表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/138

083 開拓のススメ

 突如として出現したミラベル城。

 城の巨大さもさることながら、周囲との違和感が半端ない。


 草原の中にポツンと無骨な城が建っているのだ。

 しかもこの世界の基準からしたら、ありえないほど巨大。


 ここに来た人はみな、目を疑うことだろう。

(もっとも、自力で来られる人はそう多くないと思いますけど)


 ここは、一番近い町から約200キロメートル離れている。

 しかも、魔物が出現する道なき場所を通らねばならない。


 存在を知らなければ、百年経っても見つけられないだろう。


「それでミラベルさん、なぜ城を作ってほしかったのですか?」

 わざわざ旗まで用意したのはなぜなのか。


「うーんとね。王都で見たお城が立派だったからかな」


 王都というのは、王都クリパニアのことだろう。

 エルヴァル王国の首都である。


「そういえば私が聞いたとき、王都の城みたいなのをつくってほしいと言っていましたね」

 つまりミラベルは、王国に城があったから欲しくなったのだろうか。


「だって城があれば、みんながここに集まれるでしょ」

 王都にある城は、それは大きく立派なものだったらしい。


 城では、多くの人が働いており、ミラベルはそれを羨ましいと感じたらしい。


(王国は中央集権国家ですから、城のような場所が必要なのでしょうね。反対にミルドラルは、三公が分権して領地を治めています。それぞれ平等ですから、シンボルとなるような建築物は必要ないのでしょう)


 三公の地をすべて回った正司からしても、そのような建物は思い出せない。

 そもそも盟主となる人物がいないため、必要がないのだろう。


 そして正司は思う。

 王国もラマ国も城はあった。ミルドラルだけがない。


 各公家が住むのは、城ではなく屋敷。

 規模は小さいし、見た目も違う。


(なるほど、そういうことですか)

 ミラベルは純粋に城が欲しかったのだと理解した。


「それではミラベルさん。城の中に何があればいいと思いますか? 私では何も分からないのですけど」

 部屋こそ作ったものの、中は空っぽ。がらんどうである。


 しかもよくわからなかったので、各階の構成はほぼ同じ。

 まず大きな部屋どうしを通路で繋げた。


 その周囲に、小部屋をいくつも配置してある。

 各階層、みな似たり寄ったりになっている。


「お城の中? わたしもよく分からないかな」

「分からないですか。そうですよね」


 ということは、放置でいいだろう。とくに目的があって作ったわけではないのだから。

(しかしミラベルさんは、みなが集まる場所が欲しかっただけなのでしょうか)


 城をもっていないことで、ミルドラルは王国やラマ国より劣っている……そう無意識に感じたのかもしれない。

 どうせ造ったのだから、立派に機能するようにしたい。


 今は放置でいいが、あとで魔改造してだれもがうらやむものを完成させてみようか。

 そう正司は思った。


「ミラベルさん。お城の上に行ってみませんか? きっと眺めがいいと思いますよ」

「わあい。行く!」


 この城は、正司が魔力を存分に注ぎ込んで硬化させてある。

 ただの魔法使いでは、傷ひとつつけられないほど硬くなっている。


 つまり、この城を手直しできるのは正司だけ。

 何かするときは、正司がしなければならなくなる。


(王国に留学していたリーザさんでしたら、少しは城の内部にも詳しいことでしょう。今度、聞けばいいですね)


 そんなことを考えながら、正司はミラベルを連れて階段を上がった。


「わぁっ! すごく眺めがいいね!」


 感嘆の声をあげたのは、もちろんミラベル。

 城の屋上から、眼下が一望できた。


「ここまで上るのが大変ですけど、この景色を見ると、頑張ってのぼった甲斐がありますね」


 この表現を城に当てはめて良いのか分からないが、このミラベル城は『十五階建て』である。


 天井が高くなっているので、高層マンションからの眺めにも似た景色が広がっている。

 正司も、ちょっとやり過ぎた気がしてきた。


 実は階段をのぼりながら、正司はよからぬことを考えていた。

(高さは申し分ないですけど、城といったら地下牢に地下通路に隠し宝物庫ですよね。あとでこっそりと作ってみましょうか)


