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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●はじめての、おつかい

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第89話 フーカは、いい人




 朝。ファイの姿は、中心部からやや外れた民宿の食堂にあった。


 無色透明なケリア鉱石製の窓越しに並ぶ、料理の入った様々な小鉢。あるいは、主菜の乗ったお皿。それを好みでお盆に取ってお会計をする仕組みだそうだ。


 当人の意思で決定しなければならず、ファイにとっては悪夢のような朝食の方式だと言えるだろう。しかし今は、


「――こ、これと、これ。あと、こっちも取っておきましょう」


 隣でファイに何を食べれば良いのかを“指示”してくれる人物がいる。フーカだ。彼女の指示通りに小鉢やお皿を取ったファイは、その代わりに、背の低いフーカの手が届かない場所にあるお皿を取ってあげる。


 そうして栄養の均衡が取れたお盆が完成すれば、2人揃って会計へと進む。


「お会計、880G(ガルド)です!」

「おかい……なんて?」

「お会計、880G(ガルド)です」

「……?」


 聞き慣れないウルンの単語に戸惑うファイを、フーカがそっと援助してくれる。


「ふぁ、ファイさん。お財布の中にあるこの1,000G紙幣を渡してくださいぃ」

「うん。ありがとう、フーカ。えっと……これ、で、お願い」

「はい、1,000G、お預かりします! ……こちら、120Gのお返しです!」


 フーカの会計が済むのを待って、2人掛けの席へと座るファイ達。手を合わせて「いただきます」をすれば、晴れて朝食と相成った。


 こうしてファイがフーカと同席することになったのは、5時間前のこと。彼女がファイに声をかけてくれたことがきっかけとなる。




「も、もしかしなくても困っていたりしませんかぁ?」


 そう言って翅を揺らしながらファイを見上げていたのは、フーカだった。前回――正確には前々回――エナリアで見かけた時に着ていた鎧は脱いでおり、今の彼女は軽装だ。所用があってとりあえず出てきた。そんな格好のようにファイには思えた。


「フーカ……?」


 どうして彼女がここに居るのか。疑問を声に含ませながら、目の前にいる愛らしい羽族の少女――実際には“女性”――を見遣るファイ。対するフーカはと言えば、


「あ、あれぇ? どこかでお会いしましたでしょうかぁ……?」


 甘ったるい声で言いながら、ファイの顔をまじまじと覗き込んでくる。完全に目を隠してしまっている長い前髪のせいで分かり辛いが、わずかに視える瞳の色は赤色だった。


 その赤色の瞳と見つめ合うこと、少し。


「――……っ!?」


 フーカが息を飲んだのが、ファイにも分かった。


「え、えっとぉ……。もしかして、ファイ・タキーシャ・アグネストさん、でしょうかぁ……?」

「うん、そう。えっと……『久しぶり』?」


 ファイは()()()()()()()、挨拶をした。しかし、なぜかフーカは小さく首を傾げる。


「い、今の言葉、もう一度、お願いしても良いですかぁ……?」

「うん……? 『久しぶり』?」


 フーカに言われてもう一度、挨拶をしてみるファイ。それでもフーカから挨拶が返って来ることは無かった。その代わりにフーカはゆっくりとファイから距離を取り、考え込むような姿勢を見せる。


「し、知らない言葉……? 少なくともこの大陸の言葉じゃないはずですけどぉ……。で、でも、確かに共通語も混じってますしぃ。方言……いえ、黒狼で使われていた暗号、でしょうかぁ?」


 ぶつくさと言いながら、うんうん唸っているフーカ。


 そう。日常の単語はともかく、挨拶などの対人関係の言葉に関して、ファイの語彙はガルン語に大きく偏っている。そのため、「久しぶり」に該当するウルン語を知らないファイはガルン語を用いるほかなく、どうしようもない会話の断絶が生まれざるを得なかった。


 そうして自身の言葉がガルン語に偏っていることを、悩ましげなフーカの言動から察したファイ。


「あっ。えっと……長い間会ってなかった、ぶり?」


 どうにか自身の知る言葉だけで、久しぶりという言葉の概念を言い表してみる。それにより、ようやくフーカは得心がいったようだ。


「な、なるほど。久しぶりって言いたいんですねぇ」

「久しぶり……。そう、久しぶり。それよりもフーカ。聞きたいことがある」

「あっ、はいぃ、なんでしょうかぁ?」


 ここまでは問題ないのだ。しかし、


「『お店』、は、どこ?」


 ファイがニナ達のもとで初めて知った概念については、どうしても言葉の壁ができる。


「……はい?」

「だから、『お店』。『服』と『お金』を交換する場所」

「何かと何かを交換する場所……。えとえと、実物はありますかぁ?」

「じつぶつ?」


 ガルン語まじりのウルン語で話すファイの言葉を、それでも、どうにか理解しようとしてくれるフーカ。それに応えるようにファイもお金や服を示して見せることで、どうにか会話の意図を伝える。


