117 建国祭最終日
リザシュタットの町は広い。それでも招待客全員を跳ばすならば広い方が望ましい。
必然、出現場所は限られてくる。
役人たちが話し合った結果、城の中庭が最適ということになった。
「ここが……」
正司の〈移動魔法〉によって、全員が一度に跳んだ。
そのせいか、招待客の多くが同じ反応を示した。
周囲を巡らし、リーザ城に目が釘付けになったのだ。
「ここは港町です。まずは港、そのあと船を見ていただきます。城の中はまたあとで案内します」
ここで招待客の使用人たちは離れる。
主から荷物を受け取ると、各自の部屋を整えに向かう。
リーザ城で一泊し、明日が建国祭の最終日となるからだ。
招待客は、正司と一緒に港へ向かう。
「これはまた……」
目の前が開けた瞬間、だれかが絶句した。
それもそのはず。高台にあるため、ミラシュタットの町と比べて景観はすこぶるよい。
とくに高台からの眺めは格別である。
「ここからは階段と坂で下りていきます。お好きな方をどうぞ。門は開いていますが、普段は閉じることになっています」
港は海に面しているため、階層の町でも一番下にある。
そこでは多くの商人たちが、荷運び人を雇って物資の運搬をさせている。
港の上は港湾施設が建ち並び、倉庫も多い。
荷運び人たちはこの階層に住んでいる者もいる。
ちなみにリーザ城のある崖の上、城の周辺は上流階級の居住区となっている。
一般の人々が住むのはその下、ちょうどいま歩いている区画がそうである。
「なるほど、海面までは遠いな。段差をつけるのは分かっていたが、出入りをチェックしているのか」
商人が感心した声をあげる。
現状、未開地帯を突っ切って町にたどり着くのは不可能。港からしかアクセスできない。
それぞれの門をしっかり監視していれば、よほどの者でも潜り込めないだろう。
海運業に力を入れている一部の商人を除けば、ほぼ全員が今日、初めてリザシュタットの町を訪れたことになる。
驚きも当然というもの。
「噂に聞いていたが、これほどとは……しかし、ここに港とか」
海は遠浅になっており、海面の下には岩の突起が無数に存在している。
どのような船でも座礁せずに崖までたどり着くのは不可能と言われていた。
にもかかわらず、新しい港町ができたと聞かされ、人々はどうやってつくったのか、興味津々だったのだ。
段々の町の中腹で正司は止まった。
「海の眺めはここからが一番でしょう。ただいまから、リザシュタットの町を繁栄させる船、それを守る船の数々をご覧に入れたいと思います」
沖に浮かんでいる巨大な輸送船が隊列を組んでやってきた。
その数、実に百隻。
巨大帆船が百隻である。中々お目にかかれる光景ではない。
魔道国が用意した輸送船は、王国が所有している大型船の1.5倍ほどもある。
積載量を考えたら、一体どれほどの差か。
それがこの日のためだけに百隻も運用されたのだ。
みなの目が輸送船団に釘付けとなった。
「おお、すごいっ!」
「これは見事な」
いまだ船員はハッキリいって足りない。人手不足である。
熟練の船員は貴重であり、経験は年月とともに蓄えられる。
ゆえに中にはまだ、研修中の者もいる。
ルンベックが必死に集めたが、それだけでは足らなかったため、王国も随分と船乗りを貸し出している。
「この港町は、他からの交易で成り立っています。そのため、船の積載能力や運搬能力は、町の維持にどうしても必要となります。それがこの数の正体です」
実際、すべての船を駆り出したわけではない。
ミルドラルや王国との交易に出発している船もある。輸送船は休ませられないのだ。
よってこの国が保持しているのは、今見える船団だけではない。
つまり正司がその気になれば、数万どころか、十万を超える人員を船で運ぶことが可能になる。
「海上には魔物がでませんが、それでも大切な商品を運搬するのです。安全に配慮しなければなりません。とくに商人のみなさんはそう思われるでしょう」
多くの商人が頷いた。
すでにこれらの輸送船を貸し出す話が、魔道国から出ている。
豪気な商人たちは、こぞって一隻貸しを希望しているという。
そうでなくとも、中規模の商人が十人規模で一隻借りて交易するだけで、いったいどれほど儲かるのか。
正司は続ける。
