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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●こちらファイ、聞こえる?

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第79話 気味の悪いエナリアね……

※文字数が約4100字と普段より少し多めになっています。読了目安は8~10分です。




 探索者組合『光輪』による“不死のエナリア”攻略が始待って、3日目。


 アミス達は10層と11層の間にある長い通路。魔物が出現しない「安全地帯」と呼ばれる場所に居た。ここから“不死のエナリア”の人類未踏破領域に突入する。不測の事態も想定されるため、改めて、物資と装備の確認をしていたのだった。


「ふぅ……」


 兜を取って小さく息を吐く、白金色の髪を躍らせるアミス。壁に背を預けて座ると、全身を弛緩させて自身の状態を確認する。


(怪我は無し。お腹は、4割くらい? まだ大丈夫ね。汗をかいたから水分補給はしておかないと……)


 腰から提げている水筒のフタを開け、上品に喉を鳴らす。


 続いて装備の確認だが、ここまでアミスは敵からの攻撃を受けていない。確認するまでも無いのだが、留め金が緩んでいないか、外れていないかなどはきちんと確認しなければならない。『留め金は命のつなぎ目』それは数百年、数千年をかけて積み上げられてきたエナリア攻略の鉄則だった。


 アミスを始め、基本的に探索者は全身を覆う型の鎧を身につける。たとえ後衛であっても、エナリアは死角が多く、視界も利きづらい。戦闘中に背後から魔物が表れることも多々ある。そのため、動きの邪魔にならない程度に全員が防具で身を固めるのが原則だった。


 その分、時代と共に装備は軽量化され、洗練されている。アミスが着ている白を基調とする鎧も、全部合わせて3(キルログルム)に届くかどうかという重さしかない。見た目もかつてのような“厳つさ”は無く、着用者の身体の線が辛うじてわかるほどだった。


 にもかかわらず、その防御性能は折り紙つきだ。


 アミスが着ている鎧は雪鉄(ゆきてつ)と呼ばれる希少金属でできている。硬度はもちろんだが、一定以上の衝撃には適度な柔軟性を見せる不思議な白い金属だ。青色等級の魔物攻撃程度では傷1つ付かず、衝撃や熱にも強い。一方で希少かつクセのある金属でもあるため加工にも手間がかかる。


 そのため、アミスが着る鎧を作るだけでも数年がかりだったとか。両親に半ば押し付けられるような形で渡された鎧の総額は5億G(ガルド)とも言われている。中規模のエナリアを1つ完全に攻略したとしても赤字が出る、そんな高級装備だった。


 娘を思いやる両親からの愛がたっぷりと詰まった鎧には、アミスとしても苦笑せざるを得なかった。


籠手(こて)、良し。胸当ても……大丈夫ね。胴部、脚部……問題なし!)


 もし確認作業に手を抜いて戦闘中に防具が外れようものなら、仲間にも迷惑が掛かってしまう。1つ1つ、丁寧に指差し確認をしながら、防具の状態を確認していく。最後に兜――蒸れないように髪を出すことができる型――の留め金などにも異常が無いことを確認すれば、ようやく防具の確認が終わるのだった。


(みんなは……)


 他の組員たちはどうだろうか。アミスは、琥珀色の瞳で少し離れた場所にいる組員たちを見遣る。


 今回、光輪が“不死のエナリア”の攻略に動員する人数は23名。その内訳は戦闘班がアミスを含めた8名。物資運搬班が9名。医療班、斥候班がそれぞれ2名ずつ。装備の手入れ、地図の作成、それぞれの専門家が1名ずつ帯同していた。


 そんな彼女たちの様子を確認しようと顔を上げると、ちょうどこちらに向けて歩いてくる女性が居た。


「拍子抜けするほど順調だな、アミス」


 そう言ってアミスに声をかけてきたのは、紫髪を1つにまとめた女性だ。すらっと長い手足。人間族の男性にも引けを取らない高い身長。同性のアミスが見ても「格好良い」と言葉を漏らしてしまうような、美しい女性だった。


「レーナ。お疲れ様です」


 言いながら立ち上がろうとしたアミスを、レーナが手で制する。そうして座り直したアミスの隣に腰を下ろしたレーナ。得物である弓を壁に立てかけた彼女に、アミスも会話を再開する。


「ここまで2日。自分で言うのもなんですが、食料も体力も、上手く温存できていると思います」


 そうレーナに話すアミスは、普段よりもわずかばかり幼く見える。第3王女であるアミスだが、光輪では身分を偽っている。探索者としてはただの小娘でしかないのだ。そんなアミスに探索者のイロハをしえたのが、このレーナだった。


 頼れる先輩は、自分をどう評価してくれているのだろうか。琥珀色の瞳に心配と期待とをない交ぜにして尋ねたアミスが微笑ましいと言うように笑うレーナ。


「そうだな。10層までの地図を作ってくれた先人たちに、感謝せねば」


 そう言っておくれ毛を耳にかける。彼女の何気ない仕草を目で追っていたアミスだが、その視線が、レーナを特徴する部位――先端が尖った耳で止まる。


 今では人権と差別の観点から人間族とひとまとめにされているが、レーナは、かつて森人族と呼ばれていた人種だ。尖った耳以外の外見的な特徴は人間族と変わらないが、寿命が人間族の数倍もある。新陳代謝がゆっくりで、老けにくいという特徴を持っていた。