 地下も五階、六階と深くし、下にいくほど不気味なつくりはどうだろうか。

 正司は夢想する。


 たとえば、最下層には王家の墳墓があったりする。

 また、途中には封鎖された区画があったりするのだ。


(夜な夜な、数百年前の亡霊が出る通路なんてどうでしょう)


 城の言い伝えで、禁断の地へ通じる下り階段や、隠し財宝部屋へと通じる通路が隠されていたりする。


 中でも黄泉路に通じる通路があって、そこへ行くと封印された魔物が襲いかかってくるのである。


 毎年何人も城の地下で行方不明者が出ており、何度も封鎖されるのだが、それでも下りてゆく人は止まない。


(数々のいわくがある城の地下……いいですね)

 くふふと正司は笑い出す。


「ねえ、タダシお兄ちゃん。なに考えてるの?」


 ありもしない城の歴史を紡ぎ出していた正司は、ハッと我にかえった。

 ミラベルは相変わらず、目をキラキラさせている。


「ええっと……何も考えていませんよ」

「ほんとに?」


 じーっと目を見られて、思わず正司は目を反らす。

「ふーん……で? 何を考えていたの?」


「いや別に……そうそう、私はここを町にしたいと思っています。それでミラベルさん。私がこの後することは何だと思いますか?」


「えっ? いきなり質問?」

「そうです。これはミラベルさんに考えてもらおうかと思いまして」

 あからさまに話を逸らしたが、ミラベルは乗ってきた。


「うーん……お城を作ったあとですること? なんだろ?」

 ミラベルは腕を組んで、首を傾ける。


 一生懸命、考えているようだ。

 どうやら正司の妄想話はうやむやになった。


「どうですか? ヒントを出してもいいですよ。町をつくるのに必要なことなのですけど」


「……分かった。みんなのお家を作ることだ。そうすれば、すぐに住むことができるし」


 どう? 合ってるでしょ? と、ちょっとだけ、どや顔したミラベルがいた。

 だが、正司は首を横に振る。


「残念ですけど、ハズレです」

「え~……じゃあ、ヒント」


「そうですね。この場所はまだ私とミラベルさんの二人だけの秘密です。それは秘密にする理由があったからです。そのことを考えるといいと思いますよ」


「二人だけの秘密にした理由? まだ町のことを話せない……それはまだここが町じゃないからで、ということは……分かった! 道がないからだ!」


 どう? 今度こそ合ってるでしょ! とミラベルは胸を張った。

「おしいですね。考え方は合っていますが、道よりも前にすることがあるのです」


「……そうなの?」

「ええ」


「じゃあ、降参。タダシお兄ちゃん、答えはなに?」

「それはですね……畑を作るんです」


「畑ぇ? どうして?」

 正司の答えが意外だったのだろう。目を丸くして、顔を近寄ってきた。


「ここでちゃんと作物が育つかどうか、確かめるのです。人を呼び寄せても、作物が収穫できなければ、暮らしていけないですからね」


 正司は以前、〈土魔法〉で土中を探って水の流れを発見した。

 もともと水気が多そうな土地だったので、それが証明された形になった。


 正司が井戸を掘れば、水問題は解決する。


 問題は作物が育つかどうかで、ここは北の地であることから、気温が低い。

 凶獣の森や砂漠を台湾や沖縄にたとえれば、トエルザード公領は関東くらいだろうか。


 ここは東北の北部か北海道南部あたりに相当しそうだ。

 もしここが町になった場合、大陸でもっとも北にある町となる。


 どの作物が育つのか、事前に知っておかねばならないのだ。

 人を呼び寄せてから「なんと作物が育たないことが判明しました」では困ってしまう。


「畑を先に作るのは、失敗できないから?」


「そうなりますね。もし満足に作物が育たなければ、この地は放棄します。狭くても、もっと南に町を作ろうかと思います」


「そっか……食べ物は大事だものね」

 ミラベルも正司の言っている意味が分かったようだ。


