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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●はじめての、おつかい

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第93話 ファイさん成分、とはっ!




 “不死のエナリア”第20層。執務室。ニナはふと視線を執務室の扉に移しては、しばらくぼんやりと眺める。そして「はっ」と気付いては手元の資料の整理に戻り、


「(……ちらっ)」


 上目遣いに扉を見る。ファイが居なくなってからというもの、ニナはこんな作業をただひたすらに繰り返している。ありていに言って、ソワソワしていた。


(ファイさん。大丈夫でしょうか……)


 生まれ育ったウルンのことをもっと知ってほしい。好きになってほしい。ついでにお金の大切さを知ってほしい。それら様々な思いを込めてファイにはじめてのおつかいを任せたニナ。


 しかし、時間が経つにつれて「お使いに出すのは本当に今だったのか?」という思いがふつふつとこみ上げてきている。


 思えばファイは、ウルンの常識というものを全く知らない。なにせ、お金のことすら知らなかったのだ。ウルンで何をして良いのか・悪いのかさえも分からない状態である可能性が極めて高い。


 知らない人について行ってしまったり、口車に乗せられて悪事に加担させられたり。買い物という観点だと、ぼったくられる可能性だってあるのだ。


(ましてやファイさんは良くも悪くも“純粋”なのです。善悪がまだまだ曖昧で、言われたことに従順……。ウルンではともかく、ガルンでは間違いなく食い物にされてしまいますわぁ……)


 ニナが調べた限り、アグネスト王国は比較的治安の良い国だ。領土の各地に警察組織を置き、法治国家としての側面を保っている。放任主義のアイヘルム王国とは違い、道を歩けば悪人に当たるということは無いだろう。


 しかし、黒狼を始めとする“悪意”が存在していることは、ニナもよく知るところだ。ルゥとリーゼによって変装こそさせているが、もしファイの顔をよく知る組員の誰かに見つかれば、またしても誘拐されかねない。


 しかもなぜか分からないが、ファイは人の“悪意”を引き寄せやすいようにニナは思っている。いや、正確には白髪という存在が、厄介事を招き寄せてしまうのだろうが、とにかくだ。考えれば考えるほど、ファイにお使いは早かった気がしてくるニナ。


「ふぅ……」


 筆をおき、机に両肘をついておでこを乗せる。


(そ、そうですわよね……! ファイさんにはまだ、お使いは早かったのですっ! 改めてウルンの法律や常識を知ってもらって、それからきちんとお買い物をしていただきましょう!)


 それに急いで駆けつければ、わずかな時間だがファイと一緒にウルンでお買い物を楽しむこともできるかもしれない。


「ふっ……うふふっ! 我ながら最高の計画ですわ!」


 そうと決まれば早速ファイを迎えに行こう。悩ましげな表情から一転、ウッキウキの笑顔を浮かべるニナが椅子から立ち上ったところで。


「お嬢様。各所の被害をまとめて参りました」

「(ぎくぅっ!?)」


 執務室の扉が開き、リーゼが姿を見せた。そして、着替えのために自室へと向かおうとしていたニナを見るや否や、


「……ダメですよ、お嬢様」


 ニナの考えなどお見通しだというように、ニナを諫めた。


 育ての母の言葉に、ニナは分かりやすく眉尻を下げる。


「あぅ……。リーゼさん~」

「ダメなものはダメです。ファイさんを信じてお待ちになる。そう決められたからこそ、あの(かた)をお使いに向かわせたのではないのですか?」

「そう、ですわ。……そうなのですがぁ~」


 しょんぼりと椅子に座り直したニナを見て、呆れたように溜息を吐くリーゼ。しかし、口元に浮かんでいるのは微かな笑みだ。


「お嬢様。ファイ様のこと、それほど気になりますか?」


 言いながら、資料を手にニナの方へ歩いてくる。


「もちろんですわ! 何せファイさんはわたくしの大切なお友達ですもの。彼女がわたくしに尽くしてくださるように、わたくしもファイさんを想う権利くらいはあるはずですわ」

「そうですね。ですが過度に干渉すると、嫌われてしまうかもしれませんよ? それこそ、ミーシャ様のように」

「はぅっ!?」


 リーゼに痛い所を突かれ、思わず悲鳴を漏らしてしまうニナ。


 ミーシャをエナリア内で保護してからしばらく。育ってきた環境のせいか、ミーシャはなかなかニナ達を信用せず、ご飯を食べようとしなかった。当然ミーシャは衰弱し、餓死寸前の状態まで空腹を我慢していた。最終的には死の危機を前にどうにか食べてくれて、食べ物(エサ)をくれるニナ達と最低限の会話もしてくれるようになった。


 しかし、その変化が嬉しくてニナはついつい構い過ぎてしまった。


 ニナがしつこく話しかけるくらいは、ミーシャも受け入れていた。いや、彼女の性格上、それくらいが丁度良かったのかもしれない。ミーシャの態度は軟化し、笑顔も見せるようになってくれた。


 ただ、獣化したミーシャの毛並みが、ニナを狂わせた。ミーシャが望んでいない時にも彼女を捕まえて毛並みを堪能することを繰り返すうち、いつしかニナはミーシャに避けられるようになった。その状態は、今もなお続いている。


