボードです。本日は我が栄光学院にお越しいただきありがとうございます」

「私が部長の南方流子です。今日はよろしくお願いします」

「宜しく。あなたのことは部長から良く聞いているわ」

「……でしょうね」


 何か意味深な会話をしている二人を見ていたが、すぐにルナはホールの入口を見つめた。

この先に、カオスがいる。それを意識するだけで、鼓動の高鳴りが増していくのを感じた。



 ホールに入り、エントランスを抜けると大きな広いホールにたどり着いた。

広いホールの中に複数のコートが整備され、そこで何十人もの部員がそれぞれ練習を行っていた。春香はその人数の多さに驚愕する。


「分かってたけど、やっぱり部員の数が凄い」

「これって、何軍までここにいるの?」

「3軍までね」


 ビショップの返答に夏海は恐る恐る尋ねる。


「一応聞きたいんですけど、テニス部は全部で何軍くらいいるんでしょうか」

「6軍まで。部員は総数150人だからここにいるのは大体3分の1くらい」

「はぁ……」


 あまりのスケールの大きさに夏海は空返事を返すしかできなくなっていた。

ルナは練習をしている生徒の中にカオスがいないか探しているが、その姿は見えない。


(あの子が4軍以下だなんて思えないし……ということは、やっぱり……)