「船の安全、航海の安全を守るために、そして港町を警護するために、魔道国は軍船を用意しました。使用する機会がない方がいいのですけど」
それは理想だ。だが、大きな富を運ぶとなれば、たとえ海上であっても危険は増える。
正司が手を挙げると、待ち構えていた者たちがこぞって旗を振る。
すると今度は、港から漆黒の船が出港した。
「なんだあれは?」
「黒い……船だと?」
船が黒いのは不燃性の塗料を塗ったからで、火矢や炎の魔法を警戒しているからである。
船縁には金属板が張り付けてあり、これも同じ理由だ。
「速い!」
「なんだあの速さは!?」
正司の〈大工船製作〉スキルでつくった軍船だが、かなり優秀な機能を有していた。
軍船ということで、木造なのにきれいな流線型をしている。
小回りがきき、速度も出る。
中型船の規模であるため、外洋を長期間移動するのは難しいが、ひとたび見つかれば、逃げられるものではない。
先頭に尖ったラムを備え、あれは白兵戦専用の船だという印象を集まった人々に与えた。
「もし無体なことをする船が現れれば、あの尖ったツノで穴を開けられることでしょう」
そうなればもう、沈むしかない。
商人たちは黙って、黒船の列を眺めていた。
一斉に出港した黒船もまた百隻。
ある意味、輸送船よりも大きな衝撃を人々に与えたようだった。
「次は、輸送船と軍船の団体行動です……うん?」
沖から軍船が一隻やってきた。
別の船と合流すると、また戻っていく。
「魔道王……あれはなんですかな」
だれかが聞いた。
「今日は建国祭ですし、邪魔が入らないよう、沖で警備をしてもらっていた船みたいですね」
「なんと……では、あの軍船はまだ他にも所有しておられる?」
「そうですね。あの倍くらいが警備についています」
――ザワッ
話を聞いた者たちが息を呑んだ。
あそこにいる百隻だけでも脅威なのに、さらにあの倍の軍船が警備についているという。
「でも、どうしたんでしょう」
港町を囲うように沖を守らせていた船が戻ってきた。これは何を意味しているのか。
正司が首を傾げている間にも、軍船と輸送船が合流し、並んで海上を進む。
ふたつの船は、見事なハーモニーを作りだしていた。
「……あっ」
だれかが声をあげた。
みれば、沖の方から十数隻の軍船が戻ってくるところだった。
「あれは」
軍船は円陣を組んでおり、間に一隻の船を挟んでいた。
「どこの船でしょうか」
正司がそう言うが、正司が分からないものを他の招待客が分かる訳がない。
そこにいる全員が見守る中、軍船に挟まれた船は、静かに港へ入っていった。
しばらくして魔道国の役人がやってきた。
「帝国の方から来た船ですか?」
「はい。不用意に近づいてきましたので、拿捕しました」
「えっと……それ、マズいのではないでしょうか」
「いえ、彼らは商人ではありませんでした。といって、役人でもありません。頑なに身分を明かしませんので、不審者として捕らえました」
「つまり、帝国から『来た』船というだけで、他に何も分からないわけですか」
「船のどこにも国旗は掲げられていません。乗り込んでの臨検は向こうが拒みました。強引に乗り込めば戦闘行為となりますので、それは控えました」
「そういうことでしたか。理解しました。国籍不明、所属不明の船ということで扱ってください」
「分かりました。所属不明船として扱い、このあと船と乗組員を調査いたします」
「任せます」
一礼して役人は去っていった。
「なるほどのう。この国を調べに来た船じゃな」
バイダル公コルドラードが、鼻を鳴らした。
「船が帝国の港を出たのはかなり前。建国の知らせも届いてないでしょう。船を用意するのにも時間が必要ですし、まして出港させるにはそれなりの期間が必要です。一圏から使者が届いて、そこから船を用意したのならば……ふむ」
ルンベックが何やら考え込んでいる。
「町の噂を聞いて調査しに来た……かの」
「ええ、そうでしょうね」
「えっと、どういうことですか?」
コルドラードとルンベックの話に、正司はついていけない。
「未開地帯に町ができたという噂が帝国に流れたのじゃろう。ゆえに真偽を確かめるため、調査船を向かわせた」
「噂は眉唾だと思っていたら、実際には巨大な港町。まして建国したなどと想像すらしていなかったでしょうね」
ルンベックの顔が悪人のようだ。
