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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●はじめての、おつかい

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第88話 お星さま、みつけた




 ファイが第1層にあるウルン側の出入り口をまたいだ時、ウルンは真っ暗だった。


 天頂に浮かんでいるのは眩いフォルンではなく、淡く光り輝く白い球体――ナルン。光を失った世界もその様相を変え、エナリアにも引けを取らないほどの薄暗さがある。


 しかし、エナリアとは違うものが、空にはあった。


 星だ。色も、大きさも、眩しさも異なる星たちが、真っ暗なウルンの天井で輝きを放っている。「朝」とも「昼」とも違う。世界が闇に閉ざされる現象。


「これが、夜……」


 肩掛け鞄の肩紐を握りしめ、概念としてしか知らなかった真っ暗な世界の名前を呼ぶファイ。“不死のエナリア”の出入り口前に広がる雑木林から、黒色に色を変えた空を見上げる。


「きっとあの大きい丸が、『ナルン』。だとすると、小さいのが『星』……?」


 概念でしかなかった単語を、実物と照らし合わせていくファイ。


 昼間は何もなかった空に突然現れたように見えるナルンや星々。それはどのようにして宙に浮いているのだろうか。魔法だろうか。それとも、誰かが小さな明かりを引っ張って、空を飛んでいるのだろうか。ひょっとすると、自ら発行する生き物なのかもしれない。


 星の正体を知らないファイは、夜空に手を伸ばしてみる。空が見えないガルンで過ごしているニナ達への良いお土産になるかと思ったのだ。


 しかし、ファイの手が星に届くことは無い。


 どうやら星々までには距離があるらしい。そう判断したファイは、


「〈フュール・エステマ〉」


 風の魔法で自身を覆って、目いっぱいに地面を蹴る。残念ながら地面が陥没してしまい力が分散してしまったものの、地上10m辺りまでは跳躍することができた。そうして改めて近くの星に手を伸ばすが、やはりつかめない。それどころか、近づいている気配もない。


(もしかして「星」は、とっても遠い……?)


 魔法で落下の速度を和らげながら、静かに着地したファイ。どうにかして星を撃ち落とすことができないだろうかと考えてみる。


(……アレ、なら)


 周囲に人や建物が居ないことを確認したファイは、ルゥから借りている大切な鞄の肩紐をしっかりと握りしめる。足を肩幅に広げ、目標にする星を指さした。


「――〈フューティア〉」


 瞬間、ファイの指先に小さな火球が出現する。続いて、火球に吸い込まれるようにして、周囲の大気が渦を巻き始めた。暴風の規模はどんどんと大きくなり、雑木林の木々が激しく木の葉を散らし始める。さながら、局所的な竜巻と言ったところだろう。


 ファイを中心として生まれる強烈な上昇気流。自身の身体がその風に乗って空に舞い上がる寸前で、


「届いて」


 ファイは火球を夜空に撃ち出した。その反動はすさまじく、先ほど跳躍で陥没していたファイの足元の地面が、さらにその深さを増す。


 一方で、上昇気流に乗った小さな火球はぐんぐんと速度を上げながら夜空に吸い込まれていく。同時に、絶えず送り込まれる新鮮な風により、ファイの願いを乗せた炎の種は徐々にその大きさを増していく。


 静かな夜の森。空気が収縮する甲高い音を纏いながら高速で直上に打ち出された火球は10秒ほど夜空に光の線を描いたのち――爆発した。


 一瞬、世界が夜であることを忘れるほどの光量が空を満たす。遅れて押し寄せる爆音と爆風、そして熱。その全てを、身にまとった風の魔法でやり過ごしたファイ。空気の膜の中から、爆発の熱によって生まれた蜃気楼で揺れる夜空を見上げる。と、ファイが狙った星は変わらず夜空に瞬いていた。


(……むぅ)


 狙いが外れたことに、わずかに唇を尖らせるファイ。想像した以上に、星は遠い場所にあるようだった。


 陥没した地面から抜け出ると、魔法で地面を(なら)していく。残念ながら星を持って帰ることはできなさそうだが、お土産話はできた気がする。


『お星さま……夜空に浮かぶ光ですか!? 見てみたいですわぁ~……』


 そう言って羨ましがるニナの姿を想像すると、ファイも少しだけ嬉しくなった。


(……今回は、諦める)


 ファイは星々と喧嘩をしにきたわけではない。あくまでも買い物が目的であり、“星を持って帰ること”は主人を喜ばせる優秀な道具としての振る舞いのための手段でしかない。


 寄り道ばかりもしていられないと、ファイは港町フィリスに続く街道を歩き始めた。




 それから1時間30分ほど歩いただろうか。


「ふぅ、ふぅ……。着いた」


 ファイはふと立ち止まって、目の前に広がる光景に目を輝かせる。密度を増した人工物群。これまで歩いて来た地面とは異なる、舗装された道。等間隔に立ち並ぶ街灯。活気があった昼間とは違う静かなフィリスの町の雰囲気を、目で、鼻で、肌で。五感を使って目いっぱいに味わう。


