月光のテニス
ファンタジーな設定とかはないのですが恐らくそう遠くないうちに当たり前のように超次元テニスを始めそれらについて特にツッコミがないのでファンタジーにしています
あと主人公チームは全員百合ですが他の対戦校や登場人物については男女普通に色々出てきます
月光ルナは周囲に誰もいないか見回した。隣を引越し業者のお兄さんが通り過ぎたが、身内はどこにもいない。それを確認すると足早に外に出て敷地を飛び出す。
ルナが動く度に長い金髪のツインテールが揺れ動く。心地よい春風を感じながらルナは当てもなく歩き続けるのだった。
「あなた、ルナがどこに行ったか知らない? どこにもいないんだけど」
「ん? ……ははあ、さてはあの馬鹿娘め。引越し作業サボって逃げ出しやがったな。けしからん」
妻の問いに、男は即座に娘の行動を見抜いてニヤニヤ笑ってみせた。反抗期の娘のことなど、考えなくてもすぐに分かる。
ルナの母は深い溜息を吐いた。
「ホント、ちょっとでも嫌なことがあればすぐ逃げ出すんだから。あなたに似たのね」
「母さん、そりゃあんまりだよ。 しようがない、ここは俺があの馬鹿娘を見つけてきてやろう」
「ほら、そうやってすぐ自分もサボろうとする」
妻の言葉を無視して、ルナの父親……月光牙は意気揚々と家の外へと逃げ出すのだった。
ルナが引越しの手伝いを抜け出して数十分。ふらふらと目的もなく放浪していた途中で、ルナは何やら聞き覚えのある音を感じて立ち止まった。この独特の打球音は、間違いない。テニスボールを打ち合っている音に違いない。
「……テニスか」
もうテニスなんて、父親の暇つぶしに付き合うくらいでしかやっていない。好きでも何でもないスポーツだ。
そう思っていたが、気づくとルナの足はコート目指して動き始めていた。
まぁ昔取った杵柄とも言うし、軽く覗くくらいいいだろうと思い、ルナは会場の中へと足を進める。
入口に大きな看板が立ててある。どうやら小さな町内大会が開かれているようだ。会員制のクラブだと面倒だが、これくらいの規模の大会ならタダで覗けそうだ。
「ラッキー」
正直見学の手続きとか面倒だったので、自由に出入りできるに越したことはない。悠々と試合を眺めて回ることにした。
「えー、嘘でしょ!? ちょ、もしもし!? もしもし!?」
足を止めずに適当にブラブラしていると、なにか一際大きな声が聞こえてきた。
「ちょっと、もう試合始まるって……あー、もう! 切れてるし」
「どうすんのよ部長。もう試合始まるわよ」
「とりあえず二人はダブルス始めてて。その間に私は……」
電話に出ていた黒髪のポニーテールの少女がルナのことをじっと見つめだした。
ルナは嫌な予感がして後ずさるが、それよりも早く少女がルナの両肩を思いっきり掴んだ。
「君、どっかのチームに所属してる?」
「してないけど」
「お願い! 今日来るはずだった助っ人がドタキャンしたの。代わりに入ってくれない?」
「私もこの後用事あるから」
「大丈夫! ないから!」
「なんで知ってんの」
「あ、ホントにないんだ。じゃあ任せた!」
「ゲームセット ウォンバイ一原・十文字ペア 6-2」
審判のジャッジが終わり、勝利した二人を部長こと南方 流子が迎えた。
「お疲れ様夏海、春香。ナイスゲーム」
「ありがとー」
「それで、どうなったの? 助っ人の件」
「大丈夫、この子が……ルナが快く引き受けてくれたわ!」
流子が手を向けた方向にいる仏頂面のルナを見て、夏海と春香は揃って頭を下げた。
「ごめんなさい」
「別に」
「いやー助かったわ。ルナが着てた服が元々スポーツウェアで。これが普通の私服だったら無理やり脱がして……いや更衣室まで戻る羽目だったもの」
「アンタいつか捕まるよ」
ルナはぶつぶつ皮肉をいいながら借り物のラケットを握ってコートへと入っていく。
審判の合図が入り、試合が始まった。対戦相手はルナが助っ人で入っただけと知っているのか、勝ちを確信してニヤニヤしている。
別にどうでもいいが、わざと負けてやる義理もない。
ルナはトスを上げると、思いっきりラケットを振ってサーブを打つ。
「……アァ!」
ルナの打ったボールが、鋭くサービスラインのセンターギリギリに叩き込まれ、勢いよくフェンスにぶつかる。
対戦相手とそのギャラリーは呆然としたまま凍りついたように黙り込んだ。
沈黙の中、ルナが審判に尋ねる。
「ねぇ審判、コールまだ?」
「え、ああ……15-0」
ルナにせっつかれ、慌てて審判がコールする。
そして次のサーブも、ルナの打ったボールは鋭くセンターぎりぎりを突いて対戦相手の横を通り過ぎていく。
