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ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! 〜仲間に捨てられた薄幸少女剣士、異世界の少女とダンジョン経営を通して本当の“幸せ”を探す〜  作者: misaka
●こちらファイ、聞こえる?

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第78話 武器じゃなくて、盾




 光輪の“不死のエナリア”攻略に大きな動きがあったのは、ファイが通信士の仕事を請け負って2日後のことだった。


(まだ、治らない……)


 いつもより長引いている不調にわずかに眉根を寄せるファイ。この2日間、ミーシャと交代で映像の監視をしていたファイたち。おかげで仮眠と食事を適度に挟みながら監視作業をすることができ、集中力も持続させることができていた。


 膝の上で丸くなって寝ている金毛の猫――ミーシャを撫でながら、ピュレの映像を見ていたファイ。と、変化を見せたのは13階層を映すピュレではなかった。


 視界の端。正面に並ぶピュレの1体が、プルプル震えて飛び跳ねている。それは、向こう側から通信があることを示すものだ。


「ミーシャ、ごめんね……」


 熟睡するミーシャを作業台に退避させ、自身は急いで震えるピュレのもとへ。見ればそれは、ルゥからの着信を知らせるものだった。


(ルゥ……?)


 聞いた話では、ルゥは第10層の階層主を任されているらしい。それまでの階層主は魔獣に任せているため、探索者たちが“不死のエナリア”で初めて出会うガルン人の階層主が彼女になるというわけだ。


 ただ、ここしばらく――ファイ達で言う10年近く――は彼女の出る幕が無かったという。それは上層に配置されているユアお手製の魔獣たちが強いというのもある。しかし、そもそも人が来なかったからという側面が強かった。


 そして、光輪は赤色等級の探索者組合。正真正銘の実力者たちで――。


『ファイちゃん! ファイちゃん! 聞こえる!?』


 ファイがピュレのふたを開けた瞬間、切羽詰まったようなルゥの声が聞こえてきた。


「音声、映像、出して」


 ファイの声で、ルゥが持つピュレと1対1の共鳴をするピュレが起動する。


「こちらファイ。ルゥ、どうかした――」

『探索者の人、びっくりするくらい容赦ないんだけど!?』


 開口一番、跳んできたのは愚痴だった。


「えっと……ルゥは負けた?」

『無理むり! ユアちゃんから魔獣何体か借りてたけど、瞬殺だよ、瞬殺!』

「しゅんさつ……?」


 瞬殺が何かは分からないが、とりあえずルゥは負けてしまったらしい。そうなるとファイが気になるのは、ルゥの安否だ。いや、今こうして元気に愚痴っていることから大体察せられるが、一応、確認事項でもある。


「ルゥは無事?」

『あ、うん。それは大丈夫。……ただ、冗談抜きで地の果てまで追いかけてくる勢いだった。空飛べなかったら絶対に死んでた』


 そう語るピュレの向こうのルゥは涙目で、ファイと戦った時にも着ていた戦闘服――身体の線が出るピチっとした服――もボロボロだ。


(だけど、生きてる……!)


 “不死のエナリア”における階層主としての役割――次の階層に言っても問題ないかを見極める――を果たしてなお生き載っているルゥ。第2進化ながら長年ガルンで生き残っているという生き汚さは本物のようだった。


 友人の生存にホッと息を吐きつつも、ファイは自分に任されている仕事を進める。それは、階層主として(じか)に探索者と殺し合ったルゥからの報告を、全体に共有することだ。


「ルゥ。まずは安全な場所……。“裏”に避難して」

『それも大丈夫。表で通信してたら多分、あの人たちに殺されちゃうから』

「そっか。それじゃあ、報告、お願い」

『りょーかいっ』


 そこからルゥが、肌で感じたこと、見聞きしたことを順に話してくれる。本来はそれを忘れないように紙などに書き記すのだが、記憶するのはファイの得意分野だ。


『――って感じ。とりあえず、一番強いのはやっぱり白っぽい髪の人と、前は居なかった紫髪の人。基本は体力温存も兼ねてあんまり動かなかったけど、ここぞって時に動いてた。それから……』


