表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●はじめての、おつかい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/296

第96話 ここからが、勝負




 その後、改めて行なわれたお使いの報告。服、果物。それぞれについて説明をしながら、ファイはニナとリーゼに買ってきた物を見せていく。


「このトゲトゲした楕円形の果物は何でしょうか?」


 ニナが手に取ったのは、人の頭くらいの大きさがある果物だ。表面には柔らかな棘のような葉っぱがいくつも突き出ており、果物というよりは武器や爆発物に近い見た目をしていた。


「パーン。甘酸っぱい果物。えっと……〈ヒシュカ〉」


 ファイが魔法を唱えると、パーンにゆっくりと霜が降り、数秒後には氷漬けになる。続いてルゥから借りている小刀をカバンから取り出したファイは、目にも止まらない速さで腕を振るった。


 すると、芯の部分がくりぬかれた黄色い輪っかがいくつもできあがる。この黄色い実こそ、パーンの可食部だ。切り分けられたパーンの実はファイが魔法で創り出した氷のお皿の上に落ちてゆき、図らずも美しい盛り付けとなった。


「やっぱり魔法って便利ですわぁ……。で、この黄色くみずみずしい所を食べるのですわね?」

「そう。これが『冷やしパーン』。暑いフィリスにピッタリだった。はい、ニナ。あ~ん」

「ひゃわぁっ!? ふぁ、ファイさん? はしたないですわぁ~」


 とは口で言っているが、ニナの目はファイが指先でつまんだパーンの実から離れない。


「だ、ダメですわ、ファイさん。他の方が差し出した食べ物をそのまま頂くなど淑女として――」

「……食べない、の?」

「――そんなわけないではありませんかいただきますわっ」


 パクッと。まるで魚がエサに食いつくように、ファイの指ごとパーンの実を頬張るニナ。すると、


「~~~~~~っ! お、い、し、い、ですわぁ~~~!」


 茶色く丸い大きな瞳をキラキラ輝かせて、パーンの実のおいしさに飛び跳ねている。


「ファイ様。(わたくし)も頂いても?」

「うん。じゃあ――」

「これをお使いください」


 リーゼが衣嚢(ポケット)から取り出した肉叉(フォーク)でパーンの実を突き刺したファイは、ニナと同じようにリーゼに差し出す。


「――はい、リーゼ」

「……それでは、失礼いたしまして……あむ」


 頬にかかるおくれ毛を耳にかけながら、ファイが差し出したパーンの実を食べてくれるリーゼ。密かに憧れるリーゼの一挙手一投足に見惚れながらも、ファイはおずおずと聞いてみる。


「ど、どう?」

「そう、ですね。……たいへん美味でございます」

「……そっか」


 目を細め、裳の中で尻尾を揺らすリーゼに、ファイとしても大満足だ。


「ファイさん、ファイさん! わたくしにもおかわりをお願いしますわっ! その際はぜひ、指でっ!」

「指で……? 分かった」


 そんな調子で、計6種。買ってきた果物の品評会を行なったファイ達。それが終わる頃、執務室は何ともかぐわしい果物の香りで満たされていたのだった。


 言われた物だけを買ってきたのであれば、ここでお使いの報告は終わる。しかし、実はここからがファイにとっての正念場だった。


「あの、ね。ニナ。実はこれも、買ってきた」

「あら? なんでしょうか……?」


 珍しい物を見たというような顔でこちらを見てくるニナ。それはリーゼも同じらしく、主従揃って顔を見合わせている。そうして不思議そうにする2人の前で、ファイは主人のために選んだお土産を取り出す。


 それは、ファイが片手で持つことができる小さな箱だ。


 長方形の箱の表面には、黒光りする機械が描かれている。


「ファイさん。そちらは……?」

「えっと、防犯撮影機……じゃなくて、監視用遠隔撮影機、だって」


 フーカに教えてもらった機会の名前を一言一句、間違えずに答えて見せるファイ。


 そう。これこそ、ファイがウルンへのお使いの中で得た大きな収穫だ。


 きっかけとなったのはフーカが誘拐されそうになったあの事件だ。悪いことをすれば憲兵に連行されることを知ったファイ。ただ、少なくともあの場に憲兵の姿は無く、人々に四六時中、目を光らせていることなど不可能だろう。


 では、どうやって憲兵たちは“悪いこと”をしたウルン人を見極めているのか。考えたファイが思い出したのは、黒狼での日々だ。


 黒狼に居たとき、エグバを含めた黒狼の組員たちはファイの様子をきちんと把握していた。ファイが暮らしていた暗い部屋に組員たちが来ることは極めて稀だったのに、だ。


 魔法か何かで監視しているのだろうかと思っていたファイだが、エナリアでピュレを知った。おかげで、遠くからでも別の場所の様子を見る・知ることができる存在を知ることができたのだ。


 つまり、ウルンにもピュレと原理こそ違うものの同じようなことができる存在がいるのではないか。


 そんな推測のもと、どうやって“悪いこと”をしたと判断するのかフーカに詳しく聞いてみれば、店の天井で存在感を放つ遠隔監視用の撮影機器の存在を知ったのだった。


「かんしようえんかくさつえいき?」

「そう。緑ピュレと同じで、遠くの場所の様子を見れるんだって」

「な、なるほど……?」


 ファイの説明に、なおも首をかしげるニナ。ファイとしても言うべきはずのことは言っているため、これ以上と言われても困る。それでもどうにか自身の有用性を示そうと、言葉を紡ぐ。