次々とサービスエースを決めていき、あっという間に1ゲーム先取したルナにギャラリーがざわめく。
「な、何なんだコイツ…」
対戦相手は冷や汗を流しながらサーブの構えに入る。
「焦るな…ちょっとサーブが速いだけじゃねぇか。こんなの……」
そして、力いっぱい打ったサーブは、ルナにリターンされてコートの反対側へと打ち込まれた。
「リ、リターンエース……?」
「凄いわね彼女……」
「うん……」
相手を圧倒するルナに夏海が感嘆し、流子もこんなに強いとは想像していなかったため驚愕していた。
「なんだなんだあの馬鹿娘。引越しサボってると思えばこんなところで青春しやがって」
すると突然、だらしない格好のオヤジが現れた。流子は思わず後ずさるが、気になって男に質問した。
「あ、あのー。もしかしてあなたは彼女の……」
「おうよ、あの生意気ツインテールの父親はこの俺だ」
「えー!? アメリカのジュニア大会で4連続優勝!?」
コート中に、流子の驚いた声が響き渡った。対戦相手はその内容を口を開けて呆然と聞き入れる。
そんな様を見て、ルナが溜息を吐いた。
「はぁ……人のプロフィールいちいちバラさないで欲しいね」
「ふ、ふざけんなよ……」
どうしてこんなちょっとした大会でアメリカ帰りの天才の相手をしないといけないのか。
対戦相手の男はそんな憤りをぶつけるかのように力いっぱいの打球をルナのコートに打ち込んだ。ルナはそれを涼しげな顔で打ち返した。
またもやリターンエースかと思われたが、何度も決められ続けた男は気合で反対側に打たれたボールに食らいつく。
どうにか返球に成功し安堵する男だが、対してルナはすかさず前に出る。
前進しながら、迫り来るボールをステップと同時に力いっぱい振り抜く。そうして打たれたボールは勢いよく打ち上げられた。
「よ、よし。力んだか!?」
あの位置から思いっきり振り抜けば打球はオーバーするに決まっている。
そう思い安心した男が足を止めた瞬間だった。
打球は勢いよく急降下し、サービスライン付近に落ちる。そして、そのままバウンドせずに地面スレスレを飛んでいく。突然のショットに男は呆然と立ち尽くすのみだった。
ルナはギャラリーが静まり返る中、静かに今さっき自分が打ったショットの名前を告げる。
「ムーンエッジドライブ」
「ゲームセット ウォンバイ月光 6-0」
審判が試合終了のコールをすると、再びコートにざわめきが戻る。
流子の元に戻ったルナは、そこにいる父親の顔を見て仏頂面に戻る。
「なんでここにいんの」
「馬鹿娘の考えることはお見通しなのだよ。お前なら必ずコートにふらふら寄ってくると思ったんだよ」
「アンタさてはここにテニスコートあるって知ってたな」
ルナは流子にラケットを押し付ける。
「とにかく、もう終わりでいいでしょ。私これで帰るから」
「おいおいおい。馬鹿娘よ、そりゃあ無責任ってもんだろ。引越しサボったんだから助っ人くらい最後まで引き受けたらどーだ?」
「嫌だ」
「あーそうかそうか。そうだよなぁ、お前飽きっぽいもんなぁ。やーいやーい短期娘。勝負を前に逃げ出す単細胞姑息娘やーいひゃっひゃっひゃっ」
瞬間、ルナは流子に押し付けたラケットをひったくった。
「やる」
不機嫌そうな、しかしムキになった顔のルナを見て、流子達は苦笑いした。
その後もルナは試合に勝ち続け、結局表彰式にまで付き合い続ける羽目になった。
流子はお礼の缶ジュースをルナに渡すとお礼を言った。
「ありがとう、ルナ。おかげでなんとかなったわ」
「別に、これっきりだから」
「いやまぁ、そう言わずに」
「……?」
言っている意味が分からず首をかしげるルナに、流子はどこか含みを持たせた笑顔で話しかける。
「お父様から聞いたんだけど、あなたの転校先、私達の学校みたいなのよ」
「へぇ」
「それでね、私達今テニス部をしているんだけど、ちょうど私達の代で定員割れして廃部になりそうで困ってるの」
嫌な流れになってきたとルナは後ずさるが、その背中を申し訳なさそうに夏海と春香が捕まえる。
「お願い! テニス部に……私達のチームに入ってくれない?」
「やだ」
「ありがとう! これからよろしくね!」
「嫌だ」
「まぁそう言わずに」
「いーやーだ!」
嫌だ嫌だと騒ぎ続けるルナを遠巻きに眺めながら、牙はニヤニヤ笑っていた。
「ふん、あの馬鹿娘め……面白いことになってきたじゃないの」
朱に染まった空を見上げて、牙は静かに呟いた。
「もうこんな時間か……母さんに怒られるなコレ」