 言おうか言うまいか。ためらうようなそぶりを見せるルゥ。


「それから? ルゥ、思ったことは全部言う。これ、ニナの命令」

『……うん! そうだね。じゃあ言うと、この前も来てた黒髪の子。えっと、フーカちゃんだっけ? あの子が多分、光輪の(かなめ)だと思う』

「多分? なんで、たぶん? それに、黒髪……?」


 憶測が混じるルゥの物言いに、ファイが踏み込む。というのも、ファイの知識に置いて、黒髪は最弱の証だ。魔素供給器官が最も小さく、体内を巡る魔素の量も少ない。


 たとえ魔素の吸収が得意な羽族だったとしても、黒髪の人物がその他の実力者と並ぶとは思えなかったからだ。


 しかし、生きてきた時間が戦いの時間に等しいルゥは、フーカと呼ばれた少女の重要性について語る。


『ファイちゃん。フーカちゃんは多分、わたしと同じだと思う。つまり、後衛支援型。あの子が魔法みたいなの使ったら、光輪の人たちの動きが良くなった』

「後衛支援……。なるほど」


 身体能力を向上させたということは、フーカは体内を巡る魔素の量を増やせるのかもしれない。それも自身ではなく、他者に作用する魔法なのだそうだ。


『だから、あの子を最初に無力化しないと、光輪の人たちの戦力は何倍にもなると思う』

「うん。ルゥの言う通り、だね。要注意」

『とりあえず、わたしが集めた情報の共有、お願いします』


 自分は階層主としての仕事を終えたため、ここからはファイと同じで後方支援に回るというルゥ。


 恐らく彼女が序盤の方に配置されているのも、それが理由だろう。早々に階層主としての役割を果たせば、あとは負傷者などの治療に当たることができるからだ。


(理想はルゥが表に出なくても良いように、だと思うけど……)


 そうするには惜しいだけの観察眼を、ルゥは持ってしまっている。恐らく治療の過程で人を見てきたからなのだろうが、彼我の実力差を冷静に見極められる彼女は斥候としても優秀過ぎる。


 だからこそニナはルゥを第10層に配置し、やって来る探索者の実力を把握。以降の動き方を策定する方針を決める、要のような役割を与えていると思われた。


『あっ! それから――』


 何かを思いだしたかのようなルゥの声に、意識を通信へと戻すファイ。


『――頑張ってるファイちゃんに、差し入れのお菓子、持ってくね!』

「お菓子!」

『ふふっ、楽しみにしているがよい。……それじゃ、音声、お終い!』


 手を振ったルゥを最後に、ピュレからルゥの声が聞こえなくなる。


 ルゥが倒されたということは、光輪の人たちはもう既に第11層に到達しているのだろう。それは“不死のエナリア”における未踏破領域であり、ファイも見聞きしたことが無い場所だ。


「安らぎの階層……」


 第11、12層について、そう聞いているファイ。最も魔素とエナの均衡が取れている場所で、生態系も安定している場所だ。当然そこに住むガルン人も魔獣も多く、ウルン人からすれば魔物の密度が高い場所と言うことになる。探索者目線ではどれだけ損耗を抑えながら進めるかが重要になって来ると思われた。


(……っと。そうじゃない)


 つい探索者としてどう攻略するかを考えてしまっていたファイ。しかし今は、先ほどのルゥからの情報を表に居る人々に共有していかなければならない。具体的には、11層以下に居る人々だ。


(やっぱりアミスが強くて、それから紫髪の人、あとはフーカ……。武器はアミスが剣で、紫の人が弓……)


 本来、こうした情報はガルン人がウルン人を“狩る”ための知識となる。どこが強みで、どこが弱みなのか。事前に把握できるだけで、戦闘――もしくは狩り――はグッと楽なる。


 しかし、“不死のエナリア”では違う。事前情報はガルン人にとって身を守るため。そして、生き延びるための盾に変わる。


 現状の“不死のエナリア”では、ウルン人が一方的に攻撃できるような状態にあり、ガルン人は我慢を強いられている。自分たちが受け身に回って戦う意思が無いことを示さなければ、いつまで経っても争いは収まらない。ウルン人とガルン人が“幸せ”になることはできない。


 ただし、我慢にも限度がある。これまでファイが殺してきたガルン人の中にも、隣にいたガルン人――恐らく親しかったのだろう人――が殺され、激高する者がいた。


 当時はなぜ怒っているのかファイには分からなかったが、今ならなんとなく分かる。もしニナやルゥが殺された時、弱い自分は簡単に“素”を見せてしまう自信がファイにはあった。それは心の露出を我慢できないということでもある。


 つまり家族や仲間が殺されれば、人は簡単に我慢の限界を迎える。もしアミス達ウルン人に住民たちが殺されるような事態が続けば、恐らく他の住民たちも我を忘れてアミス達を攻撃してしまうかもしれない。


 そうなれば、ニナが懸命に積み上げてきた時間が、理念が、一瞬にして崩壊してしまう。


 住民たちの命を守るために。そして、ニナの理想を叶えるために「情報」という、武器であり盾にもなるものをファイは届けなければならない。ましてやこの情報は、ルゥが命がけで集めた宝物でもあるのだ。


(ルゥの言ったこと。絶対にみんなにも教えないと)


 使命感に燃えるファイは早速、ピュレを手に取っていく。少ししたら来てくれるルゥの美味しいお菓子はもちろん。密かに、彼女の『頑張ってるね、ファイちゃん!』の褒め言葉を貰うために。


 なお一層やる気に燃える、ファイだった。




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