「町を自国のものとするつもりじゃったかな」
「可能性はありますね。それを示すものが大量に船に積み込まれているとしたら……」
「そりゃ、所属も言えんわ」
「臨検も拒否しますね」
二人は笑っていた。
正司からすれば、帝国は山を挟んだお隣さんだが、帝国からしてみれば、遠路はるばるやってくるべき遠隔地らしい。情報が古いのは当然のことなのだとか。
あらためて、帝国との距離を考えさせられた正司であった。
昼になった。
これからリーザ城内で昼食パーティである。
リザシュタットの町は、豊富な海の幸が自慢……になる予定である。
今のところ自国消費のみで、輸出するまでには至っていない。
ただ、北海道の海産物をイメージして、正司は早くからリザシュタットの町で漁を推奨してきた。
その成果は、今日の昼食で遺憾なく発揮されていた。
大皿に、これでもかと魚介類の料理が並べられたのである。
しかもいたるところで、調理風景が見えている。
これは正司の発案で、バーベキューなどからヒントを得たものだ。
実際、これまで上流階級の料理は、調理しているところを相手に見せないものがほとんどであった。
それゆえ、出てくるまでどんなものが厨房で調理されているのか分からなかった。
正司は、音と匂いで食欲を刺激し、料理人の腕の冴えを見せることで、料理を芸術品の域まで高めようと考えた。
そのための食材は豊富にある。
魚介類ばかりではなく、すでに酪農も始めており、乳製品も多数揃っている。
他にも大陸中から輸入した食材があるのだから、それを使わない手はない。
もちろん魔物の肉も豊富にある。
「これはこれは……」
「これはよい香りですな」
はやくも食に目がない者たちが魅了されていた。
さすがに生ものは馴染みがないのと、食中毒の心配があったので出していないが、干物類は当然並ぶ。
他にも煮物や焼き物、蒸し物から揚げ物まで取りそろえた。
そして正司が考案した……というのは言い過ぎだが、日本にはあってこの世界にはない調理法。
「これは圧力釜で調理したものです」
「おおっ……なんと柔らかい」
「これで煮崩れしないとは、一体どうやって!?」
煮る、焼く、蒸す、揚げるなど、代表的な調理法はこの世界にもあったが、圧力をかける料理だけはなかった。
それでは寂しいと考えた正司は、〈魔道具製作〉スキルで圧力釜を作ってしまった。
今回の場合、さすがに招待客の人数が多いので、圧力鍋では間に合わないと思い、それより数倍大きい釜を用意した。
評判が良かったので、これを改良して家庭で簡単に圧力料理が作れないかと、正司は秘かに目論んでいる。
「これは旨いですな」
「本当に……本当に……このような食材を集め、新しい調理法まで……羨ましい」
この世界にも食道楽は多い。
とくに魔物の肉はグレードが高くなるほど手に入りにくくなるし、遠く離れた場所に食べ物の産地がある場合、新鮮な内に届けようと思っても、距離が邪魔をする。
どんなに頑張っても、インフラが整っていなければそもそも流通は成立しない。
正司が帝国の港から食材を買い集めてきたのは、例外中の例外なのである。
食通の楽しみ方はほぼ決まっていて、どこかに出かけたときその地の特別な料理を食べる。
そして実際に食べた話を他人と共有して知識を増やしていく。
上流階級の中には、それを楽しみに生きている人も多いのだ。
そんな人たちだからこそ、ここに並べられた料理の数々は、眩しくうつる。
端から順にすべて堪能したい衝動に駆られるようだ。
だが、さすがに胃袋はそれほど大きくない。
同好の士が集まって、手分けして食べ歩いている。
あとで味の品評会を行って、情報を交換するのだろう。
まるで幕張で行われる趣味の祭典で委託買いをしてまわるコアなファンのような者たちはおいとくとして、他の招待客たちはどうだろうか。
「昨日までの魔物の肉もよかったが、この海の幸は素晴らしいものじゃな」
上機嫌なのはコルドラード。
「上流階級の者ほど、美味しいものを食べることができる。ゆえに食にハマる者も多いですが……その気持ちが分かったような気がします」
やはり、食にハマっていた。
ルンベックも、リザシュタットの町の重要性に今さらながら気付いた。
ただ文字の上で、「海産物の港」と書かれてもピンとこないが、これだけ多種多様な料理が目の前に並べられれば、嫌でも気付く。