(まずは服を買う)


 ルゥやリーゼの話では、「お店」と呼ばれる建物でお金と物を交換する――買い物をする――ことができるらしい。ただしどの建物も同じようにファイには見える。ほとんどの建物の窓に明かりはついておらず、人も少なくない。果たしてどこに服が売られているのか。


 皆目見当もつかないファイはとりあえず、人に聞いてみることにする。


「お店……。ひと……」


 前回の騒動の際、たくさんの“人”がこの町に居ることを知っているファイ。お店は見つからずとも、どこかに人は居るだろうと町の中を歩き始める。


(暑い……)


 時刻は3時。前回ウルンに来たときから1か月半が経って、日付は黒青のナルン、緑の4のフォルン(11月の24日)。南半球に位置するアグネスト王国・フィリスの町は、夏真っ盛りだ。夜とはいえ、海が近い町特有のカラッとした暑さが、ファイを襲う。


 黒狼の私室と、エナリア。涼しい場所だけで人生を過ごしてきたファイにとって“暑さ”は不慣れなものだ。エナリアを出てすぐ身体は発汗を始めており、服の中はもう既に汗だく。町についたこの段階で、ファイは自分で想像していた以上に疲労してしまっていた。


 そのため、できる限り早く用件を済ませてエナリアに帰りたいのだが、どれだけ歩いても、どういう訳か人が居ない。


「どう、して……?」


 これまで1日に二度ある食事で「朝」と「夜」の時間帯の切り替えをしてきたファイ。言われた時に眠って、起きる。そんな彼女にとって「夜」は、世界が暗くなる現象でしかない。


 ましてや彼女は普段、眠りを必要としないガルン人たちと行動している。人々が同じような時間に一斉に眠るなどという“怪現象”など、想像できるはずもなかった。


「んく、んく……ぷはっ」


 通りかかった広場にあった噴水から湧く水で、ファイは喉を潤す。幾分か体温が下がれば、そう言えばこの水は「沸騰」させなくても良かったのだろうかと噴水の水を見る余裕も生まれるというものだ。しかし、黒狼に居た頃はエナリアでは泥水もすすってきた。


(……どうせ、大丈夫)


 そう結論づけて、頭が働くうちに人探しに思考を割く。


 このまま当てもなく歩き回っても、きっと疲れてしまう。であれば、どこかしら・何かしら人が居そうな場所考える方が建設的だ。


(でも私、フィリスの町のこと、知らない……あっ)


 ファイはこの町で人が居そうな場所に1つだけ心当たりがあった。そこはファイが初めて、世界に色んな人が居ると知った場所だ。あの時、あの場所には確かに、たくさんの人が居た。だったら今も誰かが居るかもしれない。


(頑張る……っ)


 慣れない暑さに苦戦しながらも、ファイが記憶を頼りに町を歩くこと10分ほど。


「ここ……のはず」


 足を止めたその場所は、芝生の生い茂る広場だ。密集する建物群を四角形に切り取ったようなその場所は、黒狼の拠点があった跡地でもある。


 広場には背もたれのある長椅子はもちろん、木陰を作るためだろう数本の木が植えられている。他にもm芸術品だろうか。奇妙な形の置物たち――遊具――が置かれていた。


 自分が15年間も過ごした建物がなくなっていることに、ファイが感傷に浸ることは無い。今のファイはそんなことを機にしている場合ではなかった。


(誰か、誰か……)


 きょろきょろと周囲を見回してみるが、残念ながら誰の姿もない。


 静かな町。確かに人は居るはずだという推測ができるだけに、ファイの中にある孤独感がグングンと存在感を増していく。


 無意識に、汗だくの無表情のまま鞄の肩紐をぎゅっと握りしめるファイ。それでも彼女は、ニナからの大切な仕事を全うするために、熱っぽい頭を回転させる。


 何か、何か方法は無いか。明るくなる――朝になると人が現れるのだとするなら、どうすれば夜は朝になるのか。ファイがご飯を食べれば朝が来るのかもしれないが、ファイはご飯を持ってきていない。こういう時に「お買い物」をするのだろうが、やはり買い物をするためのお店が分からない。


 こうなったら、手当たり次第に建物の扉を開けて、「ここはお店?」と聞いて回ろうか。


 風の魔法で音を拾うことも、身体を覚ますことも思いつけない状態のファイが、強硬手段に出ようとしたその時。


「――あ、あの~」

「わっ!?」


 ファイの背後から声がした。


 突然のことに軽く悲鳴を漏らしながら振り返るファイ。ただし、そこには誰も居ない。声の主を探すファイの視線は、


「こ、ここです、ここ」


 自身のかなり下、ちょうど人の姿になっている時のミーシャと同じくらいの位置で止まる。


「も、もしかしなくても困っていたりしませんかぁ?」


 そう言って背中にある透明な羽を揺らして幻想的な燐光を散らしたのは、光輪の実質的な序列2位。黒髪の羽族の女性――フーカ・リンドル・アグネストだった。




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