 暫く進むと、大ホールよりは小さいが、照明で照らされた1つのコートにたどり着いた。

そこには、数人の男子部員が待ち受けていた。眼鏡をかけた黒髪の男が、ルナ達に気が付くと近寄ってきた。


「こんにちは。今日ははるばる来てくれてありがとう。部長の雛鳥竜二(ひなどりりゅうじ)だ」

「流子よ、よろしく」


 流子は竜二と握手を交わして挨拶をする。

初対面のはずなのに、挨拶が簡単に済ませる流子をルナは不思議に思っていると、二人は続けて会話を始める。


「……本当に廃部を逃れられたんだな」

「ええ、そっちはどう?」

「大変と言えば大変かな。まあ、100人以上いる部員を束ねるのと、ほぼ0の状態の部を再生することのどちらが大変かは分からないが」

「私は何もしてないわ。皆が自分の意志で集まったの」


 会話を続ける自分達を見つめる視線に気づいたのか、流子が説明を始めた。


「ああ、竜二とは昔同じテニススクールにいたのよ。つらら、覚えてるでしょ?」

「え……あ、もしかしてあの?」

「雪北か。またテニス始めたんだな」

「ええ。身長伸びてて気付かなかったわ」


 どうやら、流子と竜二は昔馴染みだったらしい。

そこで、その場にいた他の男子部員が自己紹介を始めた。


「俺は百地鷲鷹(ももちわしたか)。2年生っス。よろしくー」

千石烏(せんごくからす)。鷲鷹君とダブルスを組んでいるレギュラーの一員です。今日はよろしくお願いします」


 鷲鷹は青いキャップを被った軽そうな性格の男で、烏はベージュ色の髪のいかにも軽そうな風貌だが、鷲鷹とは逆に礼儀正しい爽やかさな雰囲気をしていた。


「僕は桜井正樹。3年生のレギュラーです」

「あっ、もしかして、あの……ジャープロの桜井君!?」


 続いて挨拶をしてきた金髪の優男に、春香が反応した。

ルナはなんの心当たりもないが、知り合いかなにかだろうか。


「知り合い?」

「ルナちゃん知らないの? アイドルの桜井君だよ! テレビにも雑誌にも出てるスターだよ!!」

「……あー」


 夏海やつらら達は心当たりがあるらしく思い出したようだが、ルナは全く知らない。

この場にいる全員の挨拶が終わったところで、竜二が練習試合のルールを説明する。


「今回はダブルス1つ、シングルス2つの全3試合。先に2勝した方の勝ちとする。それでどうかな?」

「ええ、それでいいわ」

「ねえ」


 このまま始まってしまいそうな空気だったので、ルナは話ができる今のうちにしようと竜二に話しかける。


「何かな?」

「ここに、太陽カオスって子がいるはずなんだけど。レギュラーじゃないの?」


 ルナの発言、特にカオスの名前が出たことに竜二は驚いている様子だった。

詳しくといつめようとしたところ、つららが肩を掴んで引っ張る。


「ルナ。他校の上級生」

「…………カオスって子、知りませんか?」


 不服そうな顔で尋ねるルナに、竜二は苦笑いして答える。


「ああ、カオスは確かにウチの生徒だが……君は、カオスの知り合いなのかい?」

「一度会ったことあって……」

「カオスっちは気分屋っスからねー。練習はサボんないけど、遅刻の常習犯だから来るか分かんないっスよ」


 ルナはそれを聞いて、残念そうに溜息を吐いて皆の後ろに下がった。


「私、控えてていい?」

「……ええ、別にいいけど」


 最強王者のむこうに比べて、流子達に戦力を隠す余裕はない。それでも、出来るならルナのことは見せたくないのが本音だった。

流子は最初から決めていたオーダーを発表する。


「ダブルスは春香と夏海、シングルス2はつらら、最後は私。これでいいですよね?」

「あたしゃあ、試合に関しちゃ口出しはしないよ」


 念のため純弧に確認を取るが、純弧はすぐに了承する。

そうして、ダブルスの二人が準備を始めた。一方で、ビショップが竜二にこっそり耳打ちする。


「私、カオス連れてくるわ。何だかご指名されてるみたいだし」

「……あいつを出す気は無いんだがなぁ。本番まではできるだけ隠しておきたい」

「一応ね、一応」


 そう言ってビショップはこの場を離れた。

そして、栄光学院からは鷲鷹と烏がダブルスのメンバーとして出陣する。


「よろしくっス。お互いいい試合にしようぜ、オチビちゃん」

「……私、春香って言うんだけど」


 鷲鷹に小さい子扱いされ、春香は不服そうに頬を膨らませる。

夏海と烏が相方を引っ張って定位置に付かせる。



 試合は、夏海のサーブから始まった。夏海の放つ鋭いサーブが、外角に向かって飛んでいき、烏はそのサーブをクロスに打ち返した。


(結構重い打球だな……)