不思議なのは、正司が町づくりの最初から魚介類の収集に余念がなかったのかである。
(まさか最初から、この海の海産物に金銀財宝と等しい価値が眠っていると分かっていたとか……さすがにそれはないか)
偶然にしろ、必然にしろ、ルンベックにとってこれは嬉しい誤算であった。
ちなみに、これらの魚介類は、誰がどうやって集めたのか。
それはこの町に越してきた元棄民たちが、正司の指導のもと、頑張って漁をしたからである。
北方の海産物を収穫する術は、どこの国でも発達していない。
ゆえにだれがやっても、力量はどっこいどっこい。
正司は、移住者に与える仕事の一環として漁と養殖のやり方を教え、それに従事する人を大量に雇ったのである。
酪農もそうだが、町には仕事がいくらでもある。
広い土地があれば、新しい事業を始めるのにさほど苦労しない。
普通は場所を確保するのが一番大変なのだ。
それを最初から用意し、建物までできているのならば、そこからはマンパワーでなんとでもなる。
立ち上げの一番大変なところがすでにできていれば、人は頑張れるものらしい。
ただ箱が用意されたからといって、移住者が楽できるかといえばそうではない。
自分で生計を立てることには変わりない。
それこそ寝る間を惜しんで働いているからこそ、こうして町が急速に発展し、こうして美味しい食材が山のように集まったのである。
「この建国祭が終わったら、三つ目の町が開放されるな」
「ええ、さすがに四つ、五つとポンポンつくられるとどうにもなりませんが、こちらの準備は終わっています」
「わしのところもじゃ。じゃが、帝国がこれまで通りとはいかんじゃろ?」
「そうですね。『今日の対応次第』になると思います。正直どう転ぶか分かりませんね」
ルンベックとコルドラードが秘かに会話をしている。
「現皇帝は侵略の意志なしと見るが、どうじゃ?」
「それで安心できればいいのですが、軍部の半分はやる気ですし……そもそも周囲の者たちがそれに倣うか分かりません」
「一圏内の政治内容はおりてこんからな。無視するにはこの国は、美味しすぎるか」
「ええ、内情を知らなければ、まっさきにかぶりつきに来ますよ」
高々二つか三つしか町を所有していない国など、帝国が本気になれば、ハイキング気分で潰せる。
一圏内で政治を司る者、軍を組織している者たちは、そう常識的な判断を下すだろう。
そのため、正司にはある程度強気な姿勢を取るように伝えてある。
態度ひとつで侵略がなくなるのならばと、正司も了承している。
「かといってやり過ぎると、裏から攻めてこよう」
「大国の嫌がらせは地味に効きますからね。距離感が難しいです」
「まったくじゃ」
昼食が終わり、いまは各自自由に城内を見学している。
リーザ城は巨大であるがゆえに、数時間歩いた程度では全容を知ることは難しい。
そもそも正司が暇を見つけて改修しているため、昨日あった通路が今日には無くなっていることもある。
城で働く役人でさえ、自分の担当区画以外は足を踏み入れないほどだったりする。
「そういえばこの前、秘密の脱出路を作っていたわよね。あれはどうなったの?」
「そういえば、どうしましたっけ」
リーザに問われて、正司は記憶を思い起こす。いろいろやり過ぎて覚えていないのだ。
このところ建築用途で〈土魔法〉をかなり使っているため、すでに正司の魔法は熟練の域に達している。
最近は、簡単なものならば、何十と並べて建築できるほどになっている。
城の中にひとつくらい必要だろうと、秘密の抜け穴を考えたのはいつのことだったか。
「まさか忘れたんじゃないでしょうね」
制作者が忘れる抜け穴ほど、危険なものはない。
「えっと……探しますね」
城に魔力を流し、空洞を探る。
(たしか、最上階からどこかに抜ける穴を作った気がします……ああ、見つけました)
城の最上階にある三部屋続きの間がある。
その真ん中の部屋の壁に隠し通路を繋げたのを思い出した。
実際に使うことはないだろうと少し趣向を凝らして、城どころかそれを支える大地、崖の中を下りながら進み、海に面した海中洞窟まで繋げたのであった。
洞窟の入り口は魔道具で隠してある。
中からしか開かないのだ。
魔道具の推進装置をつけた小舟をそこに隠し、いつでも脱出できるようにしてある。