「えっと……。このまえ通信士した時、上の方の階が見られないの、不便だった」


 ポツポツと、順序だてて懸命に話そうとするファイの話を、ニナもリーゼも辛抱強く聞いてくれる。


「でも、ピュレはまだ第11層までしか居られない、でしょ?」

「そうですわね。ユアさんの研究も手詰まりになっていらっしゃるようで、だからこそウルンの食べ物を使ってピュレさんの特異な進化を促そう、と……はっ!?」


 言いながら、ようやくファイがなぜこの機械を買ってきたのかを察したらしいニナ。


「ファイさん! もしかして!」

「そう。生き物じゃなくて、機械なら。上の方も見れる、かも?」

「「――っ!?」」


 ファイの提案に、ニナとリーゼが今度こそ驚愕を露わにする。


 機械を使う。


 無知なファイでも思いついてしまうほど簡単な問題解決の着手方法だ。しかし、ニナ達に考えたことが無かっただろうことは、ファイの言葉の理解に時間を要したことからも明らかだろう。


 エナリアに住むウルン人として、自分だけにできることも探してきたファイ。二度、三度とウルンに行ったことで、ファイの中でウルンとガルンの文化の違いがより明確になった。


 中でも、日々の利便性を向上させるための“入り方”が大きく異なるようにファイは思えたのだ。


(ガルンは魔獣っていう動物を凄くする。けど、ウルンは道具の方を凄くする)


 残念ながら今のファイに歴史が生む文化の違いまでを推測することはできない。だが無知ゆえに、ファイには先入観と呼ばれるものも無い。


 そのため、ガルン人であるニナ達よりも柔軟に物事を考えることができていた。


「なるほど。つまりファイ様はこの黒い箱を監視用ピュレが生存できない上層に置くことで、監視の目の穴を埋められるのではないかと考えたのですね?」


 丁寧にファイの意図をかみ砕いて言葉にしてくれたリーゼの言葉に、ファイは大きく頷いてみせる。


「そう。これを使ったら、エナリアの入り口も監視できる。そうしたら、もっと通信士は楽になる。住民の人も、早く、楽に動ける……かも?」

「~~~~~~っ! ファイさん! これは革命かも知れませんわぁ~!」


 飛び跳ねるように椅子から立ち上ったニナが、机から身を乗り出してファイを見つめる。


「かくめい? 私、ニナの役に立てそう?」

「はいっ! 可愛さでわたしの心癒しつつ、新たな着眼点もくださる……。ファイさんは相変わらず、さいこうですわぁぁぁ!」


 最高。ニナに言われて、ようやくファイは自分が役に立てた確証を得る。同時に身体はブルリと震え、金色の瞳はきらりと輝きを増す。この瞬間は間違いなく、ファイの人生における最大の“喜び”だった。


 しかしそれは同時に、ファイにとって最大の試練となる。


(だ、ダメ……! 笑う、は、良くない!)


 過去一番の感情の波に、緩みそうになる頬。ニナやリーゼにも勝るとも劣らない強敵――表情筋と懸命に戦うファイに、改めてニナから声がかかる。


「それではファイさん! 早速、使い方を教えてくださいませっ!」

「うん、任せ……使い方?」


 その瞬間、ファイと表情筋の戦いが一瞬で幕を閉じる。


(機械の、使い方……)


 機械は道具であり、道具には使い方がある。それはファイもよく知るところだ。つまりニナの手の中に納まる監視用遠隔撮影機にも使い方というものがあるはずなのだ。


 ただ、ピュレという生物から発想を得たからだろう。ファイは勝手に、置いておけば遠くの映像を映してくれると思い込んでいた。


「使い方、つかい、かた……」

「も、もしかしなくてもファイさん……?」


 およそ察しているらしいニナが、申し訳なさそうにファイに確認してくる。


 先ほど褒められてしまった手前、ファイとしては非常に言いにくい。それでも、ここで嘘を吐いたり誤魔化したりできないのが、ファイだった。


「ごめん、ね、ニナ。使い方、分からない……」

「ああっ! ファイさんのお顔が一瞬で曇って……。リーゼさん!」

「はい。お任せください、お嬢様。大抵の場合、こういったものには……はい、ございました」


 撮影機が入った箱を開けたリーゼが取り出したのは、びっしりと書かれたウルンの文字と図解が記された紙。取扱説明書だ。


「時間をかけてこれを読み解けば、きっと使い方も判明するかと」

「さすが、困った時のリーゼさんですわっ。ということですのでファイさん! どうかお顔を上げてくださいませ」


 ニナに言われ、ゆっくりと顔をあげるファイ。


「機械、使えそう……?」

「はい! たとえ使えなくとも、ファイさんがわたくしを思って買って来てくださったものです。必ず役立てて見せますわ!」


 笑顔たっぷり。自信満々に胸を張ってくれるニナの姿に、ファイは安堵の息を漏らす。


「そっか。もし足りないものがあったら言って、ね。また私が買いに行くから」

「はい! ……っと。さっそく撮影機の使い方の紙を解読するのも良いのですが、その前に。少し休憩して頂いた後、ファイさんには次のお仕事をお願いしたいのです。それは――」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