 烏は返したあと、手に残る痺れから夏海の打球の力強さに内心で感心した。

クロスに返球されたボールを、春香はポーチに出て打ち返す。鷲鷹は春香がポーチに出たことでガラ空きになった右側に向かってボールを打ち返した。


 決まったかと思われた打球だが、春香が突然飛びついてダイビングキャッチしたボールは、ギリギリネットを越えて鷲鷹立ちのコートに入る。


「15-0」


 審判を務める一騎のコールが響く。

続いてのポイントは、ポーチに出た春香の後ろ側へ打ったボールを、春香が後方へ伸ばしたラケットで捉えて返球したことで、再び春香達のものへ。


「……だぁっ!」


 続いて、思いっきり力を込めた夏海のサーブが、返球しようと捉えた烏のラケットを吹っ飛ばした。


「40-0」


 ストレートで春香達四季宮女学園のポイントになり、あと1ポイントで最初のゲームをキープできる。

この状況になって、鷲鷹は急にしゃがみ込んだ。鷲鷹の意図を理解した烏は、同様にしゃがんで足首に巻いたバンドから鉛板を抜いて自分たちのバッグへと落とす。


「先輩、ここで潰しとかないと駄目っスね、あいつら」

「みたいだな」


 重りを外したからか、それとも集中力を増したからか。キレの増した打球に、一転して春香達は押され気味になる。

それでも、隙を突いて春香は離れた位置の打球をまた飛びついて返球する。その瞬間、鷲鷹がダッシュで移動し一瞬でボールの側まで到達する。


「オラァッ!」

「!?」


 気がついた時には、鷲鷹の打ったボールが倒れ込んだ春香の頭上を通り過ぎ、コートを跳ねていく。

呆然とボールを眺める春香に、鷲鷹がラケットを向けて不敵に微笑む。


「確かにお前のアクロバティック、イイ線いってるぜ。でもなオチビちゃん、本当のダッシュって奴はただ打球も返すだけじゃない、どんな打球も攻めに変えられるんだよ」

「……」


 それはただの自慢ではなく、春香に「お前にこれが出来るのか」という挑発も込められていた。

春香には、反対側に打たれたボールを返すだけでなく、ウイニングショットにして返球するのはあまりにも難しすぎた。

鷲鷹の問いに答えられず、春香は唇を噛み締める。


 これを見て、夏海は自分がなんとかフォローしなくてはと、力を込めてサーブを打つ。そして、簡単にポーチを打たれないように、思いっきり力を込めたフラットショットで鷲鷹目掛けて打ち返した。

鷲鷹は、迫り来るパワーショットを避けて後衛の烏に託す。


「先輩お願いしまっス」

「まったく……」


 鷲鷹程のダッシュ力ではないが、鷲鷹が声をかける前から動き出していたことに加えて、そもそものスピードが速いので、既に返球位置へとたどり着いていた。

狙いを定め、芯を捉えた烏の打球が夏海が打った球速に引けを取らないスピードでコートに決まった。


「なっ……」

「確かに男子と比べてもかなりのパワーですね。でも、ラケットの芯で捉えれば衝撃は軽減できるし、更に強いパワーで返すこともできます。ただ強いだけのパワーショットでは、通用しませんよ」


 鷲鷹と違い、笑顔で諭すように夏海に話しかける。しかし、烏のこの態度は、夏海達とは明らかに力の差があることを自負した上での態度に思えてならなかった。


「それに……」



「一原さんのカバーをしようとしたのはいいけれど、それが自分だけでポイントを取るというのはどうでしょう」

「……」


 確かに、先ほど夏海は春香のアクロバティックが抑えられているのを見て、自分が決めなければと思ってしまった。

春香と一緒にプレイしなければならないのに、それを忘れてしまっていた。


「……春香」

「うん」

「やられっぱなしじゃ、癪に障るよね」


 春香はその言葉に黙って頷き、改めて鷲鷹達ペアに向き合った。




「ゲームアンドセット ウォンバイ百地・千石ペア 6-1」


 結局、あれから春香達は1ゲームしか取ることが出来なかった。

夏海と春香は試合後の握手を交わすと、黙って礼をしてコートから去っていく。コートから引き上げた鷲鷹達に、竜二が話しかける。


「珍しいな、お前達が鉛を3枚も外すとは」

「ちょっと熱くなっちまったっスね」

「次にやる時は、全部外すことになると思いますよ」


 烏は反対側に向かっていく夏海達の背中を見つめながらそう答えた。

鷲鷹と烏は、普段からほかのメンバーよりも多くの鉛を付けて負荷をかけている。それを試合中に外すことは滅多になく、試合をしているうちに自然と外してしまっていたのだ。


「先輩」

「どうした?」

「俺も楽しみっスよ、次」


 同じことを考えている鷲鷹の顔を見て、烏は自然と笑みを浮かべた。

そこで、外に出ていたビショップが戻ってきた。


「ただいま、連れてきたわよ」

「……私、出番ないですよね?」

「そのつもりだが、お客様だぞ」


 竜二が視線を向けた先を見て、ビショップに連れられてきた少女は小さく声を上げて動きを止めた。




 ビショップと一緒に誰かが来たことに気がつき、ルナは栄光のレギュラーがいる方に顔を向けた。

そこに、彼女はいた。小柄な体格な性で、ラケットカバーが体のほとんどを隠してしまっている。それを斜めにずらして腕で抱えながらルナと対峙する。


 暗く光の抜けたような瞳の中に、一点の光となってルナが映る。

桜色の髪を束ねた三つ編みと、長い金髪のツインテールが互いのわずかな動きに合わせて揺れる。


 太陽カオスが、再びルナの前に現れた。

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