40話 女子大生の泥酔
笑美ちゃんと祝杯を上げてから1時間。
俺達の盛り上がりは、留まる事を知らなかった。それこそ今までの撮影の話なんかを延々としているんだけど……買って来たおつまみだけだと足りず、家にストックしているお菓子やらなんやらを総動員している状況だ。
「でねぇ~? 水瀬さんって可愛いんですよぉ? もう、妹みたいに可愛いんですぅ」
今までも笑美ちゃんとの会話は基本的に楽しいものばかり。
ただ今日は、お互いが初主演の撮影が終わった特別な日だと思っているのかもしれない。そして感じていただろうプレッシャーから解放された笑美ちゃんは、いつも以上に笑顔でテンションが高くて……お酒も進んでいる。
おいおい、もう3本目だぞ? いくら超低アルコールだとしても大丈夫か?
その姿に一抹の不安は感じた。ただ、今日という記念すべき日くらい……お酒を控えろなんて野暮なことは言えなかった。
いや、せっかくだし……今日くらいとことん行ってももいいだろう。
「でね? 休憩の時に食べたケーキが本当に美味しくてぇ」
「へぇ。お店とかは分かったんだろ?」
「もちろんですよぉ! メモしてきました」
「じゃあ、あとで教えてくれ。その内買って来るからさ?」
「えっ……良いんですかぁ? 君島さん!」
「いやいや、それくらい朝飯前だっての。大体笑美ちゃんが元気出るならお安い御用」
「なっ……! もっ、もう君島さんてばズルいですねぇ」
「えっ? 何が?」
「こっ、こっちの話です! あぁもうっ! 今日はとことん飲みますよぉ?」
「おっ、おう。明日は休みだし……付き合うぞ?」
★
それから更に数時間。
テーブルの上には、おつまみの殻や空き缶が並べられている。俺自身、あの飲んだくれていた日以上とは言わないにしても、改めテーブルの缶の数を数えると……結構飲んだと自覚する。
結構飲んだな。しかも全部が普通のビールなんて、営業時代……いや、あいつと同棲していた黒歴史時代には考えられないな。
自分が満足できてないと、仕事も上手くいかない。余裕がなくなれば、周りの人の様子も分からない。
周りと孤立すれば、助けてもらえなくなる。余計に1人で頑張る。その悪循環の出来上がりだ。まぁもちろん、第一は笑美ちゃんなんだけどさ?
「それでですねぇ? 君島さぁん」
……当の本人は完全に出来上がってるな。
「なんだぁ?」
「撮影で……ちょっと許せなかった事があるんですよぉ」
おっ? 珍しく愚痴か? でもまぁ誰かに吐き出さないと辛くなるのは自分だからな? この際だ。全部ぶちまけてしまえ。
「そりゃ、いくら笑美ちゃんでも許せない事の1つや2つはあるだろ。この際ぶちまけちゃいな?」
「本当ですか? じゃあ遠慮なく……ったく、あの軽部! 台本だと軽いキスでしたよね?」
おっ、まさかの軽部か。しかも今日の撮影の場面……やっぱ笑美ちゃんも思う所があったんだな。
「だな。バードキス程度だった」
「ですよね? でも本番1発目、長くてしかも結構激しくなかったですか? 何気に舌まで入れてきたんですよ?」
「舌まで!?」
「撮影止める訳にも行かないし、変に拒否したら相手傷つくかなって……それに相手方は大手事務所じゃないですか? でも、流石にディープは無理でしたよぉ」
なっ! そこまで考えてたのか? 自分の事じゃなく相手や、サンセットプロダクションの事を? やっぱり凄いぞ。
「そこまで考えて、いきなりの行動にも耐えたってのか。すごいよ笑美ちゃん。マジで何かご褒美でもあげなきゃいけないよ」
「ほんと、有り得ないですよね? 内心ビックリしましたよぉ。それに会うたびにご飯どう? って誘って来て、それとなく断るのが面倒で面倒で……あれ? でも……ご褒美? ご褒美って言いました?」
やっぱいつも誘ってたのか! あいつ!