「というわけで、フィーネ公領で育てている麦と、この前偶然知ったラウ麦を植えてみようかと思います。他にも豆とイモも買っておきました」


 調べてみると、王国とミルドラルで育てられている麦は微妙に違った。

 しかもミルドラル内でも、トエルザード公領とフィーネ公領でも、やはり違うのである。


 町ができたと言えば、その話はあっという間に広がる。

 家を持たない人々が殺到するかもしれない。


 少なくとも、ここで自給自足ができるかだけは、告知する前に確かめなければならない。


「畑はどこに作るの?」

「いろいろ考えたのですけど、東側にしようかと思います」


 この地は、湖から南に向かって、川が二本流れている。

 川を境にして西側、中央側、東側と分けられる。


 穀倉地帯を東側全域にしようと正司は考えていた。


「というわけでミラベルさん、いまから畑を作るのですけど、見ていきますか?」

「うん!」


 草原を畑にする。

 どうやるのだろうと、ミラベルが見ていると、正司は〈土魔法〉で草を地面の下に埋めてしまった。


(たしか天地返しと言うのですね)

 下の土を表層に持ってきて、上にあった土を地中に押し込む。


 こうなっては、草は生き長らえない。早晩枯れてしまう。

 種がこぼれたとして、地中深くから芽を伸ばすことは不可能だろう。


 一瞬で畑が完成してしまった。

「もうできたの?」


「ええ、できました。どうですか?」

「すごく広いね」


「実験の意味もあったので、大きく作ってみました」

 一キロメートル四方の畑を三つ作った。


「なんで三つも作ったの?」


「寒冷地に強い麦と、高地でしか育たないラウ麦をそれぞれ畑一枚ずつ使って蒔きます。最後の畑に豆とイモ、薬草の種を少しだけ蒔こうと思います」


 収穫は何ヶ月も先だが、そこまで待たなくても生育具合でおよその状態を測ることができる。


 しっかりと根を張り、太い茎を持ち、葉が繁ってくれれば、収穫までスクスクと育ってくれる。


 その間正司は、適宜水をやり、病気や虫がこないか見張るだけでよい。


「今から種まきです。ミラベルさんもどうですか?」

「うん、やる!」


 ミラベルは、種籾たねもみが入った桶の中に手を突っ込み、「それ!」っと、畑一面にバラまいた。

 ちなみに土で覆うのは正司の〈土魔法〉がやる。


「最後は水やりですね」

〈水魔法〉で畑一面を湿らせて、その日の作業は終了した。


「はやく芽が出るといいね!」

「だいたい芽が出るまで、十日くらいかかると思います。ここは涼しいですから、発芽が遅いでしょうね」


 それを聞いたミラベルは「十日か。待ち遠しいな」と土しか見えない畑を眺めていた。




 翌日からミラベルは不参加である。勉強が残っているのだ。

 芽が出るまで日数がかかるし、他にやることがないので、ちょうどよかった。


 正司も博物館のオープンに向けて働かねばならず、二人の空き時間が合わなくなったのだ。

 ぶーたれるミラベルを残し、正司は一人で別の実験をはじめていた。


(スキルをあげた効果があるといいですね)


 先ほど正司は、貢献値を4使用して〈森林浄化〉スキルを四段階目に引き上げた。

 これで森林が浄化される日数がより短縮され、出現する魔物のグレードも一段階下がる。


 G4以下の魔物が湧かなくなり、G5の魔物はG1になって湧くことになる。


(周辺を探索しましたけど、G4の魔物は出ませんでした……まあ、段階を上げたのは気休めですね)


 正司はいま、未開地帯の壁の外にいる。

〈森林浄化〉スキルを使い、魔物が湧かないようにする。


 スキルが効果を発揮している間は、魔物が湧かないのは検証ずみだ。

 過去の実験では、一ヶ月近くその状態が続いた。


 今回、段階をひとつ上げたので、その期間が延びるものと思われる。

(それと『浸食』でしたっけ。それも同時にやってしまいましょう)


