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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●こちらファイ、聞こえる?

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第82話 隠し事は、よくない




「大変たいへん、大変ですわぁぁぁ~~~!」

「にゃっ!? フシャー―ッ!」


 そう叫ぶニナがファイのいる通信室に駆け込んできたのは、ファイが“通信士”を任されて7日目のことだった。


 突然開いた扉とニナの叫びに跳び上がったのは、ファイに入浴と仮眠を勧めていたミーシャだ。人の姿のまま尻尾と耳を立ててニナを威嚇するミーシャに、「はわっ!? も、申し訳ございませんわぁ……」とシュンとするニナ。しかし、


「ニナ? どうかした?」


 そんなファイからの問いかけに「はっ」と勢いを取り戻す。


「ファイさん! ずっと13層を監視していただいていた、という認識で合っていますでしょうか!?」

「うん。私とミーシャ。交代で見てた、よ?」

「そ、そうよ。言っとくけど、アタシもファイも、怠慢なんてしてないんだからっ」

「も、もちろん存じておりますわ。そのうえで確認なのですが、どなたかガルン人の方が13層より上へ向かった形跡は……?」


 一度ミーシャと目を見合わせた後、首を横に振るファイ。もし誰かが来ていたなら、真っ先にファイはニナに知らせている。


「ふむ。となると、あの方がいらっしゃるのは瀑布の階層以下と言うこと、ですわね……」

「あの方……?」


 考え込んでいる様子のニナが、ファイの呟きを拾うことは無い。一応、隣にやってきたミーシャの方を見てみたファイだが、金色の馬尻尾を揺らして自分も知らないと首を横に振られてしまうのだった。


「えぇと。探索者さん達はまだ第13層には」

「来てないはずよ」


 ミーシャの言を受けて、大きく頷いて見せたニナ。


「了解ですわ。とりあえずファイさん達はこのまま監視作業を続けてくださいませっ」

「あっ、ちょっ、待ちなさ――」


 ミーシャの制止の声も虚しく、ニナは慌しく通信室を出て行ってしまう。残されたファイとミーシャは状況が飲み込めず、顔を見合わせることしかできない。


「……何があったのかくらい言って行って欲しいわね」

「うん」


 ニナが消えた扉を見ながら立ち尽くすファイ。彼女がニナの顔を見たのも数日ぶり。欲を言うならもう少し一緒に居て欲しいというのがファイの本音だった。


(ニナ。私、調子戻った、よ? 今ならアミス達とも戦える、のに……)


 そう伝える前に、ニナはどこかに行ってしまった。もちろんファイがその心の内を表に出すことは無いのだが、どうしても、金色の瞳はニナの姿を追ってしまっていた。


 胸の奥に湧いた痛みを堪えるように、胸元でぎゅっと手を握るファイ。無意識の寂しさを噛みしめるファイとは対照的に、ミーシャはお怒り気味だ。


「ニナのことだから確認しに来ただけなんでしょうけどっ。あれじゃあまるで、アタシ達が監視作業に手を抜いてるみたいじゃない」


 言いながら、自分はコマのついた可動式の椅子に座ってピュレの映像の監視へと戻る。


 もちろんファイもミーシャも、四六時中、片時も目を離さずにピュレを見ていたというわけではない。食事や風呂、睡眠のために交代する時。また、たまに集中力が切れていることを自覚するまでの数秒間など。見られない時もあった。


 また、ピュレを見ていてもボーっとしてしまって意識できていない時が無かったと言えば嘘になる。


 それでも、ぞろぞろと大人数でやって来る探索者を見逃すような時間、目を離していた覚えはない。モフモフする時・される時や、談笑する時でさえ、必ずどちらかがピュレの映像を見るようには意識していたほどだ。だからこそ、2人は自信を持って「怠慢をしていない」と言えるわけで――。


