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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●はじめての、おつかい

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第91話 喉が渇いた、な……




「なに、してるの?」


 外が何やら騒がしいと思って窓掛(カーテン)を全開にしたファイ。そこには、2人組の獣人族の男に担ぎ上げられているフーカの姿があった。


 威圧するでも、確認するでもない。ただただ純粋な疑問を声に乗せて尋ねたファイを、男たちが振り返る。瞬間、男たちは目を大きく見開き、やがて鼻の下を伸ばした。


「「ひゅ~……」」


 男たちが口笛を鳴らしたのは、窓掛から姿を見せたファイが半裸――上衣だけを着た状態――だったからだろう。


 フォルンの光を浴びずに育ってきたファイの肌は病的なまでの白。一方で最近はしっかりと食事をとっていたこともあって、健康的な肉付きになりつつある。長くすらっとしたファイの足の付け根にのぞく黒の下着がわずかに肉に食い込む様は、ひどく扇情的だった。


 そんなファイの全身を、男たちは舐め回すように見てくる。その視線の意味をファイが知るはずもないが、生理的な嫌悪感を抱かずにはいられない。


 ひとまず窓掛で全身を隠したファイは、顔だけを覗かせる体勢を取る。そして、改めて。


「なにしてる、の。フーカ」


 男たちではなく、担がれた状態でこちらにお尻を向けているフーカに問いかけてみた。すると、ファイの格好に見惚れた男たちには隙ができていたのだろう。「ぷはっ」と息を漏らしたフーカが、ファイに向けて叫ぶ。


「ふぁ、ファイさん! 助けてくださいぃ~!」

「――分かった」


 友人からの指示を受けたファイは、即答する。


 そこからは一瞬だった。


 トンッと軽やかに試着室から足を踏み出したファイが、男たちそれぞれのみぞおちに両手でそっと触れる。それだけだ。たったそれだけで、弾性のある肉がめり込むような鈍い音が響く。


「「がぁ……っ」」


 男たちの喉からは息が漏れ、2人同時に腹を押さえてその場にうずくまってしまう。そうして男たちの手から解放され落ちてきたフーカを、ファイは優しく受け止めた。


「これで、良かった?」


 腕の中に納まる小さなフーカに、自身の行動が正しかったのか答え合わせをするファイ。


 対するフーカはポカンとした顔をしていたが、お腹を押さえてうずくまる男たちと自身の状況を二度、三度と確認したのち。


「あっ、はいぃ……。助かりましたぁ」


 と、ファイの行動に丸をつけてくれる。


 「助けて」という曖昧な指示をきちんとこなせたことに小さく鼻を鳴らしたファイがフーカを地面に下ろす頃。


「ぶるるん……っ。イッテェ……」

「ひ、ひひん。一体何が……」


 うずくまっていた獣人族の男2人がよろよろと立ち上がったのだった。


「ふぁ、ファイさん。手加減をしたんですかぁ……?」


 なぜか驚きの声を漏らしたフーカが、ファイのことを見上げてくる。どうやら男たちが事実上、無傷であることが意外だったようだ。


 ただ、ファイが男たちを殺さなかった理由は単純で、殺すと後戻りができないからだ。目の前の獣人族はファイにとって“敵”ではない。いつでも殺せるのであれば、まずはフーカに言われた通り、彼女を助けることだけを優先しただけだった。


「うん。……“倒す”の方が、良かった?」

「い、いえいえ。ですが、なるほどぉ……。常識は無くとも、良識はあるんでしょうかぁ……?」

「りょうしき? りょうしき、は、なに?」


 などとファイがフーカと話している間に、


「ひひんっ! お、覚えてやがれ!」

「ぶるるんっ!? ま、待ってくれよ兄貴ぃ!」


 男たちは捨て台詞を残して、どこかへと走り去っていく。


 追わなくても良いのか。ファイが確認しようとフーカへ目を向けると同時、フーカは力尽きたようにぺたんと地面に座り込んでしまった。


「ふ、フーカ? 大丈夫?」


 慌てて駆け寄るファイに、真っ青な顔で笑顔を見せるフーカ。


「だ、大丈夫ですよぉ。ちょっと力が抜けちゃっただけですぅ」


 どうにか立ち上がろうとしているが、膝が笑って立ち上がれないらしい。そんなフーカの姿が一瞬、ミーシャと重なったファイ。リーガオスを倒した時の彼女も、似たようなことになっていた。


(フーカ。もしかして、“怖い”だった……?)


 もしそうだとするなら、ファイが「友達」にしてあげられることは1つだけだ。いつもミーシャにそうしてあげているように、そっと、フーカを抱きしめてあげる。


「ふぁ、ファイさん!?」


 残念ながらファイは、フーカの気持ちに共感してあげることはできない。そもそもファイには、今しがた何が起きようとしていたのかさえも分かっていないのだ。


 それでも、目の前で何かに怯え、震えている人が居たとき。


 何も知らず、何も持っていない空っぽな自分でも、抱きしめて、温めてあげることができることは知っている。


「大丈夫だよ、フーカ。怖くない、怖くない」

「あ、う、ぁ……。フーカは、子供じゃないですよぉ……!?」


 しばらく手足をばたつかせて抵抗しようとしていたフーカだが、黒髪の彼女が白髪のファイの力に敵うはずもない。ましてやミーシャとフーカの大きさは似ていて、ファイが抱き慣れていることも大きい。腕の中から逃がさないようにするのは、ファイとしても慣れたものだった。


