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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●はじめての、おつかい

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第92話 いつか、一緒に――




 途中、フーカが誘拐されそうになるという騒動こそあったものの、ファイの初めてのお使いは順調に進んだ。


 お昼は、海鮮をふんだんに使った麦麵(パスタ)。食後にはフーカのおすすめを受けて地元の果物を使った果物盛を食べたファイ。


 エナリアでは肉が主菜となる食べ物が多いこともあって、ファイは朝食に続き、ほとんど初めて海鮮料理を口にしたといっても良い。結論としては食べるために手間がかかるため「魚は少し苦手」。しかし、ほろほろと解ける魚の肉質や海の香りは、決して嫌いなものではなかった。


 そうしてお腹と気力を満たせば、フーカと洋服屋巡り再開だ。


 ファイを着せ替え人形にするフーカだが、ルゥのようにはしゃぐようなことは無い。時折こちらの興味を確かめるようにファイの方を振り返り、丁寧にお店や服を選んでくれる。


 そして、無意識に表れるファイの色の好みが「白・黒」と「淡い黄色」であることを把握して、おすすめの服を選んでくれる。そのおかげで、


「お買い上げ、ありがとうございました~!」

「こちらこそ。ありがとう(ふんすっ)」


 店員から服の入った紙袋を受け取るファイの顔は控えめに言って、ほくほくだ。これだと思える服と出会えたことももちろん、1人で買い物ができたというその事実がファイにとっては他でもない自信になる。


 宝箱の補充に、魔獣の世話、配達に通信士。そして、ウルンへのお使い。着実に、ファイの中で戦闘以外の“できること”が増えていっている。ただし“望まれたとおり”にできているのかは、また別の話だが。


 店を出ると、外でファイの会計の様子を見守っていたフーカが待ってくれていた。


「お、お買い物、できましたかぁ?」

「うん。お金を渡して、“おつり”と“りょうしゅうしょ”? も貰った」


 ルゥから借りている革製の紺色の財布を広げて、中に入っているお金に間違いが無いことをフーカに確認してもらう。


「100、200、300……は、はい。金額も間違いなさそうですぅ」


 お会計の仕方は学んだものの、まだ金額の計算はできないファイ。ニナから預かっている大切なお金のやり取りに間違いが無いことが確認できて、一安心だ。


 財布を肩掛けの鞄にしまうファイに、フーカが何気なくといった様子で聞いてくる。


「ふぁ、ファイさん。そのお財布、ニナさんの物、なんですかぁ?」


 口調はこれまでと変わらないが、心なしか顔が強張っているようにも見えなくない。


「ううん。これはルゥの」

「そ、そうなんですねぇ……。そのルゥさんという方は……?」

「私の友達。料理とお裁縫が得意」

「へ、へぇ~……」


 興味があるのかないのか。非常に微妙な相槌を打って、何かを考え込み始める。


 実は昼食の時から時折、フーカは時折こんな態度を見せるようになった。その時は決まって、ファイに何かを聞いてくる時だ。例えば、


『に、ニナさんとはどんな人なんですかぁ?』

『ニナ? ニナは、私を使う人。……主人?』

『ご、ご主人様なんですね。しゅ、種族や特徴などは……?』

『人間族で、茶髪の女の子。身長はこれくらい。年は、分からない……』


 のようなやり取りであったり。


『さ、最近調子はどうですぁ? 辛い目に遭っていたりしませんかぁ?』

『ううん。ニナ達はみんないい人、だから。けど、ちょっとだけ優しすぎる……かも?』

『ふ、ふぅん。困っては、無いんですねぇ』


 などといったやり取りがあった。


 ただしこの時の会話を含めて、ファイはニナがガルン人――魔物であることを明かしていない。


 確かにファイは、フーカを信頼している。自分のことであれば包み隠さず話すし、一緒にご飯を食べる――ガルンにおける信頼の風習――ことだってできた。


 しかし、ニナ達の話となると別だ。


 フーカは探索者であり、先日までニナと敵対関係にあった。いや、ウルン人とガルン人が普通は敵対関係にある以上、基本的にその構図が変わることは無い。


 ファイの中にある苦い記憶に、先日のエグバとのやり取りがある。自分が洗いざらいニナやルゥについて話してしまったせいで、結果的にニナが魔物であることが明るみになりかけた。


 その瞬間に人々がファイとニナに向けた疑心と敵意は、ファイの想像をはるかに超えるものだった。


 幸い、あの場はどうにかうやむやになった。しかし、ファイに温もりをくれた人たちが、ニナという大切な人に嫌な視線を向ける。その光景は、今もファイの中に焼き付いている。以来、自分が迂闊にアレコレ話すと、巡り巡ってニナ達に迷惑が掛かってしまうことをファイは学んでいた。


 ファイはニナもウルンの人たちも大好きだ。だからこそ、両者がいがみ合う様を見たくない。


 そんなわけで、ファイは意図を持って、自分たちの主人がガルン人であることが特定されるような情報を排除している。


 無知ではあるが、馬鹿ではない。


 リーゼがそう評価するファイの年相応の知性が表れていると言っていいだろう。だが、同時にファイはこうも思う。


(いつかフーカやアミスとも、一緒に働けたらいいな)


 と。なにせファイにはウルンに関する知識が無い。ウルンでの常識を問われても、自信を持ってこうだとは言い切れない状況にある。


 しかし、フーカやアミスは違う。ファイをはるかにしのぐウルンの常識を持ち、なにより赤色等級の探索者組合に所属する“本物の”探索者でもある。彼女たちからもたらされる私見は、ニナ達にとって間違いなく大きな助けとなるというのがファイの予想だ。


 エナリアを幸せでいっぱいにしたい。


 そんなニナの夢をかなえるためには、自分以外のウルン人も必要だというのはファイも理解している。だからこそ対話を重ねてフーカを始めとするウルン人たちの考え方を知り、ガルン人を“敵”として見ないウルン人をニナに紹介する。


(ニナ達はウルンに来れない。だったら私が、頑張らないと!)