『浸食』というのは、地形改変をして、魔物が湧かないように土地そのものの属性を変える作業のことをいう。


 たとえば、森林に適した魔物が湧く場合、木をすべて伐ってしまえば、そこは草原になる。

 ではここに草原の魔物が湧くかといえば、そうではない。


 土地が草原に変わっても、しばらく森林の魔物が湧くが、その後、魔物が湧かなくなる。

 長年の経験則によって、分かったこの事実を人々は『浸食』と呼んでいる。


 これを行うには、年単位の時間がかかるが、〈森林浄化〉スキルを組み合わせて、その期間を短縮させようと考えたのである。


(南のフィーネ公領に向けて伸ばしていきましょう)

 正司が〈森林浄化〉スキルをかけながら〈土魔法〉で木を引き抜き、横倒しにしていく。


(この木はあとですみにできます。炭の需要がありますので、一石二鳥ですね)


 正司はまだ、この世界で石炭を見たことがない。

 高火力を必要とするときは、大抵炭を使っている。


 そして炭は意外と高価だったりする。

 どの町も周囲に木が一杯あると思うのだが、木を伐るには、魔物が湧く地へ赴かねばならない。


 それだけで一苦労。また町中に炭焼き窯は作れないので、どうしても村での生産が主になる。町の人々は、それを購入している。


 村も炭は貴重な収入源のひとつとしているが、どうしても手がかかる。

 そういうわけで、需要と供給が合っていなかった。


 ちなみに庶民は高価な炭を買わなくても、落ち枝を拾ってきて燃料としている。


 薪を使う場合もあるが、十分に乾燥させないと煙かったり、雨の日は湿気っていたりと使い勝手は悪い。

 それでもタダで手に入るので、燃料費を浮かすために、多くの人がそうやっている。


 正司はこのことに目をつけ、炭をこの町の特産にできないかと考えていた。

 なにしろここは未開地帯。木に困ることはない。


(人がどれだけ伐ったとしても、全体からみれば伐採した量は微々たるものですしね。ここは青木ヶ原樹海の何百倍どころの広さではないですから)


 未開地帯だけで、日本の面積の五、六倍はありそうなのだ。

 それゆえ、木が足りなくなることはない。


(こんな感じですかね)


〈森林浄化〉スキルをかけた後で、周辺の木を倒す作業を繰り返していく。

(木が枯れたら『保管庫』に入れましょう)