「「あっ」」


 奇しくも。何かを思い出したようなファイとミーシャの声が重なった。そのことに顔を見合わせた2人だが、先に気まずそうに目を逸らしたのはミーシャだった。


「ミーシャ。どうかした?」

「ふぁ、ファイこそ! 何かあったようね」


 ミーシャに言われて、ギクッと身体を硬直させるファイ。それでも道具のクセに隠し事は良くないと自分を奮い立たせ、自身の失態を口にした。


「実はミーシャがエサやりに行ってた時、ルゥが遊びに来た時があった。その時に、ちょっとだけ、目を離した、かも……」


 不出来な自分を告白することになる情けない行為に、ファイも思わず素が出てしまう。


「だから……ね。ミーシャ。私は“ずっと見てた”じゃ、ない。ごめんなさい」


 穢れ一つないサラサラの白髪を揺らして、ぺこりとミーシャに頭を下げるファイ。


「な、なんで謝るのよ」

「だってミーシャは私を信じてニナに『怠慢はしてない』って言った。けど私は嘘ついちゃった。ミーシャを“噓つき”にした。だから、ごめんなさい」


 叱られる。怒られる。呆れられて、見捨てられる。ミーシャにそれらのことをされるかも知れないことは、ファイも重々承知だ。


 それでも優秀な道具として、さらに言えば深層心理のところで、ミーシャに嘘を吐きたくない。そう思っての謝罪だった。


「またアンタは、そうやって……っ」

「ミーシャ?」


 苛立たしげに言ったミーシャに、思わず顔をあげるファイ。と、ピュレの監視を続けていたミーシャが不意に。


「ファイ。抱っこしなさい」


 不機嫌そうにしながらも、そんなことを言ってくる。


「……? 分かった。前向き?」

「……背中からお願い」


 了承の意思を返したファイは侍女服を揺らしながらミーシャのもとへ歩み寄ると、


「よいしょ」


 まずは小柄なミーシャの両脇を抱え上げ、自身が椅子に座る。そして、自身の膝の上に改めてミーシャを座らせる。人の姿の時のミーシャを「背中から抱っこ」するときは、この姿勢となる。わざとか無意識なのかは分からないが、ゆらゆら揺れるミーシャの尻尾がファイの顔を撫でるのはご愛敬だった。


 ついでにファイの経験上、ミーシャが前向きの抱っこをせがむときは撫でて欲しい時。こうして背中から抱くように言ってくる時は顔を見られたくない時でもある。それは同時に、彼女が一生懸命すなおになろうとしている時でもあった。


 ファイの膝の上でうつむいてしまうミーシャに代わり、ファイはピュレの映像を眺める。そこには相変わらず轟々(ごうごう)と流れ落ちる滝と、食料を取りに来たのだろうか。魚人族の人々が川の中を泳ぎ回る姿が映っている。


 いつまで探索者を警戒すれば良いのか分からない現状、エナリアに住むガルン人にとってはまだまだ我慢の時間帯だ。特に“表”に住む彼らは7日間もの間、緊張と警戒を続けているということになる。ファイに置き換えた場合、自身よりも上位の存在が“どこかに居る”その状況は、下層に放置されているに等しいだろう。


(そんな状態が、7日間……)


 ガルン人たちの疲労の蓄積と集中力の低下は、推し量るべくもなかった。


 と、ファイがガルン人たちを慮っていると、頬を何度も撫でていたミーシャの尻尾が止まった。


「あ、アタシも……ね。ちょっとだけ、ピュレから目を離したことがあるの」

「そうなの?」


 そう聞き返したファイの言葉には、存分に“意外”という感情がこもっている。


 ファイの知るミーシャという人物は仕事に真面目で、常に一生懸命だ。与えられた仕事に責任を持ち、同時に誇りも持っている。そんなミーシャが仕事を疎かにしていたと言うのだから、ファイとしても驚きだった。


 膝の上に乗る軽くて小さな同僚の背中からピュレに視線を戻したファイは、続くミーシャの言葉に耳を傾ける。


「ファイってここしばらく、この部屋で寝泊まりしてるじゃない?」

「うん。リーゼがお布団、持ってきてくれたから」


 この通信室の部屋の隅にはファイが二度ほど使った敷布団が畳まれた状態で置いてある。ルゥがやって来る前日に、リーゼが「お使いください」と置いて行ったものだ。おかげでファイはわざわざ最下層まで戻らなくても、仮眠をとることができていた。


 その仮眠の間、ミーシャが代わりに通信士と監視の作業を続けてくれていたのだが――。


「それがどうした?」


 ここで自分が寝ていたこととミーシャのよそ見に一体どんな関連があるのか。つい気になってミーシャの顔に目をやったファイ。後ろからであるため、見えるのはミーシャのふっくらハリのある頬だけだ。それでも気のせいか、その頬は真っ赤になっている気がする。それだけでなく、


「あ、う……。その……」


 そう言ってしどろもどろになりながら、ミーシャがファイの膝の上で身を揺らす。


「こ、こう……。前にアンタと一緒に眠ったとき、アタシが先に寝ちゃったじゃない?」


 色結晶のような緑色の瞳で、ちらりとこちらを見てくるミーシャに、ファイは頷きを返す。ミーシャがファイに引っ付いて眠ってしまったせいで、ファイもなかなか寝付けなかったのは記憶にも新しい。


「だから、アタシはまだ、見てなかったから……」

「見てない? 何を……って、あっ」

「ち、違うの! 別に不純な気持ちとかじゃなくて、単にファイがどんな寝顔なのかを見たくて――んぐっ!?」

「ミーシャ。静かに。これ、見て?」


 何やら早口で言っていたミーシャのことはひとまず後回しにして、ファイは動きがあったピュレの箱を空ける。そして、


「ピュレ。わずかに、戻して?」


 ファイの言葉を受けて、プルンと震えたピュレ。そして、約10秒前からの映像を映してくれる。


「ぷはっ……。な、なにがあったって言うのよ?」

「見てて。……ほら」


 ファイがそう言って目線で示した先。そこには13層から続く通路に1人のガルン人が飛んで入っていく様子が写っている。


 大きな青い翼に、竜と同じで根元が太く先端に行くほど細い尻尾。深い金色の髪を揺らして上層である12層へと消えていったその人物の名を、ミーシャが呼ぶ。


「リーゼ先輩?」


 このエナリアの実質的な最強戦力――リーゼ・ハゥゼレン・ブイリームが、目にも止まらない速度で飛んで行ったのだった。




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