「……じゃ、じゃあ少しだけ肩をお借りしますぅ」


 最終的には諦めたように、ファイの方に体重を預けてくるフーカ。ファイが抱く小さな身体はやはり震えており、不自然なくらいに身体は強張ってしまっている。


 ファイの上衣の裾をぎゅっと握りしめるフーカの手から震えが消えるまで、ファイは静かにフーカに寄り添い続けた。




 それから30分ほど経っただろうか。時刻がちょうど12時に差し掛かろうかという頃。いち早く通報していた服屋の店員のおかげで誘拐犯たちはすぐに捕まっていた。


「ほら、こっちに来い!」

「ぶるるんっ! くそっ、こんなはずじゃ……っ!」

「ひひ~んっ! なんで今日に限ってこんなに憲兵が居んだよ~……!」


 憲兵たちに連行される獣人族たちを、離れた場所からぼんやりと眺めるファイ。屋根の上で赤色灯を点滅させる自動車の鮮やかな光には、形容しがたい魅力があるようにも思えた。


「……フーカ。アレ、さっきの人たち。なにしてる、の?」


 物々しい雰囲気の現場から視線を切って、隣でほくそ笑んでいるフーカに目を向ける。


「い、良いですか、ファイさん。悪いことをするとああやって、怒られちゃいますぅ」

「そうなんだ……」


 ニナ達のエナリアにも決まりがあるように、どうやらウルンにも目には見えない決まりがあるらしいことを察するファイ。


 またフーカによれば“とある事情”により、町の治安を守る憲兵の数が増員されていたという。おかげで常時より数倍も迅速な対応がなされたとのことだった。


「す、少し憲兵さん達とお話をしてきますぅ。ファイさんはここで待っていてくださいねぇ~」


 嬉しそうに背中の翅から燐光を散らして駆けていく小さな背中を、ファイはぼんやりと見送る。


 誘拐騒動のあと、さすがにすぐに買い物に戻る気分にはなれず、一度店を出て休憩をしていたファイ達。黒狼跡地の広場の木陰で水を飲んでいたところ、獣人族の男たちが捕まる現場に出くわしたのだった。


「よいしょ。ふぅ……」


 木に背中を預けるファイ。熱っぽい溜め息の理由はやはり、時間が経つにつれて増していくフィリスの暑さだ。


 フーカが奢ってくれた透明な謎容器に入った冷たい水に口をつけても――


「ぬるい……」


 いつの間にか冷水はぬるま湯に変わっており、ファイの熱を冷ましてくれる代物ではなくなっていた。


 飲み水としての役割以外を失った容器を脇に置いて、ふと空を見上げるファイ。青々と茂る木々があり、その向こうにはニナを思わせる眩いフォルンがある。あの光球は一体どういう原理で動いているのか。どのくらいの距離があるのか。夜に浮かんでいた星やナルンはどこに行ったのか。


 時間によって景色を変える空の不思議に、ファイは静かに目を細める。


 まだまだ、まだまだ、世界にはファイの知らないことばかりだ。少し前に比べてファイは格段に知識を付けている。だというのに、彼女の中にある「なんで?」「どうして?」はまったく減らない。それどころか、1を知れば10の“知らない”が増えていく。


 果たしてどこまで知れば、学べば、自分の中にある飢え――好奇心――は満たされるのか。幸せに、なれるのか。


 問いかけるように枝葉の向こうにあるフォルンに手を伸ばすファイの手を、小さな手が包み込む。


 ハッとしてその人物を見れば、そこに居たのはフーカだ。“期待した人物”では無かったことに無意識に眉で「ハ」の字を描きつつも、ファイは座ったまま改めてフーカに向き直る。


「フーカ。お話、終わった?」

「は、はいぃ。そろそろお昼、なのでぇ。ち、近くのお店でお昼ご飯を食べませんかぁ?」

「お店でご飯……? 朝にご飯を食べた『宿』とは違う?」


 ファイの中で、宿は夜を明かすためにご飯を食べる場所という認識だ。そのため、果物も宿と呼ばれる施設で買うものだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。


「ち、違いますぅ。えぇっと、ファイさんはどんなものが食べたいですかぁ?」

「あ、う……」


 どんなものが食べたいか。自由意思を尋ねられて口ごもるファイを、慌てたようにフーカが補足してくれる。


「あ、甘い物。辛い物。しょっぱい物。どれが良いですかぁ――」

「甘い物」


 フーカの言葉が終わるとほぼ同時に答えて見せるファイ。そんな彼女の態度が意外だったのか、少しの間ポカンとしていたフーカだったが、


「ふふっ! わ、分かりましたぁ! そ、それじゃあ、フーカが最近みつけたお店に行ってみましょう」


 そう言って、座っていたファイを立ち上がらせる。


 これは、もしかしなくても大好物の甘い物が食べられるかもしれない。ついでに宿屋と服屋で「お店」と呼ばれる場所が涼しいことを知っているファイは、


「分かった」


 普段より幾分かやる気に満ちた顔で、フーカの提案に乗っかることにした。




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