 葉があると、そこから水分が蒸発していく。

 葉が枯れるくらいまで寝かしておこうと、正司は考えている。


 横倒しになった木を回収するのは、一ヶ月後か、二ヶ月後か。

 こうして正司は、一人黙々と作業を続けるのであった。


 このことを知る者は、まだだれもいない。




 この時期正司は、未開地帯の開拓にばかり力を注いでいたわけではない。

 周囲の人が聞いたら驚くほど、多くの事に取り組んでいた。


「タダシ殿、展示部主任がいらっしゃいました」

「ありがとうございます。展示部というと……ランベルトさんでしたっけ?」


「そうでございます。展示品の最終調整を終えたので、タダシ殿に見ていただきたいとのことです」

「分かりました。すぐに行きます」


 空き時間が少しでもできると正司は、未開地帯へ向かった。

 それ以外の時間は博物館オープンに向けての作業に没頭していた。


「ランベルトさん、こんにちは。最終調整と聞いたのですけど、どんな感じですか?」


「これはタダシ様、本日ようやく終わりました。不備がないか、見ていただきたいと思います」


 ランベルトは、27歳の若きエリートである。

 彼はエリザンナたちが教育した従業員一期生の中にいた。


 正司も何度か会って、彼と話をしている。

 エリザンナの推薦があったので、展示部の主任に抜擢した。


 ランベルトもそれによく応え、骨惜しみせずに働いてくれている。


 博物館のメインとなる展示は、魔物を模した石像である。

 最初ランベルトは、石像をキレイに整列させた。


 それを見た正司は、整然としすぎて、逆に違和感をおぼえてしまった。


「部屋の入り口から全体がなるべく見えるようにすると、インパクトがあると思います」

「なるほど、入り口から見渡せるようにですね」


「それに、展示品が一列に並ぶと、見学者が渋滞してしまいますね。せっかくスペースが余っているのですから、もう少しランダムに配置しましょう」


「見学者が渋滞しないようにですか……ふむふむ」


 といった感じで、素直に正司の言葉を聞くものの、やはり初めてというのはいかんともし難く、正司は何度か「駄目出し」をしていた。


「キャプション――説明文は石像の足下に配置していますが、これは真正面よりもややずらした方がいいですね」


「せっかく系統だって魔物を配置しているのですから、自然な流れですべての石像を見て回れるルートを考えましょう」


「メインとなる魔物は中央にドドーンと配置します。その方が効果的ですし、全方向から見てもらいましょう」


「出口付近はなるべく空けておきたいです。人の流れがつっかかる場合、大抵の場合、出入り口の近くですので、あえてそこに人溜まりを作ってしまうのです」


 展示について細かい修正をいろいろと加えていったため、さぞうるさい人間だと思われたことだろう。


 だがランベルトは、正司の説明をひとつひとつ聞き、意味を考え、納得してから行動を開始した。


 そして二度と同じ間違いをしないよう注意しているのが分かった。


(私の知識は日本の展示風景からヒントを得たものですし、それは長い年月をかけて洗練されてきたものです。一朝一夕に真似できるとは思えませんでしたが、これはかなりいい感じに仕上がりましたね)


 最終的な確認を終えて、正司は全ての展示にOKを出した。合格である。

「ありがとうございます」とランベルトは部下たちと喜んだ。


 正司は、ランベルトがハラハラしているのを知っているだけに、思わず苦笑した。


「問題は、実物大でない魔物をどう見学者に理解してもらえるかですね」

 展示方法に問題はないものの、物理的な大きさの関係で、妥協し得なかったものもある。


 正司はそこが気になっていた。

「説明文には記されていますが、問題ございますか?」


「本物と同じように理解してもらいたい……と思うのは、私の我儘わがままなんですけど」


 博物館はかなり大きく作ってあるし、天井も高い。

 恐竜展でも開催できるほどだ。


 それでも一部の魔物は収まりきらない。

 ゆえに半分や三分の一の大きさで展示してある。


 ランベルトなどは、これだけ精巧ならば、大きさなどはどうでもいいのでは? と思ったりするが、正司は拘りたいという。


 そういう姿勢が自分と違うのだと、ランベルトは襟をただすのであった。


「個人的にはすべて原寸で展示したいのですけど……無理なものは仕方ないですね」

「はい。それでも、タダシ様の意向を考えて、なにかできないか部下たちと話しあっておきます」


「そうですか、よろしくお願いします」

 今回オープンするのは、一階の展示のみである。


 二階の展示は、時期を見て開放するつもりだ。

 そのときまでにランベルトたちが名案を持ってくれば導入したいと、正司は考えた。


(それにしても、エリザンナさんたちがここにいないのは痛いですね)


 現在、エリザンナをはじめとして、マリステルとパウラは、従業員の教育のため、ここを離れている。


 レオナールが総支配人としてオープン準備にかかりきりになっているため、彼女たちが残りの従業員教育をしているのだ。


 この教育が終われば彼女たちは戻ってくるし、博物館も全開放できる。

 それまでは、今いるメンバーでやりくりしていかなければならない。


「タダシ殿、事務部主任のレオパトラから、催促が入っておりますが」

 レオナールが駆け足でやってきた。


「ああっ、そういえば値付ねづけを忘れていました。すぐに行きます!」


 事務部は、人事とお金に関することを扱っている。

 値付け、つまり様々な値段を付けねばならないのだが、これは事務部が勝手にできない。正司の許可がいる。


 たとえば博物館の入館料は、銀貨四枚になった。

 最初正司は銀貨三枚を予定していたが、レオナールから「安すぎるのでは?」と横やりが入ったのだ。


 いろいろ考えた末、博物館が半分しかオープンしていないことを考慮して銀貨四枚。

 フルオープンしたら銀貨五枚に値上げする予定になっている。


 ちなみに銀貨四枚は、ラクージュの町で安宿に一泊する程度らしい。


 正司としては「ちょっとぼったくりでは?」と思うのだが、周囲のだれもがその値段で当然と考えているので、おそらく正司の金銭感覚が周囲と少し違うのだろう。


 他にもオープン前に値付けを完了させなければいけないのが多々ある。

 正司は事務室にすっ飛んでいった。




 正司は疲れた表情で、博物館の外にあるベンチに腰掛けた。

(レオパトラさん……やり手ですね)