その話をリーザにすると、額に手を当て「そこまで凝る必要ないでしょうに」と呆れていた。
リーザとしては、隠し通路を作るとしか聞いてなかったので、城の別の通路に繋がる程度だと考えていたのだ。
「まあ、万一のためですし」
「だったら隠し部屋でもつくって、そこに〈瞬間移動〉の巻物でも置いておけばいいじゃないの」
――ポン
その手があったかと正司が行動に移そうとするのをリーザが止めた。物理的に。
襟をつまみ上げられて、正司の両足は宙に浮く。
クルクルクルと足が回転している正司に、リーザが「そういえば」と言った。
「午前中は招待客の間で話を聞いていたのだけど、少し気になることがあったわね」
「気になることですか?」
今回、リーザもミラベルも正司のそばにあまり近寄らないよう、ルンベックから言われていた。
我が物顔で正司の横に並ぶと、いらない反感を買う可能性があるというわけだ。
事実、正司に自分の娘を……とかなりの数の目が注がれているのにリーザは気付いていた。
よって、建国式の間はなるべく目立たないようにしておこうと、あえて壁の花を気取っていたのだ。
「未開地帯は人の住める土地ではない……そう考える人は多いわ。私もだけど。でもね、それは覆されつつあると思うの。町中にいると、ここが未開地帯だって気付かないせいもあるけど」
「なるほど。小さい頃からの認識は中々変えられませんからね。それは分かります」
「そしてもうひとつが……海ね」
「海ですか?」
一般的に、人々は海と親しくなかったはずだ。
それほど強固な固定観念、覆らない認識があっただろうかと正司が首を傾げていると、「私も迂闊だったわ」と言い添えて、今日聞いた話を正司にした。
「海の下には尖った岩がゴロゴロしていて、陸に近づけないというのが一般的な考えなの。船乗りはそれを知っているし、陸にいる人たちも同じ考えよ。未開地帯と違って、目に見えないからこそ、不安みたい」
「あー……そうかもしれませんね」
たとえば、箱の中で燃えさかる炎に蓋をして、「さあ安心です」と言われても中々信じられない。
燃焼中は酸素をたえず消費するため、完全密封すれば火は消えるのだが、激しく燃えているときほど、蓋をしただけで安全と思えなかったりする。
それと同じで、いくら正司は「海の底は安全です」と言っても、実際に見えないのだから、心配する人は出てくる。
「その認識、今日のうちに払拭させておきたいですね」
「でもどうやるの?」
「そうですね……ああ、そうだ」
――ポン
正司が手を叩いた。
「実際に見せればいいんです」
「えっ? タダシ……それって」
「ありがとうございます、リーザさん。みなさんに海の底を見せれば安心しますよね」
「それはそうだけど……」
どうするのだろうと、リーザの思考が追いつかない。そして……。
夕方行われるダンスパーティの時間を少しずらして、正司は招待客を港に呼んだ。
ダンスパーティに出席するには男女ともに着飾る必要があり、女性は化粧も必要。
準備の前に全員を集められたのは僥倖といえた。
「少し予定を変更しまして、みなさんに港の安全性を確かめてもらおうかとおもいます」
招待客がこぞって難しい顔をする。
つい先ほど大量の軍船を見せられたばかりではないか。
これ以上なんの安全が必要なのか、理解できなかったのだ。
「何をするつもりであろうな」
「さあ、私も知らされておりませんので」
コルドラードとルンベックはまた、コソコソと話し合っている。
「何にせよ、安全というからには滅多なことはせんじゃろ」
「そうですね。何がおこるか、楽しみです」
余裕の表情の二人。
「みなさんは昔から、陸地のそばは尖った岩が多くて危険だと教わってきたと思います」
何人もの人が頷いている。
「ではこの港町になぜ船が入れるのか。それは海底にある岩をすべてどかしたからです」
そのことは前もって聞かされていためか、驚く人はいない。
「ですが、実際に見てみないと安心できない人もいるかと思います。そこで今日は、皆さんにこの港が安全であることを確認してもらおうと思いました」
なるほど、自分たちを集めた意図は分かった。
だがどうやって? 多くの招待客が、そんな疑問を思い浮かべる。
「いまから〈水魔法〉で海の水をどかします」
――えっ!?