 そんなやり取りを、お互いに根気強く。途中からは広場の長椅子に腰掛けながら30分近く続けたことで――。


「な、なるほどぉ……。ニナさん、ユアさんという方のために、お買い物をしに来たんですねぇ」


 ようやくファイの目的が、フーカに伝わったのだった。


「そう。だからお店の場所を教えて欲しかった」

「わ、分かりましたぁ……。ですが、うーん、今は難しいかもしれませんねぇ……」


 そう言って、真っ暗な町並みを見渡すフーカ。ファイが彼女の言葉の意味を尋ねてみれば、どうやら普通の人は夜に眠る習慣があるらしいことを知る。


「な、なので。朝にならないとお店は開かないんですぅ」

「そうなんだ。分かった。教えてくれてありがとう、フーカ。で、どうやったら朝になる?」


 そう言って長椅子から立ち上がったファイの顔を、前髪の奥からまじまじと見上げてくるフーカ。その顔には、隠し切れない驚きが見て取れる。しかしすぐに、驚きから苦笑へと表情は移ろった。


「これは……。アミス様の予想通り、ですねぇ……」

「アミス? アミスが何か言えば、朝になる?」


 ファイの予想を、首を振ることで否定して見せるフーカ。ならば、どうすれば朝になるのか。尋ねたファイに、フーカも長椅子から立ち上がる。


「ふぁ、ファイさん。よければフーカが泊まってる宿に来てみませんかぁ? そ、そこで、ウルンの常識……普通のことを教えさせてください」


 そう言って、ファイを誘うように翅を動かし、虹色の燐光を夜の街に落とす。


「で、でも。知らない人について行っちゃダメって、リーゼが言ってた、よ?」


 尊敬する先輩の言葉を律儀に守ろうとするファイ。そんな彼女の手を、フーカは口元に笑みを浮かべながら両手で握る。


「ふ、フーカとファイさんはもう、お友達、じゃないですかぁ」

「おともだち?」

「は、はいぃ。たくさんお話をして、知っている人同士。違いますかぁ……?」


 もはや自分はファイにとって“知らない人”じゃないだろう、と、問いかけてくるフーカ。そして、口元に優しげな笑みを浮かべて言われると、ファイとしてもそんな気がしてくる。


「そう、かも?」

「うふふっ! じゃ、じゃあ、行きましょう。こっちです」


 こうしてファイは、フーカが泊まる民宿で夜を明かすことになる。


 その間、フーカは約束通り、宿泊という概念はもちろん様々なことを教えてくれた。


『こ、これがアグネスト王国や周辺国で使われているガルド帝国文字……いわゆる共通語ですぅ』

『この辺りの果物だと、黄色く細長い「バーナ」、トゲトゲした「パーン」、他にも「キール」なんかもお土産におすすめですぅ』


 まるで、ファイが何も知らないということを知っているかのように。丁寧に、丁寧に。ウルンのこと。そして、アグネスト王国のことを教えてくれたのだった。




 そして、時間が経つことで世界が明るくなる――朝を迎える――ことを、その目できちんと確認したファイ。


「改めて、ありがとう、フーカ。手伝ってくれて」


 フーカにぺこりと頭を下げるファイには、彼女への絶大な信頼が含まれている。なにせ、ファイにとっては何が分からないのかさえ分からないウルンの常識を、フーカは教えてくれるのだ。もしファイが獣人族であれば、背中の尻尾はブンブンと振られていることだろう。


 それに、先ほど食べるものを選んでくれたように、ファイが困るだろう点を理解して、指示してくれる。それこそ、ニナのように。もはやファイに、フーカに懐かない理由など無いに等しかった。


「い、いんですよぉ、ファイさん。よ、良ければお買い物にもお付き合いしましょうかぁ?」


 そんなフーカからの提案にも、ファイはにべもなく飛びつく。お使いのお仕事は、もはやフーカに言われたことをしていればいいものになっていた。


「よろしく、ね?」

「うふふっ、良いんですよぉ♪」


 そう言って笑うフーカの前髪の奥にある赤い瞳は、肉叉と小刀を使って上品に魚を食べるファイの手元へと向けられていた。




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