 事務部主任のレオパトラは35歳。

 もとは専業主婦だった……らしいが、どうみてもキャリアウーマンだった。


 結婚前はそうとうバリバリ働いていたのだろう。

 少し話しただけで、正司はタジタジとなった。


(博物館ひとつオープンさせるだけで、何百項目も値付けが必要だなんて……恐ろしい話ですね)


 なぜ正司がレオパトラからせっつかれていたかというと……。


 値段が決まらないと各所が動けないからであり、事務部も売り上げ予想や経費が算出できないからであった。


 一応レオナールが運転資金を概算で出していたが、それは正司を通していない不正確なもの。

 最終決定権を持つ正司が了承しないことには、金銭にまつわる様々な話が動かないのだ。


 さきほど正司が確認した土産物の値段だけでも、二百項目もあった。

 それはまだいい。


 なにしろ、土産物の多くは原価がゼロのものなのだ。

 正しくは、正司の〈土魔法〉で作ったものや、余りまくっている魔物のドロップ品なので、値段はすぐにつけることができた。


 レストランの値段設定は少し苦労した。

 原価計算をして、まず料理の値段をざっくりと出す。


 ただし、そのままではいけない。

 周囲より少しだけ高くすべきという意見が前に出た。


 そのため利益をもう少し乗せて、プレミア価格にしている。


 料理や飲み物、軽食だけで、数十品目はあった。

 それをひとつひとつ、利益を上乗せして価格を設定するのは、意外に面倒なのだ。


(そういうのはいいんです。赤字にはならなければ、どうとでもなりますし。問題は……)


 従業員の給与である。これが難しい。

 まず、単純労働の人件費は安い。職人はそれより高い。稀少な技術を持った人はそれより高くなる。


 習得技術の有無によって、ちゃんと差異をつけなければならないらしい。

 たとえば、礼儀作法を身につけた人は、それだけで価値がある。


 従業員のスタートは一律だが、それなりに役職を持っている者も多い。

 彼らの給与をしっかりと決めないと、経費計算ができない。


(教育期間中は無料なんですね)

 技術を身につけるために教育を受けている間は、基本無給らしい。


 博物館の従業員の場合、寮で寝泊まりして食事も出ているのだから、逆にお金を支払うこともあっていいのだとか。


(たしかに制服は無料貸し出しですけど、働いてもらうのにお金なんか取れないですよね)


 やはり、日本で暮らしていた正司は、その辺の感覚が理解できない。

 そしてこの世界には、支度金したくきんという制度があり、仕事が決まったときに、雇う側がいくらかのお金を渡している。


 博物館がオープンするまで、従業員はその支度金でやりくりするのだとか。

 つまり、いまは実質無給で働いてもらっている。


 支度金を貰った人たちは、一部を親に送金し、一部を貯金して、残りで生活しているらしい。

 この辺、博物館がオープンすれば給金も入ってくるので、気にしていないという。


(こればっかりは慣れるしかないですからね)

 ちなみにオープンが伸びた場合、最初に渡した支度金が底を突くこともある。


 そういう場合、雇うほうが気を利かせて、二度目の支度金を支払うらしい。

 そういった機微ができてはじめて、人を雇えるものだとレオナールは言っていた。


 というわけで、従業員の給与も全員分決定した。

(ようやくヤマを越えたと思ったら、他にもいろいろありましたね)


 レオパトラは容赦しない。

 次々と正司に決断を迫ったのだ。


 新たに雇った者たちがいる。教育せずに雇った者たちだ。

 彼らの仕事は掃除人、植木職人、行列を捌くための警備員などである。


 これらは正規の職として雇っている者から、臨時で雇う、アルバイトの者たちもいた。

 彼らの仕事内容に応じて、給金を決める必要がある。


(そして極めつきが、博物館の維持費ですか……これが大変でした)