 優秀な道具として、主人にはできないことをしてみせる。そんな小さな野望も抱いているファイだった。


 と、そうして意気込んでいたファイだが、ふと視線を感じた。立ち止まって振り返って見てみると、そこには2人組の男が居る。2人とも上下濃緑色の服を着ており、彼らが憲兵と呼ばれる存在であることはファイも知っている。彼らは昼以降、なぜかファイ達と付かず離れずの距離でついてくる。


 フーカに聞けば「気にしなくて大丈夫ですぅ」とのこと。そのためファイの瞳は言われた通りに彼らを無視して、その向こう――路地裏でこちらを見つめている小さな影を見遣る。と、ファイの視線と“ソレ”の視線とが見事に交差した。


『(ジィー……)』

「じいー……」


 互いに緊張感を持ったまま、見つめ合う。


「そ、それじゃあ次は果物ですねぇ……って、ファイさん? どうかしましたかぁ?」


 不意に立ち止まったファイに、フーカが問いかけてくる。しかし、ファイの視線が獲物から離れることは無い。そんなファイの緊張感が伝わったのだろうか。自身もわずかに緊張感を増しながら、フーカがファイの隣に並ぶ。


 そして、前髪の奥に隠された赤い瞳でファイが見つめるソレを認識して――。


「ね、猫……ですかぁ?」


 港町だからこそ多いのだろうその動物――『猫』の名前を呼んだ。


「ねこ……? あっ!」


 ファイが猫の名前を口にした瞬間、ソレ――三毛猫が路地裏へと姿を消そうと動き出す。


 ファイの動き出しは、早かった。地面を傷つけないようとんと軽く地面を蹴り、駆け出す。途中、身体を地面と垂直にしながら憲兵2人の間を抜け、さらに踏み込むこと数歩。3秒もかからず数十メルドを走破したファイは、


『ニ゛ャッ!?』


 ミーシャそっくりの愛くるしい姿をした三毛猫を両手で抱え上げた。


「捕まえた(ふんすっ)」


 薄暗い路地裏。戦利品を天高く抱え上げるファイ。たっぷりとエサを貰っているのだろうか。ミーシャよりもずっしりと重く、顔もふてぶてしい。それでもファイにとっては、こうして思わず捕まえてしまうくらいには、愛らしい姿をしていた。


「――なんで気付いた?」


 そんな声が聞こえてきたのは、その時だ。一瞬、猫が喋ったのかと思ったファイだが、声は違う方――背後から聞こえた。振り返って見ると、そこには全身をすっぽりと覆う外套を身にまとう人物がいる。


 どうやらファイが自身の存在に気付いて駆けつけたのだと思ったらしく、頭巾の奥から警戒を露わにファイを睨んでくる。その手には、細い路地でも取り回しがしやすそうな短剣が握られていた。


 声からして少年か、声の低い女性だろうか。外套のせいで身体の線も分からず、性別は判断できなかった。


 ただ、実のところ、ファイは猫に夢中だったためにその人物の存在に気付いていたわけではない。そのため、注意深く外套の人物を見ながら三毛猫を抱き締め――


「だれ?」


 ――そう尋ねるほかない。


 殺気を放つ外套の人物と、猫を抱いて小首をかしげるファイ。相対していた時間は、ほんの数秒だった。


「……いや、なんでもない」


 外套の人物は武器を納め、そそくさと路地裏の奥――反対側の通りへと消えていってしまう。


 一体何だったのだろうか。腕に大人しく収まってくれている三毛猫の背中を撫でてあげながら、謎の人物を見送るファイ。そこに遅れて駆けつけてきたのは、尾行してきていた憲兵とフーカだ。


「ふぁ、ファイさん~。何があったんですかぁ~? 今の(かた)はぁ……」

「知らない人。誰かから隠れてた……のかも?」


 外套の人物の発言から推測されることを告げたファイに、フーカが「なるほどぉ」と頷く。そして憲兵たちの方に向き直ると、


「た、他国からの密偵、もしくはファイさんを知る黒狼の残党かもしれません。念のために追跡をお願いしますぅ」


 そう指示を出す。すると憲兵たちは仲間へ連絡するためだろう。小さな板を取り出して、ピュレで通信するようにしてどこかへ連絡を始めた。


「フーカ。“みってい”は、なに? さっきの人。黒狼の組員だった?」

「ど、どうでしょうかぁ。それを今から憲兵さん達に調べてもらいますねぇ」

「……そっか」


 言いながら、改めて外套の人物が走り去った路地裏の奥を見遣るファイ。そこには、明るいフィリスの町とは一転。薄暗く汚い路地裏があった。




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