「あぁ。正直、あの行動は現場に居た誰もが驚いたし、それに動揺も見せず、演技を続けてた笑美ちゃんには誰もが凄いと思ったはず。それに事務所の事を考えた行動となると……ご褒美の1つじゃ足りないくらいの、ナイス判断だよ」
「やったぁ。何にしようかな……あっ、じゃあ~にしし」
正直、笑美ちゃんは元より俺も結構なアルコールのせいで……いつもより正確な判断は出来なくなっていた。だからこそ、不敵な微笑みを浮かべる笑美ちゃんを見ても、突拍子もないご褒美を言うんだと軽く見ていた。
それこそ実現不可能なもの以外は、なんでもしてあげようと思っていた。けど……
「君島さぁ~ん」
「えっ……うお!」
まさかのダイブは想定外だった。
立ち上がったかと思うと、フラフラしながら俺にダイブをかます笑美ちゃん。とっさの出来事に、俺は押し倒されつつも……笑美ちゃんの体を支えようと、思いっきり体を抱きしめていた。
おっ、おい! 酔って足ふらついてたんじゃ……
「ちょっ、笑美ちゃん! 大丈夫か?」
「大丈夫でーす」
なんて心配も、どうやら不要なようだった。その笑顔は、まさに笑美ちゃんの想定通りといったところだろう。しかしながらこの状況は色々ヤバい。上に乗られ、体は密着。押し戻そうにも、笑美ちゃんの全体重及び酔っぱらった結果の力不足が露見し、まったくビクともしない。こうなると、主導権は上に乗る笑美ちゃんが握っている。
「ったく、怪我したらどうすんだ?」
「君島さんなら~絶対させないって思ってましたぁ」
「あのなぁ……んで? ご褒美とは?」
「ご褒美より、まずは不本意にも上書きされたので……君島さんがまた上書きしてください」
「上書き? 一体何を……んっ!」
それはあっという間だった。
「はう……んっ……んんっ」
いとも簡単に、柔らかい感覚が触れ……すぐ様温かいものが自分の口へと入ってきた。
「チュッ……んんっ」
酔っぱらってるとはいえ、ここでディープ? いや意識が正常じゃないのにこれは……やっちゃいけない事じゃないか?
でも、上手く力が入らないし……笑美ちゃんが望むなら……いいか。
舌に感じるアルコールが、どんどん甘くなってくる。
何時もなら丁度良いところで、一旦距離を置くけど……今はそれが出来ない。笑美ちゃんが止めるまで……俺はひたすら絡め合っていた。
「ぷはっ……えっへへ」
そんな光景が続いた数分後。満足したのか、笑美ちゃんがゆっくりと顔を離していった。その目はやはりトロンとしていて、酔っぱらっているのは丸わかり。ただ、
「だっ、大丈夫か?」
「もちろん。あいつに大事なモノ上塗りされましたけど……これで元通り、バッチリ上書きし直しましたから」
上塗りとか上書きって……結構軽部のあの行動が嫌だったみたいだな。にしても、さっきご褒美の前に……とか言ってなかったか? まさかこれから本題が?
「それで? これがご褒美じゃないんだろ?」
「正解です。ねぇ君島さん? 私頑張りましたよね?」
「あぁ頑張った」
「凄く頑張りましたよね?」
「あぁ、凄く頑張った」
「えっへへ。じゃあ……頭、撫でてくだしゃい」
「ん?」
一瞬、聞き間違いかと思った。言うなれば20歳の女の子が頭を撫でて……それもこんなおっさんに? そんな疑問が頭を過る。ただ、当の笑美ちゃんからしてみれば、本気の様で……
「頭ですよ~。頑張ったねって、いい子ってしてください……」
その目は確実にまっすぐ俺を見ていた。
いや……良いのか? てか俺で良いのか?
「いや、俺で良いのか?」
「はい。てか、君島さんだからお願いしてます。だから……」
その甘えた声は反則だろ? ったく、ほんとお酒が入ると、仕事モードとは真逆だな。でも、それがご褒美とは……もっといい考えが思いつかなかったのか? まっ、笑美ちゃんらしいと言えばそれまでだけど。じゃあ……
「分かったよ。良いか?」
「はい」
俺は笑美ちゃんお返事を聞き届けると、ゆっくりと右手を頭の上に乗せた。そして、まるで滑り台の様にツルツルな笑美ちゃんの綺麗な髪を……優しく撫でる。
「はう……」
「頑張ったな……笑美ちゃん」
「嬉しい……」
「これからもよろしくな?」
「うっ、うん。君島……さ…………」
ん?
「すーすー」
って! 寝てる!? ここでっ!? ……いや、多分相当なプレッシャーから一気に解放されて、溜め込んでた疲れが出たんだろうな。仕方ないよ。
お酒も入ってるし……ゆっくり寝させよう。
笑美ちゃん……明日からも頑張ろうぜ?
「むにゃむにゃ」
ははっ、マジで寝顔可愛いな。
…………ん? ちょっと待て? この状態で寝られたって事は……
俺! 動けないんですけど!?
読んでいただきありがとうございました!
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