 たとえば宣伝に使うお金は一回につきいくらまでとか、補修費用や消耗品の買い足し費用などはいくらまでが妥当か、制限をつけろと言われたのだ。


 これはプール金制度といって、月ごとや年間でもいいのだが、経費として一旦部署がお金を預かり、その中でやりくりするものらしい。


 それがあると、正司の決裁を通さずに勝手にお金を使えるため、便利だという。

 正司もいちいち決裁を迫られるよりいい。プール金制度には賛成なのだが、一度の上限金が必要だという。


(それを越えるものは私の決裁が必要なんですね……)


 一度の買い物で一定金額以上になる場合と、複数の買い物でも、最初に設定した金額をオーバーする場合は、正司が決裁しないかぎり、購入できない。


 そういったもろもろをすべて決めたところで、ようやく正司は解放された。

 疲労困憊するわけである。


(一気に老けた気がします……)


 精神的に疲れて、正司がベンチで横になろうと思ったところ、遠くからファファニアが走ってくるのかみえた。


「タダシ様、お疲れ様です。いまよろしいですか?」

「はい。なんでしょう」

 寝るのはお預けになった。


「先日の置物の件、ありがとうございました。無事、希望する商店へ看板をつけて設置することができました」


「ああ、それはよかったです。それなりに大きなものでしたけど、邪魔になりませんかね」


「とんでもないです。みなさんとても喜んでおりましたわ」

 こういったものが展示されるのかと、すでに設置した店には、人が殺到しているらしい。


「ではいい宣伝になった感じでしょうか」

「はい。それでですね、優待チケットの件なのですけど……」


 これは以前、レオナールから言われたことで、上流階級の人たちは、一般の町民と同じように行列に並ぶことはよしとしない。


 配下の者に並ばせて、入館直前に入れ替わるつもりだろうとレオナールは言った。

 それを聞いて、なるほどと正司は思った。


 その場合、正司が考案した入館方法だと、そのワザが使えない。

 待合室に入ってしまえば基本、外部との接触ができず、直前で入れ替わることが不可能となってしまう。


 正司としては、一緒に待って貰えればいいと思ったのだが、彼らには彼らの立場があるという。

 また町民も、そのような人たちがイライラしながら隣にいたら、嫌だろうと。


 そこで一度廃案にしたチケット制度を復活させることにしたのだ。


「チケットの販売配布は、トエルザード家に任せたと思いましたが」

 並ばずに入れる優待チケットを毎月一定数発行することにした。


 それを窓口で購入できるようにすると、またそこで行列が発生するので、どうせ上流階級にしか売らないのならばと、トエルザード家に一任することにした。

 面倒事は避けるべしというやつである。


「他の公家や他国からの問い合わせもありましたので、レオナール様と相談して、窓口を一本化することにしました」


 ファファニアが言うには、チケットはすべて一度トエルザード家が買い取り、それを家臣に売ったり、他国にあげたりするらしい。


「他国……この前話した分では足りないということですか」

「はい。その辺の見直しをしたいので、タダシ様の意見を聞きたかったのです」


 現在、優待チケットの発行枚数は、一日二十人程度に設定している。

 それだと全然足らないらしい。


「かといって、一日百人も二百人も優待を受け入れるのもどうかと思いますけど」

 優待チケットは通常よりも高く設定してある。


 トエルザード家はそれに手数料を上乗せするはずで、おそらく正規で買う値段の数倍するのではないかと思っている。


「ですが、二十枚ですと、分けたときに各国数枚になってしまいますから」

 申し訳なさそうにファファニアが言うが、たしかにその通りである。


 自領を優先した場合、他国に渡すのは本当に限られてくる。


「なるほど、分かりました。一時的なものだと思いますが、それでも並ばずに入りたいと考える人は多くいるでしょう。上限をいまの三倍に増やしてみます。それでもまだ不満が多く出るようでしたら、そのとき考えましょう」


「ありがとうございます。それで手配しておきます」

「よろしくお願いします」


 優待チケットは、日本のお札より少し大きい程度の金属板でできている。

 正司が〈土魔法〉で作った精巧なものだ。


 これは入館時に回収することになっている。

 つまり同じものを使い回しにすることになる。


(かなり余分に作っておきましたけど、他国に渡すとなると、回収に日数がかかりそうですね。いまの三倍……いえ、五倍くらい作っておきますか)