それは一体、だれの声だっただろうか。
ただの「えっ!?」ではない。
太文字で書かれたかのような、大勢の人の声が重なった「えっ!?」だった。
「行きます」
気負うことなく正司はそう言い、片手を振り上げた。
少し先を歩く友人に挨拶する程度の気軽さで、ひょいと手を挙げたのだ。
――ズザザザアアアアアアアアアア
海が割れた。
一キロメートル四方ほどであろうか。
その広さの海水がなくなり、真っ平らな海底が姿を現した。
――ビタン、ビタン、ビタン
逃げ遅れた魚が、盛んに尾で海底を打ち付けている。
「とりあえずこんな感じです。〈土魔法〉でこのように海底を均しました。沖の方まで同じ状態です。それとも……均したところを全部見せた方がいいですか?」
「「「「いやいやいやいや」」」」
招待客の心がひとつになった。
ちなみに何がおこるかワクワクして見ていたコルドラードとルンベックは、揃って頭を抱えていた。
それと場所は少し離れて、帝国からきた乗組員たちは、閉じ込められた一室の窓から正司の魔法を眺め、揃ってズボンを濡らした。
夕刻、大分時間を遅らせて、ダンスパーティが始まった。
みな心ここにあらずだったが、それに眉をひそめる者はいなかった。
ちなみに招待客の多くが今日、正司が〈水魔法〉『も』使えることを知った。
新しい発見があって、何よりである。
翌朝、つまり建国祭の最終日。
この日は朝から、リザシュタットの町で軍事演習が行われることになっていた。
ミラシュタットの町で行ったパレードとは違い、実戦を想定したものだ。
障害物乗り越えのあるトラック競技を代表としたレンジャー部隊さながらの訓練風景からそれは始まった。
この日のためにライエルが鍛えに鍛えた技が披露され、マスゲームも完璧にこなしている。
一糸乱れぬ行進による団体行動は、緻密に計算されたものであったし、実際に剣を使っての模擬戦闘の迫力は、凄まじいものであった。
国は、民を守らねばならない。
ゆえに国はいつでもその力を示す必要がある。
その理念があるため、軍事力の一端を見せるのは一般的に正しいことと認識されている。
だが見学者たちの頭の中には、別のことが渦巻いていた。
――もう、正司一人でいいんじゃね?
要約するとそのような感じだ。
目の前に展開されている強力無比な兵たちですら、正司ならば、鼻をほじる時間で無力化させるだろう。
そう考えると、何十時間もかけて準備されたこれらの訓練風景も、子供の戯れにしか思えなくなってくるのである。
罪深いのは正司か、正司の魔法か。
少なくとも、日頃の訓練の成果を存分に発揮した兵たちに、罪はなさそうである。
軍事訓練の見学が終わり、少し早い昼食となった。
午後からは帝国のサロンにお邪魔して解散となる。
家に帰るまでが建国祭である。
帝国サロンにちょっと顔を出すのは、余興のひとつと思えばいい。
もはや招待客は、深い思考はしていない。
なすがまま、されるがままである。
「では先に行って用意してきますね」
と魔道王自ら帝国へ跳んだ。
今回、帝国のサロンは皇都近くのチュレル島で行われる。
直接島に跳ぶのはマナー違反だろうと、正司は町から向かうことにした。
船で島まで運ばれ、受付を済ます。
あらかじめ調べていた通り、招待状ひとつで何人でも呼べるらしい。
そのかわり、安くない参加費が必要になるが、そのへんは問題ない。
正司は人数分の費用を受付で支払い、会場に向かった。
「こちらへどうぞ」
「あっ、はい」
どうやらVIP待遇らしい。
受付で大金を支払ったからかなと正司が考えていると、ステージに上がらされた。
(なんかここは、野外フェスティバルの会場みたいですね)
レイブと呼ばれる、野音祭の雰囲気に似ていると正司は感じた。
特設ステージは一段高いところにあり、左手側に楽団が緩やかな音楽を奏でている。
目の前には広い空間があり、集まった人はそれほど多くない。
(残りの参加者はどこに行ったのでしょう)
気配を探る。すると、それより少し奥に多くの気配があった。
(ああ、そうか。マイクの声が邪魔なのですね)
拡声の魔道具だが、正司的にはマイクだった。近くにいるとその声がうるさい。
島はそれなりに広いため、談笑するには、ある程度ステージから離れた方がいいのだろう。
(それと……建物の中に気配がありますね)
ステージの後ろに石造りの立派な建物がある。
その中からも、多くの気配が感じられた。
司会が何やら話している。
話を振られたので、正司は無難に返し、ついでとばかりに他の人を呼んでいいか尋ねる。
司会が快諾してくれたため、正司は一度リザシュタットの町へ戻った。
「行ってきました。大丈夫みたいです」
「そうかね。この人数だけど、本当に大丈夫なのかい?」
「ええ、ちょうどスペースが空いていましたので、問題ないと思います」
「ああ……そうだったね」
ルンベックが達観した顔をする。
「ではみなさん、行きますね」
行き先は、帝国領チュレル島。移動方法は正司の〈瞬間移動〉。
こうしてリーザ城から、二万人が消えた。