 もちろん反省して謝罪はしたものの、ニナという圧倒的な強者に取り押さえられて好き勝手されたのが相当な心の傷になったのだろう。ミーシャはニナの前で滅多に獣化しなくなり、獣化した姿を見せることもなくなってしまったのだった。


「ましてやファイ様は、他者から心配されることを嫌う傾向があります。あの方の性格上、それを表に出すことは稀でしょう。ですが、無意識のうちに、行動に表れているかもしれません」

「無意識の行動ですか? それはどのような……」

「そうですね。例えばですが、いつの間にか接する機会や時間が減ってしまっている、などでしょうか」


 つまりはミーシャと一緒で、避けられてしまうということ。ミーシャとの違いと言えば「いや」と露骨に表に出すか否かといったところだろうか。しかし、自慢ではないが、ニナはファイと仲良しだ。


(ファイさんがわたくしを避ける……? そんなはずありませんわ)


 だって自分はファイと遊んだこともあるし、一緒に仕事をしたことだってある、はず。そう思って記憶を掘り返してみるニナ。ファイとの思い出は、ニナの中でもひときわ輝いている。該当する記憶があれば、それこそすぐに思い出せるはずで――。


(――……あれ?)


 そこでハタとニナは気付いてしまう。まず、少なくともニナの中にファイと遊んだ記憶は無い。また、思えば一緒に仕事をしたこともないような気がする。


 思えば勉強をしたり、仕事を教えたり。そうした会話は何度となくしてきたが、他愛ない会話、日常会話と呼ばれるものがひどく少ないような気もしてくる。


 触れ合いだってそうだ。最後にファイと触れ合ったのは、いつだろうか。


 先日、一緒にお風呂に入った。うっとり顔のファイの姿は、今思い出してもニナの心を温めてくれる。しかし、あの時ファイの頭を洗ってあげていたのはリーゼだ。風呂上がりに髪を乾かしてあげていたのも、ついでに服を着つけてあげていたのもリーゼだ。


(あれ……? あれれれ……!?)


 こうして思い返してみると、なるほど。以前に比べて、ニナはファイと話すことも触れ合うこともできていない気がする。


(い、いえっ! ですが!)


 ニナは茶色い髪を揺らして首を振り、誰にともなく心の中で言い訳をする。


 そう。ここ最近は特に忙しかったのだ。黒狼にファイを迎えに行くにあたり上司(ゲイルベル)や住民など各方面に事情を説明し、納得してもらう必要があった。


 ファイを連れ戻してからも光輪が攻略に来て対応しなければならず、ファイの不調に対処するための手立ても講じなければならなかった。


 ましてやついこの間など、第16階層で眠っているはずの階層主――サラ・ティ・レア・レッセナムが覚醒しており、上層に上がるという非常事態まで発生した。


 おかげで、16層~11層までの最短経路上に居た魔獣たちは皆殺し。殺された魔獣の中には貴重なものも居て、資金繰りへの影響もあった。


 光輪襲来に備えて避難するよう言っていたため住民に被害こそ無かったものの、一歩間違えれば大惨事になっていた可能性も高かったのだ。


 そのため、改めてサラを連れ戻して拘束。一方でリーゼには通信室に行ってもらい各階層の被害報告をまとめてもらっていて――。


(――って、そうではなくっ! あれれ!? わたくし最近、ファイさんとあまりお話できていないのでは!?)


 実際にファイと触れ合っていたか否かなどどうでもよくて、ニナ自身がそう感じてしまっていることの方が重要だ。


「ど、どうしましょう、リーゼさん! わたくし、ファイさん成分が不足しております……っ!」

「お嬢様、落ち着いてください。その『ファイ様成分』とは?」

「ファイさんが放つ可愛さと純粋さがわたくしの疲れた心身にもたらしてくださる唯一無二の癒し成分、ですわ!」

「まさか本当に。それも正確に言語化なさるとは思いませんでしたが、でしたらコチラを」


 そう言って彼女が侍女服の衣嚢(ポケット)から取り出したのは、緑色のピュレだ。


「リーゼさん? このピュレさんは……?」

「ルゥ様のご協力のもと、様々な格好のファイ様を撮影させていただき――」

「ピュレさん! 映像出して、ですわっ!」


 リーゼの説明を最後まで聞き終える前に、ニナは渡されたピュレに指示を出す。すると、プルンと震えたピュレが体内に記録した映像を映す。そうして映し出された映像――さまざまに着飾ったファイの姿を見たニナは黄色い悲鳴を上げた。


「きゃわぁぁぁ~~~っ!?」


 表情にわずかな困惑をにじませながらも、着替えていくファイの姿。そして、着替えを終えて金色の瞳を嬉しそうに輝かせるファイの姿が数十個も収められている。


「リーゼさん! 急いで現像の準備を! 永久保存いたしますっ!」

「かしこまりました。ですのでお嬢様。お写真ができ上るまで、もう少しだけファイ様の帰りをお待ちいただけますか?」

「当然ですわっ! そして、ファイさんが帰ってきてくださったあかつきにはたぁ~っぷりと! ファイさん成分を補給させていただくことにいたしますっ!」


 こうして密かに。ファイ1人のはじめてのおつかいは守られたのだった。




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