 いつまで経っても、仕事が減らない正司であった。




 その日の夜。

 ファファニアの住む屋敷。


「じい、今日もタダシ様とお話しできましたわ」

「それはようございました」


 シャルマンは好々爺といった風で、ファファニアの言葉を聞いていた。


「これで三日連続、お話ししました。私のデキる姿をタダシ様に見せられたと思いますの」


「そうでございますね。タダシ様が三公会議に行ってられた間、お嬢様は頑張っておいででした。それが実ったということでしょう」


「じいもそう思う?」

「ええ、そう思います」


 正司は今後、きっと大きなことを成しとける。

 ファファニアは、それを確信している。


 そのときファファニアは、正司を陰ながら支える役目を担いたいと考えていた。

 ともに並び立つのではなく、一歩引いたところで、しっかりと支える。


 そのために必要なのは、決して出しゃばらず、変に目立たず、それでいてファファニアなしでは物事が回らないと思える能力を身につけること。


 ラクージュの町に来てからファファニアは、そんな理想の自分に近づくため、日々の努力を欠かさなかった。


「ですがタダシ様に少し近づけたと思ったら、また遠くに離れていってしまわれました。なんてすごいお人なのかしら……」


 最近になって、正司が港で行ったことがすべて整理された。


 すでに情報は得ていたものの、詳細は分からなかった。

 ファファニアは、バイダル家生え抜きの人材を惜しみなく投入して、詳しい状況を調べさせていた。


 それで分かったことは、最初に入ってきた情報が軽くふっとぶほど。


「ねえ、じい」

「なんでございましょうか」


「見えていない人たちを一瞬で捕まえる魔法って、あるのかしら」


 港を襲った者たちを正司が捕縛した。

 最初ファファニアのもとにもたらされた情報は、そんなものだった。


 話を聞いて、「すごいですわ! さすがタダシ様」と無邪気に喜んだものである。

 だが、事実を探らせてみたら、その内容がとんでもなかった。


 屋外屋内とわず、もしくは集団でいたところでも構わず、全員を個別に捕まえたらしいのだ。


 しかも町の外から。


「わたくしは、ただ長く生きただけの存在でございますので、生憎そのような魔法には、心当たりがございません」


「そうよね……」

 たとえば、数キロメートル離れた屋内にいる十人を個別に捕縛することなど、できるものなのだろうか。


 これができるならば、世界が取れるのではないか。

 ファファニアはそう思ってしまう。


「また嘘くさい報告書が届いたとか思われるのかしら」


 バイダル公宛の書簡には、事実しか書けない。

 そしてそれがまた、混乱に拍車をかけることになる。


「謂われなき誹謗があったとしても、事実を曲げて書くよりかはましかと存じます」

「そうよね……そうなのよね」


 ファファニアは窓を開けて、夜空を眺めた。

 そんな様子をシャルマンは穏やかに見つめる。


 正司があれをした、こう言ったなど、ファファニアは正司の行動や言葉に一喜一憂している。

 微笑ましくもあり、また、もどかしくもあるのだ。


「いまタダシ様の一番近くにいる女性は、私ですよね」

「はい。その通りでしょう。……そうだ。でしたら今度、タダシ様に小物でもねだってみたらいかがでしょう」


「まあ、じい! それは名案だわ。私も少しくらいタダシ様に甘えてもいいですわね」

 頼もしいところばかりを見せるのではない。ときには甘えも必要。


「左様でございます、お嬢様」

 シャルマンはにっこりと微笑んだ。


「決めましたわ、じい! 明日、わたくしはタダシ様におねだりしてみます。そして必ずや、タダシ様から小物をプレゼントしてもらいます!」

 拳を握りしめ、ファファニアはそう決意した。


「さすがです、お嬢様」

 シャルマンが手を叩く。


 主従そろってもりあがり、その日の夜が更けていった。



 ちなみに数日前、城をおねだりした少女がいることを……ファファニアとシャルマンは、もちろん知らない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