 一方で新陳代謝の遅さは病気やケガが治りにくいということでもある。そのため種族として病弱で、大抵は寿命を迎える前に病死してしまう。ともすれば、人間族よりも早く。そんな宿命を抱える種族だった。


 だが、アミスの隣にいる先輩探索者からは、病弱などという言葉は連想できない。凛々しく、気高く、高潔。その容姿も相まって、アミスとしても憧れずにはいられない、そんな人物だった。


「……どうかしたのか、アミス。ワタシを見つめて?」

「あっ、いえ……っ」


 レーナに黒い瞳を向けられて、見惚れてしまっていたことに気付いたアミス。


「フィリスが港町で良かったなぁと。そう思っていました」


 そう言って、慌てて話題を攻略へと逸らす。


 アミス達にとって幸運だったのは、フィリスが小さいとはいえ港町だったことだ。物や人があるていど揃っており、黒狼の立ち入り調査からエナリアの攻略へと移行するのに、そう手間も時間もかからなかった。


 通常は1週間(5日間)程度かかる準備をわずか1日でできてしまった。フィリスの町の人々の笑顔を思い出して笑うアミスの言葉に、レーナも黒い瞳を細めて見せる。


「確かにそうだね。おかげで短い時間で2週間分の食料を手に入れられた。それに廃れていたとはいえ、探索者協会の支部があったのも大きい。おかげで地図作成の専門家も捕まえることができた」


 そう言ったレーナは、離れた場所で地図とにらめっこをしている眼鏡の女性を見遣る。


 エナリア内に運び込むことができる荷物には限界があり、攻略には“速度”が求められる。特に“不死のエナリア”は何層あるのか分かっていない状況だ。効率よく未知の領域へとたどり着くためには、何十、何百回とエナリアに潜って地図を作り、最短・適切な道程を記録していかなければならなかった。


「後世のために1つでも多くの情報を持ち帰ることができるよう、ワタシ達も頑張らないとな」


 そんなレーナの言葉が死を前にする探索者の言葉のように聞こえたアミス。思わず隣に座る先輩の顔を見てしまう。しかし、そこにあったのはいつもと変わらない、凛とした中にも優しさを感じられる微笑みだ。悲壮感のようなものは、見えない。


(心臓に悪いなぁ、もう……)


 少しだけ頬を膨らませて、アミスは自身の膝にあごを乗せる。


「情報を持ち帰る、ですか……。それを思うと、あの角族を逃したのは痛かったですね……」


 つい先ほど取り逃がした空飛ぶ角族の女。アミス達に魔獣をけしかけるかたわら、自身は高みの見物を決め込んでいた。


 もちろんアミス達も女の羽を狙い撃つなど、空飛ぶ魔物への常道通りの対処はした。いや、レーナに至っては実際に角族の女の羽を射抜いたのだ。あとは地面に落ちて飛べなくなった魔物を一網打尽にするだけ。そう思っていたアミス達だったが、しかし。


 女が使った煙幕で視界が遮られているうちに、魔物の女にだけは逃げられてしまったのだった。


「すまない。ワタシがもう少し警戒していれば……」

「そんなこと言わないでください、レーナ。まさかこの階層に出てくる魔物が治癒能力を持っているなんて、私も思いもしませんでしたから」


 自分の失態だと唇を噛むレーナを、アミスは冷静に弁護する。


「むしろ煙幕の間に攻撃されなくて良かったです。完全に予想外でしたから」

「……確かに。言われてみればそうだな」


 煙幕を使われたあの瞬間、確かに光輪の連携は乱れた。敵からすれば間違いなく絶好機だったはずなのだ。しかし相手は傷の治癒に専念していたのか、仕掛けてくることは無かった。


「10層に来るまで魔獣ばかりで、ガルン人を1体も見ていません。初めて見たさっきのガルン人の女も、気のせいじゃ無ければ殺意を感じられませんでした」

「そうだな。まるでワタシ達を観察するようだった。……もしかすると斥候だったのかも知らないな?」

「あの野蛮で狂暴なガルン人が斥候を、ですか……?」


 あり得ない。反射的にレーナの言葉を否定しようとして、アミスは冷静になる。


 アミス達ウルン人を見れば物を言わせず襲い掛かってくる。それがアミスの知る“魔物たち”だ。しかし、ガルン()というように、相手も人だ。考えることだってあるのかもしれない。


「なるほど……。ですがそれは私たちのように“仲間のため”ではなく“自分のため”ではないでしょうか?」


 斥候ではなく、あくまでも今後のための情報収集なのではないか。そう言ったアミスに、レーナは一度だけ頷く。


「それならいいんだ。治癒能力があるとはいえ、あの角族はせいぜい黄色等級の魔物だろう。ただ……」


 眉根を寄せるレーナの不安に、アミスも「はい」と同調する。もしもあの女の角族が“斥候”だった場合、敵に自分たちの情報が少なからず渡ってしまったことになる。その危険性を把握できないアミスではない。


 攻略開始当初、アミスは“不死のエナリア”を、ガルン人が襲い掛かって来ない比較的安全なエナリアだと認識していた。実際、ここに来るまでは普段と変わりなく、つつがない攻略ができていた。


 しかし、ガルン人が襲い掛かって来ない。“魔物が魔物らしくない”という異常性をこうして身をもって体感した時。


「気持ち悪い場所……」


 ぽつりとつぶやきながら身を震わせるアミスだった。




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